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涙の家族会議

「ただいま。」


玄関の扉を二回ノックし、勢いよく扉を開けると、出迎えてくれたエミリの姿に頬が緩み、ずっと作っていた貴族然とした偽物の表情が崩れた。

その場に立ち尽くし、口に手を当て涙ぐむエミリに駆け寄って抱き着くと、「おかえり」っと優しく抱きしめ返してくれる。


二人の声に気づいたジークも、くせ毛気味なキャメル色の髪をガシガシ掻きながら玄関まで行くと、エミリに抱き着いたままのディアナの頭を優しく撫でた。


「おかえり、ディアナ。」


顔を上げたディアナと目が合うと、いつものように白い歯を見せてニッと笑う。その姿に安堵したディアナが、今度は飛びつくようにジークの抱き着くと、冬籠もり前より成長した体を難なく抱き上げた。


いつまでも玄関先で感動の再会を続けていた三人の耳に、台所の方からコーナの呼ぶ声が聞こえる。呆れたようなその声に、三人で顔を見合わせ笑うと、二人に手を引かれながら暖炉の火で温まった家の中に入った。


部屋の中ではアレクとインディが朝食を食べており、コーナは台所で朝食の片付けをしていた。食器を布巾で拭いていたコーナは、いつもと変わらない優しい表情をこちらへ向け、ニコリと微笑んだ。


「おかえり。朝食は神殿で食べてきたの?」

「ただいま、お母さん。うん、向こうで食べてきたよ。」


起きたばかりらしいインディは、寝ぐせで髪があちこちに跳ね、目がトロンっと半分ほどしか開いていない。まだ寝ぼけているのか黙々と口の中にパンを詰め込んでいる。


「ただいま、アレク兄さん、インディ。」


食事をする二人の前に座ると、インディは閉じかけていた目を見開き、パンを詰め込んでいた頬を膨らませた。口をモグモグしながら何か言っているが全く言っていることが聞き取れない。落ち着きがないのはあいかわらずらしい。


インディの姿にクスクス笑っていると、隣の椅子に座って食事をしていたアレクと目が合った。アレクは一口大に千切ったパンを口に入れると、口角を上げニヤリと笑う。何か嫌な予感。


「おかえり、ディアナ。またでかくなったな。俺の後ろをついて回っていた、あの小さくて可愛かった妹はどこへ行ったんだ?」

「なっ!好きで大きくなったわけじゃないもん。最低!」


また身長が伸びたことを、アレクにいじられるのは分かっていたけど酷い。気にしてたのに酷すぎる!!

わたしがぷくぅっと膨れて見せると、アレクは「ごめん、ごめん」と笑いながらパンをスープに浸し口に頬張る。


そのやり取りを後ろで見ていたエミリが声を上げ笑い、インディはまだパンが飲み込めないようで、あいかわらず何か言いながら口をモグモグしている。その姿にわたしとアレクも声を上げて笑った。


水を飲み慌ててパンを飲み込んだインディが、みんなに笑われていることに気づき唇を尖らせて拗ねてみせると、一瞬で家の中の雰囲気が和やかになった。


「そうだディアナ。帰ってきた時のために新しい服を作ってきたの!着替えない?」

「いいの?嬉しい。ありがとう。」


胸の前で手を組んで喜ぶと、ニコリと微笑むエミリに促され、着替えをする為に子ども部屋に入った。部屋の中はいつ帰ってきてもいいようにコーナが掃除をしてくれていたらしく、出て行く前より片付いていた。


「さぁ、その綺麗な服が汚れないうちに着替えちゃいましょう。こんな高級な服が汚れちゃったら弁償できないわよ。」


ディアナは「ふふ」っと笑いながら同意するように頷くと、姿見の前に移動し無言でこちらへ背中を向けていた。一瞬、首を傾げたエミリだったが、背中を見てすぐにディアナの行動の意図に気づき、上から順番にホックを外していく。


何だろう。何かモヤモヤする。ディアナの手入れの行き届いた滑らかな肌を見ながら、安易に店員とお客様の構図を想像してしまい、何とも表現できない違和感が胸に巣食った。


今までも着替えを手伝うことは何度もあった。そのこと自体に疑問はない。しかし、それはディアナにお願いされて手伝うか、エミリの方から勝手に手伝って着替えさせていただけで、今のような違和感は今までなかった。

やってもらっている本人はさして気にしている様子はなく、鏡を見ながらニコニコ微笑んでいるだけだった。

私の考えすぎ?


「装飾が増えたのね。」


ディアナが服を脱ぐのを手伝っていると、動くたびにキラキラと光る髪飾りが目に入り、服の下に隠すように付けていたネックレスが見えた。

貴族が付けるような装飾品の値段に想像がつかないが、細かい細工が施されたこの装飾品が物凄く高級であることだけは分かる。


「うん。魔力が増えたから魔力制御の為に増やすことになったの。」

「それ、高いよね?」


エミリの言葉に少し考える素振りを見せたあと、眉尻を下げヘラリと困ったように笑う。その表情だけで高級品なのが分かったが、さらにそれに続く言葉に絶句することになる。


「どれくらいの価値があるが怖くて聞いてないけど、神殿に来る王族の人から貰ったものだから、多分、物凄く価値のある物だと思う。」

「え?王族?」


鏡越しに顔を見ると、目を見開き唖然とした表情で絶句したエミリの手が止まった。わたしがあまりに普通に王族っという言葉を出したものだから、まさかの答えに言葉が出ないらしい。

今回の件に王族が絡んでいることを知って、なんと言っていいのか言葉を探しているようだった。


「希少な石を使ってるらしくて、王族が管理してた物だから価値の重さに押しつぶされそうよ。」

「そ、そう・・・なのね。」


笑いながら呑気な顔をして鼻歌を歌っているディアナの姿に、エミリは眩暈を覚えた。今まではあまり気にしていなかったが、送迎兼護衛の人間があのひ弱そうな神官二人で大丈夫なのだろうか。


神官の二人はどんな格好でも目立っているけど、平民のわたしは目立たないと笑って話していたディアナ。しかし、三人で街中を歩いている姿を想像したエミリは、頭を抱えたくなった。いやいや、どう考えても目立っている。


確かに神官服より目立たないが、あきらかに上等な素材の服を着ている送迎担当の神官。育ちの良い商人の息子に見えなくもないが、元が貴族なので物腰柔らかな神官は護衛に向かない気がする。

そして、いかにもお忍びで街に遊びに来たお嬢様感が否めないディアナが加わると、一気に三人が下町から浮く構図が見えた。


そうは言っても、この件でどうすることもできないエミリは、ニコニコ笑っているディアナを見て小さく息を吐いた。


「冬籠もりの間、神殿で何をして過ごしたの?」


ディアナが用意していた服に袖を通すと、成長を予測して少し大きめに作っていおかげで、丈の長さは丁度いい。腰回りから背中にかけて編み上げ式にしているので、お腹周りは調整できるようになっている。


春の温かい季節をイメージした薄い黄色のワンピースは、普段着として使えるように装飾やレースは使っていないけれど、シンプルなデザインになりすぎないように、腰の辺りから布を詰めたギャザースカートだ。


「魔力の勉強をして、花紡ぎの儀で演奏する曲の練習もしたよ。あと、春の奉納式に参加することになったから、近場だけど他の領地に行くの。」

「他領に行けるの?凄い。頑張ってたんだね。」


褒めるように優しく頭を撫でると、「へへ」と嬉しそうに笑う。見た目は大きく成長したディアナだが、やっぱり褒められて喜ぶその姿は年相応の九歳なのだと実感した。


気分が乗ってきたエミリは、ついでに髪型も服に合わせて変えようと思い、椅子に座るように促す。小さい頃は一生追い付かないと思っていた身長だが、平均的な一般女性より背が低いエミリにいつの間にか追い付いていた。これだけ成長されると、座ってもらわないと髪型を変えることができない。


虹色に輝く不思議な石の付いた髪飾りを外し、編み込んでいた髪を手櫛で解いていく。最高品質の物で手入れされた髪には艶があり、編み込んでいた跡も付いておらずさらさらでまとめるのが難しい。


「綺麗ね。」


改めて髪を編み込む為、途中途中で髪を軽く引っ張るがディアナは微動だにしなかった。以前は頭を揺らしされるがままだったのに、今はしてもらい慣れている。

その様子にさっき抱いた違和感がまた蘇った。


「・・・ねぇ、ディアナ。父さんたちにディアナが貴族の養女になるって聞いたけど、本当なの?」


さっきまでの和気あいあいとした雰囲気は消え、エミリが声のトーンを落として聞いてきたのは、貴族の養女になるのかどうかだった。無意識に顔が歪みそうになるが、淑女教育の賜物か表情が動くことはなかった。


「うん。本当だよ。」


いつもの調子で答えたつもりだが、思いのほか低い声が出たことで逆に信憑性が増したのか、息を呑んだエミリの瞳が揺れる。


「神殿にいる間に何があったの?私が知らなかっただけで、この話は以前から決まっていたことなの?」

「ううん。わたしの魔力がリゲル様たちが予想していたより増えたらしくて、正式に決まったのは冬籠もり前だと思う。前に眠り込んだ時に魔力が一気に増えたから、多分その時期あたりからリゲル様たちは動いていたんだと思う。」


淡々と答えたつもりだが、声が震えているのが自分でも分かる。それはエミリにも伝わったらしく、髪を結っている手が僅かに震えていた。


「今後もこの魔力は増えるから、正式に貴族になって学校で魔力を勉強した方がいいって言われたの。」

「でも、今だって神官として仕事しながら魔力の勉強はしてるのよね?それじゃあダメなの?」

「うん。もうそれだけでは対応できないところまできてるみたい。」


同じように魔力のことが分からないジークとコーナも、神殿で魔力の勉強をしているはずなのになぜ貴族にならなければならないか、このまま神殿で働くだけではダメなのかっと何度も何度もリゲルに食って掛かっていたことを思い出した。


もちろんわたしも最初は同じことを思って、簡単に納得することはできなかった。寂しい思いをしながらリゲルの屋敷で生活したり、神殿で冬籠もりしたのは何の為だったのか。

我慢して我慢して最後は家族の元を離れなければならなくなったことに対して憤り、怒りを向ける相手がいないことに苛立ち、魔力制御ができずにリゲルにケガをさせた。


俯きそうになるのを必死に我慢し、鏡越しにエミリを見つめる。悔しそうに顔を歪め、今にも涙が溢れそうなその表情に胸が痛くなった。

もうすぐ結婚して嫁いでいく幸せいっぱいのエミリに、無用な心配はさせたくなかったのに、結局はこんな風に悲しませている。


「本当に貴族になるしか解決方法はないの?ディアナは納得してる?」


焦りも含まれた悲痛なその声に、慌てて立ち上がりエミリにギュッと抱き着いた。額を肩にぐりぐりっと押し付けると、回された手でゆっくり背中を撫でてくれる。その優しさに我慢していた涙が零れたのは言うまでもない。


あの夜からずっと考えていた。あの場ではリゲルに養女になると言ったが、やっぱり心の中では納得できてなくて、神殿で家族会議があったときも、まだ全く覚悟は決まっていなかった。だから、家に帰って家族に話す時は、わたし自身がちゃんと納得した状態で話すと決めていた。


「うん。貴族の養女になるのが一番いい解決方法だと思ってる。」


顔を上げ、エミリの顔を見て頷きながら答えると、瞳を潤ませたエミリがニコリと笑った。


「そっか。納得して決めたんだね。だったら私も応援するよ。」

「ありがとう。」


もう一度、強く抱き着くと、同じように抱きしめ返してくれる。その温もりにまた涙が出そうになったが、部屋の外からわたしたちを呼ぶインディの声が聞こえ、お互い顔を見て声を出し笑った。

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