春の奉納式と秋の収穫祭
灰色の雲に覆われた空に、雷光神フラグルトゥルの雷鳴が轟いた。長かった冬の終わりを告げる何本もの光の柱が大空を駆け抜けていく。
大雨を伴った嵐が降り積もった雪を溶かし、春の女神フォルツァヌスの風が頬を撫でると、ファンエリオンに春が訪れる。
この嵐が過ぎるのを目安に農村では農耕の準備が始まる。そして、それに合わせるように各領地にある小神殿では春の奉納式を執り行っていた。
春の奉納式は今年の豊穣を祈る祭だ。ディアナもこの春の奉納式から、神官として王都周辺の農村へ出向くことになっている。
「ヘスティ様。わたし、春の奉納式のことを全く知らないのですけど、何をする祭ですか?」
わたしが首を傾げながらヘスティに問いかけると、奉納舞の指導をしてくれているヘスティが驚いたように目を瞬かせる。
「あぁ確かに失念してました。奉納式のことは神殿学校でも教えていませんでしたね。では、練習の前に奉納式について少し勉強しましょう。」
「はい。お願いします。」
ヘスティはニコリと微笑み、休憩用に用意していた椅子に座るようディアナを促すと、持ってきていた荷物の中から紙の束を渡した。
「神殿で執り行う式典の中に、春の奉納式と秋の収穫祭があるのは知っていると思いますが、春の奉納式では、神々に祈りを捧げ一年の豊穣を祈願します。」
「祈り?」
「はい。奉納式で言う祈りとは、神具の聖剣を使った奉納舞のことです。奉納式では奉納舞以外にも、春に魔力を溜めた聖杯を農村へ納め、秋の収穫祭でその聖杯を回収するっという儀式もありますので、直接、現地へ赴く必要があります。その資料は今回の私の担当の領地と日程表です。」
渡された日程表を見ると、刻むように予定が詰まっていた。基本的に各領地にある小神殿の神官が各農村に出向くことになっているのだが、どこも人手不足が深刻らしく、王都周辺の領地はこの神殿も担当になっているそうだ。
「これでも今回はあなたのおかげで楽に周れるのですよ。いつもは回復薬を使いながら、ほとんんど休憩も取れない状態で周っていました。」
毎回こんな感じですっと笑いながら説明してくれたが、その日程は最初に聞いていた以上にかなりハードだ。さすがに野営は安全面でしないようだが、休憩なしのぶっ通しでの移動もざらである。
本来、担当地は魔力量で振り分けるらしいが、ここ数年は奉納式のメンバーに新しい人の補充がなかったので、基本的には平等に振り分けていたそうだ。
行き先の行程だけを考えての振り分けなので、若干の魔力量の差で不平等が出ないように調整はしていたものの、やはり負担が大きい人もいたらしく、やっと楽になるっとみんな喜んでいるそうだ。
そもそも春の奉納式は、冬籠もり明けから農地の作付けが終わるまでの間に赴く必要があるので、日程的に短くかなり厳しい行程になる。
「魔獣で行けば早そうなのに、何で魔獣で行けないのですか?」
日程表を見ていると、途中の町で宿泊し到着まで一日かかる場所もあった。移動手段が馬車になっているが、馬車に乗り慣れていない者は体力的に大丈夫なのだろうか。特にわたしとか、わたし。
「王都周辺とはいえ、魔獣で片道半日以上かかる場所もあるので、神殿との往復は現実的ではありません。魔獣の夜間飛行も禁止されてますので、日没までに戻るのは厳しいかと思います。」
「そうなんですね。魔獣ならサクッと行けるから楽に終わると思ってました。」
「確かに魔獣だと気軽に行けますが、魔力を消費するので私たち神官はあまり使いませんね。ただ、秋の収穫祭だけは魔獣で移動が可能ですよ。」
秋の収穫祭は、その年に収穫した供物を神へ捧げる祭りだ。収穫祭には神官とは別に派遣された文官が必ず一人付き添い、同時に徴税を行う。文官は騎士団に護衛され魔獣で移動するので、もし魔獣を使いたいならついでに護衛もしてもらえるので一緒に移動することも可能らしい。
とは言え、やっぱりここでも神官は魔力を温存する為に魔獣を使わない。
「春の奉納式は、祭ではなく神事としての要素が強く、終始、厳かに行われますが、収穫祭では大量の食事が振る舞われますので、村人はお酒を飲んでどんちゃん騒ぎに近いですね。そんな中で行う舞ですから、秋の収穫祭で踊る舞はかなり派手です。」
「収穫祭はお祭りみたいな感じなんですね。面白そう。」
「えぇ。大きな農村では出店が出たり催し物も行われますので、一種のお祭りですね。あまり羽目を外せませんが、私たちも参加するのを楽しみにしています。」
その前にまずは奉納舞を一通り踊れるようになりましょうねっとニコリと微笑むヘスティ。
そう。とりあえず今は練習だ。
毎日、聖剣と同じ型の本物の剣で練習しているので、剣の重さにも扱いにも慣れたが、副産物として剣タコができた。ケガは癒しの術で治してもらっているが、手が硬くなるのはどうにもできなかった。剣を使う者はこれが一人前の証らしいが、女性としてこの手を誇っていいのか謎だ。
まだ実物の聖剣を見たことないが、聖剣の魔石にも魔法陣が埋め込まれているらしく、奉納舞を踊っていると聖剣に魔力を吸い取られるそうだ。魔石に魔力が溜まると成人の儀で見た祝福と同じような感じになるが、これを毎回となると結構大変らしい。
ウィルビウスは式典終わりに簡単に祝福を飛ばしていたが、魔力量の少ない神官にとってはかなり過酷で、回復薬を飲んで魔力を無理やり回復させ続ける日々らしい。
回復薬の使い過ぎによる副作用で、お酒に酔ったような酩酊状態になることもあるっと笑いながら話すヘスティに、ディアナは身震いし神殿の闇を見た気がした。




