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庇護者の憂い

眠れない。


寝る前にいつも通り気持ちが落ち着くお茶を出してもらったけれど、なぜか今日に限って目が冴え全く寝れる気がしなかった。

眠れないことを言い訳に、就寝時刻の十の刻を過ぎてから温室へ散策に出たまではいいが、薔薇園まで行きヒュペリを眺めているうちにすっかり部屋に戻るタイミングを逃していた。


大輪の花びらが一枚、ひらりと散った。満開に咲いた花から芳醇な香りが醸し出している。誰かに見れたら行儀が悪いと怒られそうだが、柵に寄りかかるように花に近づき、深呼吸をするようにゆっくり匂いを嗅ぐ。


一人になると必ず思い出すのは、数日前にレグルハウトの屋敷で交わした会話だ。


「高学院へ行きリュースを持て。」


魔力がある以上、貴族社会から逃げられないのは分かっている。貴族ではないわたしは侍女になれないので、下働きの下女として神殿かどこかの貴族の屋敷で働くことになるのだろうと思っていた。

それが貴族の養女になれだなんて、寝耳に水もいいところである。


レグルハウトの屋敷から帰ってきて、わたしの様子がおかしいことにリゲルは気づいている。晩餐の席では二人の会話に愛想笑いを浮かべるだけで、リゲルとここ数日は会話らしい会話はできていない。

口を開いて養女の件が話題に上がっても、まだ冷静に話しを聞ける状態ではなかった。

もしあっさり肯定されてしまったら。怖い。わたしは大概ヘタレだ。


「規則とは守る為のもので、破るためにあるのではないぞ。」


ゆっくり後ろを振り返ると、呆れたような表情でリゲルが立っていた。いつもの神官服ではなくラフなシャツとスラックスを履いている姿から、リゲルも就寝前のタイミングでここへ来たのだろう。


「申し訳ありません。」


こんな時刻に出歩いたことは本当に悪いと思っているので、素直に頭を下げると、リゲルは「分かっているならいい」っと溜め息を吐きながらわたしの横に並んだ。

同じように豪奢に咲くヒュペリに視線を向けると、お互い無言でその美しい姿を眺めた。


「リゲル様、もう少し歩いてから戻ってもいいですか?」


どれくらい時間が過ぎただろうか、花びらが一枚ひらりと落ちた瞬間を見送り、リゲルの返事も聞かずに歩き出した。その表情から窺い知ることはできないが、僅かに息を吐く音が聞こえたので、了承してくれたのだろう。多分。


薔薇園を抜け魔道具の灯りが点いた遊歩道を少し歩くと、夜光花が群生している場所に出た。温室のおかげで一年を通して咲いている夜光花の周りを、鱗粉を落としながら飛んでいる夜光蝶がより一層、幻想的な雰囲気を出していた。


遊歩道の途中で立ち止まってその光景を眺めていると、無言でわたしの手を引いて近くにあるベンチに座るように促される。わたしがベンチにおとなしく座ると、リゲルもその隣に座った。


「それで、何があった?」


いつもより声のトーンが若干、低い。怒っている感じではないが、言い方に含みがある。僅かに顔を向け表情を伺うと、仮面のように無表情であいかわらず何も読めない。


「・・・何も、ない、です。」


このタイミングで養女の件を聞いていいものか、リゲルに直球で聞くほどわたしの気持ちはまだ何もまとまっていない。このことから逃げても意味がないことは分かっているけれど、正直、もう少し時間が欲しい。


「殿下の屋敷に行った日に何を言われた?その様子を見る限り、養女の話でもされたか。」


小さく肩が揺れ動揺した姿に、それが正解だと無言の返事になったようだ。今、この話題を振るということは、やはりリゲルたちの間では何かしらの話が進んでいるのかもしれない。


「・・・はい。」


隣から息を吐く音と「そうか」っと納得するような声が聞こえた。


「当初の予定では魔力制御を学び、目の届く範囲で神殿での仕事を与えれば問題ないと思っていた。しかし、君の魔力量は我々が予想していた以上に増え続け、このまま平民として下町で暮らしていくのは不可能だと判断した。」


その瞬間、涙が出そうになるのをグッと堪えた。レグルハウトに言われた時に少しは覚悟していたけれど、ずっと側で見守ってくれていたリゲルの言葉は重みが全く違う。

顔を上げると涙が零れそうで、俯いたまま目を閉じる。


「魔力のせいで一度倒れているので、今まで通りで大丈夫だとは思っていません。でも、家族と離れるのは嫌です。」


倒れた時にたくさんの人に迷惑をかけた。魔力の知識がない家族には恐怖しかなかっただろうし、献身的に治療し面倒を見てくれたリゲルたちにも感謝しかない。それでも家族と離れて貴族の養女になることと、話しは別だとディアナは思っていた。


「殿下は早めに君を神殿の外に出した方がいいと考えておいでだ。このままでは魔力を持て余し、いつか魔力が制御できなくだろうと。実際、君は想定外に魔力が溢れ、昏睡状態に陥った。あれは君の魔力量を見誤ていた我々の責任だ。」

「あれはリゲル様たちのせいではありません。」

「庇護者である私の監督不行き届きだ。君の魔力量は既に神殿の中だけでどうこうできる状況ではなくなった。」

「リゲル様はわたしが養女になることをお望みですか?」


リゲルの薄いブルーの瞳が揺れた。それは本当に一瞬のことで、俯き下を向いていたディアナがその表情の変化に気づく事はなかった。


すぐにいつもの堅い表情に戻したリゲルは、ベンチから立ち上がるとディアナの前に立ち、目線を合わせるように片膝をつくと、真っすぐ視線を合わせ口を開く。


「あぁ。君は貴族になって高学院へ通うべきだ。」

「わ、わたしは・・・」


膝の上に置いてた手をグッと握りしめると、その手を包み込むようにリゲルが手を置いた。


「君の魔力量は王族に匹敵する。殿下の見立てでは王位継承者の王子たちより多い。今後もその魔力が増えることを考えると、神殿の中に留め置いておける存在ではなくなった。」


このまま下町で生活するのは難しいだろう。リゲルのその言葉に、蓋をして我慢していた気持ちが濁流となって体の中らから溢れた。


わたしは今まで何の為に我慢して頑張ってきたのだろうか。


「・・・帰りたい。お家に帰りたい。もう無理!!」


我慢していた寂しい気持ちと一緒に、魔力が爆発するように一気に膨れ上がるのが分かった。

体が熱い。


「ディアナ、魔力が漏れている。抑えるんだ。」


リゲルは胸元を押さえて息苦しそうに呼吸をすると、顔色が変わり低く呻いた。ディアナの大量の魔力が無意識に溢れ、周囲を威圧していた。


「・・・帰りたい。お家に帰りたい。もうイヤ!!」


怒りや悲しみや色んな感情が入り乱れ、体の中の魔力が暴れ回っている。やり場のない苛立ちに全身が身震いし、気持ちを抑えるどころか体は燃えるように熱くなってくる。

それとは逆に冷水をかけられたように頭は冴え、冷静にリゲルの声を聞き取っていた。


「魔力に飲まれるな。落ち着けディアナ。」


俯いたまま首を横に振ると、リゲルが胸元を抑えたまま苦しげに眉を寄せ、脂汗を垂らしながら、ゴホッと咳き込んで、口の端から血を滴らせた。溢れる魔力に腕輪は強い光を放ち、指輪や髪飾りも光を帯び始めていた。


「無理!!無理だよ。」


この気持ちを我慢して魔力を抑えても、もう今までのような生活はできない。このまま体の奥から溢れてくる魔力を放出させ続ければ、いつか魔力が底をついてしまわないだろうか。そしたら普通の平民としてまたみんなで暮らせるだろうか。


「君を完全に家族から離すつもりはない。その為に私の目の届くアークツルス家の養女となるのだ。」

「え?」

「下町の家に帰ることは認められないが、神殿に神官として名前を残していれば、今後はここで会うことができる。」


手を伸ばしたリゲルに優しく頭を撫でられ、その言葉にハッとする。口から滴る赤い血に目を奪われ、溢れていた魔力が一気に引いていく。


「リゲル様!?ごめんなさい。ごめんなさい。」


ゆっくり深呼吸して魔力を落ち着かせると、わたしの表情に安堵したリゲルの体から力が抜け、そのまま頭を胸元へ抱き寄せられた。


「動揺させてすまなかった。落ち着いたか?」

「・・・はい。」


頭はリゲルの胸元に引き寄せられたまま、落ち着かせるように頭を撫でてくれている。強い光を放っていた腕輪は徐々に光を失い、レグルハウトに貰った指輪は、大量の魔力を吸ったからか魔石が光を放ったままだが、多分もう大丈夫だろう。


「大丈夫ですか?」


ゆっくりリゲルの胸元から頭を離し懐から取り出したハンカチを渡すと、血の付いた口元を拭い、立ち上がりながら乱れていた前髪を整える。


「問題ない。」


まだ荒い息と額に残る脂汗が、無理をしていることが分かる。口に付いていた血を思い出し、今さらながら魔力暴走を起こしたことへ自己嫌悪に陥っていた。


リゲルは俯くディアナの首に手を添え、いつものように魔力の流れをみると、小さく息を吐き、何事もなかったかのようにいつもの表情に戻っていた。


「急かすつもりはない。だがその日がくる覚悟は持っていてほしい。」

「はい。」


一瞬、涙が込み上げてきそうになるのを、グッと手を握りしめて我慢し、歪みそうになる顔を無理やり整える。いま泣いたら今度こそ魔力を止めることはできないだろう。

泣くのを我慢していることに気づいたのか、リゲルの手がぎこちなく頬を撫で、頭を軽く撫でた。慰めるような珍しいその行動に、ジッと表情を伺うように見上げると、若干、バツの悪そうな顔をしていた。

アークツルス家の養女になればリゲルが兄になる。何か変な気分だ。


「君の両親への説明は冬籠もりが明けたらすぐに行う予定だ。」

「分かりました。リゲル様のご家族は、わたしが養女になることを許可しているのですか?」


そもそも、現アークツルス家の当主はリゲルの父だ。その後継者も兄の誰かだと言っていたので、平民のわたしが侯爵家の養女になる許可が出るのか疑問しかない。


「それに関しては問題ない。君が付けているアークツルス家の指輪が魔力に染まっているので、反対する理由がない。」

「え?それだけでいいのですか?」

「まぁ理由はそれだけではないが・・・君が養女になることを納得してくれたのならそれでいい。」


リゲルはわたしの手を引きベンチから立ち上がらせると、そのままゆっくり歩き出した。手を引かれながら部屋に戻る道のりは、いつもより長く感じた。

そして、その握られた手に付けられたレグルハウトから貰った指輪に、今まではなかったステルクティウス家の紋章が浮き出ていることに、ディアナ本人はまだ気づいていなかった。

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