王族の魔力
図書館に入り半刻ほど経った頃、準備が終わったらしい転移の間へ向かうと、広い部屋の中央には寮から運び出した大量の荷物が積んであった。
これが一度に送られるということなので、転移の魔法陣って便利すぎる。
「この大きな魔法陣が転移用ですか?」
荷物の下には白い線で床に大きな魔法陣が描いてあり、その手前にレグルハウトと数人の騎士が立っていた。
「来たなディアナ。始めるぞ。」
口角を上げてニヤリと笑うレグルハウトは、手に持ったリュースを床に向け、何か短い言葉を発した。それとほぼ同時にリゲルに引っ張られるように部屋の隅に寄ると、青白い光を放ちながら魔法陣が浮かび上がった。
魔法陣の上を赤い光が走り始める。魔法陣に流れる大量の魔力で部屋の中の空気が震え、ガタガタと建物が揺れている感覚だ。
キュンっと強めの赤い光を放ち、荷物を飲み込むように赤い光の柱が立った。
「うわぁ。転移の魔法陣を使うにはこんなに魔力が必要なのですか?」
「魔法陣の規模にもよるが、荷物の運搬にこれほどの規模の魔力は必要ない。君に見せるために、魔法陣を大掛かりにしてくださっているのだろう。」
リュースを振り今度は長めの言葉を発すると、魔法陣から強い閃光が走った。その光が眩しくて目を細めた瞬間、置いていた荷物はなくなっていた。まさに一瞬の出来事に、あのまま瞬きをしていたら見逃してただろう。
「凄い!凄いです!」
「あれが歴代の王族の中でも群を抜いた魔力量を誇る殿下の魔力だ。殿下の魔力を超える者はこの大陸にはいないだろうと言われている。」
「レグルハウト様って本当に凄い人なのですね。」
「あぁ。それに君もだ、ディアナ。金紋が出た君の魔力量は王族と変わらない。いや、殿下の話では成長途中の君の魔力は既に王太子を軽く超えている。」
いつも王族が関わると二言目には不敬だというリゲルにしては珍しい発言に、神妙な表情で隣に立つリゲルの顔を見上げる。いま思うと、神殿を出立する時からリゲルの表情は優れなかった。
「わたしが?買い被りすぎですよ。」
「君は良くも悪くも私の予想を超えてきた。君が自分を守れる力を持つまで貴族社会に出すつもりはなかったが、殿下の独断から守れなくてすまない。」
レグルハウトと魔獣に相乗りした姿を、騎士団員が何人も見ていた。騎士団内部に箝口令を引いたところで魔獣で移動していた以上、どこに目撃者がいるか分からない。そうなることを危惧し、相乗りを必死に止めていたのだろう。
多分、リゲルの様子を見るに、いま現在、その危惧していた通りのことになっている。
「いいえ。リゲル様は必死に止めてくれてました。」
荷物が無くなった部屋はガランとし、中に入ってきた侍従たちにレグルハウトが次の指示を出していた。邪魔にならないように部屋の外に出ると、部屋の前で待機していたアーレウスたちと合流して、レグルハウトが終わるのを待った。
このあと行く予定のレグルハウトの屋敷は、王族の屋敷が連なる王宮の側にあるそうだ。王位継承権を放棄し城を出ることが決まっていたレグルハウトは、成人と同時に屋敷が与えられたらしい。
だが基本的に騎士団寮にいるので、屋敷で生活をしたことはないそうだ。
こちらでの用が済んだレグルハウトが合流すると、当たり前のように抱き上げられ、唖然としている間に魔獣の背に乗せられていた。一角の黒獅子は遠目にも目立つ。数人の騎士団員がこちらを見ているのが分かったが、リゲルは小さく溜め息を吐き苦い顔をするだけだった。
魔獣に跨るわたしの後ろに飛び乗ると、先に左手をわたしのお腹に回し、身体をしっかり支えてから右手で手綱を握った。最初に乗った時はこのタイミングで振り落とされそうになったので、わたしも慌てて目の前の手綱を握る。
魔獣が一気に空へ駆けあがると、雪は先ほどより強くなっており、体を魔力で覆っているとはいえ視界はかなり悪い。こんな中でもリゲルたちはお互いの位置が分かっているようだが、目視では周りを飛んでいる姿はほとんど見えていない。
飛び立ってすぐ、吹雪の中にそびえ立つ王宮の塔の一部が見えた。近づいてきた王宮を囲む城壁を越える瞬間、神殿長室へ続く廊下を通ったときのような、薄い膜を通り抜ける感覚を一瞬感じた。今のが魔力の壁なら、王宮を囲むように巨大な守りが掛けられていることになる。
城壁を越えた先は、今まで見てきたどの貴族の屋敷よりも大きい王族の屋敷が整然と建っていた。さらにその奥には、雪で覆われた真っ白い宮殿がある。
「あれが私の屋敷だ。」
レグルハウトが指した方角を見ると、吹雪の中でも分かる黒を基調とした大きな屋敷が建っていた。屋敷の上を旋回しながら魔獣が少しずつ下降を始め、玄関先の広場へ降り立つと屋敷の中から従者たちが出てきた。
「おかえりなさいませ。」
統率の取れた美しい動きで一礼する従者たち。誰も住んでいない屋敷なのに、常にこれだけの人間が屋敷を管理しているそうだ。同じく誰も住んでいないリゲルの屋敷には、本当に最低限の従者しかいなかったのがよ分かる。
「リゲル様たち遅いですね。」
わたしを抱き上げたままさっさと屋敷の中に入ろうとするレグルハウト。わたしたちが屋敷に降り立った後も、四人は降りてくる気配がない。すぐ近くを飛んでいると思っていたが、上空を見上げてもその姿を見つけることができなかった。
「あやつらはここへは来ない。城壁の外側で待っているだろう。」
「え?どういうことですか?リゲル様たちは来ないのですか?」
「何だ、私の話しを聞いていなかったのか?王宮の敷地内は魔力の壁で守られているので、魔獣で入ることはできない。其方は私と共に入ったので入れたが、あやつらは城門から馬車で入るしかない。」
そう言うと、これ以上の説明は必要ないだろうっと屋敷の中へ入る。重厚な扉の先はリゲルの屋敷と同じ華美すぎない適度な装飾が施され、外は黒を基調としているが、中は淡い色の壁紙を使っていた。廊下にはレグルハウトの趣味なのか、絵画が飾られ美術館のような雰囲気もある。
連れてこられた応接室には、可愛らしい花が飾ってあり、使っている家具もシンプルだが落ち着いた色で趣味がいい。
「ここで待っていてくれ。」
「分かりました。」
レグルハウトと入れ替わるようにワゴンを押して入ってきた侍女は、独身男性の家にあるとは思えない可愛らしい茶器でお茶を淹れてくれる。お茶と一緒に準備されたケーキや焼き菓子は、見たことのない物ばかりだ。
一口サイズの可愛らしい砂糖菓子は、若い令嬢のお茶会向けに作られたのか、色とりどりで星や花の形をしている。多分これがリーベルの言っていた貴族の間で流行っているお菓子だろう。星の形をした砂糖菓子を口の中に入れると、ホロっと口の中で溶け、甘い味が広がった。
うん、ない。これは思っていた以上に激甘。
顔に出ないよう無表情でお茶を二口飲み、次は焼き菓子に手を伸ばしてみた。これは神殿学校でのお茶の時間用に誰かが持ってきた物と似ている。
やっぱりこれも甘い。これに酸味のある果物のジャムを乗せたら少しはマシになるかもしれないが、高級な砂糖をたっぷり使えばいいと思っている貴族の嗜好はどうかと思う。貴族令嬢と仲良くなれる気がしない。
「この茶器、とても可愛いですね。」
暇なので控えていた侍女に何気なく話しかけてみると、話しかけらた侍女は一瞬、驚いたような顔をしたがニコリと微笑んでくれたので、会話をしてくるようだ。
「ありがとうございます。この屋敷にはまだ女主人がいらっしゃらないので、備品の管理は私どもに一任して下さってます。」
「そうなのですね。この花も素敵です。廊下にも花がたくさん飾ってあるので驚きました。」
「今日は若い女性のお客様がいらっしゃると伺っておりましたので、普段より特別可愛い花を選んでおります。」
庭園にある温室で用意したらしい花は、丹精込めて育てられたのがわかるほど綺麗だ。冬の間も雪に埋まった庭を庭師がきちんと管理しているので、窓から見える庭園は植木の雪化粧が美しい。
時間があれば王族の屋敷にある温室にも行ってみたかったが、さすがにゆっくり散策する時間はないだろう。リゲルたちもいないので、淑女らしく座っているのが無難だ。
やっぱり甘かったケーキを一口食べ、また後ろに静かに控えた侍女に気づかれないよう、慌ててお茶を口に流し込み小さく溜め息を吐く。
リゲルたち心配しているだろうな・・・




