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魔獣と騎士団寮

「ディアナ、私の屋敷に行くぞ。急いで出かける支度をするんだ。」

「はい?」


安息日の今日、神殿業務もお休みなので素材を探しながら温室の中を一人で散歩していると、当たり前のようにここへやってきたレグルハウト。


彼が神殿で生活をするようになり数日経つが、何が面白いのか毎日のように温室に来ていた。

正直、王族の相手は荷が重いので最初は適当にあしらっていたけれど、見た目の近寄りがたい雰囲気とは違い、貴族らしく紳士的で騎士とは思えないほど博識な彼は話も面白く、今ではこの時間を存外楽しんでいた。


それでも、突然のレグルハウトの言葉には理解が追いつかず、淑女らしい言葉使いも忘れていた。もう三の刻は過ぎているが、わたしはまだ寝ぼけているのだろうか。


「その恰好では魔獣に乗れない。侍女に言って騎乗できる服に着替えてくるんだ。」

「おっしゃっている意味が分かりませんが、わたしがレグルハウト様のお屋敷にお供するのですか?」

「そうだ。リゲルが護衛として付いて来ることを条件に許可は得た。さっさと着替えて貴族門へ来い。」


それだけ言うとレグルハウトは背を向け、颯爽と温室を出て行った。またごり押しで許可を取ったのだろうか。またごり押しで許可を取ったのだろうか。眉間に皺を寄せ、頭の痛い案件に溜め息をつくリゲルが想像できた。


それにしても魔獣に乗るってどういうことだろうか。


話しを聞いたヴァルナは騎乗用の服を衣装棚から持って来ると、着ている服を一瞬で脱がせ新しい服に袖を通す。魔獣に跨るので下はズボンを履き、お腹周りは幅の広い腰帯を巻いて、さらに革のベルトを装着する。足元は雪対策も兼ねて、膝まであるブーツだ。


「準備ができました。急ぎましょう。」


最後に髪が乱れないよう綺麗に編み込まれた髪型を確認すると、急かさせるように部屋から追い出される。


温室から神殿の中に入ると、平民が出入りする下町へ続く扉ではなく、その反対側にある貴族が出入りする扉を開け、そこから伸びる廊下を早足で歩き貴族門へ向かう。

貴族門は神殿と貴族街を繋げている門で、リゲルの屋敷から通っていた時はこの門を出入りしていた。


「お待たせしました。」


長い廊下の先に、白銀の鎧で身を固め兜を手に持ったリゲル。それから同じ格好をしたアーレウスが立っていた。リゲルとアーレウスの全身を覆う白銀の鎧に、ファンエリオンの国色である赤いマントが鮮やかに映える。


「え?どうしてアーレウス様が?」


今朝までいなかったはずのアーレウスが、当たり前のように鎧を着てここにいるのが不思議で首を傾げていると、アーレウスは困惑したような表情で苦笑していた。


「あぁ。今日は非番だったので別件で訪問する連絡を入れたら、至急、護衛の依頼があるから来いと言われてね。」


チラリとリゲルを見ると、至極当然と言わんばかりの顔をしている。騎士団に所属し王宮の近衛騎士に任命されているアーレウスは、王族の護衛に慣れているので今日の護衛としては最適らしい。


「みんな揃ってるな。」


最後にやってきたレグルハウトは、鎧こそ着ていないが騎乗用の服に着替え、やはり赤いマントを付けていた。その後ろには、いつもはリゲルの護衛をしている騎士が二人、黒色の鎧を身に付けレグルハウトの護衛をするように付き従っている。


「扉を開けるぞ。ディアナ、魔力で体を覆うんだ。」


リゲルが扉を開けると、その先に見える広場は一面の雪景色だった。この広場は平民側の中央広場と同じ作りで、広場の中央に大きな噴水がある白く輝く石畳に、開いた貴族門から馬車に乗った貴族が入ってくる。


広場にある高くそびえ立つ貴族街と神殿を隔てる門も、雪でその存在がよく見えない。普段は神殿の門兵が門を管理しているが、雪が積もる冬の間は完全に閉ざされている為、人の気配がない。


リゲルがガシャガシャと音を立て貴族門の方へ向かって歩き始めたので、その後ろを慌てて追いかけるが、深い雪に足が取られまともに歩くことができない。


「アーレウス、ディアナは任せた。」

「了解。」


雪にはまって動けないわたしを抱き上げたアーレウスは、雪の中とは思えないほど慣れた様子で軽快に歩き出した。


「騎士の人って凄いですね。鎧を着てたら歩きにくくはないのですか?」

「この鎧はリュースで作った甲冑だから、動きやすくて重さを感じないんだ。寒さや暑さも感じないから、こんな日は逆に着ている方が過ごしやすいよ。ディアナが施している魔力の膜の進化版って考えてもらうと分かりやすいかな。」


わたしも雪が吹き荒れる神殿の外に安全に出る為に、魔力の膜で体を覆っている。これはリュースを使わなくても自分の魔力を纏うだけなので気軽にできる。ただ魔力を垂れ流して覆ってる感じなので、魔力の消費量が多く誰でも簡単にはできないらしい。


「アーレウス様とリゲル様の鎧は同じものですよね?その鎧が騎士団の鎧ですか?」

「そうだ。騎士団に所属している者だけがこの白銀の鎧を身に付けることができる。白銀の鎧は騎士を目指す者にとって憧れの象徴さ。」

「確かにかっこいいですもんね。女の子にもモテそう。」


広場の中央辺りまで歩くと、先頭を歩いていたリゲルは歩みを止め、それに続いていた四人も足を止めた。まだ貴族門の随分手前だが、ここで何があるのだろうか。


すると、リゲルが腰のベルトに下げていた魔石を雪の上に投げた。その魔石は強く光って、動物の石像へと姿を変える。よく見ると動物というより、魔獣のような石像は全く動かない。


「ディアナは私の魔獣で行く。こちらへ。」


アーレウスは抱き上げていたわたしをリゲルへ手渡すと、羽が付いた白い馬のような動物の上に乗せられた。馬のようなっと言うのは言葉通りで、馬に近い姿をしているだけで、魔獣を模しているからか目は四つあり耳も長い。


「待て。其方は私の護衛として来るのだろう?相乗りでは護衛も満足に出来ぬだろう。ディアナは私の魔獣に乗せる。」

「いいえ。殿下と平民の娘を相乗りさせるわけにはいきません。」

「何度も言わせるな。今日の其方は私の護衛だ。ディアナ、こちらへ来い。」


これ以上の反論は許さぬと言うレグルハウトの雰囲気に、リゲルは諦めたように魔獣に跨っていたわたしを抱き上げると、レグルハウトの羽の生えた真っ黒な一角の獅子の姿をした魔獣の背に乗せた。


角が生えた黒獅子はファンエリオンの紋章に使われており、この黒獅子の魔獣に乗れるのは王族だけらしい。目立つので攻撃対象になりそうな気もするが、黒獅子に跨る姿を周囲に見せることが王族としての義務でもあり、威厳に繋がるそうだ。


レグルハウトは黒獅子の背に跨ったわたしの後ろに飛び乗り、手綱を握った途端、本物の動物のように動きだした。


「キャッ!?」


突然動き出した魔獣にバランスを崩し、身体が左右に揺れ滑り落ちそうになったが、レグルハウトが左手で支えてくれたおかげで無様な姿を晒さずに済んだ。


「口を閉じておかないと舌を噛むぞ。」


ぐっと唇を強めに合わせたわたしは、前のめりになるように身体を倒し、目の前の手綱を握った。タタタッと数歩軽く駆けた黒獅子は、バサリと羽を動かすと上空へと駆けていく。どんどん小さくなっていく神殿に、一瞬で上空へと駆け上がったのが分かった。


「うわぁ、高い。雪で何も見えないですね。残念」

「魔獣に乗るのは初めてだろう。怖くはないのか?」

「怖いですが、それよりも面白いです。」


空を駆ける黒獅子は不思議とほとんど揺れないので、むしろ馬車より乗り心地がいいかもしれない。ただ、落ちないように支えるのが手綱だけというのは、非常に不安に感じるけれど、後ろでレグルハウトが支えてくれているので、思ったより恐怖はなかった。


「この魔獣はどうやって動かしているのですか?」

「これは魔石を変化させた術者の好みの魔獣だ。魔力の供給が切れない限り、自在に動いてくれる。」

「どんな魔獣にしてもいいのですか?」

「そうだな。騎士には操縦が安易で攻撃のしやすい四肢の魔獣が人気だ。」


周囲に並ぶ魔獣は若干形は違うが全員が天馬で、色の違う天馬が空を駆けていた。貴族女性には見た目が可愛い兎やリスが人気らしい。


「そう言えば、どこへ行くのですか?」

「騎士団寮だ。」


雪でほとんど視界はないが、魔獣が少しずつ下降を始めた。普段、騎士団寮で生活をしているのでそこへ向かっているらしいが、この吹雪の中、何を目印に飛んでいるのか不思議で仕方ない。


「わたしが行っても大丈夫なのですか?」

「問題ない。私の冬籠もりの準備がまだ終わっていないものだから、早く取りに戻ろうと侍従たちに急かされていたんだ。私しか入れない部屋もあるからね。」


あれだけの物を運び込んでいたのに、まだ冬籠もりの準備が整っていなかったことに驚きだ。毎日わたしとお茶をする時間があったのなら、吹雪がひどくなる前に早く準備をすればよかったのに。


徐々に城を囲む城壁が見えてきた。その近くに建つ騎士団寮は、かなり大きい左右対称の四階建ての建物だ。中央に食堂や休憩所などの共有スペースがあり、そこを境に生活区域は男女で左右にわかれているらしい。


寮は身分関係なく若手は必ず入る規則になっていて、共有スペース以外の部屋に異性の連れ込みは原則禁止だ。破れは処罰対象なので、意外と厳しい。


レグルハウトが手綱を操り騎士団寮近くの広場に降りると、軽やかに魔獣から降り、次いでわたしを降ろすと、魔獣は光を放ちながら、腰のベルトに付いたケースに飛び込んで、元の魔石に戻った。


「レグルハウト様、これくらいの雪なら自分で歩けます。」

「このまま私が歩いた方が早い。」


わたしを抱き上げたまま建物に向かってスタスタと歩く姿に、雪の降る広場で訓練していた騎士団員が、ギョッとした顔でこちらを見ている。

恥ずかしい。何の羞恥プレイだよ。


寮の中では、先に寮に戻って準備を始めていた侍従たちの手によって、冬籠もり用の荷物が箱詰めされていた。まだ準備できていない物があるのを考えるとかなりの量だ。


「殿下、ディアナを降ろしてください。ここは周りの目があります。」


わたしたちに追い付いたリゲルが進言すると、一瞥し、少し考える素振りを見せた後やっと降ろしてくれた。既に散々注目されていたので、今さらような気もする。


レグルハウトは近くいた侍従に指示を出し、箱詰めが終わった食料や日用品が次々に別の場所へ運び出されていく。一体どれだけの荷物を運ぶつもりなのだろうか。わたしの荷物も貴族服があったのでそれなりの量だったが、その比ではない。


「リゲル様、この吹雪の中どうやって神殿まで荷物を運ぶつもりですか?」

「神殿にある転移用の魔法陣と、騎士団寮にある魔法陣を繋いで転送する。」

「え?何ですかそれ。本当に貴族って便利ですね。」


何もすることがないので、荷物が運び出される様子を眺めていると、もう少し時間がかかるということなので、共有エリアにある図書館へ連れて行ってもらえることになった。

何、そのご褒美。


寮の図書館は、騎士たちの昇任試験の勉強用に国の歴史や騎士団の歴史、兵法などの資料があるらしい。最近はゆっくり読書ができていなかったので楽しみで仕方ない。

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