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訪問者との晩餐(前)

練習のあと軽く湯浴みを済ませ、前髪を軽く編み込んで晩餐用の薄い水色のドレスに着替えた。いつもと同じリゲルとの食事だが、準備をするヴァルナは毎回手を抜かない。それが貴族にとっては当たり前らしいが、用途に合わせ一日に何度もドレスを着替える貴族は本当に凄い。

そして、色々言いながらもそれに慣れてきたわたしも、大概、貴族に染まってきたのだろう。


「今日はいつもより長く練習されていたようですが、リゲル様から何かご指導がありましたか?」

「ううん。いつも通りの練習だよ。まだコツが掴めてない箇所があるから、いくら練習してもし足りないの。」

「まぁ、そうでしたか。ですが、あまり無理はなさらないでくださいね。本来ならする必要のない執務や、楽師としての練習も詰まっていらっしゃるんですから。」


未成年のわたしに執務の振り分けはないが、リゲルの手伝いと称して執務をしていることをヴァルナは良しとしていない。執務よりも貴族令嬢として学ぶべきことがありますっと常日頃から言っている。


食事の時刻になるまで準備をしながらヴァルナと話していると、扉に付いている外からの呼び出しの魔道具が光った。室内と外を繋ぐ通信装置で、扉を開けて外に出なくても会話ができる仕組みになっている。


会話を終えたヴァルナが少し慌てた様子で戻って来ると、「急いで着替え直しましょう。」っと言いながら寝室の衣装棚に衣装を取りにいった。

ヴァルナが持ってきたのは、神殿で着ることはまずないだろうっと思っていた真っ赤なド派手なドレス。屋敷にいた時に着ていた服も運び込まれているが、ほとんどが新しく仕立てられた服だ。


「何かあったのですか?」


急かされるように着ていたドレスを脱がされ、同時に髪飾りも外されていく。優雅な動きで立ち回るヴァルナを鏡越しにジッと見ていると、物凄く満面の笑みだ。


「本日の晩餐は王族の方がご一緒されるそうです。」

「もしかしてレグルハウト様?でもどうしてわたしも?」


ヴァルナも詳しく説明を受けていないそうだが、この晩餐への参加はリゲルの指示らしい。食事の作法はマナー講師やリゲルから合格をもらっているが、王族がいるとなると別だ。


「髪は結い上げますね。」


貴族女性は成人の儀を済ませると、家族以外の異性の前では髪を結い上げておく必要があるらしい。わたしはまだ結い上げる必要はないけれど、公式な場では髪を結い上げていた方が無難だ。

貴族社会の決まり事は面倒くさい。


結い上げられていく髪は大人っぽいドレスに合わせて、いつもと違う複雑な編み込み方だ。わたしにはさっぱりやり方が分からないがエミリが見たら喜びそう。

最後にガラス製の青い花の髪飾りを付けると出来上がりだ。


「ディアナ様、今日もお美しいです。ふふ。やはり赤いドレスもお似合いですね。」

「ありがとう、ヴァルナ。」


今日の食事はいつものリゲルの執務室ではなく、神殿にある来賓用の晩餐室を使うそうだ。晩餐が行われる部屋の扉の前には、リゲルの護衛とレグルハウトの護衛が控えていた。いつも以上の厳戒態勢に頬が引きつる。

わたしの顔を見ると、リゲルの護衛騎士がレグルハウトの護衛に目配せし固く閉ざされた扉が開いた。


部屋の中に入ると、リゲルとレグルハウトは席について談笑していた。壁側に控えている側使えたちからは、無表情ながらもピリッとした緊張感のある空気が漂っている。


わたしに気づいたリゲルに手招きされ、テーブルへ視線を向け口角を上げる。ここに来るまでの間にヴァルナに教えてもらったことだが、王族への挨拶は一般の貴族にする挨拶と口上が違うらしい。最上位の相手への挨拶なので、お辞儀の角度を一つとっても違うそうだ。


商人が王族へ挨拶をする機会はない為、さすがに王族に対する挨拶の仕方は神殿学校では教えていない。その為、わたしの知っている挨拶では不敬に当たる場合がある。挨拶が違うことすらさっきまで知らなったのに、いきなり不敬とか怖すぎる。


「ディアナ、こちらの方はレグルハウト殿下だ。以前、成人の儀の際にお会いしたのを覚えているか?君の晩餐への参加は殿下の希望だ。」

「やぁ、ディアナ。先ほどは突然で悪かったね。其方と話したくて晩餐へ来てくれるようにリゲルに頼んだんだ。この晩餐も私の希望だから正式な挨拶はいらない。」


ドレスのスカート部分を軽く摘まみ、優雅に見えるようゆっくり膝を折り、「ありがとうございます。」と丁寧に腰を曲げる。淑女教育で叩き込まれた賜物だ。


側使えに案内され席につくと、わたしのグラスにも飲み物が注がれる。いつもの果汁ではなく、晩餐用の食前酒だ。リゲルとの食事でわたしに酒が出ることはないが、正式な場では子どもにも食前酒が出るようだ。ただ、飲まずに口を付けて、飲むふりだけでいいらしい。


リゲルの挨拶で乾杯をし食前酒を飲むと、前菜が運ばれてくる。料理はいつもと同じなので、作法は心配する必要はない。緊張して喉を通るかは別として、安心して食べることができる。


「剣舞の練習をしていたが、次の奉納式はこの娘が舞うのか?」


前菜からさっそくわたしの話題になり、二人の視線がこちらへと向く。

先ほどのことはまだリゲルに何も報告していないので、できればレグルハウトには余計なことは言わないでもらいたい。


「まだ練習を始めたばかりなので決定ではありませんが、その方向で準備は進めています。」

「其方が教えればすぐに上達するだろう。しかし、なぜ模造刀を使う?怪我の心配だけならさっさと本物の剣で練習させ、剣の重みに慣らした方がいいのではないか。」


なぜか今後の練習方針について、熱く語り合う二人。その会話の最中に口を挟むタイミングもなければ、そもそもそのつもりもないので、手は口と皿を往復し、黙々と食事に専念する。


前菜の次に出されたスープは、わたしが考案した野菜のうま味が凝縮した野菜たっぷりスープだ。下町ではよく食べる、余ったクズ野菜を適当に入れてグツグツ煮込むスープを貴族風に改良した。

元々出されていた貴族のスープも美味しかったが、わたしが改良したこの料理もリゲルは気に入ってくれている。


「ん?このパンは何か入っているのか。あぁ、アッセの実か。」


テーブルに置いてあるパンも普通のパンと、わたしが考案したドライフルーツを練り込んで焼いたパンがある。パンはドライフルーツ以外にも野菜を入れたり肉を入れたり、具材を変えて色々な種類を作った。これは簡単に種類を増やせるので料理人になかなか好評だ。


「ディアナの案で料理人が改良したパンです。屋敷の者にも好評だったので、神殿の方でも取り入れております。」

「この娘が?面白い。」


こちらをジッと見るレグルハウトの視線を感じたので、とりあえず「はい。」っと頷きニコリと笑って返しておく。チラリとリゲルを横目で見るが、特にその表情には変化がないので、話しかけられた時の淑女の返答のやり方として正解だったようだ。


「其方が庇護するに値するほどの娘かと疑問に思っていたが、気にかけるだけはあるということか。噂もあながち間違いではないのだな。」

「殿下のお耳にまで入っておりましたか。社交界の噂とは面倒なものです。」


口角を上げニヤリと笑みを浮かべるレグルハウトとは対照的に、リゲルの眉間には皺が寄り心底不愉快だと言わんばかりの表情だ。リゲルの表情をここまで変える噂って一体?


「社交界から距離を置いたつもりだろうが、其方を狙っている令嬢は多い。屋敷の内装工事をして針子が出入りしていれば噂にならない方が無理だろう。」

「あの、リゲル様、噂って?」

「何だ?お前は知らなかったのか?いま貴族連中は、リゲルがついに結婚するっという話でもちきりだ。貴族の中で神殿職は閑職扱いだが、それを差し引いても顔良し家柄良しで婚約者のいないリゲルは、社交の場に出れば令嬢たちから熱い視線を送られていた。」

「え?リゲル様、結婚するのですか?」


口元を抑えてククッと喉を鳴らして笑うレグルハウトの横で、リゲルはあいかわらず眉間に皺を寄せたまま深い溜め息を吐く。

結婚っというおめでたいワードのはずなのに、その噂の渦中である本人の表情は酷く不愉快そうだ。


「リゲルの結婚相手と噂の相手は其方だ。」

「は?」


驚きでつい素で素っ頓狂な声を上げてしまったが、何てことだ。わたしがリゲルの屋敷で生活していたことで、社交界で変な噂が流れていたらしい。

どこどこの伯爵家の娘だとか、侯爵家の深窓の令嬢、金持ちの未亡人の後添え、ついには他国の姫君説など、どれだけ調べてもどこの誰か分からないこともあって、様々な憶測が飛び交っているそうだ。


「急ぎで生活環境を整えたので何かしら噂になるのは予想しておりました。手は打っておりますので噂自体は問題ありませんが、さすがに少々煩わしいですね。」

「屋敷にいたのが平民の幼い娘だと悟られないよう、あえて噂を流させたのだろう?アークツルス家の末娘だと思わせるには、この娘は夫妻のどちらにも容姿が似ていない。」


目の前に本日のメインである肉料理が並んだ。ナイフとフォークを使って、レグルハウトがとても優雅に食べ始めた。さすが王族。肉を切る所作の一つ一つが美しい。

こちらは話が気になって喉を通りそうにないと言うのに。


「噂に関しては情報操作をしておりますので、本当のことが出回ることはないでしょうが、そもそもディアナは見た目が平民に見えないので、出入りの者たちも貴族の娘だと思い込んでいたようです。」

「確かにこの娘は平民には見えないな。立ち振る舞いもこれくらいの年齢の子どもだと思えば、他の貴族とさして変わりない。」


それにっと言葉を続けながらレグルハウトの鋭い視線がこちらへ向く。ビクリと肩が震え無意識に視線を下げる。ただでさえ食事が喉を通らないのに、まだ何かあるのだろうか。


「その魔力。誰も平民だとは思うまい。私もいまだに本当に平民なのか疑わしいと思っている。」

「殿下、それは・・・」

「分かっている。」


険しい顔のリゲルの言葉を制すると、何事もなかったかのように酒を飲み食事を続ける。リゲルも小さく息を吐くと食事を続け、わたし一人が空気のように息を殺し、切った肉を口へ運ぶ。

うん、緊張で味がしない。


場の緊張感とは関係なく、料理は次々と運ばれてくる。リゲルたちもわたしの話しが一旦終わったのか、騎士団の話や他領の話で盛り上がっていた。


最後のデザートが運ばれてきた時は、やっとこの晩餐が終わると静かに歓喜した。大好きなデザートを前にそんな風に考えたのは始めてだ。


今日のデザートはフルーツたっぷりのタルトケーキとアッセのムース。ケーキの横にはきめ細かな真っ白な生クリームが添えられ、芸術的にカットされた果物が美しく飾られていた。

このアッセのムースは酸味があり、滑らかな口当たりが良い。ケーキほど手のかかるものではないが、実は好きなデザートの上位に入るほど美味しい。


フョークを持ち、大好きなムースに手を伸ばす。わたしは好きな物から最初に食べるタイプなのだ。


「そういえば、伯父上から式典に楽師として参加すると聞いた。貴族でも手を焼く楽器をどれほど弾きこなせるのか興味がある。何か演奏してくれ。」

「え!?」


突然、話しを振られ、ドゥーベを演奏しろという無茶ぶりに、持っていたフォークを落としそうになる。驚いて慌ててリゲルを見ると、顔は無表情のままだが眉間に皺が寄っていた。何もフォローがないところを見ると、拒否はできないらしい。


「かしこまりました。」


後ろに控えていたヴァルナはわたしに小さく一礼するとドゥーベを取りに行き、控えていた他の従者たちが演奏の準備を始める。


まだ一口もデザートを食べていないのに、アッセのムースはお預けらしい。

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