真冬の訪問者
奉納式に参加することが決まって以降、授業終わりに誰もいない温室の広場で練習するのが日課になっていた。元々、温室の中に広場らしい広場はなかったのだが、わたしの練習のために調合室の建物周りを整備してくれた。
なぜそんな大掛かりなことになったのか。
何度か授業終わりにそのまま自主練を続けていたが、時間を忘れて練習することが度々あり、練習をしていた建物に入れないヴァルナが、リゲルへ練習をやめさせるように苦情を入れたらしい。
ヴァルナ、強し。
授業で注意されたことを何度も反復練習し、腕が下がらないようにも意識する。あいかわらずの腕力のなさで、後半は自身でも分かるほど腕が上がらなくなる。
徐々に下がってきた腕を意識するが、既に授業で散々踊っているこの体は、体力もほぼ底をつきかけ疲労困憊。
「何だその舞は。視線が悪い。視線は常に剣先だ。」
突然、背後から聞こえてきたのは聞き覚えのない声だが、わたしが求めていた的確な指導に、特に誰か確認することもせず指示通り踊り続けた。人を従わせるような威圧感のある声に、疲れも忘れ無意識に集中力が高まる。
視線を剣先へ向けるとことで自然と腕も上がり、剣の動きが安定する。
ギーン
そのまま両手に持った剣を振り上げ交差させると、模造刀とはいえ剣同士がぶつかり合った大きな音が響く。
「この舞に剣同士が当たる音は合わない。単純に振り上げただけでは今のように大きな音が出る。剣同士が当たる瞬間、勢いを殺し軽く刃を触れさせる程度でいい。」
言われた通り意識しながら剣を振り上げると、勢いを殺せずそのまま剣同士が強めに当たる。もう一度、やってみると次は意識しすぎて全体の動きが鈍くなった。
「交差させた剣は刃を当てた状態で腕を後ろに引き抜くように動かせ。そうだ。そのまま弧を描くように回して、視線は真っすぐ前に。腕が辛いならせめて視線は上げていろ。」
剣を鞘に収め、片膝をつきながら二本の剣を鞘ごと腰から抜いて目の前に置く。一礼するために、立ち上がろうと足に力を入れたが、力が入らずペタリと地面に座り込んでしまった。
もう無理。体力の限界。
ゼイゼイと肩で息をする。息も絶え絶えで呼吸が全く整わない。こんなに疲れたのは初めてだ。
「其方、技術もだが体力も伴っていないのか。基本は教えられているようだが、頭で考えながら動いているせいで動きが拙い。」
声の主の言っている事は的確だが、リゲル以外でここまではっきり物を言う神官を知らない。
何度か深呼吸して息を整え、力の入らない足を叱咤しながらゆっくり立ち上がり、振り返って声の主を確認すると、そこにいたのは思いがけない人物だった。
「え?レグルハウト、様?」
成人の儀の会場で隠れて見ていたわたしとばったり出くわし、リゲルに殿下と呼ばれる黒髪で金色の瞳を持った王族。
「私のことはリゲルに聞いたようだな。」
なぜこの人がここにいるのだろうか。驚きが先行して完全に挨拶するタイミングを逃してしまった。王族をジッと見るのは不敬だろうと思い慌てて視線を下げると、わたしの意図に気づいたのか「構わない。」と全く気にしていない風の声が聞こえた。
「ご挨拶が遅れました。ディアナです。」
前回会った時、レグルハウトはリゲルが平民を庇護下に置いていることを既に知っていた。あの日の会話から、リゲルのことを尊敬している感じがしたので、多分、あの後、わたしのことは調べ上げただろう。
それを分かった上で、王族が平民に普通に話しかけ、剣舞の指導をしてくれるとは驚きだ。
「リゲル様にご用でしたら、執務をされているお時間なので、自室にいらっしゃると思います。」
だからさっさとここを去ってくれ、とは言えない。淑女教育を受けているとは言っても、まだまだ付け焼刃感が否めないわたしのマナーが、王族相手に通用するわけがない。対応を間違えると確実に家族の首まで飛ぶ。
リゲルに怒られるだけじゃ済まない相手は本当に無理。
「あぁ確認済みだ。其方、平民であろう。舞はいつから始めた?」
「この冬籠もりからです。」
「そうか。体力はないが筋は悪くない。体力が付けば一気によくなるだろう。」
「ありがとうございます。」
だから早くリゲルの所へ行ってくれ。何度だって言おう、わたしに王族の相手は荷が重すぎる。
「ではもう一度、最初からだ。」
「え?あっ、はい。」
この人は何を言っているのだろうか。一体、わたしの何に興味がわいたのか知らないが、その悪魔のような提案を断れるわけもなく、空っぽになった気力と体力を気合で奮い立たせ舞うしかない。
この状態で舞うのは本当に心臓が悪い。吐きそう。
レグルハウトはわたしが置いていた音を出す魔道具を作動させると、剣舞で使用する音楽が流れ始めた。わざわざ作動させたということは、がっつり練習させる気なのかもしれない。
急いで片膝をついて最初の踊りだしの姿勢を取ると、音を止め、その姿勢が悪いと指摘が入る。この調子で指導が入るのかと思うと、最後までやりきれるか本気で心配になってきた。
音が流れ始め、極度の緊張感の中、物凄い集中力で舞う。途中、音を止め指摘を受けるっという鬼のような指導を繰り返し、言われた通りに直していくと、無駄な動きが減り優雅に舞えているのが分かる。
踊り終えたのと同時に額から汗が流れ、乱れた息は整えるのに時間がかかる。思った以上に極限の状態だったらしく、膝をついた状態から立ち上がることも座り込むこともできない。まさに一歩も体が動かない状態だ。
「体力的に限界のようだな。だが、予想外の仕上がりだ。」
体を屈めたレグルハウトの手が、立ち上がれないわたしの背中と膝裏に触れた。
「わっ!」
体を横抱きにされ、唐突なその行動に目を見開く。
「レグルハウト様、自分で歩けます!誰かに見られたらリゲル様に怒られます。」
「どう見ても自力で立ち上がることもできそうにないではないか。」
憐れむような視線を向け、そのまま歩き出したレグルハウトは、近くのベンチにわたしを座らせると、隣に座り両手を掴むように取ると、握っていた手の平を上に向けられた。
「痛っ」
無意識に握っていた手を開くと、剣を扱っていた手の平は痛々しいことになっていた。集中し過ぎて気づかなかったが、改めて認識してしまうと痛い。
ケガが酷い時はリゲルが癒しの術をかけて治療してくれているが、今日も治療してもらわないと痛くて生活に支障が出るレベルだ。
「動くな。」
レグルハウトは片手で手を掴んだままリュースを出すと、いつもリゲルがしているように癒しの術の呪文を唱えた。一瞬で手の平のケガは治り、滲んだ血も綺麗に消えた。
この程度の治療でも癒しの術は魔力消費が激しい。わたしごときに王族の魔力を使わせて大丈夫なのだろうか。わたしの首が飛ばないか本気で心配になる。
「ありがとうございます。」
「問題ない。少し無理をさせたようだな。」
もう一度手を掴まれ綺麗に治っていることを確認すると、その視線が腕輪へ向けられる。
「伯父上から与えられた腕輪の魔石はほぼ色が変わっているようだな。」
探るような鋭い視線を向けたまま、腕輪の魔石を触りそこへ魔力を流されているのが分かる。しっかり手を掴まれ振り払うことができない。
わたしの魔力のことは神殿内での秘匿扱いとなっているが、リゲルが平民の娘の庇護者となりウィルビウスの腕輪を付けた姿を見れば、ただ単純に魔力があるっというだけ話ではないことは明らかだ。
「式典で感じたあの魔力は其方の魔力だったのか。腕輪で魔力調整をしているようだが、魔力が増えすぎて限界のようだな。この魔力量だと王子たちより多そうだ。」
目は口程に物を言う。目を合わせるとボロが出そうなので、レグルハウトの視線から目を逸らし、わたしからは何も答える気がないことを意思表示しておく。
魔力のことは勝手に人に話せないので、知りたいのならリゲルたちに直接聞いてほしい。
それよりも腕輪が限界というのはどういうことだろうか。
「まぁよい。其方のことは後で改めて聞くとしよう。」
レグルハウトは口角を上げて至極いい笑顔で微笑むと、それとは対照的に猛禽類が獲物を見つけた時のような鋭い目つきで心臓を射抜かれる。
面倒なことになった。この状況、絶対にリゲルに怒られる。




