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神に捧げる舞

神殿での生活は、わたしの想像以上に毎日とても忙しい。


二の刻の起床時間にヴァルナが起こしに来ると、朝の身嗜みを整えてもらい神官服へ着替える。神殿に部屋が与えられたわたしは、神殿学校の生徒ではなく神官として扱われるそうだ。

立場的には見習い神官らしいが、未成年なので執務などの割り振りはない。完全に名前だけの神官。


食事は三食リゲルの部屋で食べることになっているので、二の刻半にリゲルと朝食を食べ、三の刻からはカウスとドゥーベの練習を行う。春の式典から楽師として参加できることになり、カウスの練習に物凄く力が入っているのは言うまでもない。

正式に楽団員になったことで、リゲルがわたし専用のドゥーベを用意してくれた。高価な楽器を当たり前のように買ってくれたリゲルに感謝だ。


ドゥーベの練習を終えた四の刻から神官見習いとしてリゲルの執務を手伝い、そのまま五の刻に昼食を食べ、昼食後は七の刻まで魔力の授業。半分は机に座っての講義で、半分は魔力が増えたので、魔力制御に重きを置いた授業だ。

後は黙々と魔石に魔力を溜めていく。これは神官としての立派な仕事らしい。


授業が終わった後は夕食まで自由時間なので、調合室で香油を作りながら、アーレウスが持ってきてくれた素材で新しい匂いの研究をしている。


リゲルの執務が八の刻に終わるので、そこから夕食の時間だ。夕食は神官服ではダメらしく、用意してもらった貴族の服へ着替える必要がある。面倒だけど、これが貴族だと言われれば何も言えない。


夕食後は部屋に戻り湯浴みをして、就寝時間まで読書をしたり温室を散歩するのが日課だ。夜の一人歩きは認められないと護衛の手配をしようとしていたが、息抜きをしたいと懇願し、十の刻までに部屋に戻って寝ることを条件に許可してもらえた。

冬籠もりで外部から人が来ない今だけだっと渋々了承した形だ。


そして、冬籠もりと同時に新しく始まった奉納舞の授業。魔力の授業の後に、そのまま奉納舞の練習をするのだが、今までの授業と違い体力を極限まで使う奉納舞は、練習後の疲労感が半端ない。

リゲルが言ったとおり、寂しいと思う暇もないくらい毎日疲れてぐっすり眠れている。


「ディアナ、腕が下がってますよ。しっかり私の踊りを見てください。」


わたしの見本となって目の前で踊ってくれている神官のヘスティ。

現在、神殿に舞を踊れる神官は三人しかおらず、その中でもヘスティが一番上手いらしい。ジークと同じ年齢で、物静かなとても落ち着いている壮年の男性だ。


奉納舞は名前の通り神へ捧げる舞で、色んな舞の種類がある中で、この神殿では神具の剣を使って舞う剣舞を神への奉納舞としている。


今まで奉納舞を見る機会がなかったので、披露する場があるのか不思議に思っていたのがヘスティに伝わったのか、苦笑いしながら春の奉納式と秋の収穫祭で奉納していることを教えてくれた。

神具を使う奉納舞にはある程度の魔力が必要で、剣舞は神官の中でも魔力の多い者が代々継承しているそうだ。

その法則だと、魔力のあるわたしは、神官の義務として奉納式に出る必要がある。


「そこはもう少し顎を引いて。また腕が下がってますよ。」


いま使っている模造刀は、練習用とは言え、式典で使う本物の神具の剣と同じ刃の長さで同じ重さだ。持ち慣れない剣の扱いで手にマメができ、手の皮も剥けまさに血の滲む特訓だ。

楽器を扱う貴族令嬢がこんな手になって文句も出ないのかと疑問に思ったが、ヘスティも女性神官に教えたことはあるが、子どもに教えたことがないので、手の皮がめくれ血が滲むようなこの教え方が正しいのか毎回心配しているらしい。


しかし、そこはさすが貴族。

毎日リゲルが手に癒しの術をかけて、傷を手当てしてくるので傷一つ残らない。本当に魔力って便利。


「しっかり腕を伸ばして。目線ももっと上げてください。」


重い剣を持って踊るのは体力だけでなく腕力も必要だ。大人でも扱いに慣れるまでは、剣の重さに翻弄されるのに、わたしが持って踊るには結構な拷問だと思う。ドゥーベの練習で腕力がついた気がしていたが、気のせいだったようだ。


奉納舞の中でも剣舞の難易度は高く、その中でも神殿で舞う剣舞は、舞に流れるような優雅さ美しさが求めれるので、さらに難易度が高いそうだ。


「はい、そこまで。一旦、休憩しましょう。体力も腕力もまだまだ付ける必要がありますね。剣舞は腕の動かし方一つで、見た目が美しくも下手にもなります。」

「家で引きこもっていたのが悔やまれます。もっと体力が付きそうなお手伝いをするべきでした。でも、最初に比べたら体力がついてきた気がします。」

「もう少し体力がつけばこの冬籠もりの間に形になりそうですね。私たちとしても、魔力のあるディアナが奉納式に参加してくれるようになればかなり楽になります。練習頑張りましょう。」


休憩のタイミングを見計らっていたのか、お茶を持ってきてくれたヴァルナ。さすが優秀な侍女。


「ありがとうヴァルナ。ん?三人分?」


ワゴンに乗ったティーセットは三人分で、わたしとヘスティが座るテーブルに三人分のカップが置かれた。今から誰か来るのだろうか。


「はい。リゲル様がまもなくこちらへこられます。」


その声とほぼ同時に練習場へ入ってきたリゲル。そのまま空いた椅子に座ると、ヴァルナが流れるようにリゲルのカップにお茶を淹れる。


チラリとリゲルの顔を伺うと、あいかわらず表情は読めないが、突然ここへ来たのは怒れらる案件ではなさそうだ。そうなると、何か急ぎの用事だろうか。


「それで、奉納舞は形にはなりそうなのか?」

「完璧に仕上がるまではまだかかりそうですが、一通り踊るだけでしたら春までに間に合いそうです。粗が目立たない程度に出来ればいいのですが、さすがにそのレベルまでは時間が足りないです。」

「短時間で形にする以上、粗が目立つのは仕方ないだろう。春の奉納式には間に合わないと思っていたが、何とか使える程度には仕上がりそうだな。」

「はい。秋から参加してもらえればと思っていましたが、このまま順調にいけば春も可能かと。」


二人の視線が真っ直ぐこちらを向き、わたしに関わることを話しているはずなのに、全く話しに入れない。もっと奉納舞の練習時間を増やそうとか、春の奉納式に参加させようとか、神具を使う奉納舞は見た目の美しさより魔力がものを言うらしく、拙い踊りでもわたしが奉納式に出る方が最も効率がいいらしい。

どう考えても、この話の流れは大変なことになりそうな予感しかない。


「あの、リゲル様。春は楽師として成人の儀と花紡ぎの儀に参加するので、ドゥーベの練習で予定が詰まってますよね?」


今まで通りカウスとの授業以外にも、冬籠もりが始まってからは式典の為に他の楽師との合同練習もしている。夕方からの自由時間以外は一日中何かしらの予定が詰まっている感じだ。


「練習時間に関しては調整するので問題ない。君がどちらかに集中したいと言うなら、人が足りない奉納舞を優先してもらいたい。それで、君はどうしたい?」

「・・・練習、頑張ります。」


おかしい。その質問は絶対におかしい。わたしが花紡ぎの儀に楽師として参加したいことを知った上で、その質問はずるい。これだと選択肢があってないようなもの。

名ばかり神官としてまったりと神殿で冬籠もりをするつもりが、気づけば冬籠もり前より忙しい。


「心配しなくても練習時間は今のままで大丈夫です。私の方でももう一度、練習内容を組み直しますね。今後は動きを安定させる為に、もっと基礎を重点的に固めていきましょう。」

「やる以上は頑張って練習します。でも、あまり期待しないでくださいね。」


溜め息をして力のない目を二人へ向け、渋々、了承するとへスティは優しそうな笑顔を浮かべていた。へスティの笑うと目尻に皺が出る笑顔は、ジークの姿を思い出して元気が出る。


「分かっています。では、もう少し休憩したら練習を再開しましょう。」

「はい。」


香油作りや下町のことなど他愛のない話をし、お茶を飲んだリゲルはわたしの練習を見るわけでもなく、仕事があるからと執務室へ戻っていった。忙しいのにわざわざ奉納式の話をするだけの為に、ここへ来たのだろうか。


残されたわたしたちはいつも通り七の刻まで練習をした。とりあえず奉納式では粗が見えても踊りきることが大事なので、今は練習を続けるしかない。

へスティの教え方はとても上手で、悪い場所を的確に指摘してくれる。わたしの舞は無駄な動きが多く、一つ一つの動作が滑らかでないらしい。まずは、うろ覚えの踊りをしっかり覚えることが先決で、細かい動きの修正はそれからっということになった。


そして現時点で一番の問題は、腕力が足りないことだろう。これはすぐにどうこうできるものでもないので、練習しながら腕力を付けていくしかない。


それから何度か通しで踊ったところで、授業の終わりを知らせる七の刻の鐘の音が聞こえた。体力と腕力が底を付き、さすがに腕が上がらないっと泣きそうになっていたのを見計らったようなタイミング。

それに気づいていたらしいへスティは、授業の終わりを告げるともの凄くいい笑顔で練習場を出て行った。もしかしなくても実は鬼指導官?

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