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冬の終わりと、春の訪れ

真っ暗な空に雷光の神フラグルトゥルと、女神ユーピテールがくるりくるりと舞い上がる。

長かった冬の終わりを告げる何本もの光の柱が、ファンエリオンの大空を駆け抜けていく。

心の奥に隠してしたものを見透かされるような何とも言い難い不安と、新しい季節の訪れに歓喜し、冬の終わりを告げるフラグルトゥルの轟に胸が躍る。




昨夜から続く雷鳴と、灰色の雲に覆われた空を見上げそっと息を吐く。胸の奥につかえた小さな不安を隠すように、大きくなったお腹を撫でるとお腹の中でボコッと元気に動く気配を感じることができる。


無事にここまで育ってくれて本当に嬉しい。

妊娠の早い段階で医者から双子の可能性があると言われ、大きくなるお腹を見ながら成長の喜びを感じる半面、無事に出産できるのか不安な日々を過ごしていた。

しかし、最近ふと思うことがある。


お腹の子は本当に双子なのだろうか?


医師の診察はお金がかかるので最初に見てもらって以来、出産の手伝いをお願いしている近所の産婆さんに相談しているが、産婆さんも双子の経験が少ないらしく触診しながら何とも判断をつけかねた微妙な顔をしている。


私自身、最近は何とも言えない漠然とした違和感を感じていた。何がどうっと聞かれると明確には答えることができない。

不安を解消するために通っていた神殿に通わなくなり、時折、どうしようもない焦燥感に襲われることがある。不安な顔を家族に見せないよう気丈に振る舞ってはいるが、精神的に追い詰めれらていることを自分自身が一番分かっている。

もしかすると不安に押しつぶされないように、無意識に双子じゃないかもしれないっと思い込もうとしているだけなのかもしれない。


ううん。大丈夫。きっと大丈夫。


自分に言い聞かせるように「大丈夫」っと心の中で何度も繰り返し、溢れだしそうな不安に無理やり蓋をすると、まだ僅かに残る小さな不安の種は、昼時を告げる五の刻の鐘が打ち消してくれた。


まもなくして階段を上る足音が聞こえ、玄関の扉が勢いよく開く。


「帰ったよ、コーナ。体調はどうだい?」

「ジーク、おかえりなさい。朝と何も変わりないわ。」


私が神殿通いをやめてもジークの心配性は健在で、最近では私の体調を考え五の刻の鐘と共に一旦仕事を終え帰ってきてくれる。

同僚たちは私のお腹の大きさと愛妻家ぶりを理解し、快く中抜けを許してくれているらしい。相変わらずの過保護ぶりだが今はそれが嬉しくて仕方ない。


「少し横になった方がいいんじゃないか?ちょっと顔色が悪いぞ。」

「ふふ、そんなに心配しなくても大丈夫よ。」

「予定じゃいつ産まれてもおかしくないんだろ?さぁおいで、ベッドまで歩けるか?」

「えぇ。少し横になるわね。」


ジークがひどく心配するので大人しくベッドに横になると、不安顔をしたジークが私の顔を上から覗き込んでくる。私が笑顔を向けると彼の大きな手が私の手を優しく包み込み、胸の奥にある絡み合った不安が少しずつ解きほぐされていくのが分かった。


元気に産まれてきてくれるかしら?

この世に生を受けた後も無事に成長してくれるかしら?

本当に家族はこの子を愛してくれる?

不吉な子だと言われ、周囲の悪意の視線に晒されることはない?


きっと大丈夫。

この子たちは産まれてくることをこんなにも望まれ、もう既に家族にも愛されている。


目を閉じお腹の中に存在する新しい命の鼓動を感じる。きっとこの憂いや不安は、まもなく終わりを告げる冬の神が一緒に連れて行ってくれるだろう。

冬が終わり、春の女神の祝福と共にこの子たちは生まれてくる。そんな不確かな確証に心が満たされていく。


自信が思っていたより体は疲れていたらしく、すぐに意識が微睡んでくる。優しく見守ってくれるジークの温もりに安心しあっさり意識を手放すと、それと同時に大きな塊となって巣食っていた不安も静かに溶け出していくのを感じた。




幸せに満たされ微睡んでいたコーナの意識は、突然襲われた激痛によって一気に引っ張り上げられた。


「うっっ。痛っ、ジーク!ジーク!」


不意打ちの激痛に口から呻き声が漏れ、起き上がろうにも痛みで動けない。


「お母さん!」


突然聞こえたきたコーナの呻き声に、隣の部屋にいたジークと子どもたちが慌ててベッドに駆け寄る。

顔を歪めながらお腹を抑え苦しむ姿に、陣痛が始まったのだと寝室に緊張感が走る。


「アレク、先生たちを呼んできて。」


痛みに耐えながら落ち着いて指示を出すコーナの声に、突然のことに狼狽えていた三人も徐々に冷静になってきた。ジークはコーナの体勢を変えるのを手伝い腰を優しくさする。


「エミリはお湯を沸かして。綺麗な布の準備をお願い。」

「「分かった!」」


慌てて部屋から出て行く子どもたちの後ろ姿を見送りながら、襲ってくる痛みに顔を歪めていた。


神様、お願いします。この子たちが無事に太陽の下で笑えるようにお守りください。




アレクが産婆を連れてくるより早く、出産の手伝いに集まった近所の女性たちが家の中を動き回っていた。慣れた様子で出産の準備を行っており、特別焦った様子もない。


産婆が到着すると、邪魔だと言わんばかりに男性陣は家からつまみ出された。


「コーナに何かあれば呼ぶわ。あんた達は邪魔だから外で待ってなさい。」


散々な言われようである。


家の中の様子が気になり玄関扉の前で落ち着かない父の姿に、アレクは笑うしかなかった。ただ待っているだけの時間はとても長く感じる。

仕方がないのでおとなしく階段に座って待っていると、ジークは立ったり座ったり扉の前をウロウロしたりで落ち着かない。


「遅くないか?中に入って様子を見て来てもいいだろうか。いや、出産の邪魔になるわけには。」


家の外に出されて半刻ほど経つと、ジークはブツブツ言いながら扉の前に立ち、中の様子を伺うべきか我慢して待つべきかドアの取っ手に手をかけたまま悩んでいた。


それからまたさらに半刻。突然家の中の声が大きくなり、慌ただしく動く足音が外まで響く。


ジークとアレクが中の様子に固唾をのんで待っていると、家の中から聞こえてきた黄色い歓声。


ギャー、アー、アー


歓声の奥から聞こえる小さい産声。


「産まれた?」


驚きと喜びで呆然としたまま、お互いの顔を見合わせると目に涙が溜まっていく。


「お父さん!アレク!産まれたわ!女の子!」


エミリが叫びながら走って来る足音が聞こえ、その知らせにジークが静かに安堵の息を吐く。


家の中から聞こえる産声は徐々に大きくなり、自分の誕生をみんなに告げているようにも思えた。




冬の終わりを告げる嵐と共にファンエリオンに春が来る。風の神ゼピュロスモイの導きにより、春の女神フォルツァヌスの吐息が春の始まりを告げた。

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