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冬籠もりの準備と真夜中の密会

ファンエリオンは本格的な冬が訪れ、王都にも雪が降り始めた。外に出れない程ではないが、この時期になると下町では徐々に冬籠もりが始まる。


冬の間、市場のほとんどの店が閉まるので、家族分の薪や食料は備蓄し、月詠みの儀前の子どもは家で刺繍や服の繕いなどの手仕事をしている。


外で働く大人たちは、雪で王都への道が完全に閉鎖されることで人の出入りがなくなり、仕事がめっきり少なくなる為、道具の手入れや春に向けて商品の準備をするのが冬の過ごし方だ。


神殿学校も雪が積もると馬車で通うのが困難になるため、冬の間は授業が休みになる。ディアナも冬になると家で勉強をしたり刺繍をしながら家族と過ごしたが、今回の冬は魔力に異常があった時にすぐ対処ができるよう神殿で生活することになった。


神殿で生活させることに両親は悩んでいる様子だったが、家族会議を開いて話し合いみんな納得して送り出してくれた。以前、目を覚まさなかった時の後悔が、今も家族の中で燻ぶっているのだろう。


神殿で過ごす準備は、全てリゲルが整えてくれていた。神殿も冬の間は業者の出入りがなくなるので、冬籠もりの準備は必須。食料から生活用品、手仕事用の道具や暇を持て余した時の何か娯楽が必要になる。そしてわたしの場合は、さらに神殿で生活するための貴族用の服が必要となる。


子ども一人分とはいえ、もう市場に物が少ない今の時期に物が揃うのか心配していたが、数日で全ての物が用意された。貴族の力が凄いのかリゲルが凄いのか。多分、後者だろう。


運び込まれた衣装が衣装棚に収納され、空っぽの収納棚が日用品や保存食でどんどん埋まっていく。

大量の衣装に白目を剥きそうになったのは、言うまでもない。


台所を覗くとわたしの希望だったお菓子作りの道具が揃えられていた。台所は軽食程度なら用意できそうだが、食事を用意するには狭いので、食事は三食ともリゲルの部屋で取ることになっている。


台所の隣にあった食糧庫だった場所が改造されており、部屋で湯浴みができるらしい。台所で水を沸かして、桶で水浴びかなっと考えていたので感動だ。


本来、長い間かけて行う冬籠もりの準備があっという間に終わり、あとはわたしが移り住むだけの状態になっていた。貴族の力、恐るべし。

部屋が整い次第、生活拠点を移すよう言われたので、冬籠もり前の早い段階でわたしの神殿生活が始まった。


リゲルはわたしが神殿で生活するにあたり、屋敷で世話をしてくれていた侍女のヴァルナも呼んでいた。元々、アークツルス家から派遣してしもらっていたヴァルナは、わたしが屋敷を出たあともアークツルス家の屋敷には戻らず、そのままリゲルの屋敷で仕えていたらしい。


「ディアナ様、湯浴みの準備が整いました。」


ヴァルナはわたしの部屋に入れるよう魔力登録をしている。神官が連れている侍従は入れる場所に制限がかけられているらしく、ヴァルナも執務棟の建物には立ち入りができない。


お湯に浸かると優しく髪を梳きながら洗ってくれる。その感触がとても気持ち良く、瞼が重たくなってきた。小さい頃からエミリが髪を洗ってくれていたので、誰かに洗ってもらうととても落ち着く。


「今日のために新しく香油を用意したの。ヴァルナの分もあるから後で使ってね。」

「ありがとうございます。香油の研究も続けていらっしゃたんですね。ディアナ様からいただいた物は、市販の物と違って保湿効果が高いので侍女たちの間で人気だったんですよ。」


湯浴みが終わり髪を乾かしてもらいながら、ミルクたっぷりの甘めのお茶をゆっくり味わう。いつも屋敷では寝る前にこのお茶を淹れてもらっていた。このお茶を飲むと自然と眠気を誘うので不思議だ。


「今日はもう部屋に下がって大丈夫よ。部屋に慣れるまで自分の湯浴みの準備も大変でしょう。」

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて下がらせていただきます。」

「うん。おやすみ。」


深々と頭を下げて部屋を出て行ったヴァルナは、神殿にある来客用の側使え部屋を与えられた。本当は主の自室近くに部屋があるのが望ましいが、この建物はそういった部屋がないので仕方ない。


ヴァルナが出て行き、部屋に一人になると、ここで過ごす初めての夜に少し緊張してきた。神殿で生活することは家族と話し合い自分の意志で決めたが、慣れない広い部屋に一人でいるのは落ち着かない。さっきまでの眠気は消え、まったく眠れそうにない。


特に出歩くのを禁止されていなかったので、寝間着の上からショールを羽織り温室へ出ると、魔道具の外灯が点灯しているので散策するには問題なさそうだった。


さすがに九の刻を過ぎたこの時刻は温室に人の気配はなく、気晴らしに散歩するには丁度よさそう。

ガラスドームの外は雪が降っていたが、ここは一日中、一定の温度に保たれているので、寝間着のままでも寒さは感じない。


東屋まで行くと中の魔道具が作動し、ベンチの側にあった灯りが点灯した。明るくなった東屋で持ってきた本を読む。冬籠もり用に、リーベルから面白いと勧められた貴族と平民が織りなす身分違いの恋愛小説だ。


騎士団の一員として活躍する伯爵家の次男が、平民の恰好をし市場で買い物をしていると、同じく買物に来ていた町娘と出会う所からこの本の話は始まる。

大きな荷物を抱えた娘の手伝いをしたことから二人は知り合い、そこから何度か身分を隠したまま偶然を装って会うのだが、お互いが恋情を意識し始めた途端、男に婚約者の話が持ち上がり、そのタイミングで騎士団の派遣も決まってしまった。

そこから二人のすれ違いが始まるのだが、白馬の王子様との出会いを夢見る女の子が好きそうな内容だ。


「王子様ね・・・。わたしは自分の運命は自分で変えたいけど。」

「ほう。君は存外、現実的なのだな。」

「え?あっ・・・リゲル様。」


誰もいないのをいいことに呟いた大きな独り言を、思いがけずやってきたリゲルに聞かれてしまった。これはかなり恥ずかしすぎる。


「部屋にいないと思って探してみたら、一体ここで何をやっている?」

「すみません。部屋にいても落ち着かなかったので、眠くなるまでここで本を読もうかと思ってました。」

「そんなことだろうと思って安眠効果のあるお茶を持ってきた。ヴァルナを自室に戻したようだが、君は自分でお茶を淹れることができるだろう?もう遅い。部屋に戻るぞ。」


屋敷で生活していた時も、一人で広い部屋に寝るのが寂しいっと散々言っていたので、今回もわたしが寂しがっていると思ってリゲルは来てくれた。不安で寂しいことを気づかれないように気を付けていたけれど、わたしの気持ちなどお見通しだったようだ。


溜め息をつきながら、わたしが持っていた本を手に取ると、部屋に戻る方向とは違う道を歩きだした。その行動の意味が分からず、慌てて後を追いかける。


「屋敷では部屋が広いから寂しいと言っていたが、広さはあまり関係なかったようだな。」

「リゲル様はそうでもないでしょうけど、この部屋もわたしには十分広いです。それに我が家はいつも賑やかで、わたしが寝るまで誰かの声がずっと聞こえてました。覚悟して来たつもりでしたが、やっぱり夜になると静かすぎてダメでした。」


確かにリゲルには広い部屋が嫌だとは言ったが、この部屋もかなり広い。そして貴族の屋敷では普通なのか、基本的に室内が静かすぎる。物音がしない家の広さと変わらない部屋で、夜に一人で過ごすのはどう考えても寂しすぎる。

わたしの家は家族の話声以外にも、近所の生活音や家の前を歩く人たちの喧騒が常に聞こえていた。それをうるさいと思ったことはない。


「君は家族が好きなのだな。」

「当たり前です。わたしが一番好きなのは家族です。」


そうかっと珍しく優しい笑顔で微笑んでくれたリゲル。持ってくれていた本を渡され、部屋の中に入るように促される。

思いがけずゆっくり戻って来れたので、部屋に一人でいたくないわたしの気持ちを察し、ちょっと遠回りをしてくれたようだ。


「明日からは君も予定が詰まっているので、夜は疲れてぐっすり眠れるだろう。寂しいと思っていられるのも今日までだ。さぁ、明日も早い。お茶を飲んだらさっさと寝なさい。」

「はい。・・・あの、リゲル様?」

「何だ?」

「おやすみのギュってして欲しいです。ダメですか?ダメなら頭を撫でてください。」


リゲルの顔を見上げると、眉間に皺を寄せ表情は明らかに困惑した色を浮かべていた。


いつも家で寝る前には、ジークとコーナに抱きしめてもらってから寝ていたので、リゲルの屋敷で寂しかったのは、そういう人との触れ合いが足りなかったからではないかと思っている。


家族じゃないし無理だよねっと肩を落とし部屋に入ろうと背を向けると、後ろから深い溜め息が聞こえ、ぎこちなく頭の上に手が置かれる。


「おやすみディアナ。」


ぶっきらぼうにわしゃわしゃと撫でると、リゲルはそのまま執務棟へ帰って行った。

まさか撫でてくれると思わなかった。感動。とりあえず何でもお願いはしてみるものだ。


リゲルが持ってきてくれたお茶を淹れると、わたし好みのお茶で、一緒に入れる蜂蜜も用意してくれていた。蜂蜜を入れて甘くなったお茶は、気持ちがとても落ち着く。


寝室に入ると、わたしの好きな黄色のベッドカバー目に付き、家具も屋敷で揃えてくれたのと同じ可愛らしい物を置いてくれている。

あんなに眠くなかったのに、今なら気持ちよく寝れそう。

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