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珍しい珍客とリゲルの友

わたしが屋敷を出て数日が経った頃、昼食を食べにリゲルの執務室に行くと、神殿にアーレウスが訪ねて来ていた。騎士の恰好ではなく上位貴族らしい質の良い服を着ている。


「お久しぶりです、アーレウス様。」

「久しいなディアナ嬢。かわらず元気そうでよかった。」


制服のスカートを軽く摘まみ、バランスを崩さないように丁寧に腰を折って淑女の礼をする。とっさにこの挨拶が出来るようになったのも、淑女教育の賜物だ。


部屋の中に通されたとは言え、アーレウスが来ていると聞いていなかったので、このまま部屋にいていいものかリゲルに視線を向けると、眉間に皺を寄せ至極面倒そうな顔で深い溜息をついた。


「アーレウスは君に用があるらしい。私もまだ用事の内容は聞いていないが、どうせくだらないことだろう。君が聞くのが面倒なら今すぐ追い返してもいいが。」

「お、おい。せめて話しくらいは聞いても罰は当たらないんじゃないか?まぁ、お前にはくだらない話かもしれないが。」


屋敷にいた時はお互いの主従関係がはっきりし、リゲルに対して敬語を使っていたアーレウスだが、今はかなり砕けた言葉使いだ。リゲルもかなり気を許しているのか、珍しく話し方が気安い感じがする。

二人の会話に呆気にとられ無言で話しを聞いているうちに、テーブルの上は三人分の食事の準備が整えられていた。


「実はディアナ嬢にお願いがあるんだが、また香油をわけてもらえないだろうか。」

「あぁ、香油ですか。屋敷の保管庫に残っている分があるので、リゲル様の許可があればわたしは構いませんよ。」

「それはよかった。あの香油の噂が広まったようで、親族から問い合わせがあってね。リゲルに頼んでも自分は関与してない、知らないの一点張りでね。」

「当たり前だ。その出所が私だと分かれば、問い合わせがこちらに来るではないか。どうせ欲しがっているのはお前の妹たちだろう?面倒だ。」


私は関係ないっと食事を進めるリゲルは、本当に面倒臭そうな口ぶりで答えた。軽口を叩く二人の会話もそうだが、基本的に表情の変化がないリゲルの口角がよく動く。

不思議に思い二人の関係を聞くと、ただの元雇い主と護衛という関係だけではなく、同じ歳の侯爵家同士ということもあって、幼い頃から何かと顔を合わせることが多かったらしい。


では幼馴染ですねっと言うと、リゲルは微妙な表情をしたがアーレウスはニコリと微笑みながら頷いていたので、多分幼馴染で間違いないのだろう。


「ただ、残っているのはわたしが屋敷にいる間に使いきれなかった分なので、あまり数はなかったと思います。」


リゲルの屋敷を出ることが決まった以降も、時間がある時は香油作りを続けていた。しかし、材料も使った道具もリゲルの物なので、さすがに屋敷を出る時に試作品を勝手に持って帰ることはしなかった。言えば持って帰っていいと言ってくれたのだろうけど。


「そうなのか。妻も欲しいと言っていたので、出来ればある程度の量を欲しかったんだがな。もう作る気はないのかい?もちろん必要経費はお支払いするつもりだ。」

「作る場所も材料もないのでわたしには無理ですね。調合で使う魔道具を使っているので、貴族の方ならご自分で作ることも可能だと思いますよ。作る工程を書いた資料をお渡ししましょうか?」


貴族の屋敷には回復薬を作るための調合室が必ずあるそうで、高学院で作り方を学ぶので貴族は調合慣れしている。道具や材料の質に差はあれど、それさえ揃えば香油作りは誰でも簡単に作れる簡単な作業だ。


「いや、あのやり方で作れるのは君くらいだ。作業工程だけ見ると確かに簡単だが、あれは君が魔道具を多用していたからだろう。たかが香油作りに、惜しみなく大量の魔石を使ったのを覚えていないのか?」

「それは、わたしがリュースを持っていないから魔道具を使っただけで、リュースを使えば簡単に調合できますよね?」

「君はリュースを誤解しているようだが、リュースは自分の魔力を効率良く使えるだけで、根本的な魔力量が増えるわけではない。」


わたしの香油作りは、まず本来の作り方を勉強し、魔道具を使って作業工程を補えそうな箇所を短縮した。作業工程の短縮だけを考えていたので、魔道具を動かす為に使う魔石のことは度外視だった。


そして一番の問題は、作業中にわたしの魔力が流れていたらしく、その効果で香りが際立ち保湿効果も上がって品質が良くなっていたそうだ。無断で鑑定の魔法を使える者に見せて申し訳ないっとアーレウスに謝られたが、得体の知れない小娘が作った品をそのまま嫁に渡すわけにはいかないので、この判断は間違いではないと思う。


「作り方を見直すとなれば、材料から考え直す必要がありますね。」

「話しを聞く限り、私たちが同じものを簡単に作れないことは分かったよ。この部屋にも調合室はあるだろう?神殿では作る気はないのかい?」


眉を下げて困った表情をするアーレウスの姿に同情しそうになるが、ここで絆されてはダメだ。神殿学校や魔力の授業、ドゥーベの練習でわたしも結構忙しい。他人の為にの呑気に作っている暇はない。


「ディアナ、一度でもこの男の願いを聞いて作り始めると、今後もお金を払うからと際限なく作ることになる。噂を聞いた者からの注文もあるだろう。それも踏まえて返事は考えることだ。」


返事に困っているわたしに気づいたリゲルからの助け舟。頭ごなしにダメだと言わないとこをみるに、わたしが作ってもいいと望めば調合室は使えるっぽい。


「分かりました。今後は材料費も欲しいので、販売品として金額設定をしたいと思います。ただ、わたしへの報酬として、別に大銀貨一枚いただきます。」


少々金額を大きく言い過ぎた気もするが、ジークの毎月の給金が大銀貨五枚だと言っていたので、貴族なら払えない額ではないだろう。払う気がないなら諦めるだろうし、わたしとしてはそれならそれで別に構わない。


思いがけない金額設定にアーレウスは一瞬、目を見開いて驚いていたが、顎に手を当て考えている様子を見る限り、無謀な金額設定ではなかったようだ。


「分かった。その条件を飲もう。」


まさかの好条件であっさり了承。そうなると残る問題は、わたしが使える調合室になるが、この部屋の調合室を使えるのだろうか。それとも、余っている神官部屋に調合室は併設されていないのだろうか。


「リゲル様、神殿には使っていない調合室はないのでしょうか?今回のことを別にしても、調合は面白いのでリュース無しで作れる物を学びたいと思っています。わたしが使える調合室があれば使いたいのですがありますか?」


ナイフで肉を切り食事を進めるリゲルの顔を伺うと、表情をほとんど動かさずに食事を取っているので、全く考えを読めない。

最終的に許可を出すのは神殿長だが、神殿内で行うことはまずリゲルの許可が必要だ。リゲルが許可を出せば、大抵は許可が下りる。


「神殿にも温室があるのは知っているだろう?あの場所にも調合室が併設されていて、誰も使っていない部屋がある。一応、君も肩書上は神官だ。そろそろ神殿内に部屋が必要だとは思っていたが、調合をしたいのなら温室の部屋が便利だろう。」


神殿の温室は、温室と言うには規模が大きい。建物と建物の間にある庭園が、ドーム状のガラス張りで温室になっており、泉から庭園全体へ水が行き渡るように小川が流れ、泉の側には東屋がある。

一年中たくさんの花が咲き、その周りを蝶が飛ぶ。温室の中だと思えない美しい場所だ。


「わたしは使えるならどこでも構わないです。」

「分かった。では、午後はまず君の部屋を登録するとしよう。調合室の道具は、屋敷にある魔道具を運び込ませる。素材はアーレウス、お前の仕事だ。」

「あぁ、もちろん。最初の材料は無償で提供させてくれ。必要な素材をリストにまとめてくれれば、すぐに揃えよう。」


材料費込みで販売すると言ったものの、素材をどうすればいいのか分からなかったので、本当に助かる。チラリとリゲルの顔を見ると特に表情は変わっていなかったので、無償で素材を貰っても問題ないようだ。


調合で使う素材は、森へ採取に行ったり魔獣を討伐しながら集めるらしいが、よほど珍しい素材じゃなければ商人から買うことも可能らしい。下位貴族が素材を商人へ売って小遣い稼ぎをしているそうだ。それを他の貴族に売っているので、仲介業者のような感覚だろう。


「しかし、お前が私を護衛に付けた理由がよく分かったよ。ディアナ嬢のことは、まだ素性がバレていないようだが、屋敷に女性がいたと貴族連中の噂になっているぞ。これからどうするつもりだ?」


アーレウスは口角を上げニヤリと笑うと、面白そうにリゲルを顔をジッと見る。その質問でリゲルは眉間に皺を寄せ、分かりやすく不機嫌な顔になっていく。


「嫁に迎え入れるのか、などと愚かな質問をするつもりなら、その瞬間、貴様の首が飛ぶと思え。」

「何だ。冗談も通じないのか。」

「ディアナの私物を揃え、令嬢教育の為に講師を招いた時点で噂になるのは分かっていた。手は打ってある。」


リゲルは深い溜息をつくと、眉間の皺はさらに深くなる。こう言っちゃ悪いが、アーレウスはリゲルを不機嫌にさせる天才なのだろうか。


「私が言わずとも分かっていると思うが、指輪を持たせている以上、アークツルス家への報告も怠るな。先日御父上にお会いした時、護衛のことも含めて探りをいれられたぞ。」


詳しい状況は分からないが、わたしが屋敷にいたことが貴族の中で噂になっているようだ。そして、やっぱりこの指輪はわたしが持っていないほうがいいのではないだろうか。

だからすぐに返すって言ったのに。


「リゲル様。今からでも指輪はお返しします。」

「その必要はない。指輪はもう君のものだ。魔力が溢れそうになったとき、腕輪に魔力を叩き込んだだろう?その影響で指輪も君の魔力に染まっている。その指輪は君を正当なアークツル家の一員として認めているようだ。指輪が認めている以上、一族は納得する。」


確かに成人の儀が終わって指輪を返したとき、指輪を確認していた。君の物だと言われたが、あの時は指輪をはめてくれたことに動揺して、言われた意味を考えることがなかった。


指輪を染めるとアークツル家の一員になるとは、どういった原理なのだろうか。この指輪にはわたしは既に認められているらしい。これは喜んでいい案件なのだろうか。いや、ダメだろう。


知らなかったとはいえ勝手に指輪を染めて、アークツル家の一員だとドヤ顔をしたところで、アークツル家の一族は納得するのだろうか。


「既にその指輪がディアナ嬢の魔力で染められているなら、心配は杞憂だったようだな。しかし、それとこれとは別だ。ディアナ嬢の今後のことを考えても、当主への挨拶はするべきだ。」


アーレウスは話しながらも出された料理をどんどん食べ進めていたが、最後のデザートが運ばれてくると、心ここに在らずっといった雰囲気で目を輝かせ皿を凝視している。

今までわたしの心配をしてくれたはずなのに、何だこの変わり身の速さは。


このデザートは薄く伸ばして焼いた生地に、アイスやカスタードクリーム、小さくカットした果物を乗せて丸めるように包んだ後、さらにみじん切りしたフルーツや生クリームで飾り付けをすれば出来上がりだ。


初めてリゲルに出した時は、いつもと違う見た目の簡素さに、食べるのを躊躇している雰囲気だったが、アーレウスは戸惑う様子もなくナイフを入れ、中身が具だくさんなことにとても驚いている。

うん、いい反応。


「リゲルの屋敷で出されるデザートは、珍しい食べ方の物が多くて実は結構楽しみだったんだ。まさかここでも食べられるとは思わなかったよ。」

「喜んでもらえてよかったです。お土産用に焼き菓子を用意してますので、帰りにお渡ししますね。」


先日までの護衛のお礼も兼ねて手土産を渡したいと思っていたので、急遽、アーレウスへの手土産を用意してくれた料理人には感謝しかない。

そして思いがけずわたしのデザートが楽しみだったと聞けて、彼への好感度もうなぎ上りだ。

そう、わたしは現金な奴なのだ。

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