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ドゥーベに想いを乗せて

「浮かない顔をされてますが、神殿学校で何かございましたか?」


屋敷に戻り神殿学校の制服から着替えると、ヴァルナはミルク入りの甘いお茶を用意してくれる。アークツルス家の本家の侍女として仕えるヴァルナは、四十代の中位貴族で成人した子どもがいる、ふくよかな美人だ。


今回、わたしの世話を任せる側近の一人として、アークツルス家の本家からリゲルの屋敷に期間限定で呼ばれたらしいが、リゲルの屋敷には何度も来ているので慣れたものらしい。

というのも、独身のリゲルの屋敷は必要最低限の侍従のみで維持しているので、人手が欲しい時は本家から人を派遣してもらっているそうだ。


「リゲル様にドゥーベを披露したのですが、返歌を禁止されてしまいました。それなのに、ダメな理由を教えてくださらないので納得できないです。」

「ふふ。それはリゲル様も戸惑われたことでしょうね。ディアナ様は返歌の意味を知らなかったのだから、お教えするのも大人の大切なお役目なのに。全く、これだから殿方は。」

「え?演奏のお返しに返歌で返すのが貴族の礼儀ではないのですか?」


お茶のお代わりを淹れてくれるヴァルナの顔を見上げるように伺うと、ニコリと微笑みながら手に持ったポットをワゴンに置いた。


「返歌は好きな相手に想いを伝える為の手段なのですよ。リゲル様を想いながら言葉を紡いだのなら、その行為に動揺されたでしょうね。ふふふ。」

「だから複雑そうな顔をしていたのですね。だったらそう言ってくださればいいのに。」

「ディアナ様がそのことを知らないと分かって、あえて何もおっしゃらなかったのかもしれませんね。ではドゥーベに魔力が流れることも、お聞きになっていないですねよね?」

「え?魔力が流れる?」


困った表情で「だから殿方は」と小さく溜め息を吐いたヴァルナは、気を取り直すようにコホンっと咳払いしをしていつものようにニコリと微笑んだ。


「ドゥーベを演奏する上で一番重要なことですが、ドゥーベは演奏者の魔力が微量ですが弦を通して装飾の魔石へと流れ込みます。特定の相手のことを考えながら演奏すると、その魔力が音に乗って想う相手へと降り注ぐので、想いを感じることができるのですよ。」

「魔力が降り注ぐ・・・」


そもそも楽器の演奏に魔力を使うとは聞いていない。わたしも全く気づかなかったけど。


演奏しながら何を考えていたのか聞かれたら、もちろんリゲルのことを考えていた。

だってそうでしょう。この前の演奏のお礼の意味を込めた返歌で、ちゃんと上手く弾けてるかなっとか褒めてもらえるかなっとかそんなことばかり。


「ディアナ様が弾いた曲も返歌の選曲として間違いはなかったのですが、恋人同士の情愛が込められた最愛の人へ贈る曲なので弾くのは早いって意味だったのでしょうね。ふふ。私もリゲル様の焦ったお顔を見たかったですわ。」


あれは焦ったというより不愉快な表情に近かったような。確かにこんな小娘に返歌を贈られたところで、嬉しくもないだろう。それに、恋人同士が贈るものだと知っていれば、わたしだって返歌は自重した。

せっかく練習したのに褒めてもらえないのは、わたしだって不本意なのだ。


「上手く弾けるようになったのに、この曲は大人になるまで使えませんね。」

「リゲル様は返歌そのものを禁止されたのでしょうし、その曲を演奏するのは問題ないのではないでしょうか。一度、お伺いしてみては?」


そうですねっと小さく頷いてみたが、怒られたくはないので戦いの神に捧げる曲でも練習しようと心に決めたのであった。

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