表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/69

愛を紡ぐ

体が気怠い。


わたしが眠っている間に季節は春へと移り変わっていたが、夏の暑さの記憶が体に残っているせいか、今日のような肌寒さの残る日は記憶との相違から体調が悪くなる。

せっかく神殿学校へ行く許可が出たのに、体調を崩しているのがリゲルに知られたら屋敷に強制送還だろう。


神殿へ向かう乗り心地が良い馬車の中、対面に座るリゲルに気づかれないように、必死に表情を作って貴族お得意の作った顔で冷静を装った。こちらに視線を向けながら訝し気な表情をしていたが、その表情には気づかないふりをするのが一番だ。


そっと視線を逸らし窓から外を見ると、馬車は貴族街の真っ白の綺麗な石畳を走る。整備された広い道を、汚れ一つない馬車が行き交っているけれど、歩いている人がいないのは、貴族の移動は馬車が基本なので街を歩く者は滅多にいないそうだ。人で溢れた下町を見慣れているので、とても変な感じ。


貴族街の中は公園のように広い庭の大きな屋敷が並んでいるが、神殿へ近づくほど庭の狭い家が増え、城に近い奥のエリアほど高級住宅地になるらしい。

もちろん侯爵家のリゲルに与えられた屋敷も奥のエリアだ。


リゲルの屋敷は成人後に結婚する前提で与えられた、アークツルス家所有の屋敷だ。普段は神殿で生活しているので屋敷にはあまり帰っていなかったらしく、今はわたしがいるので、屋敷の主が毎日帰ってくるようになったと侍従たちが大喜びでとても感謝された。


教室の中に入ると、休む前と変わらない騒がしさに無意識に頬が緩む。屋敷にいる時はどうしても気が張るので、この雰囲気は肩の力が抜けて心地良い。

神殿学校の生徒は買い付けに同行して数ヵ月いなことも普通なので、長期間休んでも特に違和感なく教室に復帰できる。


「ディアナ!久しぶり。出てきて大丈夫なの?まだ顔色悪いんじゃない?」


わたしが教室に入ってきたことに気づいたリーベルは、驚いた表情で駆け寄って来てくれた。神殿学校は体調不良で休むと言うことになっていたので、今日の体調不良はある意味、渡りに船。

休んでいる間に魔力の影響で体が成長しただけではなく、リゲルの屋敷での快適な生活で、肉付きも肌艶もよくなったわたしの姿は、どこをどう見ても療養していた人には見えなかった。


「久しぶり、リーベル。心配かけてごめんね。元気になったよ。」

「もう!本当に心配してたのよ。突然休んだと思ったら冬籠もりが開けても来ないんだもん。神官様に聞いても詳しく知らないって言われるだけだから、何かあったのかと思った。」


夏の終わりから神殿学校を休み、そのまま冬籠もりが始まった。いくら商人が長期で休むことがあるといってもわたしは兵士の娘。みんな誰かが休むことを気に留めないっと言っても、それがわたしだとまた別問題のようだ。


「アデルたちもディアナに会えないまま出発したからとても心配してたわ。でも、元気になって本当によかった。」

「二人に心配かけたまま会えなかったのは残念。」


既に春の成人の儀も終わり、商人たちが買い付けへ出発する時期になっていたらしい。アデルたちも早々に買い付けへ出発したようだ。


「ディアナ、休んでる間に凄く綺麗になったよね。背も伸びて大人っぽい。」

「寝込んでいる間に背が伸びてたの。ビックリだよね。また大きくなっちゃった。」

「私は背が小さいからディアナが羨ましいわ。」


寝る子は育つというけれど、目覚めた時には今まで着ていた服が全く合わなくなっていた。リゲルたちも魔力の影響が出るのは分かっていたらしく、わたしが動けるようになったタイミングで針子を呼び、急いで服を仕立てた。

神殿学校用のこの服も、サイズが合わなかったので新しく仕立て直してもらった。


体と魔力の成長期は成人の儀くらいまで続くらしく、この身長はあとどれだけ伸びる気だろうか。


授業が始まり神官が入ってくると、先ほどまでの騒がしさが嘘のようにみんな席に着き、本来の静寂さを取り戻した。神官に呼ばれたわたしは、その様子を見ながらドゥーベの練習のために教室を移動する。

久しぶりの神殿学校の授業だが、ドゥーベの授業は継続らしい。


部屋に入るとわたしが使っていた初心者用の小さいドゥーベが用意されており、カウスは調律をしながら楽器の演奏をしていた。

わたしが部屋に入ると、嬉しそうな顔で迎え入れてくれるカウス。神官たちにもわたしが休んでいた詳しい理由は報告されていないらしいので、元気になったことを本気で喜ばれた。


「心配してましたよ。無事に元気になってよかったです。楽器の腕は落ちたでしょうが、また通えるようになったようですし一から頑張りましょう。」


楽器は毎日弾かないと腕が落ちるので、休んでいる間に演奏の腕が鈍ってしまったと思っているカウス。楽師にわたしを勧誘していたカウスにとっては、残念な事態なのだ。


休んでいた本当の理由を知らないカウスは、わたしが貴族の屋敷で暮らし、講師を招いて個人指導を受けていたとは思うまい。

そもそもわたし自身は寝て起きたら数ヵ月経っていたっという感じなので、長期間眠っていたという感覚がない。魔力の影響で筋力も落ちていないので、眠る前と何ら変わりはない。


「はは、腕は落ちてないですよ。最後に練習していた式典用の楽譜弾いてみますね。」


わたしの言葉に不可解な顔をしているカウスを見ながらドゥーベを準備する。毎日二刻も弾いているので、腕が落ちるどころか爆上がりだ。


屋敷では講師の勧めで、初心者用の小さいドゥーベから通常のドゥーベを使うようになった。体が成長したと言っても、体よりも大きい楽器を支えるのは疲れるが、指が全ての弦に届くようになったので早めに普通のものに慣れた方がいいとのことだった。


ピンッ


弦をはじくと、久しぶりの小さいドゥーベにちょっと違和感はあるが、無意識に顔は綻んでいた。これはこれで帰ってきたって感じがするのでアリかもしれない。


ドゥーベを構え気持ちを作る為に一度、大きく深呼吸をし、軽く目を伏せながら旋律を奏でた。


『天と地と創造されし、アルゲンティヌスの紡ぐ・・・』


うん。良い感じ。音も乗っている。


ポロン、ポローン


最後の一音に曲の余韻を残し、ゆっくり顔を上げてカウスを見る。これで心配していたカウスも腕が落ちていないことを喜んでくれるだろう。

しかし、その顔は目を大きく見開き、口を半開きのまま固まっていた。

あれれ、思っていた反応と違う。


「あの、カウス様、どうだったでしょうか?」

「え?あっ、はい。休む前より格段に上手くなっていたので驚きました。指の位置が変わったようですが、もしかして通常の大きさのドゥーベも弾けます?」

「はい。指の位置で分かるのですね。凄い。」

「では、別のドゥーベを準備しますね。」


眉を顰めるカウスの顔には疑問符が浮かび、一体いつ練習したのか聞きたそうな顔をしていたが、わたしの顔を一瞥すると無言で続き部屋の保管庫へ行った。

わたしの庇護者はリゲルだ。報告を受けていない余計なことは聞かない方が身のためだと、下位貴族の神官は身に染みている。

触らぬ神に祟りなし。


保管庫から新しいドゥーベを持ってくると、慣れた様子でポロンポロンと音を確かめながら調律を始める。普段から手入れをしているので、ほぼ調律の必要はなかったようだ


「通常のドゥーベが使えるなら、すぐにでも楽師として参加できそうですね。式典の時期以外でも定期的に集まって練習をしているので、練習への参加をリゲル様に進言してみます。式典で使う曲から集中的に練習しましょう。」


カウスは笑顔で新しい楽譜を並べていく。わたしが眠っている間に花紡ぎの儀が終わってしまったけど、結婚するかもっと話していたエミリが、もし今回参加していないなら、次の式典で堂々と見ることができるかもしれない。

エミリのためなら全身全霊をかけて頑張っちゃうよ。


嬉々として演奏するわたしに気を良くしたカウスは、早々にリゲルへ報告書を提出したようで、昼食時には楽師の件が伝わっていた。

ただ、わたしが成人前なので花紡ぎの儀に楽師として参加できるかは、ウィルビウスの許可が必要らしい。まさかの花紡ぎの儀だけは許可待ちになったが、とりあえずリゲルが反対ではないので良しとしよう。


「カウスが褒めていたようだが、私はまだ君の演奏を聴かせてもらっていなかったな。せっかくだ、食事が終わったら君の演奏を聴かせてくれ。」


眠り込む前の話なので忘れてくれてるかと少し期待したけど、やっぱり覚えてましたよね。手元の料理から視線を上げてリゲルの顔を見ると、同じように顔を上げたリゲルと視線が絡む。あいかわらずの無表情に全く感情が読めない。


「はい。ちゃんと頑張って練習してるので、上手く弾けたら褒めて下さいね。」


いつもより早めに食事を食べ終えると、テーブルの前に椅子が用意され、保管庫から持ってきたドゥーベを「音は確認済みです。」っと一言添えて手渡される。さすがリゲルの側近は仕事が早い。


中指で弦をはじくと、ポロンと思った以上に部屋の中で音が響いた。神殿内の建物全体が魔道具で防音になっているらしいので、執務室でも気兼ねなく楽器を弾いていいそうだ。今さらだけど魔道具って凄い。


大きく深呼吸をしながらドゥーベを構え、小さく息を吐きながら軽く目を伏せた。


『宵の明星、明けの空、地上に生まれし絡まる冥界の理。女神の・・・』


目を伏せたまま静かに言葉を紡ぐ。さっき弾いたばかりなので、しっかり声も出てるし指も流れるように動く。

この曲は前にリゲルが弾いてくれた曲に対する返歌だ。返歌を返すのは弾いてくれた相手への礼儀らしいので、いつかお返ししたくて講師の先生に教えてもらっていた。


声に抑揚をつけ、男神からの愛の言葉に歓喜している女神をイメージした声で歌う。わたしの声に力強さや張りがないので、甘えるように可愛く歌う方が良いとの先生からのアドバイスを実践中だ。

その際は返歌をする相手を想像すると、曲の物語に深みが増すらしい。っということなので、この場合はリゲルのことを考えながら歌ってみる。

相手がリゲルなら愛を語るより感謝の言葉だろうけど、この曲の本来の意味合い通り愛の言葉を紡いでいく。


ポロン


最後の音が静まり返った部屋に響く。うん、完璧。


「リゲル様、どうでしたか?」


思った以上の出来に満足げな顔でリゲルに視線を向けると、顔を顰め眉間にできた皺を手で揉むように押さえていた。何とも決まりの悪い顔をしている。

あれ?何か思っていた反応と違う。


後ろに控えていたプロメにドゥーベを渡すと、ハッとしたように慌てて受け取り、わたしから視線を逸らし目を伏せた。こっちはリゲルと違った反応だけど、よく見ると目元が緩み耳まで真っ赤だ。

これは一体どう解釈しろということだろうか。


「・・・一つ聞いておきたい。なぜ返歌にこの曲を選んだ?」

「え?選曲が間違ってました?」


言葉に詰まり言い淀む珍しい姿。眉間に皺を寄せたまま大きく咳払いし、真意を探るような視線と絡む。そんな目で見れらても困る。


「屋敷で読んだ楽譜集に載っていたので間違いないと思ったのですが、もしかして返歌をするのがダメでしたか?」


あの楽譜集かっと呟きながら片手で目を覆うと、深い溜め息をつく。


「選曲は間違っていない。が、君に返歌は早い。返歌は禁止だ。」

「えっ!?なぜですか?せっかく練習したのに。」


ダメなものはダメだっと取り付く島もないリゲルは、唖然とするわたしを一瞥すると、席を立ち執務室を出て行ってしまった。いまだに若干、赤い顔のプロメもドゥーベを持ったまま慌てて出て行った。


一生懸命、練習したのに。解せぬ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ