表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/69

腕輪が宿した力

「おはようございます、ディアナ様。」


窓から射し込む太陽の光と、いまだに聞き慣れない優しい女性の声が、もう起床時間であることを知らせる。


微睡む意識の中、ふかふかのベッドと肌触りの良いシーツに包まれた体は、起きたくないという僅かな抵抗からシーツの中に頭まで潜り込む。


しかし悲しいかな、極上の時間とも言えるこの寝心地の良さに、逆にここが下町の家でも神殿の部屋でもないことを思い出し、瞬時に脳が覚醒する。


シーツから顔を出し起き上がるタイミングで、先ほど聞こえてきた声の持ち主である侍女が天蓋をめくった。


「ディアナ様、今日も良いお天気ですよ。」

「おはよう。そうだね。」


そのまま鏡台の前に移動すると、控えていた侍女たちが着ていた夜着を手際よく脱がせ、貴族女性が着るような派手なドレスを着せられる。


はじめの頃は着替えを手伝ってもらう申し訳なさで自分で着替えたいと抵抗したが、貴族の着る服は一人で着替えることを想定して作られてはいない為、着るのも脱ぐのも一人では難しい。

早々に自分で着替えることを諦めたわたしは、今では当たり前のように着替えを任せている。


多分わたしがその行為を簡単に受け入れられたのは、昔からエミリの着せ替え人形になっていたからだろう。人に支度をしてもらう楽さを知っているので、それほど抵抗はなかった。


ドレスを着て椅子に座ると、次は丁寧に髪を梳いてくれる。元々、平民にしては念入りに手入れしていた髪は、ここへ来て使う物の質が上がったことで艶が出て輝きを増した。

後ろ髪は下ろしたまま前髪の一部を綺麗に編み込み、宝石箱から出した見るからに高級そうな髪飾りを付けると、どこからどう見ても洗練された貴族令嬢が完成する。


「ふふ。今日もお美しいですディアナ様。さぁ、朝食の準備はできておりますのでまいりましょう。」

「えぇ。」


笑顔で促され部屋を出ると、廊下には高そうな調度品や絵画が飾られ、敷かれた青い絨毯は豪華な刺繍が施されている。

毛先の長い柔らかい絨毯を、ドレスの裾を優雅に捌きながらゆったりと美しい所作で歩く。どんな時でも慌てず焦らず走らない。

急いでいても優雅に。うん、高難度。


一つ階を降りると、先ほどまでの雰囲気とは異なった重厚な扉が並び、その中でも一際豪華な両開きの扉の前には護衛が控えていた。この扉の先が食事をする場所でもあり、この屋敷の主人が現在いる場所でもある。


「おはようございます、ディアナ様。」


護衛はわたしの顔を見ると恭しく頭を下げ、扉を開けた。その扉の先は、十人以上が座れそうな長方形のテーブルがあり、既に到着していたこの屋敷の主人が上座に座っていた。


「おはようございます、リゲル様。」


そう。この屋敷の主人は何を隠そうあのリゲルだ。


リゲルは目を通していた書類から視線を上げると、色素の薄いブルーの瞳を細め眉間に皺を寄せる。疲労感の漂うその姿に早朝の爽やかな空気は一瞬で吹き飛んだ。リゲルの前に広がった書類の量を見ると、この人は一体いつから仕事をしていたのだろうか。


「あぁ。おはよう、ディアナ。」


わたしが部屋に入って来るのを確認すると、近くに控えていた側近が手際よく書類を片付けた。すると入れ替わるようにすぐに給仕が現れ、目の前に新鮮な野菜のサラダとふわふわのオムレツ、焼き立てのパンや温かいスープが並べられていく。

今日も侯爵家の朝食は豪華だ。


顔を上げジッと正面に座るリゲルを見つめる。このリゲルの屋敷に来て季節が三つ過ぎた。いや、過ぎていたと言った方がこの場合は正解だろう。


わたしの記憶に残る最後の季節は夏の終わりだ。それがどういうわけか、窓からは春を思わせる温かい日差しが射し込み、庭園では連日の陽気に積もった雪が解け始めていた。


どれだけ自分の記憶を探っても、わたしは東の森に行ったことしか思い出せないが、その日の夜を境にわたしは長く深い眠りについたらしく、あれから何ヵ月も経っているそうだ。


気づけば春の嵐は過ぎ去り、あっという間に八歳になった。


いま思い出しても、あの夜も何も前触れらしいことはなかったと思う。ここからの話しはリゲルに聞いた話だが、わたしはずっと昏睡状態だったらしい。


あの森から帰ってきた翌日、全く起きてくる気配のないわたしを不審に思いながらも、日頃の疲れも出たのだろうっと家族はそのまま寝かせておくことにしたそうだ。


その後も起きる気配はなく、昼過ぎに仕事から帰ってきた母がその報告を弟のインディから受け、父が帰ってきた夜になっても起きなかったので近所の町医者に見せたが、静かに呼吸しているその姿にただ寝ているだけという診断になった。


そのうち起きるだろうという医者の言葉だったが、次の日になってもあいかわらず起きる気配はなく、その次の日になっても起きないことからさすがの両親も普通じゃないと焦り、わたしを抱えた父が神殿へ駆け込んだことで、異常な状況になっていたこをやっとリゲルが知ることとなった。


リゲルが連れてこられたわたしを見た時は、魔力が枯渇しかけており、生きているのが不思議なくらいギリギリの状態だったらしい。

寝ているだけだと思われていたが、本当は最低限の呼吸をしているだけの昏睡状態だったそうだ。


すぐにウィルビウスが魔力枯渇の原因を探り、腕輪が魔力を吸い上げ続けていることで魔力の回復が追い付かず、自己防衛反応で深い眠りについていることが分かったが、その原因である腕輪は大量の魔力を帯び、取り外されることを拒むように強固な守りが発動し、無理矢理取り外すのは危険だと判断された。


応急処置として回復薬を飲ませ様子を見たが、回復した分の魔力が腕輪に吸い取られるっという悪循環が続き、そもそも低級の回復薬しかない神殿ではこれ以上の治療ができないという判断で、貴族街にあるリゲルの屋敷で治療することとなった。


屋敷にはリゲルの趣味の研究室があり、研究用の様々な回復薬があるので、副作用が出ないすれすれの高濃度回復薬を与え続けていたらしい。


リゲルの屋敷で六ヵ月ほど経った頃、意識を取り戻す兆のような薄い反応があり、そこからは手を握り返したり瞼が動いたりと、いつ起きてもおかしくない状態が続いた。

そして、その反応が始まった数日後、意識を取り戻したが、すぐに意識を手放してはまた起きるを何度か繰り返し、さらにひと月後、完全に覚醒するに至ったそうだ。


その日からの出来事はわたしもしっかり覚えている。すぐにリゲルからこうなるまでの経緯報告という名の尋問が始まり、しかし、はっきりしないわたしの答えに苛立たれ、また眠りにつきたくなったのは言うまでもない。


心配した侍女たちが着替えと称して苛立つリゲルを部屋から追い出してくれていたことには、今でも本当に感謝している。


家族には既に話しを聞いていたようで、要領を得ない冬の木で起こった家族の話しにもかなり苛立っていたようだ。貴族からの尋問に家族は萎縮し疲弊しただろうけど、他にこのことを知る人間がいないので仕方ない。

わたしのせいでみんなごめん。


冬の木を調べる為に現地調査も行ったそうだが、結局、何も収穫はなし。ただ、腕輪の魔法陣を確認すると魔法陣が描き変えられていた。


魔法陣を見たリゲルの表情は血の気が引いたように悪くなり、普段、表情を出さないその顔は一瞬で驚愕の表情に変わり「ありえない」っと頭を抱えた。


「光と闇の属性がこの配置で描かれた魔法陣など聞いたことがない。なぜこの魔法陣は発動可能なんだ?」


魔法陣の構築を見ながら写し取るように紙に書くと、今度は難しい顔で何か考え込んでいた。魔法陣は古代文字が使われているらしく、どの記号にどういう意味があるか全く読めない。


紙に何か書き込むと、書かれた文字を横から覗き込むと、古代文字で書かれてありほとんど読めない。


「この魔法陣は何かダメなのですか?」


わたしの言葉に眉間に寄った皺は深くなり、寝起きに見たら泣きたくなるくらい恐ろしい形相だ。それでも顔が良いので、怒った顔も様になっている。ずるい。


「この魔法陣は禁術だ。いや、違うな。今まで構築できる者がいなかったおかげで、禁術にする必要がなかった代物だ。」

「禁術?」


あぁっと頷くリゲルの表情は厳しさを増し、魔法陣を見ながら小さく溜め息を吐く。腕輪に触れたリゲルの手は氷のよう冷たかった。


「この魔法陣は光と闇の属性が組み込まれている。光は防御、闇は攻撃だ。攻撃から守りその攻撃された魔力を吸収して相手へ反撃を返す。腕輪に蓄えらた魔力も使うことを考えたら、その攻撃は受けた何倍にも増幅されているだろう。」

「でも今までも反撃する魔法陣が組み込まれてましたよね?それが禁術ですか?」

「いいや。問題は二つの属性の場所の問題だ。相反する二つの属性は、お互いが相殺しないように描かなければ魔法陣が不完全となり発動しない。だがこの魔法陣はその常識を覆している。君はこの先、物理的な攻撃で死ぬことはない。それはそういう魔法陣だ。」


起きる以前より魔力も増えて、物理攻撃で死なないなんて普通に最強すぎる。人間離れしている気がするが、人として大丈夫なのだろうか。


いまいち納得できなくて、リゲルの言葉を反芻しながら首を傾げながら考えていると、呆れたような視線を向けられる。


「君の魔力が枯渇状態になっていたのは、この魔法陣がそれだけの威力ということだ。既にその魔法陣を発動する為の最初の魔力を注ぎ終わっていることを考えると、常に飽和状態の君の魔力量なら連続で使うことも可能だろう。」


連続で使うって何度も死にかけるってことだよね?それどういう状況!?

そもそも、その対価を払うために延々と魔力を吸い取られ、魔力が枯渇しかけて死にかけましたけどねっと喉まで出かかったが、恐ろしく神妙な表情のリゲルの顔を見て呑気に無駄口は叩けなかった。


そしてそれ以外にも不思議なことに、眠り続けていたわたしの体力は全くと言っていいほど衰えていない。それどころか体が普通に成長していた。


ウィルビウスの見解では体が常に魔力を帯びていたので、生鮮食品を保存する魔道具と同じ現象が起きていたのではないだろうかということらしい。

寝たきりで筋力が衰えなかったことはありがたいが、何とも素直に納得できない理由だ。


「分かっていると思うが、この魔法陣については他言しないように。」

「はい。もの凄い魔道具になっちゃいましたね。これ、神殿長へお返しした方がいいですよね?」


完全に不相応になってしまった装飾品の腕輪。寝ていた時は強制的に外せなかったらしいが、わたしが覚醒した今ならわたしの意志で外すことができる。


「イヤ、その必要はないだろう。その魔法陣が君の魔力で構築されたことを考えると、腕輪が君の手を離れ魔力の質が変わったことで発動しなくなる可能性がある。」


その言い方だと、今のところわたししか使えない魔法陣ということになる。話がどんどん大きくなってるし、早く家に帰りたい。正直この状況、ツライ。


「わたしいつ家に帰れますか?体力も落ちてないので帰っていいですよね?」


わたしは長く眠っていたという感覚はないので、最後に家族の顔を見たのはほんの数日前のことだけど、今は無性に会いたくて仕方ない。


「まだ家に帰すことはできない。君には高濃度の回復薬を大量に飲ませたので、今後、副作用が出る可能性がある。あと半月ほど様子を見て問題がなければ、まずはここから神殿学校に通うことを許可する。家に帰るのはそれからだ。」

「・・・分かりました。何かあっても家族は対処できないと思うので、もう少しお世話になります。」


それから屋敷では、元気過ぎて暇を持て余したわたしの為に、貴族令嬢の家庭教師をしている講師陣が呼ばれ、午前中はドゥーベの練習、午後から言葉遣いや所作の勉強と、神話の勉強も兼ねた歴史の授業を受けることになった。神殿学校より濃密な授業に、このまま他の科目も屋敷でさせられそうな勢いだ。


しかし、リゲルは日々溜まっていくわたしのストレスに気づいていたらしく、最初の予定通り半年経ったタイミングで神殿学校へ行く許可が下りた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ