冬の木と魔法陣
ジークが火を起こし拾ってきた枝を整えている間に、コーナが沸かしたお湯に山菜を入れ、簡単スープを作る。調味料は素材の味。恐ろしく味は薄いが、そこは外で食べるご愛嬌だ。
持ってきた干し肉をパンで挟み、スープに浸しながら食べると、硬めのパンと硬い干し肉が食べやすくなる。スープにも味が付いて一石二鳥だ。
以前、アレクが森歩きの最中に見つけたこの場所は、そこだけ不自然に木々が開け、冬の木が二本寄り添うように生えている場所だった。
冬の木とは、雪のように真っ白な大輪の花が、一年中咲き誇っている不思議な木だ。
神殿の中にも冬の木が二本あるが、この場所と同じように周囲には草木が生えてない。そもそも冬の木の生態はよく分かっていないらしいく、一年を通して花が咲き、花が散った後に種はできず人工的に増やすための接ぎ木もできないそうだ。
そして冬の木と呼ばれる一番の理由は、何故か木の周囲は夏でも温度が低い。太陽の日差しは届いているはずなのに、木の周囲に吹く風は冷気を帯びている。
分かっているのは魔木の一種らしく、必ず、寄り添うよに二本の木が育つ。木に触れることはできるが登ることはできず、花びらも散ると溶けるように消えていくので研究が進まないらしい。
「今日は全く獣の気配がなかったよ。ディアナの作るブッシュの香草焼きを久しぶりに食べたかったのに、残念。」
溜め息をつき肩を落とすアレク。あまり魔獣に遭遇しない東の森だが、森の奥まで行くと水場付近に集まっていることが多いらしい。特に春先から今の時期はこの森も魔獣はわりと多い。アレクもそれを期待して奥まで行ったが、なぜか全く気配がなかったそうだ。
ジークの予想だと、安息日の森は我が家のように採取に来ている家族が多いので、誰か森の奥に行き、魔獣が逃げたのかもしれないっとのことだ。
アレクは悔しそうな顔をしているが、森の食料は早い者勝ちだっとジークは笑いながらアレクの背中を叩く。
ブッシュの肉を食べれないのは物凄く残念だが、魔獣と遭遇したくない身としては、魔獣がいなくなるほど森の中を歩き周ってくれた人たちに感謝。
「お肉は残念だけど、山菜をたくさん採ったから夕飯は衣を付けて揚げ物にするね。」
「その食べ方、本当に美味しいよね。ディアナが神殿の料理人に美味しい食べ方を教えてもらったおかげで、私たちも美味しく食べれるようになったわ。」
今まで山菜は茹でて食べるの一択だったのが、我が家では素揚げか小麦の衣を付けて揚げている。そうすることで、茹でて食べるより腹持ちもいいし山菜の苦みが薄れて美味しい。
アレクが食べたがっていたブッシュの香草焼きも、リゲルと食べている貴族の食事を参考にしている。我が家の食材で代用できそうな物をたまに作っているが、家族にはわりと好評だ。
まさかあの貴族の食事が我が家で役立つとは驚き。
食事を終えると、冬の木の周りは夏とは思えない涼しい風が吹き、まったりとした雰囲気にジークとアレクはその場にゴロンと横になっていた。
わたしはまだ食事をしているエミリたちから離れ、何気なく冬の木を見ると、枝が垂れ手が届きそうな場所に大輪の花が咲いていた。
ファンエリオン内で確認されている冬の木は、樹齢も分からないような大木ばかりで、こんな風に枝が伸びていることは多分珍しい。木に触れることができるなら、咲いた花に触れることも可能ではないのだろうか。
花の美しさに誘わるように手を伸ばし、花弁にそっと触れると指先に硬く冷たい感触を感じた。花は氷細工のように冷気を帯び、花弁に付いた朝露が凍っているようにも見える。
本当に不思議で神秘的な木。
しっかり観察するつもりで優しく両手で包み込むように触れると、花は散ってもいないのに手の平の上で溶けるように消えていく。
氷と同じで手の温度がダメなのかと慌てて手を離したが、既に花は消え、枝だけが残されていた。
花を消すつもりはなかったのに、やってしまった。垂れていた枝に他の花は付いおらず、もっとちゃんと見たかったのに、残念。
冷気を帯びた風を感じながら、木を見上げていると、突然、背後から焦ったような叫び声や悲鳴が聞こえた。みんなすぐ側にいたはずなのに、聞こえてくるその声は遠く、膜を張ったようにくぐもって聞こえる。
「ディアナ!!」
誰かの何度目かの叫び声で、意識が引っ張られるようにはっきりと覚醒し、くぐもっていた声も鮮明に聞こえた。
何が起きたのか分からないが、腕輪が魔力を吸収した時のように強く光っている。体の中で魔力が動いている感覚はないのに、光を放ち熱を持ったように熱い。うん。この状況、意味が分からない。
啞然と腕輪を眺めていると、さらに腕輪は強く光り、リュースを使わなければ見ることができないはずの魔法陣が、青白い光りを放ちながら浮かび上がった。
「来ちゃダメ!」
慌てて駆け寄ってくる家族を制すと、魔法陣の線がグニャリと歪み線が変わっていく。空中に文字を書くように魔法陣が書き換えられていく様子は、目を奪われ不謹慎にも興奮してしまう。
どんどん書き換えられていく魔法陣。魔法陣の勉強をしていないので文字の意味は分からないけど、リゲルに教えてもらった付与の部分が変わっている。この腕輪は防御を優先しているっと言っていたが、これは大丈夫なのだろうか。
気が付くと、完全に別物の新しい魔法陣が出来上がった。そして魔法陣は強い光を放ち、腕輪の中に消えた。
「ディアナ、何があった?大丈夫なのか?」
ジークに両腕を掴まれ全身を確認すると、安堵の溜め息と共に抱きしめられる。一緒に駆け寄ってきたエミリとアレクは、いまだに光を放ったままの腕輪を凝視していた。
「う、うん。大丈夫。多分、魔道具の誤作動だと思う。」
誤作動なわけがない。リュースがなければ見ることも書き換えもできないはずの魔法陣。それが突然、発動し書き換えられた。
何が起こったか分からないけれど、これが異常事態なのは魔法陣をまだ理解していないディアナでも分かる。
「本当に大丈夫なの?」
心配そうに顔を覗き込んでくるエミリに、大丈夫だよっと笑って見せる。多分、大丈夫じゃないけど。
「魔道具の誤作動?俺は仕事で魔道具を使ったことがあるが、これはそんな風には見えなかった。魔道具を使って全身が光ることなどあるのか?」
「え?全身が光る?光ってたのは腕輪だよね?」
「ううん。私にもディアナの全身が光ってるように見えたわ。そのまま光りに飲まれていきそうで怖かった。」
魔法陣の書き換えで、何かおかしなことになってるのかもしれない。わたしがいくら考えても分からないし、明日リゲルに魔法陣を見てもらおう。
「父さん、俺には状況がよく分からないけど、日が落ちてきたから森を出よう。この荷物だと帰りは時間かかるだろう?」
「あぁ、そうだな。アレクの言う通りとりあえず帰ろう。インディ、自分で歩けるか?」
ジークに問いかけられたインディは、隠れていたコーナの後ろから出てくると、ディアナの方を見ないように小さく頷く。その様子にジークは二ッと口角を上げて笑い、インディの頭をクシャクシャっと撫でると、急いで帰り支度を済ませ森を後にした。
まもなく七の刻になろうと言う時刻に無事に家に辿り着き、みんなで夕飯を食べると、明日仕事だからっとアレクとエミリは下宿に帰って行った。冬の木で起こった出来事は、みんな無意識に話題に出すのを避け、あれから誰もその話はしなかった。
夕食後、慌ただしく帰って行った二人を見送り、久しぶりの森歩きに疲れたディアナは、倒れ込むようにベットに寝転がっていた。
あっと言う間に微睡む意識の中、あの場所で起こったことを考えていたけれど、なぜか靄がかかったように上手く記憶が思い起こない。
記憶の中の自分は、散っていく花びらが花吹雪のように舞う中、一人静かに冬の木の前で佇んでいた。
昼間の出来事と何かが違うっと思いながらも、夢と現実の境は曖昧だ。
微睡んでいた意識は、水の底に沈んでいくように、深い眠りに落ちていく。
舞い散る花びらを手の上に乗せると、氷のように冷たいっと思っていた花びらは人肌を思わせるほどほんのり温かく、手の中に吸い込まれるように花が消えた。
それを何度も繰り返す。時間の感覚はなく、何度も何度も繰り返す。舞い散る花びらは時に髪を飾り、頬を撫でる。
そしてまた、手の平に乗った花が消えていく。
その日から数ヵ月の間、深い眠りについたわたしは、時が止まったように目を覚ますことはなかった。




