家族の愛と母の覚悟と
家族で食事を囲む一家団欒のこの時間をジークはとても大切にしていた。
兵士の仕事は手柄をたてるような大きな事件はないけれど、月詠みの儀を終えてすぐに兵士見習いとして働き始め、今では一つの隊を任せられるまでになった。
日々の街の巡回中や大店の商人の荷馬車の護衛、他領の人間を相手にする門兵の仕事は気が抜けず、年長者になると苦手な事務仕事も増えたが、家に帰って家族の顔を見ると自分の仕事が家族の笑顔を守っていると思うと、改めて気持ちが引き締まる思いだ。
晩酌用の干し肉を片手にお酒の入った杯が進む。エミリとアレクが父親の晩酌用にと用意してくれたらしい。幸せ過ぎてつい顔がにやける。
「いやー俺は幸せ者だ。しっかり者の可愛い娘と頼りになる息子、優しい美人の嫁。あぁ、幸せ過ぎる。」
「またそれ?お父さんのその話しもう何度も聞いたよ。」
「お酒飲んで酔うたびに言ってるよな。」
うんうんっと頷きながらスープをテーブルに並べるエミリ。冬には貴重なブッシュの肉が入ったスープは、アレクの好みで肉の切り方が大きい。食料の節約のためには小さく切った方がいいのだろうが、もうすぐ冬も終わるのでたまにはこんな贅沢もありだろう。
幸せそうに笑って談笑する家族の姿に、胸の奥がジワリと幸せで満たされていく。そしてこの幸せを噛み締めるたび、コーナに心配し過ぎだと笑われても何度でも心配だと伝えてしまう。
「なぁコーナ。やっぱり俺としてはそろそろ神殿通いはやめてほしいっと思っているんだが、ダメか?どうしても行きたいなら俺が休みの日に一緒に行くから一人で行くのはやめてほしい。」
一瞬、困り顔になるコーナの姿を見ると、色よい返事はもらえないかもしれないっと説得を諦めそうになるが、大きなお腹を抱え雪の中を一人で歩くコーナの姿を想像すると心配で仕事が手に付かない。
呆れられると思い言わなかったが、実は今日も心配で早めに仕事を上がらせてもらった。
「雪で神殿までの道路も格段悪い。それにこの寒さも体に障るだろう?祈りに行きたいコーナの気持ちを尊重してきたが、それで体に何かあったら何の意味もない。これからは自分の体のことを一番に尊重してほしい。」
「私もお父さんと同じ意見だよ。毎日寒いのにお祈りに行くお母さんが心配なの。それにそんなに心配しなくても元気に産まれてくるよ。」
心配する家族の顔を見てもコーナは簡単に頷けないでいた。家族が本気で心配してくれていることは頭では分かっている。それでも気持ちの中に引っかかるものがあった。
そしてジークも、俯き悲しそうな表情をしているコーナの姿に胸が痛くなった。ジークも神にすがりたいコーナの気持ちを蔑ろにするつもりはない。その憂いが取り除けるのなら全力で協力するつもりだ。だが、寒さで氷のように冷え切った体を思い出すとこれ以上の許可はできなかった。
そもそもコーナは普通の妊婦ではなかった。
その体の異変は妊娠初期から表れ、重いつわりとエミリやアレクを産んだ時よりも倍近い速さで大きくなるお腹。つわりが落ち着く頃には、体格は痩せたままお腹だけがどんどん膨らんでいった。
出産予定月まではまだだいぶ先のはずなのに、臨月を思わせるお腹の膨らみにさすがに心配になり、医者に見せると双子の可能性が高いとのことだった。
双子の出産はかなりリスクが高い。出産は難産になりやすく、無事に産まれてもお腹にいたころの栄養不足で長生きが望めないらしい。
そしてコーナが神殿へ通う一番の理由、馬鹿馬鹿しい話だが双子は吉凶の前触れと言われこの国では忌避されている。
一人分の幸福を二人で奪い合い不幸は倍背負って産まれてくる双子は、家族やその周囲にとって不幸の種でしかないと思われている。
「双子は不吉だと言われ心配で神殿にすがりたい気持ちは分かる。でも、もうこれ以上の無理は君の体がもたない。」
隣の椅子に座っているコーナのお腹に手をあてると、お腹の中で元気に動いている気配を感じることができた。
「俺は産まれてくるのが妹でも弟でも可愛がるよ。いっぺんに二人も家族が増えるんだろ?楽しそうじゃん。」
「そうよ。私も絶対に可愛がるわ。私が妹と弟の可愛い服をたくさん縫ってあげる。幸せが半分しかないなら私たちが残りの半分を埋めてあげればいいのよ。」
「あー、でもやっぱり俺は弟がいい。弟なら一緒に森に行って狩りができるし、俺が男同士の遊びも教えるよ。」
「妹とお揃いの服を作ろうかな。楽しみ。」
妊娠後どんどん大きくなる母親のお腹を見ながら話す周りの大人たちが会話を聞いて、子どもなりに悩み、色々と考えていたのだろう。
成長した子どもたちの姿を見てコーナは静かに目を瞑ると、優しくお腹を撫でているジークの手に自分の手を重ねた。
その表情に先ほどまでの憂い帯びた気配はなく、どこか晴れ晴れとしていた。
「みんな心配かけてごめんね。私も一人で出歩くのはそろそろ危ないって思っていたの。でも、なかなか踏ん切りがつかなくてやめるタイミングを逃していたわ。」
「それじゃあ、神殿へ行くのはもういいのか?」
「えぇ、ダメな母親ね。私がこの子の生命力を誰よりも一番に信じてあげないといけないのにね。きっとこの子は大丈夫。神様にはもう十分祈ったわ。」
家族に笑顔を向けたコーナの表情は今まで見たことのないほど輝き、その瞳には母親として覚悟を決めた強い意志が込めれていた。