旅立ちの春と神殿でのお茶会
成人の儀を終えた数日後、最初の商隊が他領へ向け出発した。
商人は一度買い付けへ出ると、隣の領地だと半月ほど、遠い領地だと雪で街道が通れなくなる冬の初めまで、王都へは帰ってこない。直接買い付けへ行くことで、今後も安定的に取引をすることができるそうだ。
神殿学校内でも買い付けへ同行する子は数人いるが、ファンエリオンの端にあるブリギッド領に行くアデルは、秋の終わりまで王都に戻ってこない。長期の買い付けへの同行は、商人の子たちの憧れでもあり目標だ。
そんなアデルは、現在、出発の準備に追われているらしくここ数日、神殿学校へ来ていない。隣国ロジェクトの言葉に苦戦していたようなので、最後の追い込みと言わんばかりに色々と詰め込んでいるそうだ。まだ見習いとはいえ、アデルは正式な後継ぎなのでそのプレッシャーは計り知れない。
通常、商隊の見送りは関係者以外しないのだが、今回、デルタ商会は行き先がブリギッド領っということもあり、かなり大規模な商隊が組まれているらしく、見学も兼ねてリーベルとネヴァンは見送りに行くそうだ。
「ディアナも一緒に行かない?」っとリーベルが誘ってくれたので、その日は午後の授業は休みにしてもらい、わたしも見送りに行くことになった。
アデルの出発の日、リーベルの馬車に同乗させてもらいデルタ商会へ行くと、店の前には多くの荷馬車が隊列を作り、お店の人たちが慌ただしく最後の荷物を積み込んでいた。
たくさんの馬車に圧倒されていると、ブリギッド領に行く隊列と他の領に行く隊列が一緒に出発するので、特に大所帯になっているんだとネヴァンが教えてくれた。
「あの一角にいるのが商隊の護衛だよ。商会には専属の護衛もいるけど、買い付けに行くときは街の兵士も一時的に雇っているんだ。若い兵士には臨時収入にもなるし、商隊の護衛の方が日当がいいから結構人気なんだ。」
「そういえば、お父さんがそんなこと言ってるの聞いたことあるかも。護衛に行きたがる人が多くて毎回クジ引きにしてるけど、結局、それでも喧嘩になるって。そのとき話してた護衛が、商隊の護衛だったのね。」
「ははは。まさかそんなに人気だとは思わなかったよ。ディアナのお父さんには毎回悪いことをしてるね。」
たくさんの人が慌ただしく行き来する中で、指示を出しているアデルをすぐに見つけることができた。まだ見習いながらも後継ぎとして周りをまとめている姿は、既に立派な上に立つ者の姿だ。
アデルはわたしたちに気づいて、手を軽く上げながらニッと歯を見せて笑ってくれたので、出発前の緊張感はあまりないらしい。
徐々に出発の時刻が近づき、あいかわらずの喧騒の中、残すところ積み荷の最終確認だけになっていた。アデルと数人の侍従が表と荷物を確認しながら、積み込んだ物をチェックする。
このチェックも責任ある立場の人にしか任せられないらしく、荷物を確認して回るアデルの顔も真剣だ。
無事に確認を終えると、準備ができた同行者たちは次々に馬車に乗り込んでいく。
「いってらっしゃいアデル。体には気を付けてね。」
「僕もすぐに出発だよ。お互い踏ん張りどころだね。」
「頑張ってね!私もアデルを見習って頑張るわ!」
アデルの元へ行き三人で声を掛けると、険しい顔をしていた表情が崩れた。いつも通り口角を上げて、アデルらしい自信満々の表情へ変わった。
「ありがとう。お前等も頑張れよな!」
手を伸ばし、ディアナの髪をクシャっと撫でると、躊躇うように口を開きかけ、小さく首を左右に振ると、強く口元を結び再び口角を上げる。
その表情を伺うように見上げると、髪をクシャクシャっと強く撫でられ、結局、アデルの表情を伺うことはできなかった。
「じゃあ、いってくる。」
アデルが颯爽と馬車に乗り込むとそれが出発の合図だったのか、護衛たちが口々に「出発」っと声を上げ、前方の隊列がゆっくり動き始めると、アデルを乗せた馬車もブリギッド領へ向け出発した。
それから数日後、ネヴァンも商隊とともに出発した。
ネヴァンが出発した頃には、王都内の商隊はほぼ出発しており、生徒もいつもの半分の人数になっていた。それでも王都に残っている親近感からか、いつもより和気あいあいとした雰囲気だ。
そして人数が減ったことで神官の教えるスピードが上がり、予定していた授業内容よりかなり早く進んでいることから、調整も兼ねてお茶の時間を取るようになった。
商人の家では色んなお菓子が手に入るので、食べるお菓子は順番に持ち回ることにし、伝手のないわたしは、お茶の葉を担当している。
わたしの準備する茶葉は、リゲルにも好評だったオリジナルブレンド茶だ。今まで色んな種類のお茶を飲んできた商人の子も、普段飲んでいるものより味と香りが数段上がっていることに驚いていた。
今日のお茶菓子は、神殿学校に通う数少ない女の子の一人、シャウラが持ってきてくれた他領の新作のお菓子。珍しいお菓子を食べれるのはとても勉強にもなる。
「ヌアザ領のお茶菓子を持ってきたわ。うちの出入りの商人が持ってきた新作のお菓子よ。」
「それじゃあわたしは、お茶の準備をするね。」
シャウラは月詠みの儀も終え十歳になるが、今回の買い付けには同行していない。婚約者が決まり他家に嫁ぐことが決まったので、取引上の秘密を守るため買い付けには行けないらしい。婚約者がいても同行している子はいるが、こればかりは家の方針によるものなので諦めるしかない。
他所に行くことが決まった時点で、お店の出入りを制限され、家族とも距離が出来たっとシャウラは笑って話していたけれど、エメラルド色の瞳は悲し気に揺れていた。
「リーベルも婚約者が決まってないなら気を付けてね。散々勉強させておいて、突然、連れて行けないって言われるの。本当に笑えないから。」
お茶を飲みながら淡々と話すシャウラは、買い付けに同行できなかったことに、相当落ち込んでいるのが伝わってくる。
そのシャウラの思いがリーベルも分かっているのか「油断できないわね。」と真顔で返していた。
「ディアナは月詠みの儀を過ぎたらどうするんだ?針子になるのか?」
同じ歳のリックは、口いっぱいに頬張った焼き菓子をモグモグさせながら、興味津々と言った風に人の良さそうなタレ目を向けてくる。他の子たちもリックからの質問の答えに興味があったらしく、会話を止めてこちらへ視線を向けていた。
「ううん。まだ何も決めてないわ。でも、わたしは手先が器用じゃないから、母や姉みたいに針子の仕事は無理だと思うの。貴族の屋敷で下働きの仕事をすることになるんじゃないかな。」
「え?でもディアナはリゲル様の妾になるんじゃないの?」
やり取りを聞いていたシャウラは、心底不思議そうな顔をしている。周りも同意するように「聞いていた話しと違う。」っと口々に言っているので、ずっとそういう目で見られていたのかと思うと、ガクリと体から力が抜ける。
平民なのに高価な腕輪を付け、成人の儀以降はアークツルス家の紋章が刻印された指輪をしていたので、貴族と付き合いのある商人の子たちの感覚からすると、貴族が年の離れた若い平民を妾にするのはよくあることなので、そんな感じだろうっとみんな思っていたらしい。
「リゲル様の妾にはならないよ。それに誰かの妾にって話もないわ。」
否定はしたけれど、みんなの顔はいまいち納得していない。高価な腕輪や指輪を付けている経緯を話せないので、納得する上手い言葉が見つからない。
下手に魔力のことを勘ぐられるより、もうこのまま誤解させていた方が良いのではないだろうか。とりあえず曖昧に笑っていよう。
淑女教育で習った貴族女性の秘儀、微笑んで誤魔化せ。
ディアナの憂いを帯びた笑顔に、空気の読める商人の子らは、これ以上、貴族絡みの話題は避けた方がいいっという雰囲気になり、奇しくも笑って誤魔化すっという最終手段に出たディアナの意図を汲む形となった。
さらに空気の読めるリーベルは、そんな微妙な雰囲気になった場の空気を変えるべく、苦笑いを浮かべているシャウラの方へ視線を向けた。
「それはそうと、シャウラの婚約者はどんな人なの?他領の人なのよね。」
突然、話題を触れれたシャウラは、驚きながらもやっぱり空気を読める子なので、リーベルの意図を読み笑顔で明るく話してくれた。
「え、えぇ。彼はエルトナ領の人なの。薬草を扱ってる家の後継ぎで、私の二歳上よ。エルトナにいる親戚と商売上の付き合いがあるみたいで、歳も近いからって紹介されたの。」
エルトナ領は王都から馬車で一日半ほど行った場所にあり、山に囲まれた寒さの厳しい土地だ。冬の寒さに強い植物の品種改良に力を入れ、その厳しい土地で育つ薬草は効能が良く、高級品として取引されているそうだ。
商人の家では洗礼式前から婚約者を探し始め、月詠みの儀を迎えた子たちのほとんどが婚約者がいる。いま教室内にいる子たちは、月詠みの儀を迎えていない子が多いので、決まっている子と半々っといった感じだ。
「もうその人には会ったの?」
「まだどんな人か会えてないの。うちはエルトナ領と取引がないから、両親が事前に行く必要はないって言い張っちゃってね。夏に親戚が王都に来るから、その時に私もエルトナに一緒に行くつもり。」
この婚約を両親が反対しているのかっと言ったらそうでもなく、純粋に取引もない領地にわざわざお金をかけて行く必要がないっという感じらしい。
シャウラの家の商売上、エルトナで取引先を新規開拓っとい感じでもないらしいので、今回の婚約は親戚の顔を立ててっというのが大きいそうだ。
両親の決めた商売上の取引相手でもなく、遠い親戚の顔を立てるってどう言うこと?っと不思議に思っていると、みんな政略結婚ってそんなものだよっと笑っている。結局のとこ、政略結婚とは横の繋がりらしい。
「ネヴァンとアデルもまだ婚約者が決まってないよな?あの二人はどうなってるんだ?」
全く空気の読めていなかったリックは、リーベルの顔を見ると、そういえばネヴァンと婚約破棄したんだったなっと思い出したらしく、質問した相手を間違えたっと一瞬でバツの悪そうな顔をした。
しかし、やっぱり空気の読める当のリーベル本人は、もう気にしていないわよっという表情だ。
「ネヴァンはまだ決まった相手がいないみたい。アデルは婚約者候補がいるらしいけど、嫌がってるらしくてとりあえず保留にしてるらしいわ。結婚の話は成人の儀まで進めないってことで落ち着いているそうよ。」
チラッとこちらを見ながら、リックは「へぇ」っと意味深に頷く。他の子もこちらをチラッと見た後、周りの子とお互いの顔を見合わせている。商人同士、何か思うことでもあるのだろうか。
「みんな、休憩は終わりだよ!さぁ、片付けて。」
いつの間にか休憩時間はかなり過ぎていたらしく、神官の登場に全員で慌ててお茶の片付けをする。
ティーセットを洗う係、テーブルの食べ残しを片付ける係、ごみ捨て係。
今では当たり前の光景だが、商人の家も貴族と同じように準備から片付けまで下働きの人がやってくれるので、洗い物一つ誰もできなかった。
お茶の時間をとる条件が、「責任を持って全部自分たちですること。」だったので、初日はお茶の淹れ方を教えることから始まったが、次の日にはみんな家で侍従たちに教えてもらったらしく、すぐに問題なくお茶ができた。
本当、金持ちの適用力、怖い。




