新たな出会い
式典が終わり、完全に大広間から貴族がいなくなるまでの間、バルコニーの端っこで隠れるように息を整え、乱れた魔力を落ち着けていたら、背後から突然声をかけられた。
「子どもがここで何をしている?何だ、見習いの神官か。」
聞き覚えのない声に肩がビクッと震え、ヒッっと息を飲むわたしの声は上擦っていた。恐る恐る振り返ると、まっすぐこちらへ歩いてくる男性が見える。式典に参加していたような派手な服装で、その上質な衣と胸元に飾られた勲章は明らかに上位貴族だ。
ここには人が滅多に来ないっと聞いていたのに、この状況は予定外。誰?
「異質な魔力を感じたので来てみたが、其方以外に誰もいないようだな。」
隠れる場所もないこのバルコニーから出るには、男性の後ろにある階段から降りるしかない。それを分かっているからか、退路を断つようにこちら側へどんどん距離を詰めてくる。
探るように向けられた視線は、わたしの動揺に気づいているのか、噓をつけば子どもでも容赦はしないっという雰囲気だ。
「ここにいるのはわたしだけです。」
ウィルビウスに許可を受けて神官服を着ているけど、小心者のニセ神官は堂々と「はい、神官です。」っという度胸はないので、最初の質問は聞かなかったことにしてみた。
一応、身元は保証されているはずなのに、どこからどう見ても怪しいのはわたしだ。
「其方、リゲルが庇護しているという娘か?」
男性の訝し気な視線は、いつの間にか指輪に向けられていた。無意識に指輪を触る僅かな動きに、目ざとく気づいたようだ。
魔力の影響で淡く光る指輪はアークツルス家の紋章が浮かび上がり、まさか本当に指輪が役に立つとは思わなかった。ただ、リゲルのことを知っている相手に下手に口を開くと、ニセ神官だとボロがでないだろうか。どうやってこの場を切り抜けるのが正解なのか、場数を踏んでいないわたしには分からない。
そもそもこの男性は誰?王族特有の黒髪と金色の瞳を持ち、リゲル以上に整った顔をしている。切れ長の目に、キリリと上がった眉、スッと通った鼻梁と薄い唇。鍛えているのか服の上からでも分かる均等のとれた体付き。まるで物語に出てくる王子様のように麗しい姿なのだが、どこか他人を寄せ付けないストイックな雰囲気を纏っている。
「レグルハウト殿下、うちの神官が何か不手際でも?」
「リゲル様!」
聞き慣れた頼れる声は、カツンと足音を立て登ってきた最後の段を踏む。貴族然とした仮面を被ったように貼り付けたいつもの笑顔が、心底頼もしいっと思ったのは初めてだ。まさかの救世主登場に一気に肩の力が抜ける。
「久しいなリゲル。いや、問題ない。異質な魔力が気になって確認に来たのだが、この娘はここで居合わせただけだ。」
「そうでしたか。ですが、神殿内はウィルビウス様のお力で以前より守りが厳重になっておりますで、ご心配するようなことは起きないでしょう。ご安心ください。」
神殿は貴族街への入り口に位置する為、外部からの攻撃に対して王宮並みの守りが必要らしい。今までは魔力不足でお世辞にも強固な守りではなかったそうだが、ウィルビウスが神殿長に着き、新たに魔法陣を多重掛けしている。
「伯父上の守りが強固なのは分かっている。一線を退いた今でも、あの魔力と知識を現場で生かすべきだと言う声は多い。」
「ウィルビウス様は今の騎士団の基礎を作られた方ですから、尊敬している者も多いでしょう。殿下も騎士団に入団されたとお聞きしました。遅くなりましたが、ご入団おめでとうございます。」
レグルハウトと呼ばれた男性は目元にかかる黒い髪を気怠そうに掻き上げると、輝く金色の瞳を僅かに細める。
「あぁ。私も王宮勤めより騎士団の方が性に合っている。しかし其方が退団したことは想定外だった。戻る気はないのか?」
「申し訳ございません。せっかくのお誘いですが、私は一度退団した身。余程のことがなければ騎士団へ戻ることはないでしょう。」
「私としては其方にまた騎士団へ戻ってきてもらいたいものだがな。腕は衰えていないのだろう?」
「訓練は続けておりますが、それは今の私がウィルビウス様の側近だからです。ウィルビウス様が神殿長としてここに身を置かれる以上、私も神殿に身を置くつもりです。」
あいかわらずリゲルの作り物の笑顔は一切乱れない。相手の男性もその答えが分かっていたのか、フンっと鼻を鳴らすと至極面白くなさそうな顔をするだけで、それ以上の言及をするつもりはないようだ。
それにしてもリゲルが殿下と敬称で呼ぶこの男性、やっぱり王族か。黒髪で金の瞳の段階でそんな気はしていたけれど、いざそれが分かってしまうと王族の醸し出す独特の雰囲気に飲まれそう。
「其方が手元に置いて教育している平民の娘がいると報告を受けていたが、それがこの娘のようだな。既に指輪も持たせているようだが、其方がそれほど目を掛けるに値する娘か?」
こちらに向ける視線は、先ほどまでの探るような視線とは違い、面白そうな玩具でも見つけたような好奇心に満ちている。できればわたしの存在はこのまま忘れていて欲しかった。
「所詮は平民の娘。神殿で教育する以上、誰の庇護下にあるのかを示すために指輪を与えました。他の貴族に目を付けられるのも面倒です。」
「まぁよい。そういうことにしておこう。そんなに警戒せずとも私はこの娘に興味などない。」
リゲルの淡々とした態度に、男性は「面白いものが見れた。」っと満足そうな顔で去って行った。去り際にわたしに一瞥を投げると、目が合いニヤリと笑っていたが一体あれは何だったのか。
男性が階段の下へ消え姿が見えなくなると、「はぁ」っと溜め息が漏れ、背にしていた壁をズルズルっと滑るようにずり落ちると、全身の力が脱力し床に座り込んでいた。無意識にもう一度、深い溜め息が漏れたので、思っていた以上に緊張していたらしい。
「あの、リゲル様。今の方は?」
「殿下、レグルハウト殿下は王の従弟にあたる方で王族だ。」
「え?今の方が王の従弟?わたし、かなり無礼な態度だったと思うんですけど、大丈夫でしょうか?」
「あの方はあまりそういったことを気にされる方ではないので、今回の非礼は問題ないだろう。そもそも王族だと気づかない君の方にも問題あると思うが。」
リゲルは座り込んだままのわたしに無言で手を差し伸べると、引っ張り上げるように立たせてくれた。お礼を言って立ち上がると、床に座ったことを咎められることはなかったが、若干その顔は険しい。
「黒髪に金色の瞳だったのでもしかしたらって思いましたけど、まさかこんなところで王族の方に会うなんて思わないですよ。伯父上って神殿長のことですか?でも黒髪じゃないし金色の瞳でもないですよね?」
「ウィルビウス様は先王の兄上にあたる方だ。役職柄、威厳を保つため白髪にされているだけで、お若い頃は立派な黒髪だったと聞く。瞳の色も王位を返上した際に本人の希望で変えたそうだ。貴族では有名な話だが、平民の間では知られていないのだな。」
伯父上と呼ばれていたウィルビウスは、先王の兄で現王の伯父でもある。魔力量の多いウィルビウスは、当時、王位継承第一位だったが、高学院時代に王位継承権を返上し卒業と同時に騎士団に入ったそうだ。優秀な弟がいて助かったと、にこやかに笑いながらあっさり王太子の座を辞したらしい。
その後は騎士団長まで上り詰め、年齢を理由に退団した後は、辺境の領地へ隠居する手はずだった。それが、王命により神殿長に任命され王都に留まることになった。
「王族の方も神殿長になるのですね。」
「普通はありえないことだ。今回のこの任命が異例だった。」
これも貴族の間では有名な話で、騎士団長として防衛に努めていただけではなく、外政にも強いウィルビウスは、度々、他国との交渉の場にも出ていたらしい。そんなウィルビウスを王子たちの後継人にしたかった王は、辺境の領地へ逃げられる前に王命として神殿長に任命した。
「レグルハウト殿下は魔力量も多く高学院を最優秀で卒業した天才だ。次の王位に一番近い方だったが、ウィルビウス様同様、王位継承権は既に返上されている。」
わたしは王族のことを知らないけど、王位に一番近い人間がそんな気軽に王位継承権を返上できるものなのだろうか。そして騎士団に入団する際も、王子たちの教育係として側近にっという話をあっさり蹴ったそうだ。なかなか自由奔放な王族なのかもしれない。
「リゲル様はレグルハウト様とお知り合いなのですか?」
しばらくの沈黙の後、ディアナは無表情を決め込むリゲルの顔を覗き込んだが、レグルハウトとの関係を話す気はないようだ。先にこの沈黙に耐えられなくなったのはディアナの方だった。
話題を変えるように指輪を返すと、指輪の光は完全に失われていた。あのまま返していいものか悩んでいたので、返すタイミングの時に元に戻っていてよかった。
「忘れないうちに指輪をお返しします。ありがとうございました。」
「あぁ。結局、殿下に目を付けられただけだったので、役に立ったとは言い難いな。」
自虐気味に顔を歪ませたリゲルは、受け取った指輪を見ると徐々に眉間に皺が寄り、片手で額を抑えながら小さな溜め息を漏らした。これはもしかしなくても、何かやらかした?
ジッとリゲルの顔を見つめていると、その表情は僅かに口角が上がり、途端、芝居がかった笑みを浮かべた。その眩暈がするほどの美しい表情に本能的に恐怖し、ヒェっと後退って息を吞むが、時すでに遅し。
そのまま左手を取られ、指輪を元の人差し指にはめられる。
「え?」
まさかのリゲルの行動に、青くなりかけていた顔に一気に熱が戻って来る。リゲルの真意はともかく、神殿で異性に装飾品を贈り合うのは、花紡ぎの儀で行う永遠の愛の誓いだ。
特に直接体に触れる指輪や腕輪を相手に付ける行為は、幼いディアナでも知っている求愛の証。女性なら誰でも一度は憧れる行為だ。
こちらを見下ろしてくる表情は、意図的ではないのだろうが、色素の薄いブルーの瞳が色気を纏い壮絶に艶めかしい。あぁ心臓に悪い。
「興奮してバカみたいに魔力を流したようだな。その指輪はもう君の物だ。」
「わたしの物ってどういうことですか?紋章入りですよ?」
全く意味が分からないっと首を傾げていると、「戻るぞ。」っと何事もなかったかのように背を向け、階段を降り始めていた。その後ろ姿を呆然と見送りながら、ハッと我に返り慌てて追いかけた。
無意識に口角が上がり、指輪を触っていたのは誰にも内緒だ。




