貴族の成人の儀
午前中の平民の儀式が終わると、慌ただしく片付けと午後の準備を行い、六の刻より貴族の儀式が始まる。先ほどの儀式も十分、神秘的で綺麗だと思ったけれど、貴族の儀式はさらに凄いらしい。全く想像がつかない。
午前と同じようにバルコニーで見学していると、次々に参加者が大広間へ入ってくる。
貴族も男女問わず彩り鮮やかな衣装を着ているが、その豪華さは平民と比べ物にならない。一目で分かる上質な生地を使用し、贅沢に刺繍やレースを使っている。
女性が付けている髪飾りは、細工が凝っている繊細な物から動くたびに装飾が揺れる派手な物まで、この距離から見て分かるほど豪奢で、目が眩みそうだ。
舞台の上に視線を向けると午前中より明らかに楽師が多い。前の席に座る楽師は神官たちだが、後ろの席に座っている楽師たちは神殿の者ではない。演奏に参加している見覚えのない楽師は、式典に出席している貴族の専属楽師らしい。
神殿の楽師だけでは人数が少ないので、演奏曲によってはどうしても迫力に欠けるときがある。それを不快に思った貴族が式典に楽師を派遣したことから、今では貴族が出席する式典に楽師が派遣されることが恒例になっている。
始まりの合図のベルが鳴り、楽師による演奏が始まった。演奏する楽師の数が増えた分、音量を補強する魔道具が必要がないほど、音も大きく音色が格段に良くなっている。楽器は弾き手でここまで変わるのか。
扉が開きウィルビウスが壇上に上がると、いつものように神話の話が始まった。神話の内容は成人の者へ向けてのためになる話。内容を要約すると、戦いの神アレースや知恵の女神アテーナイエーが地上の争いを治め、制圧した土地を統治し安寧をもたらすっという話だ。
そして、最高神への忠誠を示す言い回しが多かったことから、国を守り国を支え王族への忠誠を誓えっということだろう。
やはり貴族は神話を聞き慣れているようで、意味を理解しうんうんっと頷き真剣に話を聞いている。
ウィルビウスの話が終わると、次に来賓として招かれていたこの国の宰相が壇上に上がり、にこやかにお祝いの言葉を述べ始めた。宰相は髭を生やしているので年齢不詳に見えるけど、声を聞く限り思ったより若い。
今後、国の中枢を担うことになる貴族の若者へ、ファンエリオンの国力や他国と比べた立ち位置を政治的な観点から説明すると、政治に関わる難しさとやり甲斐、そして貴族の在り方を流暢な言葉選びで語っていく。
最後に叱咤激励の言葉をかけ壇上から下がると、割れんばかりの拍手が起こった。
次に壇上に上がったのは、金糸で縁取られた詰襟と金のボタンが輝き、胸元に立派な勲章が付いた軍服を着こなした騎士団長。騎士団所属のわりに細身に見えるが、その瞳は獲物を狙う猛禽類のように鋭く、一瞬その視線がこちらへ向けられた。
「うそでしょ!?」
慌ててバルコニーの端に逃げるように隠れたけど、多分わたしの存在に気づかれた。ここの存在を知らない人も多いって聞いていたのに、まさかの即バレ。騎士団長、怖すぎる。
騎士団長の話はほとんど聞かないまま隠れていると、次に国王から届いたお祝いの言葉を神官が読み上げる。貴族の式典には国王からも祝電がくるのか。
「それでは、神に祈りましょう。」
壇上に上がったウィルビウスの声に合わせ、慣れた様子で貴族たちは片手を上げると、「リュース」と言葉を発し、その手に現れた光りを放つ杖を空に向けて掲げた。来賓席にいる大人の貴族たちも立ち上がり、同じようにリュースを手に掲げている。
リュースの淡い光で埋め尽くされた大広間は光の絨毯のようで、身を乗り出してじっくり見たい衝動を必死に抑える。
「成人を迎えたファンエリオンの子よ、女神フォルツァヌスの吐息が春の祝宴に幸福をもたらすだろう。」
ドンっと槍を打ち付けると刃が徐々に強く光り、リュースの先端も同じように光ると、小さな光の玉が現れた。光の玉が浮いている。
「太陽神ヒュペリオーンの光に照らされた其方等は、迷うことなく運命の神モイライの元へ導かれた。」
もう一度、槍を床に打ち付ける。光の玉は一回り大きい手のひらサイズになり、祭壇に置いていた聖杯も同じように光を放ち始めた。
ドンッ
「暗闇を照らす神々の恩恵。光り輝く足元は、其方等を導く。」
槍全体が強い赤い光を纏い、溢れたその光はそのまま光の柱となって天井まで伸びた。それと同時に光の玉も天に向かって飛ぶ。
光の柱を中心に、光の玉が周囲をグルグルっと周りながら飛んでいく。
綺麗。使い古された陳腐な言葉だが、それ以上の言葉が思い浮かばない。
ウットリその光景を見惚れていると、目の前で起こっている幻想的な光景に触発され、体内の魔力が体中を駆け巡る。慌てて呼吸を整えるが抑えきれない魔力が溢れ、魔力を吸った腕輪と指輪が光り輝いていた。
「成人の儀を終え新しい世界へ導かれたファンエリオンの子に、神の祝福を。」
聖杯からも光が溢れ、混じり合った光が虹色に輝きながら、ゆっくり大広間に降り注いだ。参加者のあちこちから感嘆の声が漏れ聞こえる。
恐ろしいほど神秘的で、奇跡でも見せられてるような神聖さに、魔力への畏怖を感じずにはいられない。
気づけばバルコニーから身を乗り出し、この美しい光景にわたしも心を奪われていた。




