お茶会の反省
「持ってきてくれたお菓子はディアナの手作り?不思議な食感で美味しかったわ。」
ディアナが持って行ったお菓子は、生クリームとフルーツを厚めに焼いたスポンジ生地で挟んだフルーツサンド。
普通のフルーツサンドと違って、食べるタイミングでフルーツの一部が溶けてソース状になる。それが生クリームやスポンジ生地と絡み合い、しっとりと美味しくなる。
「私が食べるタイミングで溶けたのはどうして?」
「ふふっ。調理室にある魔道具を使わせてもらったの。あとの詳しい作り方は秘密。」
食材の鮮度を戻す調理器具があったので、一度、フルーツに熱を加えソース状にし、その調理器具に入れて鮮度を戻すと溶ける前の固形のフルーツに戻った。
それを真空保存が出来る箱に入れておくと、鮮度が保たれるので固形のままだ。そして箱から出し空気に触れさすと、鮮度が落ちソース状に戻る。
この調理器具はかなり魔力を使うので、ほとんど使われずに調理室の奥に眠っていたらしい。わたしが魔力を提供することで、使えるようになったそうだ。
「魔道具を使ってるなら簡単に売り物にはできないわね。お父様がかなり興味津々で、作り方を聞いてくるように言われたのよ。」
肩を竦ませ残念っと言いながら、帰る準備を始めるリーベル。アデルからも同じことを聞かれたので、王都にもヌアザ領にも似たお菓子はないようだ。
「ディアナ、終わったのか?」
「え?リ、リゲル様!?」
扉の前に立つリゲルにわたし以上に教室内が騒めく。今までお昼の迎えにリゲルが来たことはない。今日は一体どういう風の吹き回しか?
待たせるわけにはいかないと慌てて片づけをしていると、目の前のリーベルは先ほどから無言で、周りもあからさまに視線を逸らしている。
貴族の中でも上位貴族のリゲルの登場に、教室内の空気は分かりやすく凍っている。
「すみません。お待たせしました。」
お貴族様用の貼り付けた笑顔のリゲル。普通の人ならこの色気ダダ漏れの美麗の笑顔に膝から崩れ落ちるところだが、わたしは知っている。こういう顔をしている時は大概なにか良くない理由がある。
作り物のように透き通った薄いブルーの瞳がジッとこちらを見ている。顔は笑顔だが明らかに機嫌が悪い。怒られるようなことをした覚えはないが、その雰囲気に小さく息を吞み恐怖で顔が引きつる。
無言で歩く廊下が物凄く長く感じる。
執務室へ着くといつも通りエスコートしてくれるが、その顔はあいかわらず胡散臭いお貴族様的な笑顔。その笑顔を習得していないわたしの顔は、分かりやすく笑顔が引きつっている。
「それで?お茶会はどうだったんだ?」
目の前で食事を始めたリゲルは、同じ物を食べているはずなのに見惚れるほど優雅だ。でもやっぱり貼り付けた笑顔は崩さず、ただただ怖い。
「とても楽しかったです。初めて見るお菓子がたくさんありました。」
「商人の家には王都に出回っていない物や情報が集まってくる。商人との付き合いはいい勉強になるだろう。何か役立ちそうな情報はあったのか?」
「はい。作ってみたいお菓子があるので、また調理室をお借りします。」
あの飴細工は見た目が可愛いので、もっと気軽に手土産にできれば喜ばれそうだ。薄くて大きいと割れやすいから、もう少し小さくして飴を厚めにすればどうだろうか?
「それで、デルタ商会で何があった?」
「普通に服を選んでお茶をしました。あっ!借りた服はどうすればいいでしょうか?返すために洗いたいのですが、あんな高級な服を家で洗うわけにはいかないので困ってます。」
「それはこちらで対処しそう。明日持って来なさい。」
試作品の宣伝も兼ねて無料で借りると聞いていたが、ディアナが着ていた服は上等な布とレースが使われ、王族の献上品にも引けを取らない出来のものだった。髪飾りもあきらかに高級品で、貸し出し用の物ではないだろう。
目の前で呑気にスープを飲むディアナの姿にリゲルは頭が痛くなった。面倒なことになりそうな状況に、意識的に表情を作らなければ、眉間にしわが寄り表情が強張る。
「それから、アデルが髪を結ってくれました。服飾の仕事だけじゃなく髪結いの勉強もしてて、商人の仕事の幅広さに驚きました。」
「ほぅ。アデルが君の髪を?」
「あの、もしかして髪を結ってもらうのはダメでしたか?男性の髪結い師もいるので大丈夫だと思ったのですが、リーベルも微妙な反応だったのでどうなのかなっと思いまして。」
「良い悪いっということではなく、周りに見られた時の価値観の問題だ。私も男性の髪結い師がいることは知っているが、基本的にあれを呼ぶのは既婚の高齢女性や未亡人だ。婚約者のいない君が男性に髪を結ってもらうのは不必要な誤解を生む。外聞がよくない。」
アークツルス家の馬車を出したのはアデルを牽制する為だった。アデルがディアナに気があるのは、あの教室にいる人間は周知の事実。神官たちですら気づいているのに、本人だけが気づいていない状況は少し気の毒にも思えたが、魔力持ちのディアナを平民に嫁がせることはできない。
御者の話では、ディアナをエスコートしているアデルの姿を、店の周囲にいた多くの人間が目撃している。デルタ商会の後継ぎに婚約者がいないのは、商人の間では有名な話だ。自分の髪の色と同じブルーグレーの服を着せ、最高級の装飾品で飾りつけた姿を見た者は、そういうことだと思うだろう。
今後のことは既に手は打ってあるが、貴族の牽制にも引かないとはかなり厄介で面倒だ。あいかわらず呑気な顔で肉を切っているディアナの姿に、本当に分かっているのか呆れて溜め息が漏れる。
「申し訳ありませんでした。それから、寝てる間に家まで送ってくださってありがとうございました。起きたら家にいて驚きました。」
結局、帰りの馬車でぐっすり眠っていたらしく起きたら家に辿り着いていた。神殿に着いたら起こしてもらえると思っていたので完全に油断した。
わたしが全く起きる気配がなかったので、そのまま家に送り届けてくれたらしい。
それもリゲル直々に。
家の前にアークツルス家の馬車が横付けされ、馬車から出てきたリゲルの姿に本物の王子様のようだったとエミリは頬を赤く染め、ジークは心臓が止まりそうになったと狼狽えていた。
「熟睡するほど乗り心地が良かったようでなによりだ。私も君が馬車の送迎を拒む理由が分かってよかったよ。道が狭くて馬車が通らないと御者が頭を抱えていた。」
「わたしが嫌がる理由を分かってもらえてよかったです。家の前まであの大きな馬車が来れたことに驚きです。」
最後のデザートの準備が始まり、ディアナ考案の新しいデザートが運ばれてきた。これは以前から試行錯誤していたデザートで、薄く伸ばして焼いた焼き菓子の間に生クリームとカスタードクリームを塗り、何層も重ねた。横から見た断面が美しく、たっぷり塗ったカスタードクリームのおかげで舌触りもいい。
ただ、手間がかかる為、料理人泣かせだ。
フォークを切るように入れると、サクッと小気味いい音が聞こえる。
「そう言えば、リーベルの家に品質が保存できる魔道具があるそうです。作り置きができるから便利だなって思ったのですが、ここにもありますか?」
「大量の魔石を使う物は神殿に置いてないはずだ。私の屋敷にはあると思うが、作り置きする必要があるのか?魔道具を使わなくても食べたい時に料理人に作らせればいいだろう?」
「下準備に手間がかかる物をまとめて作っておきたいのです。このデザートも事前に生地をたくさん焼いておけば、食べる時の準備が楽ですし、わたし以外の人も簡単に作れます。」
一瞬動きを止めたリゲルの皿を見ると、デザートはほぼ完食している。既にお貴族様仕様の仮面は外れ、思案するように眉を寄せているが、リゲルは見た目の美しさと舌触りがいい物が基本的に好みで、多分これも気に入ったはずだ。
一口目を口に入れたとき、僅かに口角が上がったのは見間違いではない。
「屋敷の者に手配しておこう。」
「ありがとうございます。」
新しい魔道具を使えるのが嬉しいのか、至極ご満悦な表情でお茶を飲んでいるディアナ。目の前のその姿を見ながら、上手く懐柔された気がして少し不服ではあるが美味しい物に罪はない。
お茶を飲みながらリゲルもまた小さく口角を上げた。




