はじめてのお茶会(後)
お店を出て最初に道が交差する道路で左に曲がると、あっという間にリーベルの家に着いた。馬車に乗り降りしてる間に、歩いていたら着いたんじゃないかと思えるほどの距離。それでも馬車を使うのが、お貴族様的には正解だ。
「いらっしゃい、ディアナ。」
「リーベル、お招きありがとうございます。」
リーベルの家もアテーテ商会の店舗と自宅の建物が隣同士にあり、建物の大きさが違うだけで外観のデザインはアデルのお店と似ている。馬車の中からゆっくり外を見る余裕がなかったけど、街全体の景観の為に建物は似た作りにしているのかもしれない。
案内されたリーベルの部屋は、白地にピンクの小花が可愛らしい壁紙に、猫足の可愛い家具と淡いピンクのカーテン、女の子の憧れの天蓋付きベッドがあって、いかにもお嬢様の部屋って感じだ。
座り心地の良いピンクの可愛いソファに座り、手土産を渡しながら招待してくれたことに対するお礼の言葉を貴族風の挨拶で言うと、リーベルも慣れた様子で手土産に対するお礼を言う。
挨拶が終わるとドレスを褒めたり、庭や部屋を褒めたりっと延々、招待主を褒めちぎる時間が始まるそうだ。さすがに今日は平民同士の気軽なお茶会っということで、改まった挨拶はこれで終了。
「ディアナが遊びに来てくれるのが嬉しくて、お菓子をたくさん準備したのよ。お茶も何種類か用意したから、好みの味の希望を言ってね。」
「ありがとう。わたしもとっても楽しみにしてたの。」
扉の前で待機していた下働きの人たちが、お茶とお菓子の準備を始める。テーブルにたくさんのお菓子が並び、他領から入ってきた新作のお菓子は、見た目も可愛く美味しそう。
「可愛い服だね。アデルが準備してくれた服だよね?ディアナの雰囲気に似合ってて素敵。」
リーベルは、焼き菓子を摘みながら視線はディアナに向け、頭のてっぺんから足元まで観察した。
アデルが宣伝も兼ねて貸出用の試作品を着ていいと言っていたが、貸し出す用にしてはかなり上等な布を使った凝ったデザイン。
「似合ってる?ありがとう。わたしの髪色に合わせて選んでくれたみたい。髪飾りや小物もアデルが服に合う物を選んでくれたの。」
「アデルが選んだの?へー。やっぱりディアナが着るから気持ちの入れ方が違うね。」
服に合う小物っというより、ディアナに似合う物を選んだの間違いだろうっとリーベルは思った。この服も小物も貸し出し用の二流品の服ではなく、多分、売り場に並ぶような一流品の物だ。
「髪も服に合わせてアデルが結い直してくれたの。服に合わせた髪の結い方も勉強してて、手際も良いからビックリしちゃった。アデルって凄いね。」
ニコニコと焼き菓子を摘まみながら衝撃な内容を普通に話すディアナ。至極当然のことのような言い方に、リーベルも一瞬聞き逃しそうになった。
「え?アデルが髪を結ったの?」
「うん。可愛いでしょう?」
服を取り扱う上で髪型の勉強も一緒にすることは、何も変なことではない。男性の髪結い師もわりと多いので、男性が女性の髪を結う行為もおかしなことではない。
でも、アデルは髪結い師じゃない。お店には同性のスタッフや針子がいるので、アデルがディアナの髪を結うのは特別な相手だと言っているようなものだ。
アデルがディアナに対して、たまに悩まし気な視線を向けていることにみんな気づいていた。それでも特に行動することがなかったので、今ではその視線が当たり前の光景となっていた。
何がきっかけは分からないけど、アデルは動き始めているのかもしれない。
「ディアナはアデルのことどう思ってる?もちろん男性としてってことね。」
「え?どうって?」
「そのままの意味よ。男として意識してる?それともただの同級生?」
お茶を口に含みながら改めてアデルのことを考えると、楽しそうに髪を梳いてた姿を思い出す。ニコニコと嬉しそうに髪を結う姿に、アデルの仕事に対する真剣さが伝わってきた。
「アデルはお兄ちゃんのような感じかな。勉強を見てくれて、一番年下のわたしがみんなから浮かないように気にかけてくれる。今日だって服も貸してくれた。こんな風に世話を焼いてくれる姿が、わたしの兄とかぶるの。」
本当は髪を結っている姿がエミリとかぶったけど、さすがに姉的な存在とは言えなかった。兄と言いかえたけど、根本的な意味で違いはない。
「兄?兄か…その答えは予想外。」
アデル、残念っと言うリーベルの言葉にディアナは意味が分からず首を傾げる。何が残念なのだろうか?
「でも、リゲル様がしっかりアデルを牽制しているのは分かったわ。リゲル様にはアデルの気持ちが伝わっているようね。紋章付きの馬車には私もさすがに驚いた。」
実はディアナが神殿から乗ってきた馬車には、アークツルス家の紋章がドンっと描かれ、誰が見てもお貴族様の馬車であることは一目瞭然だ。
ディアナも神殿の簡素な馬車を使うと思っていたので、見るからに身綺麗な御者と豪華な馬車に腰を抜かしそうになった。
「え?牽制?どういうこと?」
あいかわらず意味が分からないリーベルの言葉に首を傾げる。アークツルス家の馬車には驚いたけど、それがアデルと何の関係があるのか分からない。
「ディアナがアークツルス家の庇護下にあるってことが、この商業地区の人間に周知されたってことだよ。紋章付きの馬車は目立つからほとんどの人間が目にしてると思う。」
リゲルが睨みをきかせた状態で、服を選んだだけでなく髪まで結ったアデルにリーベルは素直に称賛を贈りたかった。
でも、そのアデルの意図はディアナに全く伝わっていない。余計のお世話だと思いながらも、さすがにアデルが気の毒に思え、僅かながら小さな火種を落とす。
「リゲル様が神殿の馬車でもいいのにあえて紋章付きにしたのは、アデルからアプローチをさせないためだよ。庇護者としては、まだ自分が見極めていない男にディアナを取られたくないんだと思う。」
「アデルがわたしにアプローチ?そんなこと…」
あるはずがないっという言葉を飲み込み、それ以上の会話が続かない。気づかないふりをしていたけど、改めて思い返すと、思い当たることが多すぎる。
「も、もうこの話はやめよう!それよりリーベルはどうなの?ネヴァンと進展はあった?」
家の都合で婚約話がなくなった二人だけど、今も変わらず仲が良い。ネヴァンのことが好きなリーベルは、また婚約を取り付けようと動いている。ただ、リーベル側の都合で断っているので、改めて婚約を結ぶのは簡単なことではない。
「残念ながらないわ。アプローチはしているけどネヴァンは誰にでも優しいから、気持ちが分からないの。まだ婚約者が決まってないことだけが救いよ。」
「ネヴァンと婚約の話はしたりするの?」
「ううん。こっちから婚約破棄をしてるから、私からその話をするのは気まずいの。ネヴァンの方から婚約の話をすることもないわ。」
寂し気に目を伏せ息を吐くリーベル。商人同士の繋がりや家の事情があるので、頑張ってと安易な言葉は言えない。それに頑張ってどうにかなるものでもないことは、リーベル本人が一番分かっている。
「リーベルはネヴァンのこと好きだけど元々は政略結婚でしょう?政略結婚って嫌じゃなかったの?」
「うーん。私は後継ぎとして育ったから、政略結婚を嫌とか嫌じゃないとかそんな風に考えたことないかも。」
今回はたまたま好きな相手との婚約話がでたけど、このままネヴァンとの婚約が無理なら、次の婚約話を受けることになるっと話すリーベル。
最近、歳の離れた弟と妹ができたことでリーベル自身の後継ぎ問題が解消され、我が家の後継ぎの嫁に欲しいっという縁談話が増えたそうだ。まだ弟たちが幼いので今すぐリーベルの婚約話をすすめることはないらしいけど、商売上、いい相手との縁談が来ればすぐに話がまとまりそうな雰囲気らしい。結婚相手から得られる家同士の繋がりはバカにできないらしく、商人間でも恋愛結婚が増えてきたとは言っても、商売の発展を考えると政略結婚は理が大きい。
以前、「恋愛結婚はまだまだ少数派なのよ」っと言っていたリーベル達との会話が思い起こされる。
恋愛話で落ち込んだ空気を変えるように、「そうだったわ!」っとリーベルは胸の前でパンっと両手を合わせニコリと微笑むと、脇に置かれたベルの鳴らす。
「ヌアザ領の面白いお菓子があるのよ。」
侍女が押すワゴンにはポットと見たこのないお菓子が乗っており、落ちかけていた二人の気分が高揚する。やっぱりお菓子は最強。
どうぞっと目の前に置かれた皿の上には、飴細工で作ったらしい手のひらより少し大きい球体があり、その中には一口サイズのケーキと、たくさんのフルーツや生クリームが入っている。球体がキラキラと輝き、食べるのが勿体ないほど綺麗。
「周りの飴をスプーンで崩しながら食べてね。」
ヌアザ領のお菓子は王都にも出回っているけれど、こんなに凝ったデザートは初めて見る。スプーンで球体の上の部分を軽くトントンっと叩くと、薄い球体がパラっと割れる。
「こんな割れやすい物を王都まで運ぶの難しそうだけど、どうやって運搬してるの?」
「中に入れた物が壊れたりしないように、維持できる運搬用の魔道具があるの。素材の鮮度も落ちないから凄く便利よ。ただ、魔石が大量に必要だからそれだけが不便ね。」
魔道具を使っている商人は多いらしい。魔道具用に魔石を売っている商人がいるので、リーベルの家もそう言うところから買っているそうだ。
「中のケーキも色々入ってね。ん-美味しい!」
ヌアザ領では季節毎に中のケーキやフルーツを変えたり、暑い季節はアイスを入れたりしているそうだ。こいの薄い飴細工は簡単に出来そうにないけど、似たような物を神殿の魔道具で作れないだろうか?
ヌアザ領のお菓子は発想も技術も王都以上だ。このお菓子も、他に出してくれている物も全て美味しい。このお菓子はまだ王都で売り出していないらしく、球体のお菓子に関しては運搬費がかかりすぎるので、一般には出回らないだろうっとリーベルの予想。
ガラン、ゴロン、ガラン
聞こえてきたのは六の刻を知らせる鐘の音。おしゃべりに夢中で完全に忘れていたけど、あっという間に帰る時間になっていた。昼間のお茶会は明るいうちに帰るのが基本。
まだまだ話し足りないけど、帰りが遅くなるとリゲルに怒られるのが目に見えている。
来た時と同じようにエスコートしてもらいながら馬車に乗り込むと、御者の掛け声で馬車が静かに動き始める。
帰路につくディアナを見送りながら、今日のお茶会はとても有意義な時間だったとリーベルは思った。ディアナとはほぼ毎日顔を合わせているけれど、二人でじっくり話す機会はほとんどなかった。
教室内ではアデルがディアナの側にベッタリで、授業が終わるとすぐに私が帰らないといけない。
一番気になっていたディアナのアデルに対する思いも、今は心配する必要はなさそうだ。貴族の後ろ盾があるディアナとアデルが婚約すると、デルタ商会の影響力がますます強まる。同業者としては好意的に応援することはできない。
でも実際はアデルが可哀想に思えるほど気持ちに気づいておらず、そもそも気もないようだった。
馬車に乗り込んだディアナは窓から外を眺め、必死に眠気と戦っていた。多分、朝から慌ただしかったので一気に気が抜けたのだろう。
行きの馬車では揺れてお尻が痛いと散々、悪態を付いていたのに、帰りはあっさり眠くなるこの性格の図太さは我ながらさすがだと思う。
「…ダメ。寝たら、リゲル様、に怒ら、れる…」
振動が眠気を誘う。薄れゆく意識の中でこのまま寝ちゃダメだっと必死に目を開けるが、窓から入る日差しが心地よく気づけばゆっくり意識を手放していた。




