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下町の家族

ファンエリオンの王都にある下町は、貴族街と下町の境にある神殿を中央に扇状に生活圏をエリア分けされていた。

神殿前には中央広場と呼ばれる噴水のある公園があり、その丁度正面に広がるエリアが平民の生活圏である居住区、右手側の東に鍛冶屋など工房が多く集まった職人街と呼ばれるエリア、そして左手側の西エリアは、商人のお店が集まる商業地区として栄えている。


職人街は名前の通り刀鍛冶や家具職人、染め工房などがあり、それに関連した工具などの製品を販売するお店も集まっている。このエリアは仕事柄なのか職人気質の気難しい者も多く、常に怒号と熱気が街中に溢れている。

慣れない者からすると少し近寄りがたい雰囲気のあるエリアだが、筋を通して相手の懐に入ってしまえば義理堅く人情に厚い人が多い。


商業地区は貴族御用達の高級店が多く建ち並び、平民の中でもとりわけ富裕層の集まるエリアだ。道路沿いに建つお店はガラス張りで出入り口には防犯も兼ねたドアマンが立っている。

大通りも街灯や街路樹で美しく整えられ、貴族の馬車が頻繁に通るためか、道路の石畳も比較的綺麗に整備されている。


そしてこのエリアには高級店だけでなく若い子向けの飲食店や雑貨屋なども多い。商業地区は他領の商人も出入りするので、王都に入ってくる最新の物はこのエリアから発信されるといっても過言ではない。


神殿からみて正面のエリアにある居住区は五階建ての建物で統一され、一階には生活用品を売る商店が入り上の階が住居だ。

住居内の造りは基本的にどの建物も同じで、玄関の扉を開けると台所と居間が一緒になった広めの部屋があって、その奥に寝室と子供部屋が二部屋ある。そして各建物には冬籠もり用の備蓄品を入れるための住人専用の貯蔵庫が完備されている。


居住区エリアはほとんど整備されておらず清掃や修繕が行き届いていない。下町の建物は元の色が分からないほど煙突から出る煤で薄汚れ、デコボコの石畳は雨が降るとすぐに排水が溢れ、鼻をつく悪臭に住民たちは悩まされていた。


歩道には一階の店舗の商品が並び、店舗と店舗の隙間を縫うように露店もあちこちに出ているので道が狭くなり歩きづらい。道路と歩道の境はあってないようなもので、狭くなった道路を無理やり荷馬車が通り、たまに道に迷って入り込んだ商人の馬車が立ち往生している。




夕刻の下町は仕事帰りに一杯飲みに来た人や、雪が降り止んだタイミングで夕食の買い出しに来た人々で賑わっていた。


ジークに手を引かれ歩きづらい石畳を帰ってきたコーナ。心配していた雪は神殿を出てすぐに降りやんだが、濡れた石畳で何度が足が滑り、見ていられないとばかりに腰に手を回し支えながら歩いてくれた。


四階にある我が家は帰って来てからも大変だ。足元が見えずらい階段の上り下りは身重の体にはかなりの負担で、何度か休憩を挟みながらゆっくり上っていく。息を整えながら腰をさするコーナの姿にジークは心配で気が気ではなかった。

そんなジークをよそに、「妊婦にも運動が必要なのよ」と当の本人は無邪気な顔で笑い、ジークを困り顔にさせていた。


「ただいま。エミリ、アレク、遅くなってごめんね。」


玄関の扉を開け最初に目に入った娘のエミリは、台所に立って火のついた鍋をかき混ぜていた。

父のジークに似たキャメル色のくせ毛を後ろで一つに束ね、髪と同じ色の大きな瞳は手元の鍋をジッと見ている。


「今日は寒いからブッシュの肉を入れた野菜スープを作ったわ。ブッシュはアレクが森で狩ってきてくれたのよ。」

「まぁ、ブッシュのお肉?冬は生肉が手に入りにくいから嬉しい。アレク、お手柄ね。ありがとう。」

「だろ?吹雪も落ち着いたからみんなで西の森に行ってみたんだ。冬は魔獣が少ないから本当に運がよかったよ。薪もたくさん拾ってきた。」


皿を出しエミリの手伝いをしている息子のアレク。髪の色はコーナと同じゴールドだが、顔立ちは薄い顔立ちのコーナと違い、目鼻立ちがしっかりした濃い顔のジークにそっくりだ。


「男の子はみんな西の森に行ったから私は他の子と東の森に行ってきたわ。だけど山菜はまだ生えてなかったから私は収穫なし。雪解けが始まったらまた行ってみるね。」


この街では六歳の洗礼式を終えると、子どもだけで森に行く許可が与えられる。東の森は魔獣が少ないので薪を拾ったり山菜や果物を採るのに適し、西の森は小型の魔獣がよく出没するので森に慣れてきた子供たちの狩り場になっている。八歳になったアレクも西の森の方がお気に入りのようだ。


「二人共、ありがとう。ジークが着替えから戻ったら夕飯にしましょう。さぁ、残りの準備は私も手伝うわね。」

「ダメよお母さん。お母さんは座ってて。家事は私とアレクの仕事でしょ?」

「はい、はい、そうだったわね。」


エミリは慌てて台所に立とうとするコーナの背を押して、椅子に座るように促した。その姿にコーナは笑顔を向ける。


「もう出来上がるから大丈夫。はい、座って、座って。」


もうすぐ十歳になるエミリ。秋に行われる十歳のお祝いである月詠みの儀を終えると、コーナと同じ裁縫工房で働き始めることになっている。

月詠みの儀を迎えた子どもは、親のコネや自分で探した職場に見習いとして入り親から独立する。そうやって経験を積み、十六歳の成人の儀で一人前の大人と認められるのだ。


エミリとアレクが慣れた様子で準備をする姿を見ながら、コーナは椅子に座り一息ついた。子どもの成長する姿はとても嬉しいけれど、その反面少し寂しくもあって、何とも言えない複雑な気持ちになったことは二人には内緒だ。

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