魔道具と魔法陣
目の前に並んだ魔道具の数々。これが魔道具なのかと首を傾げたくなるような物も置いてあるが、用意した神官の話では間違いなく全て魔道具。
平民の生活ではお目にかかることはないけれど、貴族の生活は基本的に魔道具で成り立っている。神殿でも魔道具を多用しているが、魔力量の少ない神官たちはこの魔道具を起動させるだけでも大変らしく、授業のついでにわたしの有り余る魔力で魔道具を起動させてほしいそうだ。
魔道具には二種類あり、魔石を使って起動させるものと、魔道具自体に起動させるための魔法陣を付与してあるものがある。
魔石を使う方は、魔石さえあれば魔力のない平民でも動かすことができる。貴族が使う生活用品はほとんどがこのタイプだ。
魔力を大量に使う性能重視の物には、魔石と合わせて魔法陣が付与してある。繊細な動きを重視する騎士の武器や、身近なもので言うとこの腕輪もそうだ。
その他にも魔力量の多い王族が使う物は利便性を重視して、ほとんどの物に魔石と魔法陣を使っている。
魔法陣は魔力を流し持続的に発動させる必要があるので、魔力持ちの貴族しか使えない。
「君の腕輪は純度の高い高品質の魔石と、複雑に組まれた魔法陣が付与してある。いい機会なので、その腕輪の魔法陣を見せよう。片方の腕輪を貸してみなさい。」
リゲルは腕輪を手のひらに置き、「リュース」と呟くと片方の手に光りを放つ杖が現れた。その杖を腕輪へ向け、早口で何かブツブツと言葉を唱えている。すると、すぐに腕輪が淡く光り、空中に青白い光りを放ちながら魔法陣が浮かび上がる。
「すごい。綺麗。」
目の前の神秘的な光景に瞬きも忘れ、腕輪に浮かび上がった魔法陣から目を離すことができなっかた。
「魔法陣の構築を見ればこの腕輪の付与が分かる。魔法陣の中の文字が見えるか?この部分のこれが付与だ。」
文字と言われた部分には謎の記号が書いてあった。わたしには何て書いてあるかさっぱり分からない。それもそのはず、魔法陣に使う文字はそもそも普通の現代文字ではないらしい。
「この腕輪は防御を優先しているので、少々の攻撃なら防ぐことができる。相手の攻撃魔力を利用して、攻撃を跳ね返すことも可能だ。」
「そんな凄い腕輪だったんですね。あとから追加で付与ってできますか?防御だけじゃなく、治癒効果だったり相手を攻撃したりとか。」
「出来ない事もないが難しいな。君の言う治癒と攻撃は相反する効果なので、何重も組み合わせた構築が必要になる。」
魔法陣の構築は、基本となる魔法陣に付与する属性を組み合わせていくので、水と火のようにお互いを相殺してしまうような組み合わせは、魔法陣が成立せず発動しない。
属性を気にせず欲しい効果を全て入れたい場合は、相殺されないような組み合わせを考え、それを発動させる莫大な魔力が必要になる。
わたしが嬉々として魔法陣に入れたい属性の組み合わせを考えていると、リゲルが眉間に皺を寄せ、険しい顔でわたしを見る。
「君に一つ言っておくが、君に魔法陣は扱えない。魔法陣を扱うにはこのリュースが必要だ。リュースは高学院で学んだ者しか取得できない。」
高学院。以前、リーベルたちが話していた貴族の通う学校のことだ。アデルは貴族の社交場と言っていたが、ちゃんと勉強はするようだ。
高学院の詳しい説明が欲しくてリゲルをジッと見つめると、深い溜め息をつきながら至極面倒そうに説明を始めた。
高学院は月詠みの儀を迎えた貴族が行く学校で、魔力を持つ貴族は高学院へ通うことが義務付けられている。
普通の勉強以外にも魔法陣や調合などの基礎を学ぶことができ、学年が上がると側使えコースや騎士コースなど専門の専攻に分かれて勉強をするそうだ。
リゲルは文官コースを専攻していたが、専攻課程の授業を早い段階で取得し終わったので、最終学年では騎士コースの授業も受けていたらしい。仕事ができる人だとは思っていたけど、この人は本物の天才だった。
先ほどのリュースと呼ばれる光る杖は、高学院の授業で取得でき、リュースがあれば繊細な魔法操作が可能となる。魔法陣を書く以外にも、回復薬の調合や魔法攻撃もできるようになる。
リュースがない貴族は魔力を碌に使いこなせないので、貴族社会では脱落者として白い目で見られるらしい。
「へー」っと頷きながら聞いていると、高学院の話は終わりだと言わんばかりに詠唱を唱えると、一瞬で魔法陣が消えた。手を差し出し腕輪を通してもらうと、何事もなかったかのように淡い光を放ち、腕に馴染む大きさに変化する。
「魔石はリュースがなくても使えるので君でも問題なく扱える。これが魔道具を動かす起動源になる魔石だ。」
カツッ
リゲルは目の前に置いてある魔道具から装飾の石を取り外すと、おもむろにわたしの手に乗せる。それは手の平に収まるほどの小さい石だった。
「この魔石は純度があまり高くないようだ。魔石の良し悪しは石の大きさよりも純度が重要視される。石の透明度が高いものが純度も高い。魔石を太陽か光にかざすと分かりやすいだろう。」
装飾品だと思っていた石は全て魔石で、大きさや色はバラバラだ。リゲルの説明では、これらは屑石と呼ばれ、大きい魔石が欠けたものを使っているらしい。
他の魔道具からも魔石を外し魔石を見比べると、大きさも色も純度も全て違う。試しに光にかざしてみると、僅かに純度の良さそうなものもあるが、ほとんどの魔石が純度が悪い。
純度の悪い魔石は、溜め込める魔力の容量が少ない上に魔力の消費が早いので、頻繁に魔力供給が必要になるそうだ。
魔石への魔力供給には杖や詠唱は必要ないので、魔力さえあれば誰でも簡単にできる。魔道具用に魔石を売っている商人もいるらしいので、もしかしたら小遣い稼ぎに下級貴族が魔力を提供しているのかもしれない。
「魔力供給のやり方はとても簡単だ。魔力を魔石に流すだけで完成する。石に魔力が満たされると淡く光るのでそれが満タンの目安になる。君の魔力なら問題ないと思うが、練習も兼ねてここにある魔石を全て魔力で満たしてくれ。」
「分かりました。光るのが目安ですね。」
並んだ魔石に手をかざし魔力を注ぐと、次々に魔石が光り始める。石によって容量が違うので、魔力がすぐ溜まるものもあれば少し時間がかかるものもある。微妙な違いが面白い。
それでも特に手間がかかることもないので、淡々と流れ作業のように魔力を注いでいく。
「ディアナ、魔力をとめろ!!」
パンッ
「キャッ」
先ほどまで淡く光っていた魔石が強く光り、溢れるように光が膨れ上がったのと、焦ったようなリゲルの声が聞こえたのはほぼ同時だった。
その声に慌てて手を離したが、あっけなく割れた魔石が弾け飛ぶ。
「大丈夫かディアナ?」
何が起こったのか分からず、驚きすぎていまだに声が出ない。壊れた人形のように首を縦にガクガクッと振る。心臓が暴れだしそうなほどうるさい。
魔石は派手に割れ方々へ飛び散ったようだが、手や顔を確認すると傷一つなかった。腕輪の防御がきちんと発動したらしい。
「な、何が起こったんですか?魔石が爆発しちゃいました。」
ケガがなかったことに安堵しつつも、規格外の魔力に頭を抱えるリゲル。
魔石の質が良くないとはいえ、大人でももう少し時間のかかる作業を淡々と進め、半分にも満たない時間で全ての魔石を魔力で満たした。改めて考えるとその行動は頭が痛い。
「魔石が君の魔力に耐えられなかったようだ。本来は魔力が飽和状態になっても、魔力が砂状になって崩れるだけなんだが、一気に大量の魔力が入ったことで砂になる速度が追い付かなかったのだろう。」
ディアナは飛び散った魔石の破片を興味深そうに見ると、何事もなかったかのように新しい魔石を手に取り魔力を注ぐ。魔石は淡く光ると静かに崩れ砂になった。
「本当ですね。少しずつ魔力を入れたら砂になっちゃいました。面白い。あっ、でも、砂になった魔石はもう使えないですよね?」
弱り切った表情で砂を見つめ「すみません。」っと肩を落として謝るディアナ。魔力が満ちている砂は光を放ち、その光景につい乾いた笑いが漏れる。
「砂になった魔石は素材として調合に使える。たっぷり魔力が込められた素材だ、神官へ渡してやればかなり重宝されるぞ。部屋に飛び散った分もまだ使えるので、掃除がてら欲しい者が嬉々として片付けるだろう。」
「よかった。掃除のお願いを頼みやすいので助かります。そう言えば、弾けた石はリゲル様にも飛んできましたよね?リゲル様も防御する何かを持っているのですか?」
ディアナ相手とはいえ、自分の防御の要となる武器を晒すつもりはない。「あぁ」っと頷くと、納得したのか特にそれ以上は追及してこない。誤魔化すのも面倒なので助かった。
腕輪が先ほどの防御で魔力を帯び光を放っている。本当に腕輪の防御が発動したのでしきりに感心していたが、あの腕輪の防御力はあんなものではない。
あれは命の危険がある攻撃も防御できる魔法陣だった。発動には莫大な魔力を使うが、日々溢れ続けるディアナの魔力を順調に溜め込んでいる最中なので、多分あの魔法陣は発動することができるだろう。
このことをディアナに教えるつもりは今のところない。
魔石が弾け飛んだすぐに怯えるそぶりもなく、割れた原因を聞いて面白いと笑う。その後すぐに他の魔石を砂に変えた好奇心は、いつか危険な事に首を突っ込むのではないかと思わずにはいられなかった。
物凄く面倒な事になりそうな気がしてならない。
残念ながらこんな時のリゲルの勘はことごとく当たる。




