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月詠みの儀

ファンエリオンの短い夏が過ぎ、青々としていた山が赤く染まり始める。


静かに季節が移ろうファンエリオンでは、十歳の子どもを祝う月詠みの儀の準備が行われていた。


この月詠みの儀、洗礼式と違って大人も忙しい。あちこちの広場でお祝いの食事が振る舞われ、街全体でお祝いをする。式典の数日前から出し物や出店も出て、お祭りさながらの賑わいだ。


月詠みの儀は子どもが大人と認められる最初の一歩。この式典を終えた子どもたちは国に正式に働くことが認められ、見習いという扱いではあるもののしっかり雇用契約書を作り給金が出る。

今までのお手伝いとは雲泥の差だ。


ただ、どんな仕事をできるかは親や身内の職業に左右される。基本的に仕事は紹介制なので、全くコネのない職種に就くことは難しい。ほとんどの子が親と同じ道を進むことになる。


姉のエミリも小さい頃から手先が器用だったことあり、母と同じ針子の道へ進んだ。

今では最初に働いていた工房から王都一の工房に引き抜かれ、自分の顧客も持つ売れっ子の針子になっている。


兄のアレクは父と同じ兵士にはならず、母の兄の紹介で刀鍛冶の工房へ弟子入りした。

かなり体力のいる仕事だが、父に似て恵まれた体格のアレクは鍛冶職人の道を頑張っている。


エミリやアレクが月詠みの儀を受けたとき、わたしは幼かったので式典のことは全く覚えていないけど、見習い先の下宿に住むために家から出て行くと聞き、かなり泣いた記憶がある。


神殿学校にも月詠みの儀を迎える子が何人かいるが、全員が小さい頃から家の仕事を継ぐことが決まっているので、改めて月詠みの儀のお祝いはしないそうだ。


神殿では次の安息日に月詠みの儀の式典が行われるので、準備に追われた神官が忙しそうに動き回っていた。授業を担当する神官も式典の準備があるらしく、授業の休憩の合間に慌ただしく書類仕事をしている。


「ねぇ、アデル。月詠みの儀の式典ではどんなことをするの?洗礼式とは違うの?」


既に月詠みの儀を受けた年齢のアデルに視線を向けると、「うーん。」と唸りながら頭をガシガシ掻き、記憶を蘇らせているようだ。


「楽器の生演奏があって洗礼式より豪華だったな。それと、神殿長がみんなに祝福をくれて凄く綺麗だった。」

「祝福?」


聞いたことのない祝福っという言葉に首を傾げていると、アデルが思い出しながら説明をしてくれる。神殿長が神具の聖杯を掲げるとその中から黄色い光が溢れ、その光が大広間中に降り注いだらしい。それが魔力を使った祝福の光だと知って、初めて見る魔力にみんな興奮していたそうだ。


「洗礼式にも神具はあったけど何もなかったね。」

「うちの商会が取引してる貴族の従者から聞いたんだけど、貴族の洗礼式では祝福が見れるらしいわよ。貴族の式典は魔力を使うから内容が全く違うらしいの。」


リーベルがうっとりした顔で話してくれた貴族の洗礼式は、下町の人間が参加する式典とは違い、魔道具が多用されているので同じ式典には思えないらしい。

特に成人の儀や花紡ぎの儀は見た目も華やかで豪華らしく、魔力を見慣れている貴族でさえもその神秘的な光景に言葉を失うそうだ。


「王族が式典に参加する年は特に凄いらしい。俺も魔力のことは詳しく知らないが、魔力を込めた魔石が大量に寄付されるらしくて、使える魔力が増えてかなり豪華になるらしい。」

「一緒に式典を受けないだけで内容は同じだと思ってたけど、やっぱり魔力を使う貴族って凄いんだね。」

「神の前では平等って言うけど、結局、貴族と平民では差があるのよね。」

「俺たちと違って魔力を持っているお貴族様は特別な人間だから仕方ないさ。」


吐き捨てるように言ったアデルの言葉に、「そうだね。」っとそれが至極当然のように頷くリーベル。貴族と仕事をする商人は、色んな貴族を知っている。その商人の子である二人も、色んな貴族を見て育っている。

アデルたちから見た貴族は、気に入らなければお金と権力で物を言わせ、貴族以外の人間を人として見ていないような連中らしい。それでも商売上の上客であることに変わりないので、商人の子は神殿学校に通い、貴族に対する礼儀作法を学ぶ。


「それに貴族は月詠みの儀が終わっても働かないのよ。」


知ってた?っと問いかけてくるリーベルを見て首を横に振る。では貴族は、働かずに一体何をしているのだろうか?


「月詠みの儀を終えた貴族は、貴族の通う学校に成人まで通うの。学校は普通の勉強もするらしいけど、同年代の貴族同士で繋がりを作るための社交場でもあるそうよ。」


わたしは神殿学校のようなところかなっと想像したけれど、貴族の学校は勉強よりも社交を重視しているそうなので、根本的に学校の考え方が違うのかもしれない。


「人脈づくり以外にも学校は結婚相手を見つける場にもなっている。歳の近い相手が多い学校が一番探しやすい環境だからな。」

「貴族も商人も家同士の繋がりで親が婚約者を決めるのだけど、今は恋愛結婚してる人も増えてきたから決まってない子も結構多いの。」

「結婚相手を親が決めちゃうの!?それじゃあ、二人も婚約者がいたりするの?」


二人の顔を交互に見ると、分かりやすく表情を曇らせ一気に場の雰囲気が悪くなる。

あれ?この流れは聞いてもいい流れだったよね?


「私はネヴァンとの婚約を一度断ってるから、今は婚約者はいないの。」

「え!?ネヴァン?そうだったの!?」

「家同士の関係を考えたらネヴァンは一番いい相手だったんだけど、その時はまだうちの後継ぎ問題があってネヴァンの家からの打診を断ったの。」


前に他の子から聞いた話だと、王都にある商人の中でもアデルとネヴァンの家は別格。ファンエリオンの中でも上位を争う大店らしい。ネヴァンは中性的な顔立ちで柔らかい雰囲気、頭が良く、女性にとても優しい紳士的な男の子だ。そんなネヴァンのことを、「あいつは、女好きなだけだろ?」っとアデルは言うが男の優しさは結構重要。


そしてこの両家と繋がりを持ちたい家は多いらしいので、そのネヴァンの家から婚約の打診があったリーベルの家もかなり凄いのだろう。


「ネヴァンの次の婚約者は決まったの?」

「あいつもまだ決まってないみたいだ。リーベルとの話がなくなって、結構あちこちから婚約の話があるらしいけど全部断ってるらしい。よかったな。」


アデルがニヤリと笑ってリーベルと見ると、大きく目を見開いてみるみる真っ赤な顔になった。二人は親が決めた婚約者だったようだが、リーベルはネヴァンのことまんざらでもなかったようだ。


「な、なに言ってるのよ!アデルこそまだ相手が決まってないでしょう?商隊に同行してほとんど王都にいないのに大丈夫なの?」

「今は婚約者探しより任されている店を大きくすることに集中したい。それに、うちは姉貴が結婚して子どももいるし、弟にも婚約者がいるから俺が結婚する必要がないんだよ。」

「そんなこと言ってたら好きな子を他の男に取られるわよ?」


今度はリーベルがニヤリ笑ってアデルを見ると、アデルは顔を赤らめながら目を逸らしていた。


「アデル、好きな子いるの?」

「お、俺?俺のことは別にいいよ。ディアナこそ好きな奴いないのか?」

「わたし?わたしは好きな人いないよ。わたしもアデルと同じで今は勉強に集中したいの。」

「でもディアナ、その腕輪って貴族の人からの贈り物だよね?凄く高そう。それってそう言うことだよね?」


腕輪と好きな人が何の関係があるのか分からず、首を傾げながらリーベルの顔を見ると、リーベルは言葉に詰まり気まずそうな顔をしている。

隣に座るアデルも難しく眉を顰め、わたしの疑問の表情に言葉を濁す。


「なぁ、お前に腕輪を贈った人ってさ…」

「これ?これはリゲル様に貰ったものだよ。」

「「え!?」」


二人は驚きのあまり言葉が出てこないのか、口を半開きにして、しばらくそのまま口をパクパクさせた。完全に当惑してお互いに顔を見合わせる。


「もしかして、ディアナに神殿学校へ通うように言った貴族の人ってリゲル様なの?」

「うん。そうだよ。」


さっきから繰り返される二人の質問の意図が分からない。わたしが理解していないことに気づいたリーベルは、困った顔のまま言葉を選ぶように口を開いた。


「ディアナは男性が女性に腕輪を渡す意味を知ってる?」

「意味?」


これはそもそも魔道具なので純粋に装飾品ではない。そういう意味では贈られた意味は分かっているつもりだ。でも、二人が言いたいことは多分そういう事ではない。

アデルの顔を見ると、眉をしかめてひどく憂鬱そうな顔をしている。


そう言えば装飾品の贈り物には、何かしらの意味があるってエミリが話していた。指輪や腕輪は求婚する時に渡す物で、深愛とか束縛って意味があるとかないとか。


「装飾品の中でも直接体に触れる指輪や腕輪は、求愛の証として人気の贈り物なのよ。ディアナが高そうな腕輪を付けてるから、ディアナは成人すれば貴族の妾になると思ってたの。まさかリゲル様だったなんて。年は離れているけど、リゲル様ならあり!」

「え!?この腕輪にそんな意味ないよ!純粋に腕輪として使う用なの。」


この腕輪の本来の用途が言えないので、二人が納得するような上手い説明ができない。魔力を抑える為だけの魔道具なのに大事になってしまった。しどろもどろの説明に、全く納得していない二人は眉を寄せ疑うような顔をしている。

そしてこの話、クラス中が同一の周知らしい。確かに思い出すと、腕輪を付け始めた頃みんな急によそよそしくなった。みんな貴族の妾になるかもしれない女の子の扱いに困っていたそうだ。


「その腕輪、貴族が使う物だから付いてる石は魔石だ。魔石を加工した装飾品は本当に高級品で、貴族でもなかなか手が出せないらしい。そんな腕輪を貰って大丈夫なのか?」

「ディアナが気づいていないだけで、本当に求愛の品じゃないの?」

「本当に違うの。詳しいことは言えないけど、妾にもならないし、そもそも求愛じゃないから!」


わたしの顔をジッと見ていたアデルの方に視線を向けると、真意を探るようなブラウンの瞳と目が合う。見極めようとしてくれていたのか、頭をガシガシかいて僅かに目を伏せると小さく息を吐く。


「俺たちはディアナが貴族に騙されてないならそれでいいんだ。なぁ、リーベル。」


アデルがリーベルに視線を送ると、リーベルも「うん。」っと笑顔で頷いてくれる。


無知なわたしが、貴族に騙されて妾にされるかもって心配してくれたんだろな。心配してくれる優しい親友がいてくれて本当に幸せ。

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