はじめての神殿学校
雲一つない澄み渡る青空を見上げると、空の色と同じ色合いをしている神殿学校用の制服であるローブが、更に特別なものに見えてくる。
空色なのには理由があって、神様の子どもたちっという意味が込められているそうだ。
はじめて袖を通した制服は、頭からすっぽりと被るタイプのローブで、下町の子どもあるあるの、成長するのを見込んで最初から大きめの服を作るっということもなく、わたしの体にジャストフィットだ。
神殿の入り口とは別にある奥の建物の入り口には、平民の兵士が立っていた神殿の入り口とは違って騎士団から派遣された護衛が立っている。
神殿は下町側に建っているけれど、神官たちは貴族だし、貴族も式典の際は出入りするのでこちら側の区画は警備も厳重。
騎士はわたしが首にかけていたペンダントをチラリと見ると、特に何か言うこともなくそのまま建物の中に入ることができた。
大丈夫だと分かっていてもこっちは心臓バクバクだ。
神殿関係者の証であるたペンダントには、神殿の紋章が刻印してあるのでいつでも出入り自由。建物の中に入るために契約したよね?って思ったけど、あれは更に入っちゃいけない場所の制限をかけるためのものらしい。
ここは神官が執務をしている建物なので、わたしたち神殿学校の生徒は同じ建物内でも入れる部屋が制限されている。単純に入ってはいけない部屋は扉を開けることができないらしいので、ある意味分かりやすい。
はじめての神殿学校が楽しみでかなり早く着きすぎたらしく、教室に入ってみたけど他の子は見当たらない。
「ちょっと散策しても怒られないよね?」
すれ違う神官たちは子どもが一人で歩き回っていても、神殿学校の子と分かっているので特に誰も気に止める様子はない。注意されないのをいいことに、更に奥の方まで歩き周ってみることにした。
この建物の中には、神官の執務室だけじゃなく来客用の応接室に美術品を置いている部屋、物凄く広い図書館もあった。
そして無造作に扉を開けていって分かったのだけど、わたしが入れない部屋がなかった。昨日の契約の時に入れない部屋があるって聞いたけど、ここのことじゃなかったのかな?
神官たちの執務室には入れないって思ってたから、開けたら神官の部屋でかなり驚いた。多分、向こうも驚いただろうけど。
「おはよう、ディアナ。」
開けてしまった神官の部屋を謝りながら慌てて閉めていると、後ろの廊下の方から聞こえてきた低音の声は、クスクスと笑いを堪えている。
「おはようございます、リゲル様。」
恥ずかしい所を見られてしまった。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
「道に迷ったのか?」
すれ違った神官たちと同じ、鮮やか濃い青のローブを着ているリゲル。形状はわたしの制服と似ているけど、素材も良く胸には神殿の紋章が刺繍してあるので、わたしたちの制服よりかなり豪華だ。
「早く着いたので散策してました。歩き周っちゃダメでしたか?」
「いや、問題ない。君が出てきたのが執務室だったので、部屋が分からないのかと思ったんだ。」
ジッと顔を見られ、先ほどのことを思い出して恥ずかしくなる。怒られなかったことにホッとしてリゲルの顔をみると、朝の爽やかさな陽気を打ち消すほどの無表情。
顔がいいだけに何を考えているか分からないので少し怖い。
見るからにリゲルは女性に人気がありそうな容姿だ。短く切り揃えられたシルバーに近い薄いゴールドの髪に、ガラス玉のような薄いブルーの瞳と高い鼻に薄い唇。均等のとれたその顔は、精巧に作られた人形のように整っている。
それなのに神官とは思えないほど体は引き締まっている。いつも父を見ているわたしには、服の上からでもかなり鍛えているのが分かる。
この人、絶対モテる。
「君は魔力の勉強もあるので他の生徒より入れる部屋の範囲が広い。そもそも入れない部屋には近寄れないので問題ない。」
「そうだったんですね。あっ、わたしも図書館を使っていいんですか?」
「もちろんだ。ここの蔵書量は充実しているのでいい勉強場所になるだろう。では、君が勉強に使えそうな本のタイトルをリストアップしておこう。」
昨日の魔力の勉強の時に思ったけど、リゲルは物凄く紳士。平民のわたしにも分かりやすいように説明してくれるし、教えるのが上手い。
それにリゲルより年上の神官たちが敬語で話しかけていたので、多分、かなり偉いんだと思う。そんな人が仕事をしながら、平民の小娘の世話もしないといけないなんて申し訳なさすぎる。
「ありがとうございます。頑張ります。」
「あぁ。せっかくの学ぶ機会だ。頑張ってくれ。」
リゲルはわたしを講堂まで送ると、何事もなかったかのように来た道を戻って行く。何も言わずにわざわざ送ってくれるところがやっぱり紳士。去っていく後ろ姿を見送り、わたしも講堂へ入ると数人の子が席に並んで座っている。
授業は年齢に関係なくこの講堂でまとめて行われるらしい。年齢でグループ分けしてあり、そのグループ毎に授業を受けるそうだ。
「ここに来るのはじめて?私はリーベル。よろしくね。あなたは?」
「ディアナだよ。よろしく。」
ウェーブのかかったブラウンの髪を高い位置で一つ結びにしているリーベル。髪の毛と同じ色の瞳はちょっとつり目。
「俺はアデル。よろくな、ディアナ。」
「僕はネヴァン。」
扉の前に立ちすくんでいたわたしに声をかけてくれた三つ年上のリーベルは、年が近い女の子が入ってきたっと胸の前で両手を組んで感激している。講堂には十人以上いるけど、女の子はわたしたち二人だけだ。ただ、全員が毎日来るわけじゃないらしいので、実際の生徒数はもっと多い。
「私たち会うの初めてだよね?最近王都に来たの?」
「ううん。ずっと王都に住んでるよ。」
「俺も会うの初めてだよな?ディアナの家は何の商売をしてるんだ?」
アデルはここに通う生徒の中で一番年上の十二歳。ブルーグレーの髪を無造作にセットして今どきの男の子って感じだ。それでもこちらに向ける瞳はいかにも商人らしく、わたしの情報を仕入れようと探っているような鋭い眼をしている。
「うちは商人じゃないよ。わたしの父は兵士なの。」
「兵士?だから見かけたことなかったんだね。じゃあ住んでるのも居住区の方?」
「うん。」
商人同士は扱っている品物が違っても横の繋がりがあるので、子ども同士も幼い頃から顔を合わせる機会が多いそうだ。幼馴染のような関係っとまでは言わないけど、ここに通う前からほとんどの子が既に顔見知りらしい。
「リーベルたちのお家は何をやっているの?」
「私の家は乾物を取り扱ってるよ。」
「僕の家は材木を卸してるよ。」
「俺の家は布を卸してる。あとは何店舗か服屋と工房がある。」
神殿学校に通えるのは、貴族を顧客にもつような貴族御用達の大店の家の子だけだ。商業地区の中で高級品を扱っているお店は多いが、貴族御用達のお店は数える程度しかないらしい。この人たちは同じ平民であって同じではない。
「ディアナは何でここに来ることになったの?」
「父が仕事で関わった貴族の人に、ここに通うように言われたらしいの。」
「あー、そういうことか。」
貴族っというフレーズに何とも言えない表情をする三人。わたしが通うことになった本当の理由は、ウィルビウスの判断で家族以外には秘密だ。わたしに魔力があると分かれば、わたしやわたしの家族の安全が脅かされる可能性があるらしい。
リーベルたちが不思議そうにしていたように、神殿学校に通えるのは大店の家の子だけで普通の兵士の子が通う理由がない。そこで、貴族の命令だということにしておけば、基本的に周りの人間はそれだけで全てを理解する。貴族が絡むとどんなに理不尽な要求でも平民に拒否権はない。
「ディアナ、可愛いもんね。貴族に目を付けられそう。」
「分かる。庇護欲がそそられるっていうの?貴族のおっさんたちが好きだろうな。」
父がこの説明をリゲルに受けていた時も、この三人と同じような渋い顔をしていた。わたしは気にしていなかったけど、みんなの顔を見る限り、多分、この嘘の理由もあまり大声で言えるようなことじゃない。
「はーい、みんな、席について!」
いつの間にか授業の始まる時間が過ぎていたようで、教師役の三人の神官が部屋の中に入ってきたのでみんな慌てて自分の席に座った。わたしも指定された席に座ると、隣の席は数日前から通い始めた同じ年の男の子だった。
「わたし、ディアナ。よろしくね。」
「僕はリック。よろしく。」
わたしの初日の勉強は文字の練習。基本の文字と数字を黙々と書く。わたしが知っている文字は、家にある本を読んで独学で覚えたものなので、書き順や知らない文字も多い。兵士の父は書類仕事があるので最低限の文字の読み書きはできるが、家族は一般的な平民と同じで生活文字以外の読み書きはできない。
商人の子たちは洗礼式前のかなり早いうちから文字を覚えるらしく、わたしがみんなと一緒に授業を受けるのはまだ先になりそう。
「ディアナ。こことここの線の書き方が違う。お手本を見ながらもう一度書いて。」
「はい。」
「うん。上手にかけてる。そのまま続けて。」
結局、授業の終わりを告げる五の刻の鐘が聞こえるまで、神官がほぼ付きっきりで教えてくれたので初日はスムーズに終わったと思う。まだ見本を見ないと書けない文字もあるけど、基本文字なら早めに覚えれそう。文字の読み書きができないと授業を受けることができないので、何事も基本って本当に大事。
「じゃあね、ディアナ!」
「あっ、うん。またね。」
みんな五の刻が鳴ると急いで帰り支度を始め、既に帰っている子もいる。呑気に問題集を広げていたのはわたしだけになった。
この時刻、神殿前の広場には迎えの馬車が続々と来るので、軽い馬車渋滞を起こすらしい。貴族や金持ちの移動は馬車だと知っていたけれど、商人の子も移動は馬車。それも護衛付き。
世の中やっぱりお金!




