嘆きの側近
私の名前はリゲル・アークツルス。
神官としてこの神殿で働いているが、本来の任務はウィルビウス様の側近だ。
騎士団長の任を年齢を理由に退任したウィルビウス様が、新たに神殿長という籍を王より拝命されたと聞いた時は本当に驚いた。ウィルビウス様本人は田舎の領地に隠居を考えていたが、王族であるウィルビウス様を王都に留めておきたかった王家の差し金らしい。
そのタイミングで神官勤めのできる新しい側近を探していらっしゃると知った時は、本当に幸運だったと思う。
我がアークツルス家は侯爵家という高位の家格だ。その為、跡継ぎではない三男の私は、幼い頃より王族に仕えるよう育てられた。
高学院を最優秀で卒業し、予定通り文官として王宮で働いていたが、当時の私は王宮勤めに全く魅力を感じていなかった。
当時、第一夫人が亡くなったことで王子たちの派閥争いが急速に激化し、侯爵家である我がアークツルス家も中立という立場から、派閥への干渉を余儀なくされた。
中立の我が家が王家への忠誠を示す為、既に王宮勤めをしていた私がウィルビウス様が団長を務める騎士団へ移動になり、間もなく第二王子の側近となった。
第二王子は王族の中でも極めて魔力量が多く、彼を王太子にと推す声が日々増えている状況だった。決して第一王子の魔力が少なかったわけではないが、王族としては平均的な魔力量しかなかったことも災いし、今まで後ろ盾の弱かった第二夫人の派閥が台頭し、王宮内ではあっと言う間に勢力が均衡した。
その派閥争いに辟易していたこともあり、ウィルビウス様が退団されたタイミングで降って湧いた側近の話は魅力的だった。
私が持っている人脈を使い、無事に側近として移動できると分かった時は、初めて侯爵家という自分の家格が役に立ったと歓喜した。
王宮と管轄の違う神殿勤めを左遷だと言う者もいるが、ウィルビウス様の側近は想像以上にやりがいがある。
本来の神殿長職以外に、第一線を退いたウィルビウス様の元には、王家や騎士団からの職務が今も当たり前のように割り振られている。届けられる書面を嫌そうな顔で見ていらっしゃるが、文句を言いながらも仕事を受けているので、現状を楽しんでいるのだろう。
そんな中、突如現れた貴族社会を揺るがしかねない金の紋様を持つ平民の少女。
少女の素性を調査したが、全く貴族との関わりが出てこなかった。本当に純粋な平民。本来、魔力がない平民から、魔力量が高い証である金紋が出たなど危険でしかない。
少女は処分対象か否か。
ウィルビウス様の判断で少女を貴族側に取り込む事が決まったが、何故か物凄く面倒事になりそうな気がしてならない。こんな時の私の勘は高確率で当たる。
そして残念なことに、その少女の教育係を命ぜられた私の勘は、冴え渡っていたらしい。
幼い第二王子の側近をしていたので、子どもの扱いには慣れているだろうっと笑いながらおっしゃられていたが、そもそも当時の第二王子は乳幼児と言われる幼子で、ほとんど接することはなかった。
主から命は粛々と受けるつもりだが、平民の少女の相手を私に出来るのか?接し方がまるで分からない。
神殿長室ではウィルビウスと数名の神官たちが執務を行っていた。神官の机に積み上げられた資料を見ると、王族から持ち込まれたいつもの無茶ぶりの仕事のようだ。
「ウィルビウス様。ディアナとの契約が終わり、先ほど帰宅しました。」
「そうか。其方の目から見てあの娘をどう感じた?」
「はい。そのことでご報告が。」
ウィルビウスが神官たちに目配せすると、それだけで人払いの合図だと理解し、仕事をしていた者たちが素早く退室する。
「それで?何があった?」
「ディアナは基礎を難なくこなしておりました。本人がその力を魔力と分かっていなかっただけで、幼い頃から遊びの中で魔力を使っていたらしく、以前から魔力を認識していたようです。本来、洗礼前の子どもが自分の魔力を認識できるはずがないので、正直、困惑しております。」
「幼い子どもは魔力が微量すぎて親ですら感知が難しいが、魔力量が多い者の中には稀に気づく者もいる。だが、それほどの魔力量ならば、親が子どもの魔力を調整しなければ、己の魔力に飲まれ精神が持たないだろう。その辺りの事情は其方も詳しいのではないか。」
魔力量の多い子どもの中には、多すぎる魔力に飲まれ精神崩壊を起こす者がいる。その為、特に魔力量が多い王族の子どもには魔力感知に長けた侍従が常に側に控えているが、それ以外の貴族は、飲まれるほどの魔力量を持つ者が稀なので気に掛ける者は少ない。
そして私は、その飲み込まれそうになった子どもの一人だ。
「そうですね。幸い私は異変に気付いた乳母に助けられました。気づくのがあと数日遅ければ完全に魔力に飲まれていたでしょう。だからこそ、あの娘は異常です。」
立派に蓄えられた顎髭を撫でながらこちらに視線を向けているが、その表情からは何を考えているのか全く読めない。
平民が魔力を持っている時点で異常ではあるが、そのことについてウィルビウスから言及はない。
そもそも魔力は血に宿る。あの娘の家系を数代前まで遡って調べたが、魔力持ちらしき人間はいなかった。戸籍に貴族が介入した様子もなく、あの娘が魔力を持てる要素がないのだ。
「もう一つ気になることが。」
「ん?」
「ディアナは魔力を箱から出すと表現しておりましたが、箱から魔力を上手く出せないっと言って細かい魔力操作に苦戦しておりました。
終始、魔力は安定せず、いたので、魔力が安定しないのはそのせいだと思います。」
「ふむ。箱から出せないか。他に何か言っておったか?」
「箱から出そうと意識しても、魔力が箱に戻るらしいです。もしかすると、魔力量が体の成長を上回っているのでしょうか?」
この状態には覚えがあった。普通、体は魔力の器なので、まだ体の小さい子どもはそれに見合った魔力量しかないが、魔力量の多い子どもはその多い魔力を体内で持て余してしまう。
それが魔力に飲まれる原因でもある。
そして、体内の魔力量と体の成長速度は比例しており、体の成長に合わせて魔力は増えていく。
ディアナのように魔力の多い子どもは、体内の魔力に引っ張られるように体が成長する。体内の魔力が体に馴染むことでさらに魔力が増え、成長期で体も発育しやすい状態なので、体が成長しまた魔力も増える。
ディアナが同年代の子たちより体格にも恵まれ、心身的にも早熟しているのはこれが理由だ。
「その可能性が高いだろう。無意識に箱に入れることを覚えたくらいだ、魔力に飲み込まれないよう本能的に魔力を制御しているのかもしれない。魔力操作を学ぶことで扱える魔力を増やすことができるはずだ。」
「やはりそうなると滞在的な魔力量が問題ですね。」
先ほどの練習では、ほとんど魔力を箱から出せていないような言い方だった。あの年齢であれだけの魔力を持っており、さらに今後も魔力が増えるとは頭が痛すぎる。
無意識に溜め息が漏れ、それに気づいたウィルビウスが苦笑いを浮かべている。
「明日の授業は魔道具の使い方を教えます。魔力を完全に制御できるまで、魔道具で魔力の放出を抑えるべきでしょう。僅かに漏れ出ているあの魔力は危険です。」
「あぁ、そうだな。魔道具はあの娘の魔力に見合う物を探しておこう。神殿にある物ではすぐに壊れる可能性が高い。それはそうと、其方はあの漏れ出た魔力で威圧はされなかったのか?」
「威圧ですか?」
ウィルビウスは顎髭を撫でながら、口角を上げ愉快そうに笑みを深めた。
そう言えば先日、ディアナの魔力で神官たちが倒れたと聞いた。制御できていない魔力の圧は、無抵抗の者たちへの威圧と化していたらしい。
「あれは完全に私の油断だった。あの魔力に充てられた神官たちが一斉に倒れ、さすがの私も肝が冷えたぞ。」
「無事だった者が慌てて外に引きずり出したと聞きました。一瞬のことで神官たちは倒れた記憶すらなかったらしいですね。」
あの段階で、こちら側に取り込んでおくべきだと断言したウィルビウスの判断は正しかった。あの魔力が敵に回ると厄介だ。
「魔力だけではなく容姿も今後は武器になる。あの見た目に油断する者は多いだろう。」
話に聞いていたが、想像以上に整った容姿に正直、驚いてしまった。
顔立ちも整っていたが、あの挑戦的で好奇心に満ちた赤い瞳が恐ろしいほど綺麗だった。あと数年もすればさらに美しくなるだろう。
「あの娘、其方の婚約者にどうだ?」
「は?」
「私の養女にとも考えたが、私は一線から引いた身だ。一旦、信頼のおける伯爵家辺りの養女にしたあとに、魔力の多い其方が婚約者になるのもありだと思うのだが。」
「申し訳ございませんが、さすがに年が離れすぎてます。確かに魔力も多く、成長する事に美しくなるでしょうが、それでも、私の娘と言ってもいい年齢です。婚約者として扱うことはできかねます。」
やはり面倒事が回ってきた。婚約者はない。さすがに主の命でもそれはない。洗礼式が終わったばかりで、十六歳も年下の娘を婚約者に見れるほど、冷静な心は失ってはいない。
「ウィルビウス様、せめてアークツルス家の養女にとの提案の方が現実的です。さすがに六歳の娘の婚約者はありえません。」
「其方がそこまで言うなら残念だが仕方ない。こちらに取り込むなら婚約者が一番理想的ではあったが、其方の実家の養女か。」
「もしかして、最初から私の婚約者にとのお考えでしたか?」
「うむ。其方の浮いた話を聞かないのでいい機会だと思ったが、確かに娘が成人するまであと十年待つのは其方が不憫だな。」
貴族は基本的に幼い頃に婚約者が決まるが、三男の私は特に婚約者候補を決めていなかった。学生時代も婚約話はあったが、そのまま話を流し続けていた。
その後も家格が高いこともあって、次から次へと婚約話が降ってくる。特に三男の私は家督の問題もないので、婿養子にと望まれる場合も多い。それに自分で言うのもアレだが、見た目も悪くはない。
確かに結婚を先延ばしにはしていたが、それがまさか、尊敬する主から六歳の少女の婚約者候補にされていたとは想定外だ。
何度も言うがさすがにありえない。十年待つのは私が不憫だと男の尊厳に関わる心配をしていただいたが、そうではない。そうではないんだ。




