7. 入国
オレ、キーラ・リズラスにとって家族とは父親だけだった。
母親の話は、オレを愛しているとしか聞いていなかった。生きているとも、死んでいるとも、父は言わなかった。
母親の話をしている時の父の顔が、悲しそうでそれ以上聞こうと言う気がおきなかった。
父が亡くなり、レクラスたちに出会ってから、母親が精霊で、生きていると知った。その時は嬉しかったのだが。
その母親が、目の前で微笑んでこっちを見ている。
胸の奥で、何かわからない感情が渦巻く。思わず視線を逸らした。
「ところでコルト様、襲撃を受けたと聞いたのですが襲撃した犯人は捕えたのでしょうか?」
ティアの言葉に、その場の全員が表情を改めた。
「いいえ。襲撃者たちは逃走しました。何者かの指示を受けていたようです」
俯いてコルトはため息を吐いた。
「まさか、またビスタが!?」
赤い髪の精霊ベンプルの言葉に、コルトは首を横に振った。
「いいえ。あの子に私を害する気はもうありません」
ビスタ。コルトの妹。そして精霊王の椅子を姉から奪うため画策して、敗れた。
「とにかく、詳しい話は後でしましょう。まずは、どうぞ中へ」
そう言って、コルトは森の奥を指し示した。
オレ達は頷いて、森の奥へと進むコルトの後ろをついていった。
しばらく歩いていると、ふと、おかしな現象を目にしてついキョロキョロと周りを見渡した。
「どうしたの?」
オレの行動に気づいたレクラスがこっそり、声を掛けた。
「いや、こんなに木々が多い茂っているのに、一本道のようにあるいているから不思議だな、と思って」
「あー」
何かに思い当たったのか、レクラスは微妙な顔をして、視線を先頭を歩くコルトに向けた。
首を傾げてレクラスを見ると、歩いている足元に視線を移して、レクラスは言った。
「コルト様はまだ精霊王じゃないけど、それほどの力を持っているから、木々が王の行く手を阻まないように自ら避けて道を作っているんだ」
「自らって、木に足があるわけないのにどうやって……」
疑問を口にすると、レクラスは苦笑して一本前の木を指さした。
「足、っていうか、根っこだね。それが足の役割をしているんだ。ここの木はほとんどがトレントだから」
「トレントって、木の魔物……。えっ!この木全部っ!?」
ティアたちの家にあった本で見た情報を思い出し驚いた。
「全部ではありませんよ。それにトレントは大人しいので、むやみに攻撃をしなければ他の木と同じですから安全ですよ」
コルトが肩越しに振り返り、笑顔を向ける。それを呆けたように見つめ、周りの木へと視線を移すと、確かに見える範囲でも数十本は普通の木のようだ。それでもそれ以外ほとんどの木が、根を自在に操りコルトのための道を作っていた。
近くに来た一本の木のうろが三つ、顔のようにこちらを向いた。
びくりと肩を震わせるが、無意識に頭を下げると、三つのうろは笑ったように細くなった。
「気に入られたようだね、キーラ」
「へ?そうなの?」
ティアの言葉に驚き、トレントに視線を向ける。
巨体を動かしながら振り向くトレントたちは、みんな三つのうろは笑ったように細くなった。
ぎこちなく笑顔を返すと、トレントたちは葉を揺らしサワサワと合唱しているようだった。
トレントたちの合唱を聴きながら歩いて行くと、門のようなものが現れた。
「ここが私たちの町です。ようこそ、精霊の国へ」
そこは、森の中とは思えないくらい活気ある町だった。
家々が立ち並び、露天のようなものがあり、店番たちが呼び込みに明るい声を上げている。
町人は当然、みんな精霊であちらこちらで立ち話をしていたり、買い物している。
「すご……」
町の奥、森を背にして大きな城が建っていた。城壁は白く輝いていて、まるで壁自体が発光しているようだった。
「まずは城に行きましょう」
町に入ってコルトが言った。ティア達に異論は無いらしく頷いていた。
歩いて行くのかと思っていたら、少し歩いた所の店に、馬が繋がれていない馬車が用意されていた。
「歩いて行くのもいいのですが、この人数では目立ちますので。丁度、御者と護衛もいるようですし」
ニコリと微笑むと、コルトはベンプル達に視線を向けた。
ベンプル達は腰から頭を下げて同意を示し、ベンプルとエンタイアが御者台に座り、ビシードとアインが護衛についた。
ビシードが馬車のドアを開き、アインがコルトに手を差し出し、馬車まで導く。
コルトは当たり前のようにそれを受け入れ、馬車に乗り込んだ。二人の主従の関係に何故か心臓が軋んだ。
後は勝手に乗れとばかりに、アインは馬車から離れ、水で馬を作り出し、馬車と繋いだ。
全員が馬車に乗ると、水の馬に引かれて馬車がゆっくりと動き出した。
「ほぉー」
窓のカーテンを少し上げて町並みを見つめる。
馬車は大通りを抜けて、城に向かいゆっくりと速度をあげた。
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