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PLATONIC BLANK  作者: 天空瞳
序章
1/7

1 前編

初めまして。よろしくお願いします。

 人間には見えない生物が、数多く存在する。その中のひとつが、精霊と言われたものたち。彼らの住処,

及び存在は人間たちには知られていないし、信じられていない。だが、まれにその者達を見ることができる人間がいた。


彼らは共に生活し、共存していた。しかし長命な精霊達に対し、人間は短命だった。そして共に過ごした最後の人間を看取り、精霊達は森深くに住処を移し、以来人間とは接触を断っていた。一人の人間と巡り合うまでは――。


 彼が精霊の集落に現れたのは、精霊達が森深くに移り住んでから、数千年が経っていた。人間を見たことが無い精霊達は、慌てふためき、彼を排除しようとした。しかし、長老達は人間を歓迎し、食事を与えた。彼は、道に迷い腹も空いていたので、精霊達に感謝した。


 何日か過ぎた頃、体力が回復した彼は、精霊達にお礼を言い、森を抜け帰っていった。精霊達は、また普段の暮らしに戻っていくはずだった。しかしすべては狂ってしまった。たった一人の、精霊の少女に宿った命のせいで――。


 それからさらに十数年経過した精霊の森の一角。長らしき女性が、岩の上から四人の精霊を見下ろし、重々しく口を開いた。


「今回のお前達の任務は、この男を探し出すことだ」


 四人の目の前に、一枚の人相書きが舞い降りた。左端の、背中まで流れる赤色の髪の精霊が口を開いた。


「長よ。何ゆえこの男を捜すのですか?見たところ人間のようですが」


 すると、右端の、肩で切りそろえた水色の髪の精霊が反論した。


「長に意見するなんて、偉くなったものね」


 その言葉に、赤色の髪の精霊は額に青筋を立てた。


「意見したのではない、理由を聞いただけだ」


 口調は穏やかでも、言葉の端々にトゲを含んでいた。そこに、水色の髪の精霊はトゲを増やした。


「あら、それを意見といわずして、なにを意見というのかしら」


「きさまっ――」


 二人の口論を止めたのは、腰まである髪を三つ編みにした、緑色の髪の精霊だった。


「ふ、二人ともやめようよ。これから一緒に任務に行くのに」


「あら、ごめんなさい。あまりにも生意気な発言だったから気になってしまって」


「生意気とはどういうことだ。私はそんなつもりで言ったわけではっ…」


 また再燃しようとする口論を、澄んだ音色がかき消した。それは、短髪の黄色の髪の精霊が持っていたハープから奏でられたものだった。


「落ち着きなよ二人とも。長が困っている」


 黄色の髪の精霊が岩の上を指差すと、長らしき女性は困った顔を眼下の四人の精霊に向けていた。


「すみません。長」


「申し訳ありません」


 水色の髪の精霊と、赤色の髪の精霊は慌てて頭を下げた。長らしき女性は苦笑を滲ませ頷いた。


「お前達が揉めるのもよくわかる。このたびの任務は他の長老達に知られてはならない。私、個人の頼みなのだ。疑問はあろうが、頼まれてくれるか?」


 普段は見たことが無い長の表情に、四人は一瞬息を詰めたが、誇らしげに宣言した。


「おまかせください!」


 四人が飛び立っていったのを、見送った長らしき女性は、ため息を吐き、四人に見せた人相書きを眺めた。


 年齢は二十歳くらい。短髪の黒髪で表情は無く、切れ長の目は冷たく見えるが、目の奥には慈愛が見える。いや、見えるのではなく知っているのだ。彼がどれくらい優しいのか、どれくらい慈愛の心を持っているのか。そうでなければ、ここにはたどり着けない。


 だけど彼は過ちを犯してしまった。否、それを過ちだとは思いたくない。ただ、愛してしまっただけなのだから。一人の精霊を。そしてその精霊も、彼を愛してしまった。だけど、二人は離れ離れになり、彼だけが罰を負った。


「……――ぅ」


 誰にも聞こえないように、微かな声で名前を口にする。そして遥か彼方に飛んでいった四人の精霊に思いを馳せるように空を見上げた。森の木々の合間に覗く空は、青く、そして澄んでいた。


☆  ☆  ☆

 

学校の屋上は、空が近く感じるから好きだ。寝転んで手を伸ばすと、雲に触れそうな気がする。そんなことはありえないのだけれど。自嘲気味に笑って体を起こす。校庭では、下級生だろうか、体育の授業を受けている。先生の指示に従って校庭を走る生徒達は、一糸乱れぬ軍隊みたいだと思った。


 何も考えずに校庭を眺めていると、冷たい風が頬を撫でていった。今は冬だし、風もあるが、頬を撫でていった風は、微量だが嫌な気配を内包していた。風が通り過ぎた後ろを見てみると、端のフェンスのところに青白いものが揺れていた。


 時々こういうものを見かける。それは所謂霊と言われるものたち。子供の頃は怖くて泣いていたが、さすがに高校三年生ともなると、そんなものでは泣かなくなった。


 ため息を吐き、億劫だが立ち上がりフェンスの近くまで近寄る。だいたい二メートルくらいのところで止まると、青白いものは人の輪郭になり、ニヤリと笑って手招きをする。


「あんた、友達が欲しいのか?」


 話しかけると、青白いものは手招きを止め、驚いたようだった。顔がないので気配で判断するしかないのだが、話しかけられると思っていなかったのだろう。


「友達が欲しいのか?」


 もう一度同じ質問をすると、青白いものは首を傾げたように見えた。しかし再びニヤリと笑い、頷いた。


「そうか。じゃあオレと友達になるか?」


 右手を差し出すと、青白いものは嬉しそうに手を握ってきた。その瞬間、青白いものは金色に輝き、光の粒となって空高く消えていった。右手に残ったのは、吹き抜ける風だけだった。空に視線を移し、光の粒が消えていった方を眺め、瞑目した。


「生まれ変わったら、元気に生きろよ」


 答えるように、清い風が頬を撫でていった。


 瞼を上げ、フェンス越しに町並みを眺めていると、校舎から屋上に続くドアが開く音が聞こえた。肩越しにドアを見ると、一人の男子生徒が屋上にやってきた。


 背中まで伸びた赤茶色の髪を首の後ろで一つに束ね、悪びれもなく笑顔を向けてくる彼こそ、ここに呼び出した張本人。


 文句を言うべく口を開こうとすると、開け放たれたドアから、さらに二人分の足音が聞こえた。まさか、散々授業をサボり倒したことを説教させるために、先生を連れてきたのかと思ったが、ドアを潜って現れたのは、年若い男女だった。


 女性の方を見たとき、時間が止まったのかと思った。金色の髪は肩の上で切りそろえられて、風に遊ばれるたびに、日の光を浴びてキラキラと輝いている。目鼻立ちは、くっきりとしており、唇は桜色、肌は白く、透き通っているかのようだ。ニコリと微笑まれると、なぜか平伏してしまいそうになる。それを遮ったのは、一緒に来た男性だった。女性を守るように背中に庇い、睨みをきかせる。


 男性の方は、男にしてはやや中性的な顔立ちだが、切れ長の目元が印象的だ。金色の短髪で、身長は一七0センチメートルのオレと、差ほど変わらないだろう。


 だが、威圧的な視線で、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった。


「こら、ティア。そんな顔したら怖がられるでしょう」


 鈴を転がしたような涼やかな音色で、女性が男性を叱った。ティアと呼ばれた男性は、渋々体を横にずらした。女性が笑顔で並び立つ。二人が並ぶと、そこだけが日光に照らされ、一枚の絵画のように見えた。


 茫然と眺めていると、左隣に立っている友人であり、この屋上に呼び出した張本人、レクラス・リファインが説明した。


「この人は俺の姉さん。その隣は姉さんの婚約者。二人ともキーラに会いたいってうるさいから連れてきた」


 頭に『?』を三個ほど浮かべながら、レクラスの姉とその婚約者を交互に見た。特にこれといって噂になるようなことはしていない、はずだが。


「自己紹介が遅れてごめんなさいね。私はレクラスの姉でミシダといいます。こちらは婚約者のティア。よろしくね」


 笑顔で説明してくれたミシダに対し、ティアは不機嫌を隠そうともしない。さっきレクラスは二人とも会いたがっていたと言っていたが、ティアと呼ばれた男性の態度を見る限り、会いたがっていたのはレクラスの姉と名乗った、ミシダだけなのではないだろうか。


「何故、オレに?」


「レクラスが、転校初日に負けて帰ってきたことがあってね。どんな子が勝ったのか見てみたくなったの。それにこの子、友達いるのかなって心配になって」


 なるほど、と納得してしまった。そもそも、オレことキーラ・リズラスとレクラスは、喧嘩で芽生えた友情、とでも言うのか。高校三年の秋に、街で出会った。


 レクラスに出会う前のオレは、たった一人の肉親だった父親を自分のせいで死なせてしまい、自暴自棄になっていた。毎日喧嘩に明け暮れ、いつ死のうが、どうでもいいと思っていた。


 そんなオレにレクラスは、言った。


『そんなことをしていたら、いつか死ぬぞ』


 だけどオレは聞く耳を持たなかった。


『お前には関係ない』


 するとレクラスは、ため息を吐いて言った。


『だったら俺が殺してやる』


 拳のみだったが、一発が重くて心の底からヤバいと思った。殺される、と。そしてオレは病院のベッドで目を覚ました。真っ白な天井を見上げて生きていると実感すると、涙が溢れてきた。あんなに死んでもいいと思っていたのに、心の奥底では生きていたい気持ちがあることに気づいた。悔しかったが、気づかせてくれたレクラスに会えたら、礼を言おうと思ったのだ。


 そして退院して学校に行ったとき、教室にいるレクラスを見て、初めて転校生だと知った。


「いや、あれはオレの負けですよ。レクラスの方が強かった」


 苦笑してミシダを見た。そもそも病院にいたのは、路上に倒れていたオレを、通りがかった人が警察に通報した結果らしい。警察に聞くと、そこにはレクラスはいなかったそうなので、倒れたオレよりもレクラスの方が勝ったということだろう。


「そんなことないわよ。この子、自力で帰ってきたわけではないもの」


「それってどういう……」


「ま、まぁいいじゃない!ね!」


 慌てて会話を遮るレクラスに対し、頭に『?』を浮かべながら聞いてみようと口を開いたところで、チャイムが鳴った。


「あ、授業終わったよ。さあ、戻ろう!」


 逃げるように屋上を後にするレクラスの後ろ姿を、ため息を吐きながらミシダが続く。その後ろをティアが続くのだろうと待っていると、ティアはオレの右手を凝視していた。なにかついているのかと思い、オレも自分の右手を見たが、なにもない。


 何だろうと改めてティアを見ると、視線は右手ではなく、手首にはめられたブレスレットを見ていた。


 ブレスレットは父親の形見だ。天然石なのだろか、青、赤、黄、緑の石で輪を作っている。それぞれの石の間には透明の水晶がある。石は小ぶりなので、あまり袖から出ないことをいいことに、ずっと嵌めたままだ。


「これが、なにか?」


 聞くと、ティアはチラリとこっちを見ただけで何も言わず、ドアを潜って校舎に入っていった。首を傾げ、ティアに続いて屋上を後にした。


☆  ☆  ☆


 校舎の玄関でミシダたちと別れ、レクラスと二人で教室に戻る。中高一貫の男子校なので、生徒は男しかいない。校舎は四階建てで、一階は職員室、保健室、生徒指導室に進路指導室等がある。教室は、一年生が四階で、二年が三階、三年が二階にある。


 授業が終わったばかりで、廊下に出ている生徒は少ない。


「結局なんだったんだ?お前の姉兄をみせびらかしたかっただけか?」


 階段を上りながら、前を歩くレクラスに声をかけた。レクラスは苦笑して踊り場に立ち止まる。


「本当はもう少し話す予定だったんだけど、あの二人が来るのが遅かったせいだよ。だから挨拶だけで終わってしまったんだ」


 レクラスはため息を吐いて顔を上に向けた。肩に乗っていた髪が背中に流れると、首筋に痣が見えた。


「お前、首筋に三日月の痣があるんだな」


 何の気もなしに言うと、レクラスは顔色を変え、素早く首筋を押さえた。


「み、見えるの?これ……」


 恐ろしいものを見たような目を向けられ、焦る。


「い、いや。気のせいかな。悪い。忘れてくれ」


 レクラスの反応から、普通は見えないのだろう。普通の、目なら――。


「え、いや、あの……」


 何かを言いかけるレクラスを振り切るように、階段を駆け上がる。廊下に出て談笑している生徒に紛れ、教室ではなく屋上に向かう。


 一気に屋上まで階段を上ったので、息が切れた。ドアを開けて屋上に出ると、日光の眩しさに目を細めた。後ろ手にドアを閉めて、座り込んだ。


「くそっ……」


 悪態をつき、頭を抱えて目をきつく瞑った。瞼の裏で、幼少期の自分が泣いていた。


 幼い頃は、人間と霊の区別がつかなくて、一緒に遊んでいた友達に気味悪がられていた。そしていつしか除け者にされ、よく泣いて帰っていた。


 そんな時、父親はいつも優しく抱きしめて話を聞いてくれていた。


『どうして、どうしてみんな、あそんでくれないの?ぼくはわるい子なの?』


『そんなことはない。キーラはいい子だよ。父さんの大切な宝物だよ』


『だったら、どうしてみんなあそんでくれないの?ぼくのこと、おかしいとか、へんだっていうんだ。ばけものだって……っ』


『そうか、それは悲しいな。そうだ。お守りをあげよう。きっとお友達と仲良くなれる』


『ほんとう?』


『あぁ。本当だとも。キーラのお母さんがくれた、大切なお守りだ』


 父親の笑顔が光に滲んだ。


 ゆっくりと瞼を上げると、頬に一筋温もりが流れていった。袖で目元を拭い、立ち上がる。深く息を吸って、ゆっくり吐き出す。いつの間にかチャイムが鳴っていたらしく、校舎は静寂に包まれていた。


 あの時貰ったお守りは、家で大切に保管してある。空を見上げ、ゆっくり流れる雲を見つめた。今から教室に戻るのも面倒になり、日当たりのいい場所のアスファルトに寝転んで、夢の世界へと旅立った。


☆  ☆  ☆


 流れる雲のさらに上を、精霊達は飛んでいた。


「どうして人間の世界はこんなに空気が澱んでいるのだ」


 赤色の髪の精霊は、口元を首に巻いている透明の布で覆った。同じように口元を覆っている水色の髪の精霊が、ため息を吐いて言った。


「そこだけは同意しますわ。あなたと同意見なのは甚だ迷惑ですが」


「何だとっ!」


「あ、あの二人とも、落ち着いて。喧嘩している場合じゃないよ」


 赤と水色の髪の精霊の間に挟まれている、緑色の髪の精霊が、睨み合う二人を交互に見ながら宥めようとする。


「そう。早く終わらせて帰る」


 黄色の髪の精霊は、マイペースにハープを一度爪弾いた。


「だけど、早く終わらせるって言っても、この広い空間でどうやってあの人間を探せばいいのかな?」


 緑色の髪の精霊の言葉に、赤と水色の髪の精霊は睨み合いを止め、同時に緑色の髪の精霊を見た。


「う、うぅ。わかったよう。やってみるけど、同じ精霊探しとは訳が違うからうまくいくかわからないよぅ?」


 そう言って緑色の髪の精霊は、意識を集中させる。すると、身体の周りを緑色のオーラが覆う。


「あそこから、精霊の気配がする!」


 少しして、緑色の髪の精霊はある一点を指さして言った。


「そんな馬鹿な。こんなところに同胞がいるわけない……」


「とにかく行ってみましょう。なにか手がかりがあるかもしれませんわ」


 赤色の髪の精霊は半信半疑だったが、四人の精霊はその方向へ急いだ。四色の軌跡が空を彩った。


☆  ☆  ☆


 ふわふわと、夢の中を彷徨っている。暖かく柔らかい、毛布に包まっているような気持ちよさ。もう少し心地よさに浸っていたいのに、誰かの気配がそれを遮る。仕方なく瞼を上げると、見たこともない服を着た四人が見下ろしていた。


「誰だ?あんたたち」


 声をかけると、四人は驚いたようで、慌てて距離をとった。離れたことでゆっくりと身体を起こし、大きく伸びをして眠気を追い出す。改めて四人を見ると、人間ではないことがわかった。何故なら地面から数センチ浮いているのだ。


 相手にするのも面倒なので、チャイムが鳴ったのをいいことに、立ち上がって校舎に戻ろうと、ドアノブに手をかけた。


「あ、あの!ちょっと……」


 胡乱げに振り返り、四人を見る。緑色の髪の女が、胸の前で手を握りしめ、涙目になっていた。ため息を吐き、ドアノブから手を離し、四人に近寄った。


「あ、あの、あたしたち、人間を探していまして、あなたにお聞きしたいのですが……」


「人間?」


「はい。あ、この人です」


 そう言って緑色の髪の女が懐から取り出したのは、一枚の紙だった。それを広げて見せられ、息を呑んだ。そこに写っていたのは紛れもなく父親だったのだ。


「その、人間を見つけて、どうするつもりなんだ?」


「私たちは、この人物を探し出してある方の下へ連れて行かなければならない」


 赤色の髪の女が、決定事項だとでもいうように話す。無意識に奥歯を噛み締めていた。


「……あんたたちは、一体何なんだ」


「わたくしたちは、人間達が精霊と呼ぶものですわ。人間に見られることも、こうして話すことができるのも、とても稀なのですけど。だから私たちと話せるあなたこそ、何者なのです?私たちと同じ気配がするのですが人間のようですし……」


 水色の髪の女が、笑顔の奥に警戒を顕にして聞いてきた。


「オレは、ただの人間だ。ただ、他の奴よりあんた達みたいなのが見えるだけだ」


「そうでしたの。ですが、あなたみたいな方に出会えてよかったですわ。わたくしたちは早くこの人間を見つけて、帰りたいのです。この方、ご存じありませんか?」


「……知らない」


「……本当に?」


「……あぁ」


 水色の髪の女は、心底残念そうに、頬へ手を添えてため息を吐いた。


「そうですか。では仕方ありませんね。あなた、わたくしたちと一緒に来ていただけます?」


「は?」


 何を言われたのかわからなくて、思考が止まる。


「何故、オレがあんたたちと一緒に行く必要があるんだ?」


「あなた、この人間のことご存じでしょ?」


 水色の髪の女は、確信を持って言っている。どう誤魔化そうか、止まった思考を動かしていると、緑色の髪の女が、呆けたような声を出した。


「へ?そうなの?でもさっき、知らないって……」


「あなた、馬鹿ですの?彼と、この人間の顔、よく似ているでしょう?」


 心底呆れたような顔をして、水色の髪の女は緑色の髪の女を見た。この隙に逃げようと足を動かしたとき、足下に違和感を覚えた。


「逃がさない」


 いつの間にか、黄色の髪の女がハープを片手に、もう片方の手を地面に向けていた。不思議なことに、コンクリートがまるで泥のようになって沈み込んでいく。慌てて足を引き上げようとしても、動かせなかった。


「くそっ!」


 悪態をついたところで、何も変わらない。膝下まで飲み込まれ、必死で抗おうと試みるも、体力だけが減っていくだけだった。


「無理だ。諦めろ」


 赤色の髪の女が、見下ろしながら言った。その顔を睨みつける。


「ふざけんな。勝手なこと言いやがって。そう簡単に連れて行かれてたまるかよ!」


 浮かぶ女の足を掴もうと手を伸ばしたとき、勢いよく屋上のドアが開いた。弾かれたように全員そちらを向いた。そこには、息を切らせたレクラスが立っていた。レクラスは、真っ直ぐこちらへ歩いてくる。きっと彼にはこの状況は見えていない。赤色の髪の女が、片方の手のひらに炎を浮かばせた。


「レク……っ」


 レクラスを呼び止めようとするが、突然喉が詰まった。赤色の髪の女が、手のひらの炎をレクラスに向かって放とうと手を伸ばした。少しでも照準をずらすため、その手を掴もうと腕を伸ばしたが、数センチ届かない。


 焦りでどうしていいのかわからず、レクラスを見た。そのとき、レクラスが左の首筋に手を触れさせた。そこは、先ほど見た三日月の痣がある場所だった。


「我に答えよ。我が名はレクラス・リファイン。盟約に従い、我が前に立ちはだかる敵をなぎ払え。水の使者リヴァイア!」


 突然、レクラスが立っている場所から大量の水が溢れ出し、オレを避けて四人に襲いかかった。四人は悲鳴を上げ、フェンスまで流されていった。あ然とそれを眺めていると、水の勢いが弱まり、何事もなかったかのように消えていった。フェンスに激突した四人は、ぐったりとその場に座り込んでいた。


「キーラ!大丈夫?」


 走って近くまで来たレクラスに、怪我などないか全身を調べられる。その顔は、今にも泣き出しそうだった。


「あ、あぁ。大丈夫」


 喉が詰まることなく声が出たことにホッとした。足下も何もなかったように、元のコンクリートの上に立っていた。


「それにしても、さっきの水はどこから……」


 レクラスが呪文らしきものを唱えたあと、大量の水が溢れ出した現象は、疑問に思って当然だろう。レクラスは苦笑いをして、ぽつりと言った。


「まあ、式神?みたいなものかな?」


 頭に『?』を浮かべ、更なる質問を口にしようとしたとき、うめき声が聞こえ、声がした方向、四人の方を見た。レクラスの顔から柔らかさが消え、剣呑になっていく。


 一歩一歩、四人に近づいていくレクラスの後ろを、ついていく。


「う……ぅ…ごほっ」


「お前達、よくも俺の大切な友達に手を出してくれたな」


 今まで聞いたことのないレクラスの声に、背筋が寒くなる。それは感覚的ではなく、実際にレクラスの足下から冷気が漂っていた。慌てて止めようと近づくが、氷の壁ができているみたいに近づけない。


 四人は固まって震えているが、きっと寒さだけでは震えていない。レクラスから発せられている殺気に、恐怖しているのだろう。


「やめっ……」


 なんとか止めようと、声をかけたとき、屋上のドアから突風のように飛んできた人物がいた。金の髪をなびかせながら、四人を背中に庇い、レクラスに対立する形で停止した。


「やめなさい。レクラス」


「退いて、姉さん。邪魔をするなら姉さんでも排除するよ」


 軽く上げた右の手のひらに、氷柱のようなものが生成されていく。レクラスの殺気をものともせず、ミシダはため息を吐いた。


「落ち着きなさい」


「俺は、自分勝手に人の大事なものを奪う奴らが許せない。だからこいつらも許さない」


 ミシダは一瞬、痛みを堪えるように眉間にシワを寄せたが、瞬きを一つして、真っ直ぐレクラスを見つめた。


「私だって、許せない。だけど、いつまでも同じような人を恨んでいても結局空しいだけ」


「そんなのは偽善だ。全員潰さないと……」


「潰したところで、同じだと思うが。そんな奴はこの世界にいくらでも存在する。そいつら全員のところに殴り込みに行くつもりか?」


「ティア……」


 ホッとした表情を新たに屋上に来た人物に向ける。レクラスは肩越しに振り返り、忌々しげに眉を歪めた。


 ティアはゆっくり歩いて、フェンスに寄り固まっている四人を見つめた。


「そもそも、この現状を、お前のお友達は納得しているのか?」


 びくりと肩を振るわせて、こちらを振り向いたレクラスは、泣き出しそうな顔になり、纏っていた殺気も手のひらの氷柱も、霧散させていった。俯いたレクラスの肩に手を添え、顔をのぞき込む。


「助けてくれてありがとう。もう大丈夫だから」


 ゆるりと顔を上げて目線を合わせたレクラスは、小さな声で、「ごめん」といった。


「さて、それじゃあどうしましょうか、この四人」


 ミシダが、自分の後ろの四人に視線を向けた。四人はびくりと震え、ミシダを見上げて言った。


「どうして、人間がわたくしたちを見ることができるのかしら」


 水色の髪の女が、怯えを含ませた声で言った。


「人間は、自在に水を操ることができるのか!?」


 赤色の髪の女が、驚愕に震えながら言った。


「ご、ごめんなさい〜〜〜〜っ!」


 緑色の髪の女が、泣きながら言った。


「こんなことって……」


 黄色の髪の女が、放心して言った。


 口々に発せられる言葉に、ミシダは苦笑した。ティアが四人の前に立ち、言った。


「我々は、普通の人間より、貴方たちに近い存在。それだけです」


 ティアの説明に、四人は顔を見合わせて、立ち上がった。


 赤色の髪の女が、右手を胸に当て、左手を背中に回して軽くお辞儀をする。


「私は火を操る精霊。フレキシブル」


 他の三人も同じ動作をして名乗っていった。


「わたくしは、水を操ります。エスプルと申します」


「あ、あたしは、風を操る精霊。サイネラリアといいます」


「わたしは、土を操る。コーデュロイ」


 ティアの横にレクラスが並んだ。厳しい視線で四人の精霊を見る。


「キーラに手を出したのは何故だ」


 答えたのは、水色の髪、エスプルだった。


「わたくしたちは、ある方に頼まれて、人間をさがしておりましたの」


「それは誰でもよかったってこと?」


 ミシダの質問に、レクラスの眉間がピクリと動いた。


「いいえ。この人間です」


 エスプルは緑色の髪、サイネラリアを見た。視線を向けられたサイネラリアは、懐から一枚の紙を取り出して、広げて見せた。


「彼がこの人物について何か知っていそうだったので、確かめようとしておりましたの」


「お前達は、確かめるためだけにあんなことをしたのかっ」


 レクラスの目に怒りが灯る。慌てて腕を掴むと、ちらりと視線を向けて大人しくなった。


「逃げられそうだったから。わたしが勝手にしたこと。みんなは関係ない」


 黄色の髪、コーデュロイが頭を下げた。レクラスは眉間にシワを寄せたが、何も言わなかった。


☆  ☆  ☆


 とにかく帰れと怒鳴るレクラスに押されて、四人の精霊達は慌てながら帰って行った。ちょうどチャイムが鳴った。


 校舎に戻ろうとドアに向かって歩いていると、ミシダの声が、足を止めた。


「キーラ君。さっきの話、本当にあの人のこと知らないの?」


 『あの人』。それは精霊が見せたあの紙のことだと、すぐにわかった。ゆっくりと振り返り、ミシダ、ティアそしてレクラスを順に見た。


 話すべきか、黙っておくか。先ほど助けて貰った恩もある。だけど……。


「辛いなら話さなくていい。俺は、キーラに辛い思いはさせたくない」


 レクラスの真っ直ぐな視線に、覚悟を決めた。


「あの人は、オレの父親なんだ」


 唐突な発言に、ティアでさえ息を呑んだ。


「オレ、子供の頃から他の人には見えないものを見ることがあったんだ。幽霊とか、昔は生きている人間と区別がつかなくてさ、よく変な目で見られたよ。怖い思いをしたこともある。どうしてオレは他の人と違うんだろうって、ずっと思っていた。だけど、父親は、父さんだけはオレのことを信じてくれた。だから苦しかったけど辛くはなかった」


「そっか」


 レクラスは微笑んだ。


「成長するにつれ、区別がつけられるようになってきた。その頃から彷徨っている霊を少しだけ助けてあげられるようにもなった。だけど、そのせいで……父さんは死んだんだ」


 記憶が、首を絞めていく。俯いて奥歯を噛み締めた。手に温もりを感じ、顔を上げると、レクラスが泣き出しそうな顔で見つめていた。


 その顔に苦笑を返す。


「大丈夫」


 レクラス達に背中を向けて、空を見上げた。息苦しさは、もう感じない。


「雨の日の交差点だった。父さんと買い物の帰り、小さい女の子が信号機の横で蹲っていたんだ。オレは気分が悪いのかと思って声をかけた。だけど彼女は幽霊で、それに気づいたのが遅くて、車道に放り出された。一瞬の出来事だったよ。オレはそのとき、死んだはずだった」


 車に撥ねられた感覚があった。道路に転がった感覚もあった。薄れゆく意識の中で、女の子の幽霊が笑ったのを見た。そして必死の形相でオレの名前を呼びながら走り寄る父親の顔。


「気がついたら、病院のベッドの上だった。そして父さんが死んだことを聞いた。

 最初は何が何だかわからなかったよ。車に轢かれたのは確かにオレのはずだった。なのにどうして父さんが死んだことになるのか。ただ一つわかるのは、オレが父さんを殺したということだけ」


 その事実に自分自身を責め、自暴自棄に生きてきた。理由もなく喧嘩をして過ごした。だけど、レクラスに出会い、父親から貰った命を大切に生きようと思った。そう思ったとき、父親の魂が、暖かい風になって空に昇っていくのを感じたのだ。


 肩に温もりを感じて振り返ると、レクラスとミシダが微笑んでいた。自然と笑みを返す。


「一つ、聞きたいことがある」


 ティアが腕を胸の前で組みながら聞いてきた。


「何?」


「父親から指輪を受け取らなかったか?」


「指輪?どんな?」


「ちょっと、ティア。今それ聞かなくても……」


 ミシダが慌てたように抗議した。指輪と聞いて思い浮かぶのは、幼い頃に貰ったあのお守りのことだろうか。


「指輪なら貰ったけど。金色の。だけどあれは、父さんが母さんから貰ったって言っていたけど」


 記憶を辿るために空に向けていた視線を、レクラス達に戻すと、三人は真剣な顔で何かを相談していた。


「本物だろうか?」


「わからないわ。実物を見てみないと」


「だけど、可能性はあるよ」


 三人は首を捻っていたが、訳がわからず茫然としていると、屋上を突風が吹き抜けていった。よろめいたとき、右腕に嵌めている形見のブレスレットが鈴の音を発しながら震えた。


「え?」


 びっくりして思わずブレスレットに触れると、まぶしい光に包まれた。目を瞑って光をやり過ごし、再び目を開けたとき、そこは屋上ではなかった。


 真っ白な空間。しかし、数メートル先に人影が見える。走って近づくと、それは幼い頃のオレと、記憶よりも若い父親だった。泣かされて帰ってきたとき、父が指輪をくれたのだ。お守りだと。記憶はそこで終わっている。


 だけど、目の前で交わされている会話は、知らない。いや、忘れていたのか。


「これはお守りだ。でも今はまだ持っているだけ。指に嵌めるのはもっと大きくなってから。そのとき、父さんが傍にいてあげられたらいいんだけど」


「パパ、どこにもいかないでよう」


 泣きじゃくる息子に、父は苦笑した。


「ごめん、大丈夫。傍にいるよ。そうだ、おまじないを教えてあげよう」


「おまじない?」


「ああ。忘れてはいけない。このお守りの力を引き出す言葉だからね」


「うん」


 頭の中に言葉か浮かんできた。そしてまた眩い光に包まれていく。笑顔の父がすぐそこにいるのに、その腕の中に飛び込むことすらできない。


「父さん!」


 声の限り叫んだ。視界が眩む寸前で、父がこちらを振り向いた。そして笑顔で頷いたのが見えた。光と涙で視界が歪む。光の洪水に流されていく中で、父の声が聞こえた気がした。


『そばにいるよ』


 後頭部に柔らかい感触を受けながら目を開けると、心配と書いてありそうな顔が、目の前にあった。


「大丈夫か?」


 レクラスの声が震えていた。何故か可笑しくて笑ってしまった。


「はは、大丈夫だよ」


 何故かすっきりとした気分に、状況を認識して慌てた。コンクリートに寝転んでいたのはいい。だが、頭の下に、ミシダの膝があったので、飛び起きた。


「うぁっ!ご、ごめんなさい!」


「大丈夫よ。突然倒れたのよ。キーラ君こそ大丈夫?」


「は、はい!大丈夫です」


 深呼吸して早鐘を打つ心臓を落ち着かせると、ティアと目が合った。


「何があった」


「父さんにあったよ。笑っていた」


 ブレスレットに視線を移す。そこには何の変哲もない、天然石のブレスレットが嵌まっているだけだった。軽く触れると、微かな温もりを感じる気がした。


「そうか。それだけか?」


「ああ」


「とりあえず、今日は帰りましょう。明日はちゃんと授業を受けるように!二人とも」


 ミシダが立ち上がってスカートについた土を払いながら言った。まるで叱られた生徒のような返事をして、レクラスと顔を見合わせる。自然と、どちらともなく笑顔を向けた。


 校門前で三人と別れ、帰路を歩く。学校から家までは歩いて十五分ほど。六階建てのマンションで、五階の一室を借りている。父と二人で住んでいたのが、父が亡くなってから一人で暮らしている。


 玄関のカギを開けて暗い室内に入る。電気をつけて、リビングのテーブルに飾ってある父の写真に笑顔を向けた。


「ただいま。父さん」


 自室に鞄を置いて、制服から部屋着に着替えると、食事の準備をしようとリビングへ向かった。ふと、指輪の行方が気になった。確実にそこにあるはずなのに、確認しないと気が済まなくなる感覚。


 引き寄せられるように、テレビボードの引き出しに手を伸ばした。ゆっくりと引き出しを開けると、そこには手のひらに乗るサイズの小さい箱が入っている。


 蓋を開けると、そこには間違いなく、父からお守りだと言われ、貰った指輪が入っていた。金色の少し太めの指輪。表面には模様が刻んであるのだが、象形文字のようで、よくわからない。


 誘われるように指輪を台座から外し、目の前にかざした。ブレスレットが震え、鈴の音を発した。頭の中に、言葉が浮かんだ。


「我、キーラ・リズラス。汝らの加護を受けるものなり。汝らと共存を望むものなり。盟約に従い、我の声に応え、その力を我に与えたまえ」


 指輪が眩い光を放ち、ふわりと浮き上がった。天井近くまで浮き上がると、一瞬激しく光り輝いた。


 あまりの眩しさに目を瞑る。徐々に光が薄れていき、瞼を上げると、目の前に金色に輝く指輪が浮いていた。しばらく茫然と眺めていたが、輝きがうすれていくにつれ、落下してきた。 慌てて手を伸ばし、手のひらで受け止める。光が消えると、元の指輪が、そこにあるだけだった。


「今、オレ、何した……?」


 訳がわからず、手のひらに転がる指輪を、ただ茫然と眺めていた。


 とりあえず気分を変えようと、指輪を箱にしまって夕食の準備をする。食べながら箱に収まっている指輪を眺めていた。さっきの光が嘘のように、指輪はただそこにあった。


 視線を右手首のブレスレットへ移す。震えもしないし、鈴の音もしない。


「なんだったんだろう……」


 首を傾げながら食事を済ませ、風呂に入って布団に潜った。意識はすぐに夢の中へと落ちていった。


 夢を見た。


 広い草原、新緑眩しい森、湖は澄んでいて、太陽の光を反射してキラキラ輝いている。その中を、当てもなく歩いていると、目の前に大きな木が見えた。その木を見上げると、手の届きそうなところの枝に、女の人が座っていた。


 背中には半透明の羽があった。声をかけようと口を開いたところで、何かに引っ張られるように景色が逆流していった。遠ざかっていく瞬間、羽のある人の指に、金色の指輪が見えた。それは、お守りに貰った指輪と似ていた。


 ハッとして目が覚めた。心臓が全力疾走した後のように激しく脈打っていた。視界には、天井に向かって伸ばした右手と、その手首につけているブレスレットが写っていた。


 ゆっくりと腕を布団に戻す。脈打つ心臓を抑えようと左手を胸に当てたとき、違和感を覚え、左手を見た。


「な、なんで……」


 驚愕に目を見開く。慌てて身体を起こし、電気をつけた。そして改めて左手を見ると、その中指に、紛れもなく、寝る前に引き出しにしまったはずの指輪が嵌っていた。外そうと引っ張ってみるが一ミリも動かず、いろいろ試してみたけど外れなかった。


 ため息を吐き出して、風にでも当たろうとベランダに続く窓を開けた。ベランダから眺める街は、静かだった。空に雲はあまりなく、月は半分欠けていた。


 手すりに凭れながら、左手を空に向けて伸ばし、中指に嵌っている指輪を眺めた。


「オレにどうしろって言うんだよ。父さん……」


 誰も応えてくれない問いは、夜風に流されていった。


 翌日、学校に行く途中でレクラスと出会った。さりげなく左手をズボンのポケットに入れた。


「おはよう」


「おっはよ」


 笑顔で挨拶をしてくるレクラスを横目に見て歩く。視線に気づいたレクラスが、笑顔を向けてきた。


「なに?」


「いや、別に」


 身長は同じくらい170センチ台だろう。歩くたびに赤茶色の髪が左右に揺れる。その首元左側に、三日月の痣がある。

 

 レクラス達には、何か不思議な力があるのだろうか、考えながら歩いていると、突然後ろに腕を引っ張られた。


「うわっ」


「危ないぞ!まだ寝ぼけているのか?」


 腕を引っ張ったのはレクラスだった。改めて目の前を確認すると、交差点の歩行者信号は、赤だった。冷や汗が背中を流れていった。


 考え事をしていたとは言わずに、頭を軽く振った。


「大丈夫か?」


 レクラスに問われ、大丈夫だと答えるために振り返った瞬間、目眩に襲われた。景色が回りレクラスの声も、水の中で聞いているかのように聞こえた。


 地面に倒れた感覚と、慌てたレクラスの顔を最後に、意識は闇の中へ引き込まれていった。


 気がついたとき、何も見えない真っ暗な空間に、一人で立っていた。周りを見回しても、広いのか狭いのか何もわからない。手を伸ばしても何も触れなかった。恐る恐る足を一歩踏み出すと、地面の感触はあった。


 とりあえず何かないかと歩いて行く。景色は変わらず暗闇。両手を伸ばしても何も触れない。ふと、左手の指輪がほんのり光っているのに気づいた。弱い光だったが、この暗闇の中では有り難かった。


 しばらく歩いていると、後ろから、何かが空気を切り裂いて飛んでくる音が聞こえた。振り返ると、炎に包まれた矢が飛んできた。間一髪のところで避け、飛び去っていった方向を、唖然として見つめた。


 振り向かなければ確実に頭に命中していた。背筋に悪寒が走る。


 矢が飛んできた方向を見ると、四人の青年が横一列に並んでいた。しかしその耳はわずかに尖っており、髪色も赤、青、緑、黄色だった。学校の屋上で出会った四人の精霊と同じ出で立ちだった。


「誰だ?」


 怪訝な声で問いかけると、青い髪の男が言った。


「俺たちに勝てたら教えてやる」


「は?」


 意味がわからず聞き返すと、赤い髪の男が、弓を引き絞るような動きをした。すると、今までそこに何もなかったのに、弓と矢が炎を纏って現われた。


 咄嗟に危機感を感じ、全速力で逃げようとしたが、逃げた先に土の壁ができた。


「悪いけど、逃がさないよ」


 黄色い髪の男が、地面に手をついて言った。その間に、青い髪の男が手のひらに水の玉を作り、それを投球するように投げてきた。そのまま飛んでくるのだと思っていたのが、水の玉は雨粒ほどの大きさに分かれ、飛んできた。


 咄嗟に左に飛んで避けたが、右腕と右足を数滴掠めていった。


「痛っ……」


 痛みと、一瞬の熱さにしゃがみ込んだ。ただの水だと思っていたのに、掠めたところから血が滲んできた。


「他愛もないな」


 緑の髪の男が言った。その言葉に奥歯を噛み締める。こんなところで、いきなり狙われて、負けてたまるか。


 身体の底から何か湧いてくる。それが何なのかわからないが、血管を通って左手の指輪に集まっているような気がする。指輪が一瞬脈動した。


「え?」


 思わず左手を見た。弱く光っていた指輪が、強く光を放った。その光は暗闇を晴らし、辺りは真っ白い空間に変わった。


「え?え?」


 訳がわからず空間を見渡す。光が収束していき、目の前に古民家風の一軒家が現われた。木造二階建て、前庭には、色とりどりの花が咲き誇っていた。


「どこだ?ここ」


 茫然と民家を眺めていると、後ろに気配を感じ、振り向いた。そこには先ほどの四人の青年が、片膝をついて並んでいた。


「な、なん……?」


 引きつって見ていると、黄色い髪の男が、頭を下げながら言った。


「先ほどは、手荒なことをしてしまい、申し訳ありません。しかし一刻も早く力を安定させなければ、命に関わる事態でしたので」


「は?」


 もう頭は何も処理できなくなって真っ白だ。


「我々は、貴方たち人間が言うところの、精霊と呼ばれるもの達です」


「オレは勝ったのか?」


「我らはもとより勝ち負けを求めていた訳ではないのだ。貴殿の力を引き出すのが役割だった」


 緑の髪の、精霊が言った。


「オレの、力?」


「そうだ。ラシャンク・リズラスの後継者よ」


 赤い髪の精霊が言った。


「後継者?」


「はい。あなた様は我らの主、コルト様と、人間のラシャンク様との間にお生まれになりました」


 黄色い髪の精霊が、言った。


「オレの、母親が、精霊?」


「ふん。何も知らないとは。めでたいやつだな」


 青い髪の精霊の言葉に、腹が立った。


「仕方ないだろうっ!今までそんな話、誰からも聞いたことがないんだ!」


 青い髪の精霊を睨みつけると、ふと、何かを感じたが、一瞬のことでわからなかった。


「そうですね。コルト様もラシャンク様も、あなたを巻き込みたくなかったはずですから」


 黄色い髪の精霊が、沈痛な面持ちで言った。それを聞いた青い髪の精霊は、眉間にシワを寄せて視線を逸らした。


「さて、力も安定したことですので、キーラ様を元の場所にお戻しさせていただきます」


「え?」


 意味がわからず、黄色い髪の精霊を見たが、足下から竜巻が巻き起こり飲み込まれていった。


「次の三日月の夜に、必ずもう一度説明に上がります。それまでは……」


 竜巻の中で最後の言葉が聞き取れず、オレは風に流されるまま真っ逆さまに落ちていった。


「うわぁぁああああああぁ!」


 叫んだ声が自分のものだと認識するのに、一瞬かかった。目の前には、レクラスの驚いた顔があった。


「れく、らす……?」


「キーラ!よかった。目を覚まして」


 驚いた顔から、ホッとして、今度は怒りに変わっていった。


「なに百面相しているんだ?」


「ほんとに!びっくりしたんだからな!馬鹿!」


 馬鹿と言われても、オレも何が何やらわからないのに。確か登校中にレクラスと出会い、一緒に歩いていると赤信号で……。


 そこまで思い出して、勢いよく身体を起こして、周りを見回した。壁は白で統一されていて、左側にはクリーム色のカーテン、右側には窓とテレビ台に薄型テレビが乗っている。その横にレクラス。そして消毒液の匂いがした。


「ここ、病院?」


 問いかけるとため息が返ってきた。呆れた視線を向けられ、眉間にシワを寄せる。


「交差点で倒れて、呼んでも意識がないし、仕方ないからタクシー呼んでここまで連れてきてもらったんだ。診断結果は、栄養失調!一人だからって、飯はちゃんとバランスよく食べないと駄目だろう!」


「飯?食ってるけど」


「だったら、昨日の献立言ってみろよ」


「昨日は、飯と、サラダ?」


 レクラスの額に青筋が浮いた。


「その前は?」


「その前?えーっと……」


 思い出しながら答えていくと、レクラスの顔が怒りで染まった。


「それだけで栄養足りるわけないだろう!」


「おい、病院は静かにしろよ」


 冷静に言うと、レクラスの怒りがさらに増したようだ。歯ぎしりが聞こえそうなほど奥歯を噛み締めている。


「とりあえず、お前はここで栄養をつけろ!退院したら覚えてろよ」


 まるで悪役みたいな台詞を残して、レクラスは病室を出て行った。一人きりになった病室で、何もすることがなく、ベッドに寝転んだ。


 腕に繋がっている点滴が、ゆっくり一滴ずつ落ちていくのを眺める。視線を点滴から左手の中指に移すと、そこには変わらず、金色の指輪が嵌っていた。


 ぼんやりとしていると、次第に眠気に襲われ、意識は夢の世界へと旅立った。


☆  ☆  ☆


 静まりかえった病室に、ドアをゆっくり開ける音が響く。ベッドで寝ている人物に気づかれないように、そっと近づいた。


「この指輪……」


「間違いないわね」


 病室に入ってきたのは、男女一組。共に金色の髪に白い肌。女性の髪は肩の上で切りそろえられていて、男性の髪は短髪。ミシダとティアだった。


 二人は、ベッドで眠っているキーラの左手の指を、その中指に嵌っている指輪を注視していた。


「まったく、これに気づかないとは。レクラスも未熟だな」


 ティアのため息交じりの言葉に、ミシダは可笑しそうに小さく笑った。


「とっても大事なのね。キーラ君のこと」


 ティアの眉間にシワが寄った。


「気に入るのは勝手だが、注意力が散漫になるのは困るぞ」


「わかっているわ。ちゃんとお仕置きしておくから」


 ミシダの満面の笑みにティアは、背筋が寒くなった。


「とりあえず、キーラが起きないうちに確認しておこう」


 咳払いを一つして、ティアは左手を指輪にかざし、集中する。ティアの手のひらから指輪に向かって、光が送り込まれる。


 指輪は、淡い水色の光を放った。


「これは……」


「あぁ、本物だ。それに、キーラを主だと認めている」


 ティアは眉間にシワを寄せて、眠るキーラを見つめた。


「確認はこれでいいでしょ。キーラ君が起きる前に帰りましょう」


「……そうだな」


 ティアとミシダは、来たときと同じようにゆっくりと病室を後にした。二人の後ろ姿を、青い髪の精霊が、じっと見ていた。


☆  ☆  ☆


 カーテンの隙間から差し込む朝日で、薄らと目を開けた。昨日はぐっすり眠れたようで、身体が軽く感じる。ベッドから身体を起こし、軽く伸びをした。


「あー。よく寝た」


 テレビ台の上に置いてあるデジタル時計を見ると、午前七時だった。ベッドに腰掛けてボーッとしていたら、医師と看護師が病室に入ってきた。


「おはようございます。今朝の気分はいかがですか?」


 男性医師に声をかけられ、答えた。


「おはようございます。大丈夫ですよ。なんだか身体が軽くなった気分です」


「それはよかった。エネルギーが回っている証拠ですね。今日のお昼から流動食を始めましょうか。点滴も外せそうですね」


「あの、オレは何日くらい入院するのでしょうか?」


「そうですね。結果次第なところもありますが、早くて明後日には退院できると思いますよ」


 医師は看護師に何かを指示して、病室を出て行った。看護師は、体温を測ったり、血圧を測ったりして、数値をカルテに書き込んで、病室を出て行った。入れ替わりに、レクラスが入ってきた。


「おはよう。どう?」


「ああ。大丈夫だ。明後日には退院できるって」


 レクラスは目に見えるくらいホッとしていた。


「そっか。よかった」


 微笑んだレクラスの顔が、朝日に照らされ、眩しく見えた。思わず目を細めて見つめると、レクラスが慌てて後ろを向いた。耳が赤いのは気のせいだろうか?


「そ、それじゃ学校行っていくるから、大人しくしてろよ!」


「あぁ」


 肩越しに振り向いたレクラスは、口元に笑みを浮かべて病室を出て行った。誰もいなくなった病室で、やることもなくベッドに寝転んだ。


 真っ白な天井を見つめていると、ドアが開く音が聞こえて、入り口を見ると、そこには先ほど出て行ったはずのレクラスが立っていた。


「どうしたんだ?忘れ物か?」


 特に何かを置いていった記憶もないが、一応聞いてみた。


「あー。うん、まあね」


 歯切れの悪い言い方だった。


「どうしたんだよ」


 無意識に、右手を左手に重ねる。まるで指輪を守るように。しかし、その手首を捕まれた。


「レクラス?」


「さっきから気になっていたんだけど、その左手の指輪……」


 何故か、鼓動が早くなる。


「これが?」


「どこで手に入れたの?」


「これは、父の遺品だ。ずっと家にあった」


「その遺品を、何故キーラが嵌めているの?」


「それは……」


 なんと説明すればいいのだろう。気がついたら指に嵌って抜けなくなったと言っても、信じてもらえるだろうか。だが、それ以外に言い様はない。


「これは、いつの間にか指に嵌っていたんだ。外そうとしても抜けなくて……」


 しかし、オレを見るレクラスの目は、冷たく光っていた。背筋を冷たい汗が流れていく。


「そんなこと信じると思うの?嘘をつくならもっとマシな嘘をつきなよ」


「嘘じゃない。本当だ。ほんとうに……」


 レクラスがため息を吐いた。その目は、さっきの笑顔が嘘なんじゃないかと思うほど、冷たく光っていた。


「君には失望したよ。親友だと思っていたのに、僕に嘘をつくなんて。その指輪は大切なものなんだ。返してもらいたい」


「だから、抜けないんだ。それにこれは本当に父の遺品だ。返す謂われはない!」


 きっぱりと言い切ると、レクラスの顔が憎悪に歪んだ。


「だったら仕方ないね。その指ごと切り落としてやる!」


 振り上げたレクラスの右手には、ナイフが握られていた。そんなもので切り落とせないと思っていながらも、無意識に右手が止めようと動く。ナイフが、右手のひらを切り裂いた。


「っい……」


 火傷したような痛みが広がる。溢れた血が、床に血だまりを作った。押さえようにも、左手は未だ捕まれているので、血は流れるままだ。


「大人しく切り落とされたらいいのに。抵抗なんてするからだよ」


「お、大人しく?……ふざけるなよ…オレが今まで、抵抗しないでやられっぱなしなわけ、ないだろ。お前なら、知っているだろ……」


「さあ?知らないね」


 違和感。レクラスがオレとの喧嘩を忘れるはずがない。


「お前、誰だ?」


「やっと気づいたの?遅すぎじゃない?」


 あざ笑うように、レクラスだと思っていた人物は笑った。骨がきしむほど手首を握られ、痛みに顔を顰める。


「君はもうすぐ死ぬんだし、知らなくてもいいんじゃないかな?」


「……レクラスは、どうした」


「ああ。元気だよ。何も知らずに学校とやらに行っているよ」


「よかった」


「人の心配?命乞いとかしないの?」


 不思議そうに聞いてくる人物に、不敵な笑みを向ける。


「しないね」


 言い終わると同時に、点滴の針を勢いよく抜き、その針で相手の目を刺す、と見せかけて左手を掴んでいる手の甲に突き立てた。


「ぐあっ!」


 自由になった手でベッド脇の柵を握り、男を蹴り倒す。


「……っぐ!」


 男は部屋の端まで転がり、壁に背を打ち付けて止まった。右手の傷をタオルで止血し、警戒しながら男に近づく。近づきながら男が落としたナイフを拾い、男の右手に思い切り突き立てた。


「っぎゃぁぁぁ!」


「さっきのお返しだ。痛いだろう」


「つぐぁあぅ」


 これだけ騒がしくすれば、誰かが気づいて飛んでくるだろうと思ってきたのが、廊下は静まりかえったままだ。


「どういうことだ?」


「く、くくく……」


 男はレクラスの顔で、極悪な笑みを浮かべた。


「いい加減、その悪趣味を止めろ」


 髪の毛を掴んで上に持ち上げると、皮が剥がれるように、レクラスの顔マスクが剥がれた。その下から現われたのは、金色の髪が肩まであり、切れ長の目、唇は薄く、形容するなら、端整な顔立ち。驚いたのは、

その顔が、ティアに似ていたことだ。


「今度はティアのマスクか?」


 しかし男は、口元を笑みに歪めたまま言った。


「正真正銘、僕の顔さ。驚いたかい?」


 悔しいがその通りなので、頷いた。それで気をよくしたのか、男は話し出した。


「ふふふ。僕が何の準備もなしにここに来たとでも思っているのかい?」


「何をした」


「結界だよ。誰もここに来ないように暗示をかけたんだ」


 結界なんて言葉、物語の中でしか聞いたことがない。


「信じられないって顔だね。ふふ。君は、君自身のことを何も知らないんだね」


 知っていると言い切りたい。だけど、最近の記憶がそれを拒む。俯いてしまったことで、視線が男から外れた。その瞬間を逃さず、男が右手に刺さっていたナイフを抜き、こちらに投げつけた。間一髪ナイフを避けたが、その隙に、男は病室から飛び出していった。


 男がいなくなったことで結界が切れたのか、病院の喧噪が戻ってきた。


 張っていた気が緩んだのか、右手から流れた血が多すぎて貧血を起こしたのかはわからないが、オレはその場で意識を失った。


 後で聞いた話だが、検温に入ってきた看護師が病室の惨状を見て、失神したらしい。


 退院して久しぶりに学校に行った帰り道、レクラスと一緒になった。


「まったく。俺に化けるとか、そいつ本当に最悪だ!」


「まだ言っているのか。もういいだろう。あれから何もないんだし」


 病室で襲われた事実を知ってから、レクラスはずっとオレを襲った男に対して怒っていた。


「よくない!俺の顔を使ってキーラの警戒心を解くなんて。しかもその間、俺はのんきに学校へ行っていたなんて!俺は自分が許せない!」


 男に対して怒っていたのかと思っていたが、自分自身にも怒っていたようだ。


「レクラス……」


「ん?」


「あの男の言葉はきっと全部、嘘だと思うけど」


 歩いていた足を止め、レクラスを真っ直ぐ見つめた。レクラスも真剣な顔で見つめ返す。


「オレは、お前のこと、親友だと思っている」


 あの日からずっと言おうと思っていた。だけど、答えを聞くのが怖くて、言い出せなかった。別人だが、レクラスの憎悪の顔が頭をよぎった。


 俯いて握りしめた手に力がこもる。長く感じた沈黙が、レクラスのため息で破られる。


「はぁー。今更かよ。俺はずっと親友だと思っているよ」


 弾かれたように顔を上げると、目の前には満面の笑みのレクラスがいた。握りしめていた手をゆっくりと解いていく。


 ふと、レクラスはオレの右手に巻かれている包帯に目をとめた。


「もう、大丈夫だ」


 完治はしていないので、医師から右手で物を持つことは禁止されている。だけどレクラスに心配させないように、笑顔で言った。それでも、レクラスの心配顔は変わらなかった。


「ごめん……」


「なんで、レクラスが謝るんだよ」


「たとえ、俺じゃなくても、俺の顔が、キーラを傷つけた。それだけで俺は自分が許せない。謝って済むことじゃないけど、ゴメン……」


 オレの右手を労るように握り、レクラスは頭を下げた。慌ててレクラスの肩を押さえた。


「お、おい。やめろよ。お前のせいじゃない」


「だけど……」


 なおも食い下がろうとするレクラスに、オレは笑顔を向けた。


「レクラスのせいじゃない。それは断言する。だからもう暗い顔するなよ。笑ってくれ」


「キーラ……」


 泣き笑いのような笑顔だったが、やっと笑ってくれたことにホッとした。


「道ばたで手をつないで、何やっているのかしら?」


 後ろから声をかけられ、振り向くと、そこにはミシダとティアが立っていた。ティアの顔を見て、一瞬身体が強張った。


「あ、いや……ごめん」


 あの日、病室で起こったことは、レクラスからティア達にも伝わっているらしい。ミシダが笑顔で手を振った。


「気にしないで。あんなことがあったんだもの、仕方ないわ。それより、キーラ君に確認したいことがあるの。ちょっと時間もらえるかしら?」


 丁寧な言い回しだが、その目には拒否を許さない光が宿っていた。ため息を吐いて、ミシダに言った。


「あぁ。オレも聞きたいことがある」


「わかったわ。ついてきて」


 ミシダはゆっくりと頷き、歩き出した。ティアもその横について行く。


「行こう」


 レクラスに促されて歩き出す。しばらく歩いていると、一軒家が見えてきた。建物自体は築十数年くらいだろうか。瓦屋根の二階建て。周りに他の家はなく、森が広がっていた。


「ここは?」


 家の前には小さな庭があった。どこかで見たことのある景色だった。


「ここはね、仮住まいさせてもらっているの」


「へー」


 キョロキョロと周りを見回していると、ティアと目が合った。


「早く入れ」


「あ、あぁ」


 促されて家の中に入る。玄関は六畳くらい。目の前に廊下が続き、奥にリビングがある。廊下の両端にドアがあり、左側に洋室二部屋、右側に和室一部屋と、二階へ上がる階段、浴室があった。リビングへ入ると、ミシダがお茶を用意していた。


「手伝う?」


「大丈夫よ。座っていて」


 椅子に座っていると、レクラスとティアが入ってきた。オレの横にはレクラスが、対面にティアが座った。全員分のお茶をそれぞれの前に置き、ティアの横にミシダが座った。


「さて、まずは退院おめでとうキーラ君」


「ありがとう」


「それで、早速で悪いんだけど、レクラスから大まかに聞いているのだけど、詳しい経緯を話してもらえないかな?」


「経緯と言われても……どこから話せばいいのか……」


 困惑して首を傾げていると、ティアがオレの左手を指さして言った。


「その指輪か?父親から譲り受けたのは」


「あぁ。寝て起きたらいつの間にか、指に嵌って抜けないんだ」


 軽く指輪を引っ張るが、ピクリとも動かない。ぴったりと指にはまっている。そういえば、家に帰ったとき、指輪を出して何かしたような覚えがあった。


 それを伝えると、ミシダとティアは難しそうに眉間にシワを寄せた。


「この前襲ってきた奴は、この指輪は大切なものだから返せと言ってきた。そしてオレはオレのことを何も知らないとも言っていた。どういうことなんだ?一体オレの周りで何が起きているんだよ」


 必死の形相で問いかけると、ミシダとティアは顔を見合わせ、頷いた。そして、真っ直ぐオレを見つめた。


「それを説明するためには、まず私たちの仕事について話すわね」


「俺たちは、いわゆる精霊と呼ばれる者たちの保護と監視を仕事にしている。人間界に迷い込んだ精霊を元の森に連れ戻したり、悪意のある精霊を取り締まったりしている。言うなれば、精霊界のおまわりさん、だな」


「ティアの口から、おまわりさんとか、違和感すごいよね」


 レクラスが頬杖をついて窓の外を見ながら言った。それに対してミシダは笑顔を向けただけだったが、部屋の温度が一瞬下がったような気がした。レクラスは横目でミシダを見たが、また視線を窓の外に向けた。


「レクラスも、そのおまわりさんの一員なのか?」


 横に座るレクラスが姿勢を正し、真っ直ぐオレを見る。その目が、何故か申し訳なさそうに揺れていた。


「俺も一員だけど、でも!それとは別に、キーラのことは大切な親友だと思っている!だからっ……」


 あまりの必死さに、笑いが込み上げてきた。


「必死すぎだろ」


「そんなこと言って、キーラ絶対勘違いしそうだから……だから、嫌だったんだ。素性を話すの……」


「勘違い?」


「俺の素性知ったら、自分と仲良くしているのは、仕事のためだとか、思うだろ」


「あー」


 確かにそうかもしれない。突然そんなことを言われたら、きっとそう思っただろう。でも…


「今はそんなことは思わない。だってオレもレクラスのこと、親友だと思っているから」


 笑顔を向けると、レクラスも笑顔を返してくれた。部屋の温度が、ほのぼのしたものに変わった。


「話を戻すぞ。いつものように精霊界を見回りしていた俺たちは、不穏な動きを感じた」


「不穏な動き?」


 ティアが話し出すと、一気にほのぼのした空気は緊迫感に変わった。


「そう。そして、それがもっともお前に関係する話だ」


「オレに?」


 知らずのうちに、拳を握りしめていた。


「お前は、精霊王の娘と、人間の男の間に産まれた、混血児だ」


「……は?」


 言葉が脳を滑り落ちていった。コンゲツジ?セイレイオウ?脳が変換を拒否している。


「精霊の世界では大昔の話になる。ある日、人間の男が精霊の森に迷い込んだ。当時の精霊王は、空腹で死にそうだった男を迎え入れた。男は食事を与えてもらい、徐々に回復していった。そしてその身の世話していたのが、精霊王の娘だった」


「その、迷い込んだ男っていうのが?」


「そうだ。お前の父親、ラシャンク・リズラスだ」


「二人が愛し合うのは、そう時間もかからなかった。お互い年頃も近かったようだし、何より娘は男が話す人間界の話に、とても興味を持っていたらしい。二人のことを見ていた精霊王は危惧した。いつか娘が男について行ってしまうのではないかと。そしてそれは禁忌だった。何故なら、娘は、次期精霊王となる予定だったから」


 レクラスが沈んだ面持ちで話した。


「どうして、禁忌なんだ?少しくらい外の世界を知った方が、柔軟な発想ができるかもしれないじゃないか」


「だめなのよ。精霊王の仕事は、森の安寧と守護。穢れを受けてしまっては、森に認められない。精霊王になれなくなってしまう。そう、言い伝えられているの」


「そんな……」


「そして娘は、その禁忌を犯してしまった」


 ティアが厳しい目で、オレを見る。


「人間と契りを結び、そして子を宿してしまった。それが、お前だ」


「……」

 

 言葉もなく、呆然とする。存在を全否定された。産まれてきてはいけなかった命。それなのに、父はオレを助けようと命を落とした。そもそも、オレが産まれなければ、父は死なずにすんだということか……。


「オレは、産まれて、きては、いけなかった。オレさえいなければ、父さんは、死ななかった?」


「そんなことはない!」


 レクラスが椅子を蹴倒して立ち上がり、オレの頭を抱きしめた。布が濡れる感触がして、泣いているのだと気づいた。


「キーラは産まれてくるべき命だよ!産まれてだめな命なんてこの世にはない!俺はそう信じている!お父さんだってきっと、キーラを助けたこと後悔してない。助けたい大切な命だったんだ」


 震える指で、レクラスの服を掴んだ。柔らかく心地よい弾力が、頬を包み込んでいる。瞼を閉じると、また一筋レクラスの服に吸い込まれていった。耳の奥で、父の声が過った。『愛している』と……。


「ごめん、ありがとう」


 お礼を言ってレクラスから離れる。はにかんだ笑顔を向けられ、気恥ずかしくて視線を逸らす。逸らした先に、レクラスの服の、胸の部分に涙の染みを作ってしまったことを知った。


「ごめん、服……」


「あぁ、大丈夫。ちょっと着替えてくる」

 

 そう言ってレクラスは、リビングから出て行った。ため息を吐き、改めてティアに向き直ると、なにやら複雑な顔をしていた。


「ど、どうした?」


「いや、何でもない」


 仏頂面だが、何か眉間にシワが寄っている。何だろうと思っていると、斜め前から堪えるような笑い声が聞こえた。


「これでも、悪いと思っているのよ。あなたを泣かせてしまったこと」


「ミシダっ!」


 数回しか会ったことがないが、慌てるティアというのは珍しいと思った。二人の空気感が少し羨ましいと思ったことは、内緒だ。

 

 ティアは二回ほど咳払いをして、気を取り直した。ちょうどレクラスも着替えて戻ってきた。レクラスが椅子に座るのを待って、ティアは話し出した。


「禁忌を犯した娘は、子を産むまで守られたが、産んでから森を追われた。恐らく、お前の父親と約束していたのだろう。

 三人は人間界で暮らしたが、精霊にとっては辛い環境だっただろう。目に見えて衰弱していったはずだ。そんな時、森からの使者が娘を迎えに来た。精霊王が危篤だと。次期精霊王として、森に戻ることを許すと……ただし、子供と夫と別れ、もう二度と人間界に来ないことを条件に」


「そんな勝手な!」


 禁忌を犯したから追放したのに、新しい王が必要だからという理由で連れ戻そうとする。


「あぁ。だが、彼女は森に戻る前にあるものを男に渡した。それが、その指輪だ」


 視線が、左手の指輪に集まる。金色の指輪は、物言わぬ塊のはずが、返事をしたように、窓から差し込む夕日を受けて、キラリと一度光った。


「この指輪、そんなに大切なものなのか?あの男も、これを狙っていたけど」


「その指輪は、証なんだよ」


「証?」


「そう。次期精霊王の証。森に認められたものだけがつけることを許される」


 レクラスは簡単に言ったが、それはとても大切なものなのではないだろうか。


「だったら、オレがつけていたら駄目なんじゃないのか?」


 その疑問には、ティアが答えた。


「そもそも、その証は持ち主を選ぶ。森に愛され、守るだけの力がないと反応しないはずなんだ……」


 そこで言葉を切って、ティアは何かを考え込んだ。首をかしげて見ていると、ミシダが苦笑して立ち上がった。


「今日はもう日が暮れてきたし、また後にしましょう。ちょうど明日は学校休みでしょ。今日はキーラ君泊まっていったら?一緒にご飯も食べましょう」


「いいのかな?」


「いいよ。どうせ今日もちゃんとした飯じゃないんだろ?」


 じろりとレクラスに睨まれ、言葉に詰まった。


「ありがとう。泊まらせてもらうよ」


 ここは誘いをありがたく受け取ることにした。


「ゆっくりくつろいでね。レクラス、部屋に案内してあげて」


「わかった」


 レクラスに案内されて、二階へ上がる。階段を上ると、そこを中心として、四角い廊下があった。そして部屋のドアが四つ。


 レクラスは、左に歩き、手前のドアを開けた。


「ここ使って。隣は俺の部屋で、一階の洋室が姉さんとティアの部屋。和室は、まあ予備の部屋ってとこかな」


「ありがとう。使わせてもらうよ」


 部屋に入ると、そこは客間のようになっていた。入って目の前に窓があり、ベッドが横付けされている。さらに右奥を見ると、机と本棚、クローゼットがあった。


「そういえば、学校のまま来たんだった。着替えが……」


「それなら大丈夫。ここに新しい下着とか入ってるから使って」


 レクラスがクローゼットを開けて言った。中には衣装ケースが二個積んであった。


「え、でも……」


 そこまで甘えるわけにはいかないと思ったのだが、レクラスが笑いながら手を顔の前で横に振った。


「大丈夫。この部屋のものはそのためにおいてあるから。使ってもらって構わないよ」


「そうなんだ。じゃあ有り難く」


「風呂は、飯の後かな。とりあえずリビングに戻ろう」


 そう言ってレクラスは階段を降りていった。


 リビングに戻ると、美味しそうな匂いがした。テーブルに並んだ食事は色とりどりで、一人では作ろうと思わないものばかりだった。


「じゃあいただきましょうか」


 椅子に座り、和やかな食事が始まった。


「ふぅ。美味しかった」


 腹が満たされ、ホッと息を吐く。感想をミシダに伝えると、嬉しそうに笑った。


「ありがとう。ティアもレクラスも、何も言ってくれないから嬉しいわ」


「ミシダのご飯はいつも美味しいよ!」


 慌ててレクラスが言った。ミシダは微笑んでレクラスの頭を撫でた。


「ありがとう」


 後片付けも終わり、食後のお茶をのんびりと飲んでいると、窓から見える空は、夕闇に変わっていた。大きめの窓から見える空には、三日月が浮かんでいた。


 何かに導かれるように、窓を開けて庭に出る。


「キーラ?」


 レクラスの怪訝な声が聞こえたが、体は勝手に動いていく。素足で庭に立ち尽くし、右手を月に向かって伸ばす。袖から顕わになったブレスレットが、風鈴の音を奏でた。すると、突風が目の前を通り過ぎ、思わず目を瞑った。


「キーラ!」


 レクラスの叫び声で目を開けると、目の前に、民族衣装のようなものを身にまとい、赤、青、黄、緑の髪の色をした男の精霊たちが並んでいた。レクラスがオレを守るように、四人と対峙した。


「お前たち、何者だ」


「我らは、彼の父と契約を結び、彼を守護するもの」


 赤い髪の精霊が言った。顔は見えないが、きっとレクラスの眉間にはシワが寄っているだろう。


「しかし、キーラのお父さんは亡くなったはず。その契約の効力はあるのか?」


「ラシャンク様との契約は、ラシャンク様が命を落としても継続されます。ただ、亡くなられた場合、守護の対象はキーラ様です」


 黄色い髪の精霊が言った。それでもレクラスは警戒を弱めなかった。それは、オレの後ろで待機しているティアとミシダも同様だった。両者の間で、空気が張り詰めていく。


「このタイミングで現れたからには、何か理由があるんだろうな」


「無論だ。キーラ様にはお伝えしていたと思うが」


 緑の髪の精霊が、言った。この七人を戦わせてはいけない。身体が警鐘を鳴らした。空を見上げると、そこだけ切り取ったかのように、三日月が輝いていた。


「そうだ。あのとき、必ず説明に来るって言っていた」


「はい。ですので、勝手にキーラ様の意識を我らの空間へ連れて行き、勝手に戦いを挑み、勝手に終わらせた説明に参りました」


 黄色い髪の精霊が、片膝を地面につけ、頭を下げた。慌てて近づこうとすると、レクラスが氷の殺気を纏って、精霊たちを睨みつけていた。


「……勝手に意識を連れていった?勝手に戦いを挑んだ?勝手に終わらせた、だとっ!」


 レクラスの周りの空気が急激に冷えていった。それは緩やかにレクラスの身体に添って渦を巻いていく。心から冷える空気を感じて、一歩も動けなくなった。


「お前たち精霊は、いつもそうだな。説明は後回し、自分たちのことしか考えない。こちらが何も言い返せないと見下しやがるっ」


「れ、レクラス……?」


「ふざけんじゃねぇ!人間は、お前たちの玩具じゃない!」


 怒号と同時に、氷の粒が鋭い刃となって、辺り一面に降り注いだ。細かい粒子となって舞い散る刃に、頬と右の二の腕を切られた。


「…っ痛!」


 血が、腕を伝って流れ落ちる。切れた場所を手で押さえると、ぬるりとした感触に背筋が寒くなった。


「キーラ君!大丈夫っ!?」


 ミシダが、自分の着ていた服を裂いて、傷口を押さえてくれた。礼を言って、自分で押さえる。精霊たちを見ると、四人とも、軽く傷から血が滲んでいた。


「レクラスを、止めなきゃ……」


「無理よ。あなたがあの状態のレクラスに近づくのは、自殺行為だわ」


「じゃあ、このまま見てろって言うのかよ!」


「精霊は少し傷ついても、森の息吹を浴びれば回復する。あとはレクラスの怒りをどうやって鎮めるか……」


 ティアは胸の前で腕を組み、考え出した。そんな悠長に考えている場合ではないだろう。身体が勝手に動いていた。レクラスの身体を抱きしめる。だがそれはあまりにも容易ではなかった。


 レクラスの身体は、ドライアイスを触ったときのように、熱と痛みを伝えてきた。だけど構わず抱きしめる。ミシダの切羽詰まった声が聞こえたが、この腕を離すつもりはない。たとえ、火傷で爛れようとも。


「レクレス!」


 呼びかけると精霊たちを睨んでいた目が、オレを見た。その目を見て、息をのむ。普段のレクラスの瞳は青色。それが今は真っ赤に染まっている。そして瞳孔が猫のようになっていた。


「レクラス……」


 左手の指輪から、身体の中に何かが流れ込んでいた。それを、そのままレクラスに移すようにイメージする。


「これは……」


 ティアの驚いたような声が聞こえたが、目を閉じて意識をレクラスに集中させた。寄せては返す波のように、レクラスの身体に流れる血液を入れ替えるように、力をレクラスの体内に流し込む。ふっとレクラスの身体から強張っていた力がなくなった。同時に降り注いでいた氷の粒も、レクラスの周りに漂っていた氷の殺気もなくなった。


 倒れそうになるのを身体で支える。


「レクラスっ……」


 意識がなくなったのを心配して肩を揺すると、ティアがレクラスの額に手を当てて、ため息を吐いた。


「大丈夫だ。気を失っているだけだから」


「そっか。よかった……っ」


 安心したら、一気に冷や汗が流れ出し、めまいが襲った。レクラスを抱きしめたまま、後ろに倒れる。


 地面に頭をぶつける痛みを想像し、目を瞑るが、しかし痛みは来なかった。恐る恐る目を開けると、青い髪の精霊を中心に、四人の精霊たちが支えてくれていた。


「キーラ様っ大丈夫ですか!?」


 黄色い髪の精霊が、額に汗を流して聞いた。


「あ。あぁ、大丈夫。ありがとう」


 ゆっくりと地面に腰を下ろし、レクラスの頭を膝に乗せてからため息を吐いた。


 近くに来たミシダに視線を向けると、ミシダは苦笑して精霊の方へ視線を向けた。


「それより、そっちの用件を先に済ませてしまったらどうかしら?」


「そうですね。そのほうがキーラ様の負担にならないでしょうから」


「負担?」


 四人の精霊たちは、俺の前に片膝を立てて座った。


「先ほども申しましたが、我らは、あなたの父上、ラシャンク様と契約を結んでおりました。ですが、彼が亡くなる数日前、『私が死んだら、息子を守護してほしい』と頼まれました。

 本来であるなら、契約者が死ねば、そこで我らとの関係は切れる。頼まれたからと言って、それを守る義務も必要もないのです。だけど、我らはそれに従いました」


「な、なんで?」


 聞くと、黄色い髪の精霊は、苦笑を返した。


「我らは、ラシャンク様に大恩があるのです。精霊は、与えられた恩に報いなければならない宿命なのです」


「大恩?」


「そうか、お前たちは……」


 ティアは四精霊を見つめ、精霊たちは、一様に頷いた。


「どういうこと?」


「この四人は、森を追われたんだ」


「追われた?」


「追い出されたと言った方がいいか?」


 視線を四人に向ける。青い髪の精霊だけは、憮然としていたが、後の三人は苦笑した。


「森の規律を守らなかったもの、罪を犯したもの、自主的に森を抜けるものもいるが、そういった奴らは、森には戻れない。精霊は、帰る場所がないと生きていけないんだ」


「はい。我らは森を追われ、居場所をなくしました。そんな時、ラシャンク様が我らに居場所を作ってくれたのです」


「もしかして、それが、このブレスレット?」


 右手のブレスレットに視線を向ける。濃い色だった石が、澄んだ色をしている。


「そうです」


「そのブレスレットの石は、我らの森の息吹を取り込んだもの。ラシャンク様は、奥様と共に、我らの家を作って、安定させてくれたのです」


「奥様ってまさか……精霊王の娘……」


「はい。我らは、元はあなたの母上、コルト様の護衛でした。しかし、コルト様が禁忌を犯してしまし、森を追われたとき、我らも追われたのです」


「それで、キーラを恨んでいるってわけか」


「レクラス……」


 膝の上で目を覚ましたレクラスが、ゆっくりと身体を起こす。その瞳はいつもの青色に戻っていたが、精霊たちを睨みつける厳しさは、そのままだった。


「それは違います!」


 黄色い髪の精霊が、慌てて言った。すると、青い髪の精霊がすっくと立ち上がって、オレを見下ろす。そして黄色い髪の精霊を横目で見た。


「回りくどいんだよ、お前はいつも。結論をはっきり言えばいいだろう。

 その石の中にはもう森の息吹は存在しない。だから俺たちが存在するために、こいつの精気を使わないと維持できなかった。だけど勝手に使うわけにはいかない。精気は人間にとって命と同じだからな。それで俺たちの空間に連れてきて、俺たちのために、自発的に命を使っていただこうと言うわけだ」


「おい!」


 赤い髪の精霊が青い髪の精霊の胸ぐらを掴んだ。それを払いのけ、青い髪の精霊は厳しい目でオレを見下ろす。


「正直、俺はこんな奴、守りたくもない。守られていることを知らず、勝手に自暴自棄になりやがる。あいつが命をかけて守っても、こいつには何一つ伝わらない。あのとき、お前が死んでいればよかったんだ」


「お前っ!」


 飛び出そうとするレクラスの腕を掴んで止める。浴びせられる言葉にうつむけていた顔を上げ、真っ直ぐ、青い髪の精霊を見つめた。


「言いたいことはわかる。オレも、ずっとそう思っていた。だけど、今はもう、『はいそうですか』と死んでやるわけにはいかなくなった」


「なんだと?」


「オレを助けてくれた父さんの分まで、生きるって決めたんだ。だから精気を使われても、オレは死なない。死ぬものか」


「その言葉が、いつまで続くのか見物だな」


 嘲笑を込めた笑みを向けて、青い髪の精霊は姿を消した。恐らく、ブレスレットに戻ったのだろう。青い石が、ほのかに温かい気がする。


「すみません、口は悪いのですが、根は優しい奴なんです」


 ブレスレットを見ていた視線を、黄色い髪の精霊に向ける。


「彼が言ったとおり、オレは今まで何も知らずに生きてきた。こんな状況になっても、全部夢なんじゃないのかと思っていたりする」


 黄色い髪の精霊が苦笑した。自然とオレの口角も上がる。視線を他の二人の精霊に向けた。


「だけど、さっきも言ったが、オレは死なない。死にたくない。もし守るための力があるなら、それをオレに貸してほしい。お願いします」


 ゆっくりと頭を下げる。恐らく一瞬の沈黙だったのだろうが、心臓の音が響いて、とても長く感じた。


「我々はそのつもりだ。頭を上げてほしい」


 肩に温もりを感じて頭を上げると、赤い髪の精霊が肩に手を置いて微笑んでいた。その優しい顔に、何故か涙が出そうになった。


「ありがと、ございます……」


 情けない顔を見せたくなくて、うつむいた。


「では、さっそく」


 手を軽く引かれて立ち上がる。レクラスはまだ精霊たちを睨んでいたが、オレの視線に気づいて、ふて腐れた。苦笑すると、三人の精霊が、目の前に並んだ。


 黄色い髪の精霊が、地面に手のひらを向けると、光る円に、摩訶不思議な文字と模様が浮かび上がった。


「な、なんだ?」


「大丈夫です。キーラ様の波長を我々と合わせるだけですから」


 目映い光が視界を覆っていく。目を瞑ると、足下から何かが流れ込んでくる感覚がした。それは柔らかく身体を包み込んでいく。光がゆっくりと消えていった。瞼をあげると、特に何かが変わったような感じはしなかった。


「終わり?」


「はい。終わりました」


「何も、変わった感じ、しないけど…」


 身体を見回していると、苦笑が聞こえた。


「今はまだ、わからないと思います」


「どういうこと?」


「改めて、私はビシードと申します。土の精霊です」


 黄色い髪の精霊が、左手を胸の前に、右手を背中に回してお辞儀をした。


「俺は、エンタイアという。風の精霊だ」


 緑の髪の精霊が、ビシードと同じ動作をしてお辞儀をした。


「俺はベンプル。火の精霊です」


 赤い髪の精霊も同じ動作で、お辞儀をした。


「青い髪の彼は?」


 聞くと、三人は困惑した顔で見合わせ、眉根を下げた。


「彼の名前は、キーラ様はご存じのはずですが」


「……え?」


「我らは、従うと決めた者にしか名前を教えませんし、呼ばせません。なので誠に勝手ですが、彼の名前は、キーラ様ご自身が思い出していただかないと……」


「本当に勝手だな」


 レクラスが胸の前で腕を組み、精霊たちを睨みつける。その肩をミシダが優しく叩いた。


「そういうことなら仕方ないわね。キーラ君に頑張ってもらいましょう」


 ミシダから笑顔を向けられ、ため息を吐いた。


「わかった。やってみる」


「それでは、我らは失礼します」


「あぁ。ありがとう」


 礼を言うと、精霊たちはお辞儀をして、その姿は、風のように消えた。


 ビシードたちが去ってからすぐに、ミシダが笑顔で言った。


「さあ、キーラ君」


「なに?」


「手当てしましょう」


「へ?」


 何を言っているのか、首をかしげると、全身に激痛が走った。


「っい…て……」


「キーラ!」


 倒れる寸前で、レクラスに抱き留められた。顔を上げるも、痛みで声が出ない。


「どういうことだよ!なんで、なんでっ!」


 レクラスが、泣き出す寸前の顔で、ミシダを見た。ミシダは厳しい顔で、レクラスを見た。


「それはね、あなたのせいよ。レクラス」


「っえ!」


「暴走しそうだったあなたを、キーラ君が止めたのよ。文字通り、全身で」


 ミシダの言葉は、レクラスを叱責していた。大丈夫だと言いたいのに、口が、喉が、動かない。浅い呼吸を繰り返すだけしかできなかった。


「精霊たちもわかっていたわ。だから早く話を終わらせようとしていた」


 あのとき、ビシードが言っていた負担とは、そういうことだったのか。


「しばらくは、ティアに抑えてもらっていたけれど、早く治療しないと神経が痛み続けるわ。だから、さっさとキーラ君を家の中に運びなさい」


 ニコリと微笑んだミシダの顔は、目が笑ってないなかった。レクラスは、口の中で何かをつぶやいた後、オレを軽々抱き上げて、家の中へ連れて行った。


 リビングのソファに下ろされると、レクラスを押しのけ、ミシダがオレの身体から数センチ手を近づけて、集中した。


 ミシダの手から発せられる波動が、オレの身体を巡っていくのがわかった。やがて、神経が磁石のようにくっついていく感覚がして、痛みも引いていった。


「ふう。これでひとまず安心ね。だけどまだ動いたら駄目よ。繋いだだけなんだから」


「……ぁ」


「しゃべらなくていいわよ。言いたい言葉はわかるから」


 礼を言おうとしたら、止められた。だけどまだ声が出ないから、有り難かった。苦笑して、目礼をした。ミシダは微笑み、その顔のまま、レクラスを見た。


「レクラス。あとで部屋にいらっしゃい」


「……はい」


「れく……ぅ」


 痛みがなくなったとはいえ、身体に力が入らない。指先を動かすのでさえ力仕事だった。


 ため息を吐いて、ミシダがリビングを出て行く。どうやらティアも続いて、部屋を出て行った。


 リビングには、レクラスと二人きりになった。


 影が近づいて、視線を向けると、泣き出しそうな顔のレクラスが、ソファの傍に座り込んでいた。


「レクラス……」


 囁く程度にしか声が出ない。


「ごめん、キーラ…」


 首を横に振りたくても力が入らないので、指先を微かに動かす。レスラスは、壊れ物を触るように、オレの手を握った。


「すぐ、治るから、だいじょうぶだ」


 今まで喧嘩をしてきた中でも、何度となく怪我をしてきた。だけど病院の世話になったのは、レクラスとやり合ったときだけだ。


 だけどレクラスの表情は、落ち込んだまま変わらなかった。どうしようかと考えていると、ティアがリビングに戻っていた。


「とりあえず、俺が見ているから、お前はミシダのところへ行け」


「あぁ。頼む。キーラ、寝心地は悪いかもしれないけど、ゆっくり休んでくれ」


 弱い笑顔が、不安をかき立てる。繋いだ手に力を入れようとしたが、その前にレクラスは離れていった。


 対面のソファに座ったティアに視線を向ける。


「ティア……」


「今回は、ミシダが怒るのも仕方がない。私怨で、守らなきゃいけない対象を傷つけたんだからな」


「守る?」


「お前だよ」


 はっきりと言われて、心臓が跳ねた。悔しさが込み上げてくる。


 確かにオレは弱い。何の力もない。だけど、友達に守ってもらわないといけないほど、弱くはないと思っていたのに。


 悔しさが顔に出ていたのだろう、ティアが笑った気配がした。横目で睨むと、真顔でティアが言った。


「水の精霊と契約が結べれば、少しは回復が早くなると思うがな」


「何故?」


「水の属性は回復だからな。それに、お前は水の属性だ」


「みず?」


「そうだ。力には、人それぞれ属性がある。火、水、風、土のどれかだ。

 そしてお前自身の力の属性は、水だ。だから水の精霊の力を借りて自己回復力を増加させることができる

 これは同じ属性でないと効果ないからな。しかし、お前が力を借りているのが火、風、土だから普通の回復力しかない」

 

 だったら、水の精霊の力を借りられたら、レクラスに悲しい顔をさせずに済むのか。どうやったら力を借りられるのだろう。

 

 考えていると、明確な笑い声が聞こえた。ティアが口元に手を当てて、肩をふるわせていた。何故笑っているのかと、視線で問いかけると、ティアは笑いを収めて言った。


「お前は、力を求めるのはすべてレクラスのためか」


「親友を助けたい。それだけだ」


「そうか。……親友、ねぇ」


 ティアが懐かしいような切ないような顔をして、窓の外を見つめた。何だろう、と視線で問いかけると、ティアはいつもの無表情に戻った。


「水の精霊。あの手のタイプは、力で黙らせた方が手っ取り早い。力の使い方を覚えたいか?」


 瞼で頷いた。ティアの口角が上がった。


「俺の指導は厳しいぞ。それでもか?」


「それでも、お願いします」


「わかった。明日から早速やるぞ」


「あ、明日?」


 ミシダにまだ動くなと言われている手前、どうすればいいのか迷っていたら、ティアは無表情で言い放った。


「動けなくてもできることはある」


 その目は、有無を言わせない力があった。


☆  ☆  ☆


 ティアに、明日からのためにさっさと寝ろと言われ、そのままソファで寝ることになった。ソファはそのままベッドにもなるらしく、寝心地は悪くなかった。


 ミシダの部屋に行ったのだろうレクラスは、結局あの後、リビングに戻ってこなかった。


 夢を、見た。


 何故夢だとわかったのか、理由は二つ。一つは、他の人に触っても透けていくから。もう一つは、目の前のレクラスが、何故か甲冑を着ていたからだ。


 夢のレクラスは、今より幼く見える。赤茶色の髪は短く、首に三日月の痣もない。兜を小脇に抱え、高台の草原から、町並みをずっと眺めていた。


 ふと、草を踏む足音が聞こえ、振り返ると、金色の髪をなびかせて歩いてくる男がいた。逆光で顔を見ることはできなかった。


 レクラスは男を見ると、笑顔で走り寄った。


「セラク!」


「お待たせしてしまいましたか、レクラス様」


 セラクと呼ばれた男は、腕を広げ、レクラスを抱き留めた。


「いいや、今来たとこ。それと『様』はやめてって何度も言っているのに」


 レクラスは上目遣いにセラクを見て、頬を膨らませる。セラクは、その頬を指先でつついた。


「すみません」


「二人っきりの時は呼び捨てにするって約束だろ?」


 くすぐったいのか、レクラスは笑ってセラクの指を追い払った。


「先の大戦では、無事に勝利を収めたとか。さすがですね」


「まぁ、采配が上手くいったって感じかな。もう少し犠牲を出さずに収めたかったけどね……」


 苦笑したレクラスが、セラクの腕の中から町並みを振り返る。遠くから鐘の音が響いた。レクラスは沈痛な面持ちで、瞑目した。あの鐘の音は、死者を弔う意味があるのだと。


 レクラスの辛い表情を見たくなくて、視線を逸らす。逸らした先にあったセラクの口元が、残忍に笑っていた。その笑みに背筋が凍り、慌てたところで目が覚めた。


 心臓が、痛いくらいに脈打っている。起き上がることはできないが、冷たい汗が背中に流れているのはわかった。


「なんだ、今の……」


 夢とは、自分が作り出す偶像の世界だと思っている。なのに、今の夢は、全く理解不能な世界観だった。確かに、寝る前にレクラスの心配をしていた。だからといって、あんな夢を見るはずがない、と思う。


「ビシード……」


「なんでしょうか?」


 囁き声で名前を呼ぶと、黄色い髪の精霊、ビシードが半透明で現れた。


「いま、変な夢を見たんだけど、あんたたちの力を借りていることと、何か関係があるか?」


「ほう。参考までに、どんな夢だったのか聞かせていただいても?」


「多分、レクラスの、過去?」


 確信的ではないが、恐らくそうだろうと思う。ビシードは数秒考えて、言った。


「それは恐らく、過去視ですね」


「カコシ?」


「過去を視る、と書いて過去視です。誰か特定の人物の過去を夢に視るという力ですね。

 今はまだ力が安定していないので、近くの人の過去を夢に視てしまったのでしょう」


「近くの人って、誰も……」


 ふと、左手に温もりを感じて視線を向けると、そこにはレクラスが、オレの手を握りながら、寝息を立てていた。驚いて声を上げそうになったが、間一髪、抑えることができた。


「力が安定すると、特定の人物、過去を知りたいと願う人物の過去だけを視ることができます」


「それは、あんたの力か?」


「いいえ、エンタイアの力ですね」


「そうか、ありがとう」


「お役に立ててよかった。では失礼します」


 そう言ってビシードは姿を消した。ため息を吐いて、眠るレクラスの顔を見ようと首を動かすが、力が入らないので諦める。その代わり、握る手に少し力を入れた。


 翌朝、目が覚めるとリビングに美味しそうな匂いが漂っていた。肘に力を入れると、ゆっくりではあるが、身体を起こすことができた。


 詰めていた息を吐き出し、見回すと、ミシダがいた。ミシダはオレに気づくと、笑顔で挨拶をした。


「おはよ。よく眠れた?」


「おはよう。寝心地はよかったよ」


「よかった。そのソファ便利なのよ。身体の具合は?」


 言いながら、ミシダはカーテンを開けた。まぶしくて目を細める。


 窓の外は、よく晴れていた。


「なんとか大丈夫、かな?ゆっくりだけど身体を動かせるようになったし」


「そう。それじゃあ修行、できるわね」


「……ん?」


 ニコリと微笑んだミシダは、キッチンに視線を向けた。そこには、ティアがいた。


「ティア、おはよう……」


「あぁ」


 ティアに声をかけると、チラリと視線を向けただけで、また手元に視線を戻した。


 何をしているのだろうと思い、身体をゆっくり動かしてキッチンへ見に行くと、ティアは手際よくサンドイッチを作っていた。 


 驚いて目を瞠る。そこには、色とりどりの具を挟んだサンドイッチが並んでいたのだ。


「これ、全部ティアが作ったの?」


「あぁ」


 話しながらもティアの手は止まらなかった。パンにバターとマスタードを塗り、レタス、キュウリ、トマト、ハム、チーズを乗せ、パンで挟んで食べやすい大きさに切って皿に並べていく。他にも、何種類かのサンドイッチを黙々と作っていた。


「すげー」


 眺めていると、ミシダが笑いを含んだ声で言った。


「料理はティアのほうが上手いのよ。昔は手伝っていたんだけど、今は分担制にしたの。朝はティア、夜は私が作る。レクラスはどっちもの手伝いね」


 そういえば、レクラスの姿が見えない。


「レクラスは?」


「まだ寝ているんじゃないかしら。キーラ君、見てきてくれない?」


 ミシダの言葉に首をかしげる。昨日の夜中、確かにレクラスはオレの傍で眠っていた。あれから起きて自室に戻ったのだろうか。


「わかった」


 リビングを出るとき、哀れな者を見るような顔のティアと目が合った。


 階段を上がり、レクラスの部屋の前に立つ。軽くノックをしても、返事がない。


「レクラス、起きているか?」


 声をかけても返事がない。まだ寝ているのだろうか?数秒悩み、ドアノブに手をかけて回すと、ドアはすんなりと開いた。


「入るぞー」


 一応声をかけながら部屋に一歩入った、所で、固まった。文字通り、固まった。


 窓から差し込む光に照らされて、シーツに流れる赤茶色の髪は黄金に光り、半袖の白いワンピースは、胸の膨らみと細い腰のラインを強調している。


 ワンピースから覗く太ももから足先は、肌自体が発光しているのではないかと思うほど、白く輝いていた。


 そして、その顔は、目と口を開いて、羞恥で真っ赤に染まっていた。


「あ、いや、その、み、ミシダが、まだレクラス寝ているだろうから、起こして来いって、だから、その……」


 頭が真っ白になって、言い訳しか浮かんでこない。ティアのあの顔の意味がわかった気がした。要するに、ミシダに騙されたのだ。


「い、いいから、出てけ――――――――!!」


 朝からレクラスの怒号が響き渡った。


 急いでリビングに戻ると、ミシダがコーヒーを片手にサンドイッチを食べていた。


 テーブルの上に、ティアが作った色とりどりのサンドイッチが、今か今かと食べられるのを待っていた。


 椅子に座り、軽くミシダを睨むが、ミシダはコーヒーを一口飲んで、ソーサーに戻した。


「起きていた?」


「今の怒号でわからなかった?」


「ふふふ。身体、動くようになったわね」


 言われて、そういえばと気づいた。起きたときはまだ上手く動かせなかったが、今はもうなんともない。


 いつも通りに動かすことができて、息切れもしない。それどころか、軽く感じる。


「その確認のためだけに、キーラに部屋に行くように言ったのか、姉さん」


「おはよう、レクラス。よく眠れたかしら?」


「おはよう姉さん。眠れたけど寝起きが最悪だよ」


 ため息を吐いて、レクラスがキッチンに入っていき、湯気の立つカップを二つ手に持って戻ってきた。カップの中身はコーヒーのようだ。一つを手渡された。


「コーヒー、飲む?」


「あ、ありがとう」


 微かに微笑んで、レクラスはサンドイッチに手を伸ばす。後はもう、静かな朝食だった。


 朝食の後、片付けをミシダに任せ、オレ達は庭に出ていた。素足で。


「何故、素足?」


「そのほうが、感覚を掴みやすいからな」


「なんで俺まで……」


 レクラスはふて腐れていた。ティアはそんなレクラスを一睨みで黙らせる。


「何故お前が参加しているのか、言わないとわからないのか?」


 地の底から湧き出るような声で、ティアはレクラスに言った。レクラスは冷や汗を流しながら、首を横に振って、姿勢を正した。


「では、まず自分の身体の中に意識を集中しろ。身体に流れる力を感じるんだ」


 力を感じろと言われても、と半信半疑で目を瞑る。意識を集中。身体に……。


「……ん?」


 身体に集中と繰り返していると、記憶に何かが引っかかった。何だろう、と思って隣を見ると、レクラスが目を瞑って集中していた。レクラスの身体の周りに、冷気がオーラのように揺らめいている。それを眺めていると、ある光景が脳裏を過った。


「白い、ワンピース……」


 思わず口に出していた。レクラスの周りにあった冷気が一瞬で霧散していった。そして、真っ赤な顔で、オレを睨む。


「な、ななななんで、今、思い出すんだよ!忘れろよ!」


「え、いや、その、あの、ちょっと、気になって……」


「気にするなよ!記憶から抹消しろ!」


「そ、そう言われても……、というか、確認があるんだけど……」


 視線を呆れ顔のティアに向ける。


「あ、あのさ、レクラスって、お、女の子、なの?」


 隣で、何かが固まる音が聞こえた。怖くて見れないが、気配で何かを生成しているがわかった。多分、記憶を抹消する程度の打撃を与えようとしているのだろう。しかしそれは、ミシダの笑い声でかき消された。


「あはは、バレちゃったね、レクラス」


「ね、姉さん!姉さんがキーラに頼まなければバレなかったのに!」


「それは心外だわ。そもそも、バレる格好で寝るから悪いと思うのだけど?」


「う、うぅ……」


「キーラ君、確かにレクラスの性別は女性よ。だけど学校では内緒にしているの。黙っていてもらえるかしら?」


 笑顔で言われても、拒否権は存在しないと思う。


「はい。わかりました」


 頷くしかないだろうと、思った。


「じゃあ続きを始めましょう。自分の中の力を感じるの」


「はい」


 後はもう、無駄話は無しで集中した。目を瞑り、呼吸を落ち着かせる。意識を心臓の鼓動に集中し、血液の流れを感じる。その中に、別の何かの力を……。


「あの、質問いいですか?」


「何だ」


「力を感じるって言っても、どんな風に感じるものなんでしょうか」


「そうねー。私は風の属性なんだけど、鳥になって空を飛んでいる感じかな」


「俺の、属性は、キーラと同じ、水だよ。だから水の波動を感じるようにするといいと思う」


 レクラスの属性が、同じ水だと聞いて、驚く。何故なら、レクラスの周りのオーラはいつも氷のようだったから。


「そっか。ありがとう」


 さっそく、意識を集中させる。目を瞑り、心臓の鼓動を数える。


 周りの音が徐々に聞こえなくなってくる。傍にいるはずのミシダやティア、レクラスの気配さえ消えていく。ただ一つ聞こえているのは、自分の鼓動のみ。


『力が、欲しいのか?』


「えっ?」


 低い声が聞こえて、目を開けると、そこは庭ではなく、真っ白い空間だった。周りを見渡しても、どこまで続いているのかわからない。


「ここ、どこだ?」


『力が、欲しいのか?』


 さっきと同じ言葉が聞こえて、見回しても誰もいない。


「あんた、誰だ?」


『力が欲しいのか?』


 誰もいない空間に声をかけても、同じ言葉しか返ってこない。ため息を吐いて、正直に答えた。


「力は欲しい。友達を悲しませないくらい、強くなりたい」


『ならば、力を授けよう』


「本当か!」


『ただし、条件がある』


「条件?」


 首をかしげると、目の前の空間がゆらりと揺らめいて、一人の男性が現れた。青色の髪、民族衣装のようなものを身につけている。


「あんたは……」


 現れたのは、四人の精霊の一人、水の精霊だった。


「さっきの声は、あんただったのか」


「そうだ。俺の力が欲しいなら、俺に勝てたら使わせてやるよ」


 馬鹿にしたような笑みで、挑発してくる。奥歯をかみしめ、精霊を睨む。


「やってやるよ」


「ククク……」


 頭に浮かんだ言葉を唱える。すると足下から風が沸き起こった。


「風よ、我が前の敵を捕らえよ!補風衝!」


 風が鎖状になり、精霊に巻き付いた。だが、精霊は口元に笑みを浮かべて、力を少し込めて鎖を砕いた。鎖はパキンと鳴って、風に戻った。


「ちっ」


 舌打ちをして、次の言葉を唱える。


「大地よ、地を切り裂き、我が敵を地の底へ閉じ込めろ!列波!」


 精霊の足下の地面が割れた。だが精霊は高くジャンプして凌いだ。すぐに次の言葉を唱える。


「炎よ、我が敵を灰燼に処せ!斬炎捷!」


 炎が舞い、刃となって精霊に襲いかかった。精霊は素手で受け止めた。


「っな!」


 言葉が出ない。精霊は笑みを浮かべた。


「こんなものか?情けない。こんなもので俺に勝つなんて無理なんだよ!」


 精霊は、オレに向けて右手を伸ばした。精霊の周りに水が渦巻く。


「水よ、我が命に従え」


 背筋が凍るのを感じた。それは、レクラスが精霊たちに向けたのと同じ殺気だった。本気で、殺すつもりだ。頭に浮かんだ言葉を唱える。


「水よ、その身、盾となり、我を衝撃から守れ!」


「水貫槍!」


「水障壁!」


 二つの光がぶつかり、爆発を起こした。


「っぐあ!」


 オレは爆風に飛ばされた。床に打ち付けられるかと思ったが、痛みは来なかった。瞑っていた目を開けると、青色の髪が視界に入った。


「今はまだこれで精一杯か。まあいい。防御だけでも覚えていたのなら……」


 何のことか問いただそうと思うが、意識が薄れていく。持ち上げた手は、何もできずに力を失う。


 そしてオレは意識を手放した。


 目が覚めたとき、見慣れない天井が目に入った。身体を起こすと、全身に痛みが走った。


「いっつ……」


「まだ起きちゃ駄目だよ」


 声がした方を見ると、レクラスが心配顔で見つめていた。


「オレ……」


「突然倒れてびっくりしたけど、今回は理由がすぐにわかったからよかったよ」


 そう言って、レクラスは目元を厳しくして、部屋の端を見た。そこにはビシードたち三人が正座をさせられていた。


「だ、大丈夫か?」


 心配になって聞いたが、ビシードは笑顔で頷いた。しかしその額には冷や汗が浮いていた。


「キーラが目覚めたからもういいよ」


 レクラスが言うと、ホッとした三人は、姿を消した。きっとブレスレットに戻ったのだろう。


「それで、一体何があったの?」


 ドアが開いて、ミシダとティアが部屋に入ってきた。


「力を感じようと集中していたら、真っ白な空間に連れて行かれたんだ。そこで、水の精霊と戦った」


「戦うための力をつける特訓なのに、あちらのほうが早かったのか」


 ティアはため息を吐き出した。


「それで、勝ったの?」


「わからない。最初は全く相手にならなくて、だけど最後、殺されそうになったとき、水の防御が使えて、なんとか防いだって感じかな」


「……殺され?」


 レクラスの殺気が漏れ出す。慌ててレクラスの手を握った。


「だ、大丈夫だったから、多分、本気じゃ、なかった……かな?」


「本気だったさ」


 突然、枕元から声がして、驚き振り返ると、そこには半透明の青い髪の精霊が立っていた。


「お前っ」


 レクラスが突撃していくのを身体で止める。


「落ち着け!」


 そんなやりとりを精霊は鼻で笑って見下ろしていた。


「現れたと言うことは、なにか言いに来たのか?」


 ティアが冷静に言った。


 精霊はチラリとティアを横目で見て、眉間にシワを寄せた。


「ふん。そこの猛獣を大人しくさせてからだな」


「誰が、猛獣だ!」


 レクラスが吠えると、精霊は何かを探るような視線をレクラスに向けた。


「お前、そんなものを飼っていてよく平気でいられるな」


「え?」


 何のことだろうと、レクラスに視線を向けると、さっきまでの勢いが嘘のように、青白い顔をして、驚愕に目を見開いて精霊を見ていた。


「レクラス?」


 声をかけると、弾かれたように、ビクリと肩を震わせ、レクラスは恐れを含んだ目でオレを見た。


「どうした?」


 怪訝な顔で見つめ返すと、レクラスは視線を逸らして俯いた。


「大人しくなったな。では本題だ」


 訳がわからず、レクラスと精霊を交互に見る。ティアのため息が聞こえた。


「とりあえず話を聞こうか」


「あ、あぁ」


 後ろ髪を引かれる思いだが、視線をレクラスから精霊に向けた。


「他の三人とは、調整が上手くいっているみたいだな」


「そうなのか?」


 自分では実感できなくて、無意識に手がブレスレットを触った。


「それで?」


 ミシダが、精霊に聞いた。声にいつもの柔らかさはなく、警戒しているようにも聞こえる。


「俺の力も貸してやる」


「え……いいのか?」


「仕方なくだ。そこは間違えるなよ」


 ジロリと睨まれて、言葉に詰まった。


「どういった心境の変化だ?」


 ティアに問われ、精霊は一瞥しただけで何も言わなかった。


「手を出せ」


 言われて右手を出した。精霊は何もない空間に向かって言った。


「ビシード、力を貸せ」


「あなたはいつも勝手ですね」


 ため息を吐いて、ビシードが姿を現した。


「ビシード?」


「大丈夫ですよ。前にやったのと同じですから」


 そう言って、ビシードは床に手を向けた。すると光の輪と摩訶不思議な模様が浮かび上がった。


「我が名はアイソトープ。水を司る精霊。キーラ・リズラスを主とし、力を貸すことをここに誓う」


 瞬間、目映い光が瞬いた。思わず目を瞑ったとき、昔、子供の頃に同じ言葉を聞いたような気がした。

 光が弱まり、目を開けると、身体の底に湧き上がる力を感じた。


「これは……」


「水は調和だ。俺の力が加わることで、他の三人との調和も上手くいくだろう」


「ありがとう。アイソトープ」


「ふん」


 礼を言ったのに、水の精霊、アイソトープは一睨みして、姿を消した。堪えた笑いが聞こえ視線を向けると、ビシードが口元を押さえていた。


「お礼を言われて照れているんです。感情表現が苦手な方ですから」


「そうなんだ」


「それでは私もこれで。ご用があれば呼んでください」


「あぁ、ありがとう」


 ビシードは笑顔を残してブレスレットに戻っていった。


「さて、水の力を借りられたから、キーラの傷も治りが早まるだろう」


 ティアの言葉に、レクラスが顔を上げホッと笑った。

「そっか。よかった」


「やっと、いつものように笑ってくれたな」


「ごめん……」


「オレの方こそ、心配ばっかりかけてごめんな」


「それじゃあお昼ご飯の後は、しっかり特訓してちょうだいね」


 ミシダの言葉に、二人顔を見合わせて、笑った。その後昼飯を食べ、力のコントロールの特訓をして、夕食を食べた。


「お風呂沸いてるから、入りなさいよ。じゃあおやすみ」


「おやすみー」


「おやすみなさい」


 昼間の特訓の続きをレクラスとしていると、ミシダとティアは、リビングを出て行った。


「じゃあ今日はこのくらいにして、もう寝るか」


「そうだな」


 両手の間に作った水球を眺める。直径二十センチくらいの水球を維持するのに時間がかかった。


 ため息を吐いて、水球を庭で弾けさせる。パシャと音がして、庭に小さな水たまりができた。何の気もなしに水たまりを眺めていると、後ろからレクラスが声をかけた。


「先に風呂入るけどいいかー?」


「あぁ」


「じゃあお先ー」


 ドアの開閉音を背後で聞きながら、窓を閉める。戸締まりをしてソファに寝転んだ。ティアが言ったとおり、アイソトープの力で傷は回復した。


 天井に左手を伸ばす。金色の指輪は、相変わらず指に嵌まったままだ。精霊たちにとったら、とても大切なものなのだろう。それをただの人間が嵌めてしまっていいのだろうか。いや、半分精霊らしいが……。


「あの男も、精霊なのか?」


 病院で襲ってきた、ティアに似た男。この指輪を狙ってきた。大切なものだと言っていた。


「返した方がいいのかな?父さん……」


「それは違うな」


 レクラスはまだ風呂から上がっていないはず。勢いよく身体を起こし、見回した。すると、リビングの入り口にティアが立っていた。


「ティア……」


 ティアは対面のソファに座り、真っ直ぐオレを見た。


「あの男のことを知りたいのか?」


「教えてくれるのか?」


 ティアは入り口をチラリと見て、窓の方に視線を向けた。


「長い話になるぞ」


 コクリと頷く。


「あの男の名前は、セラク。俺の弟であり、ミシダの本当の婚約者だった」


☆   ☆   ☆


 森と湖に囲まれた、豊かな国だった。ミシダとレクラスは、その国の王女。ティアとセラクは、騎士団の団長と、副団長だった。


 隣国との協定は済んでおり、町は活気にあふれ、平和そのものだった。国は、王族にしか伝わっていない極秘の盟約があった。それは、精霊界を見守るということ。


 盟約は、建国の時、初代の王と、森を守る精霊王との取り決めであった。王族が精霊の森を守る代わりに、精霊は国を守護する。


 盟約は、ミシダたちの代でちょうど千年だった。そして、その盟約が破られるのも、同じ時だった。


 精霊の守護が、突然なくなったのだ。


 協定を結んでいたはずの隣国は、国境沿いを襲撃。多数の犠牲者が出た。


 ミシダは何度も精霊王に助力を頼みに行ったが、素気なく断られ、挙げ句に精霊界に入ることさえ許されなかった。


 無力に打ちひしがれるのを支えたのが、ティアだった。ミシダの護衛をティアが、レクラスの護衛をセラクが請け負っていたからだった。


 戦況が大きく変わったのは、レクラスが前線に出てからだった。


 甲冑を着て、馬で駈ける姿は、疲弊した騎士たちに再び剣をとる力を与えた。撤退していく隣国兵を見て、勝利を確信したときだった。城が、火の海に飲まれた。


 燃え広がる炎は、城下町を焼き、湖を涸れさせ、空を黒く染めた。


 そして、国は滅んだ。


「それをすべて仕組んだのが、あの男、セラクだった」


☆  ☆  ☆


 ティアは膝の上で手を組み、物憂げにそれを見ていた。


「な、なんで、その人はそんなことを?だって、自分の国だったんだろ?」


 ティアはため息を吐いて、ソファに背中を預け、天井を見上げた。


「これはただの推測だが、セラクは国王になりたかったのだと思う。しかしミシダと結婚しても、所詮は婿養子。王としても、力はミシダのが上だ」


「そんな、理由で?」


 視線を床に向けて、ティアは苦笑した。


「我が弟ながら、あいつの考えていることは、俺にはわからない。一つだけわかるのは、その指輪を狙って、また現れるということだけだ」


 左手を指さされ、視線を向ける。


「どうして……」


「恐らく、初代国王と同じことをするつもりだろう」


「盟約?」


「あぁ。今の精霊界は、その指輪がないために王がいない状態だ。だからその指輪を手土産にして盟約を結ばせるつもりだろう。


 そして国を再建すると言って、国民を集め、自身が国王になるつもりだ。自分が国王になれないからといって国を滅ぼすような男が作る国なんて、想像するだけで怖ろしい」


「だったら……」


「そうだ。その指輪は、絶対に奴に渡してはいけないんだ」


 初めてティアの心を見た気がした。


「わかった。守るよ」


 左手を右手で包み込む。ティアは頷いて、立ち上がった。


「遅くなったな。明日は学校だろう。風呂に入ってゆっくり休むんだな」


「うん。ありがとう。おやすみ」


「おやすみ」


 ティアがリビングから出ると、大きくのびをして立ち上がる。


「さて、風呂にでも入りますか」


 リビングを出て脱衣所に入る。レクラスはとっくに上がったらしく、湿気はほとんどなかった。


 服を脱いで、浴室に入る。身体と頭を手早く洗い、湯船に浸かった。


「ふぅー」


 温かいお湯が、全身を弛緩させた。ふと、さっきの話が頭を過った。


「だからレクラスは、あんなに精霊を憎んでいるのかな」


「それだけじゃないな」


 独り言のつもりが、返事が返ってきてびっくりした。お湯の中で伸ばしていた手と足を引き戻し、現れた人物を睨む。


「アイソトープ。びっくりするから突然現れるなよ」


「いつ現れようが、俺の勝手だ」


 ため息を吐いて、鼻の下までお湯に浸かる。


「そういえば、それだけじゃないってどういうことだ?」


 お湯から顔を出して、アイソトープを見た。


「そのままの意味だ。あいつは、自分自身も恨んでいる」


「自分自身……?なんで?」


「知らん」


「んなっ」


 肩すかしを食らったように、浴槽で滑った。頭までお湯に浸かって溺れるかと思った。


「ゲホッゲホッ」


 お湯から顔を出したとき、そこにはアイソトープはすでにいなかった。


「まったく、勝手な奴だ」


 浴槽から上がって、脱衣所に移る。身体を拭いたところで、着替えを持ってくるのを忘れたことに気づいた。


「あー。しまった。どうしよう」


 人の家を裸で歩くわけにはいかない。どうしようかと考えていると、入り口の棚の上に、きちんと畳んである服が置いてあるのが見えた。


「あれは?」


 近づいてみると、服の上にメモが置いてあった。読んでみると、オレ宛で、レクラスからだった。いつ置いていったのか、全然気配がしなかった。


「さっきの話、聞かれてなければいいんだけど……」


 なんとなく後ろめたくて、脱衣所の天井を見上げた。有り難く服を身につけ、部屋に戻る。 レクラスに着替えのお礼を言おうと思ったが、もう寝ているだろうと思ってベッドに横になった。疲れていたのか、意識はすぐに、夢の中へと旅立った。


 夢を、見た。


 赤茶色の髪の毛が、背中まで伸びて、走るたびに風に揺れる。明るい色のドレスを着た少女が、笑顔で走っていた。


「こっちこっち」


 時折振り返っては、誰かを手招きする。少女に招かれてやってきたのは、金色の髪を肩で切りそろえた青年だった。


「待ってください。どこへ連れて行ってくれるんですか?」


「この先に、私たちしか知らない森があるの!」


 楽しそうに話す少女は、満面の笑みだ。


「だけど静かにね。バレたら怒られるから」


 そして二人は、鬱蒼と茂った森の入り口にたどり着いた。


「ここにはね、ご先祖様からお世話になっている精霊が住んでいるのよ」


「へー」


 興味のなさそうな返事だったが、言葉とは裏腹に、青年の目は驚喜を孕んでいた。


「信じてないわね、だったら証拠を見せてあげるわ。本当はまだやっちゃだめなんだけど、特別よ」


 少女は自信満々に、森の入り口に立っている石碑に手を当てた。


「我が名はレクラス・カドリール。森を守護するものなり。盟約に従い、汝らと対話を求む」


 少女が唱え終わると、石碑が光り、一人の女性が現れた。銀の髪を背中まで伸ばし、耳はわずかに尖っている。民族衣装のようなものを身につけた、どこか酷薄な印象を受ける顔立ちの女性だった。


「あら、お姫様。また来たの?ここはあなたの遊び場じゃないのよ。さっさと帰りなさい」


「お姫様って呼ばないでって何度も言っているのに!ねぇ、コルト様はいないの?」


「姉様は忙しいのよ。あなたと遊んでいる暇なんてないの。さっさと帰らないと、またお父様に怒られるわよ」


 以前怒られたことがよほど怖かったのか、少女は言葉を詰まらせた。


「きょ、今日は、ここを教えたかっただけだもん!」


「あら、あなたいい男ね」


「初めまして。セラクと申します。レクラス様の護衛を務めております」


「あたしは……」


 それが本当はいけないことだとは、少女にはまだ理解が及んでいなかった。この場所は、直系の王族しか教えてはいけない場所。そしてこれが、崩壊の始まりになった。


 カーテンから差し込む朝日で、目が覚めた。身体を起こすと、布団に雫が落ちた。瞬きをすると、さらに二、三滴、布団に染みを作った。


 袖で目元を拭う。昨日、風呂場でアイソトープが言っていた言葉。


『あいつは、自分自身を恨んでいる』


 その理由が、さっきの夢だとでもいうのか……。


「エンタイア……」


 呼びかけると、緑の髪の精霊エンタイアが、半透明で現れた。


「はい。なんでしょうか」


「過去視に、間違いはないのか?」


「ありません。脚色もございません。ありのままの過去を視るのです」


「そうか……」


 エンタイアはお辞儀をしてブレスレットに戻った。膝を抱えて、涙を流す。オレが泣いても、意味はない。


 国が滅んだ原因が自分だったなんてレクラスが知ったときは、恐らく心臓が張り裂けそうなくらい、絶望したに違いない。


 前線に出て、少しでも犠牲者を減らすことを一番に考えて、必死に国民を守ろうとした。それが、レクラスの精一杯の償いだったのだろう。それを思うと、涙が溢れて止まらなかった。


「お前が泣いたところで、意味などないぞ」


「……うるさい」


 姿を見なくても、もう声だけでわかるようになった。顔を上げると、アイソトープがベッドに腰掛けていた。


「そんなこと、自分でもわかってるさ。だけど止められないんだから仕方ないだろう」


「ふん。お前は昔から泣き虫だからな」


「え?」


 何を言ったのか聞き取れなくて問い返すと、アイソトープはオレを一瞥して姿を消した。


「何なんだよ」


 だけどアイソトープのおかげで、涙が止まった。


「うーん。なんか悔しい」


 釈然としない思いで制服に着替えていると、ドアをノックする音が聞こえた。


「キーラ、起きてる?」


「おう。起きてるよ」


 返事をしてドアを開けると、制服を着たレクラスが立っていた。


「おはよう。朝ご飯できてるよ」


「おはよう。ありがとう。すぐ行くよ」


 鞄を持ってリビングへと向かう。


「おはよう、キーラ君。寝坊しなかったのね」


 ミシダはコーヒーを飲みながら、ソファでくつろいでいた。


「おはようございます。寝ていたかったんですけどね。朝日が眩しくて」


 窓の外を見ると、今日も天気は良さそうだった。


 視線をキッチンに向けると、ティアと目が合った。ティアは物言いたげな目をしていた。


 ミシダとレクラスは、オレの目元が赤いのは寝起きのせいだと思っているだろう。だけどティアだけは、一目見ただけでわかったらしい。


 大丈夫だと、視線で伝えると、ティアはため息を吐いて、椅子に座った。


 テーブルの上には、ティアお手製の朝食が湯気を上げて並んでいた。


「いただきます」


 朝食も終わり、レクラスと二人、玄関で靴を履く。


「いってきます」


「あの、お邪魔しました」


 玄関まで見送りに来たミシダに伝えると、苦笑された。


「そこはいってきますでいいと思うわよ」


「そ、そうかな。じゃあいってきます」


 父が亡くなってから、一人きりのあの家で、いってきますと言うこともなくなっていたのだと気づいた。


「いってらっしゃい」


 笑顔で見送られ、照れくさくて俯いて玄関のドアをくぐった。学校までの道中はレクラスと他愛のない話をした。


 教室に鞄を置いて、レクラスと二人で屋上に上がった。


「キーラって屋上好きなの?」


「屋上が好きと言うより、空が近いのがいい」


「空が近い?」


 まばらに雲はあるけれど、青空が広がっている空を見上げる。


 レクラスも同じように見上げた。


「空、か……」


 呟いたレクラスの瞳には、郷愁が浮かんでいるように見えた。思わず伸ばした手で、レクラスの腕を掴んでいた。


「えっなに?」


 びっくりした顔のレクラスに見られ、自分でもわからなくて掴んだ腕を放す。


「いや、なんだろう。わかんないけど」


「あはは。なんだよそれ」


 笑い合っていると、チャイムが鳴った。


「あ、戻るか」


「そうだな」


 どちらともなく、屋上を後にした。HRを終え、授業もなんとなくで過ぎていった。


 教師の話を聞き流しながら教科書を見ていると、何故か引きつけられる項目があった。それは、数千年前に滅んだ国の事柄だった。ティアが話してくれた内容が思い起こされた。


 教科書には写真はなかったが、クーデターにより文明は滅んだと書いてあった。


(クーデター?)


 ティアの話では、国が滅んだのは隣国から攻められたからだと言っていた。


(似てるけど違う国の話か)


 まだ授業は終わらないのかと、教室の壁にかけてある時計を見る。ちょうどあと数分で終わりそうだった。眠気を振り払うように小さくため息を吐いた。


 学校から家に帰ると、レクラスから、修行のこともあるし、しばらく一緒に住まないかと言われ、父と暮らした部屋から自分の荷物だけ持って、ティアたちの家に居候することになった。


「しばらくの間、よろしくお願いします」


 荷物を部屋に置き、リビングでティアたちに言うと、ミシダが笑顔で言った。


「そんなにかしこまらなくてもいいのに。自分の家だと思ってね」


「ありがとう」


 その後、軽く話して、さっそく特訓を開始した。少しでも早く、力を身につけたかったのだ。


「キーラ、まだ不安定だ。もう少し圧縮するイメージ」


 ティアからの言葉を聞きながら、目の前の水球にイメージを送り込む。微妙に揺らいでいた水球が丸く収

まっていく。


「それを維持するんだ」


「はい」


 何度も揺れそうになる水球を丸く維持する。ふと、離れた場所でミシダと特訓しているレクラスを見た。レクラスは、自身の力を暴走させないようにコントロールを、ミシダに教わっているようだった。


 視線を水球からレクラスへ一瞬移動させただけなのに集中が切れ、手元の水球が形を失い、足元に水たまりができた。


 恐る恐るティアを見ると、額に手を当ててため息を吐いた。


「今日はここまでにする」


 家に入っていくティアの後ろ姿にお辞儀をすると、ミシダとレクラスが戻ってきた。


「どうしたの?」


「いや、怒らせたかなと思って」


「それなら大丈夫だと思う。ティアってあまり怒らないから」


 ミシダが笑顔で言った。レクラスも腕を組んで頷いていた。


「そうだね。いつも冷静に物事を見ているよね。ただ……」


 レクラスが言いかけたところで、頭上からタオルが降ってきた。見ると、ティアが数枚のタオルを持って立っていた。


 何故か見下ろされているように感じていると、レクラスが隣に来て、小声で言った。


「ただ、冷静に怒っていることはあるよ」


 ティアを見上げながら、冷や汗が背中を流れていった。


☆  ☆  ☆


 学校へ行って、帰ったら特訓という日常が、一週間ほど続いた。その間、病室で襲ってきた男、セラクが現れることはなかった。


「あれから何もないのが、不気味だな」


 夕食が終わって、リビングのソファでくつろいでいると、レクラスが言った。コーヒーを一口飲んで、対面のレクラスに視線を向ける。リビングには、オレとレクラスしかいない。


「そうだな。でもおかげで、力のコントロールを覚えることができたけどな」


 レクラスは眉間にシワを寄せて、手元の湯気が上がるカップを見つめていた。


「それは、そうなんだけど……」


 不安が拭えない。そんな顔をしたレクラスをじっと見つめる。


「ティアから、俺たちの昔の話、聞いたよね」


「あぁ」


「あの日も、こんな静けさだった。平和で、何の心配もしていなかった。それが、一瞬で変わった」


 カップの中に、あの日の情景を見ているのだろうか。レクラスの眉間のシワが深くなった。


「精霊界に助けを求めても、奴らは何もしてくれなかった。盟約があるにも関わらず」


 握りつぶすかのように、レクラスはカップを持つ手に力を入れた。ふと、カップに向けていた視線をオレに向けた。


「キーラ、俺の中には、闇がいるんだよ」


「闇?」


 レクラスは自嘲気味に笑った。


「隣国の奴らを撤退させて、勝ったと思った。だけど城から火の手が上がって、奴らの狙いは最初から城を攻め落とすことだったのだと知った。

 俺は、誰も守れなかった。急いで城に戻ったけど、王も王妃も含め、城にいた人みんな……。 命からがらティアとミシダと三人で逃げ出した後、すべてを仕組んだのがセラクだと知った。そして俺は、セラクと、精霊どもに復讐するために、闇の力に手を出した……」


 レクラスはきつく目を瞑り、奥歯を噛みしめた。きっとまだ記憶の中に残っているのだろう。情景と人々の悲鳴、断末魔でさえ、こびりついて忘れることはできないのだ。


「レクラス、前に言ってくれたよな。オレが父さんのことを話そうとしたとき、辛い思いをさせたくないって。オレも同じだ。レクラスが辛い思いをするなら、話さなくていい」


「キーラ……」


「それに、もしお前が闇に捕らわれそうになっても、オレが絶対助ける。オレが守るよ。親友だろ」


「キーラ、ありがとう」


 レクラスは、泣きそうな顔で笑った。


「俺は、この力を手に入れたとき、やっと復讐が果たせると思ったんだ。だけど、キーラと出会って、喧嘩して、気づいた。この力は人を傷つけるだけだと。だけど恨みは消えなくて、キーラを傷つけてしまった。本当にごめん」


「レクラス……」


 頭を下げたレクラスをじっと見つめる。父親を死なせてしまった負い目で自暴自棄になっていたオレと、闇の力で復讐を考えていたレクラス。二人が出会ったのは、必然だったのだろうか。


「頭を上げてくれ、レクラス。オレはもう、オレのせいでお前を苦しめるのは嫌なんだ」


「キーラのせいじゃない!」


 勢いよく頭を上げたレクラスは、手に持っていたカップを床に落とした。


「あ」


「あっ」


 カップには少しコーヒーが残っていたようで、カーペットに黒い染みを作った。


「ヤバっ!」


「ふきん!布巾!」


 キッチンから布巾を何枚か掴んで戻る。レクラスはティッシュペーパーを使って、カーペットの染みを必死に拭いていた。


「大丈夫か?」


「あぁ。なんとか」


 こぼれたコーヒーを二人で拭いていると、ふと思ったことを口にする。


「これさ、水と風を組み合わせて洗えないかな?」


「結構なコントロールがいると思うぞ?失敗したら部屋が水浸しになるだけじゃなく」


「だけじゃなく?」


 意図的に言葉を切ったレクラスを、生唾を飲み込んで見る。レクラスは真剣な表情で言った。


「怖ろしく静かにティアが怒る」


 背筋に冷たいものが流れ落ちる。レクラスの額にも、冷や汗が浮いていた。


「や、やめとこうか」


「そうだな」


 二人で顔を見合わせて、どちらともなく吹き出した。


「ふ、くくふっ」


「はははっ」


 拭く手を止めて、ひとしきり笑い合うと、レクラスを見つめて言った。


「怒ったティアが、どんだけ怖いんだよ」


「お前、本気で怒ったティアがどれだけ怖いか知らないから、そんなことが言えるんだよ」


「そうなのか?」


「あれはもう、天変地異だよ。あんなの反則だと思うな。ちょっと力があるからって偉そうにしてさ。実際、姉さんには頭が上がらないくせに。ちょっと睨んだら従うと思って、本当に腹立つよな」


「ほう」


「あ……」


 ティアに対しての愚痴になってきたレクラスの後ろに、当の本人が立っていた。気づかないレクラスは、愚痴を続ける。冷や汗を流しながら、ティアとレクラスを交互に見る。


「そりゃ、力のコントロールできなかった俺も悪いけどさ、あいつの教え方が悪いと思わない?」


「あ、あの、レクラス、その辺にしたほうが……」


「だってさ、あいつと俺の魔力量が違いすぎるのに、同じことができるわけないっての。それなのに、コントロールさえ覚えればできるって、馬鹿かよ」


 レクラスは、コーヒーを拭いた布巾を片付けるために立ち上がり、そして凍り付いた。レクラスの言っていた、怒るティアが怖いというのは本当だったのだと、その時知った。


 何故なら、全く笑わないティアが、どす黒いオーラを纏って、笑みを浮かべていたからだ。それだけで、理解するには十分だった。


☆    ☆    ☆


 片付けが終わり、三人で椅子に座り緊張感漂う空気の中、無表情に戻ったティアが切り出した。


「水を飲みに来てみれば、お前たちは何をしているんだ?」


「いや、その……」


 何をどう説明すればいいのか迷い、言葉を濁す。視線を、頬杖をついてそっぽを向いているレクラスに向ける。


 ため息を吐いて、レクラスは小さく言った。


「俺の話をしていたんだよ。昔の」


 ティアは片方の眉を上げただけで、何も言わなかった。


「その話をしていたとき、ついカップを落として、コーヒーを零してしまったんだ」


「そうか」


 ティアはそれだけ言って、軽くレクラスの頭を一度だけ撫でた。レクラスは鬱陶しそうにしていたが、その手を払いのけることもせず、そっぽを向いていただけだった。


 その光景を、微笑ましいものを見るように眺めていると、軽く頬を染めたレクラスに睨まれ、苦笑する。


「それで最終的に、愚痴になったわけか」


「うっせ。本当のことだろうが」


「話も終わって、片付けも終わったのならさっさと寝ろ」


 レクラスの一言をスルーして、ティアが椅子から立ち上がりながら言った。水を飲んだコップをカウンターに置いて、ティアはリビングから出て行く。


 ドアが閉まるのを見つめていると、レクラスが真剣な表情で言った。


「話は、まだ終わっていない」


「え?」


 真っ直ぐオレを見るレクラスの視線に、身動きがとれなくなった。


「さっき言いかけたことだけど、キーラのせいじゃないから。俺が未熟なだけなんだ。だからもう自分を責めるな。俺が闇に捕らわれそうになったら助けてくれるって言ってくれたこと、嬉しかった。ありがとう」


「レクラス……」


「じゃあ、おやすみ」


 少し頬を赤く染めたレクラスは、リビングを出て行った。ドアが閉まる音を聞いて、テーブルに突っ伏した。


「はぁーー」


 長いため息を吐いて、視線の先にあるソファを見つめる。


「自分を、責めるな、か……」


 レクラスはどんな気持ちでその言葉を言ったのだろう。きっとオレ以上に、レクラスは自分自身を責めているような気がする。国が滅んだ原因を作ったことも、大切な人たちを守れなかったこともずっと忘れられない、いや、忘れないように心に刻んでいるのか。


「どうやったら、レクラスの苦しみを減らしてあげられるんだろう……」


 つぶやき、瞼を閉じる。次第に意識は夢の中に沈んでいった。


☆ ☆ ☆


 夢を見た。


 血にまみれた鎧を着て、自身も至る所に傷を負いながら、背後の人物を守るように目の前の人物に剣を向ける。赤茶色の髪は、乱れ、肩で息をする。


「どうして、こんなことを……」


「そこをどいてください。レクラス様?」


「質問をしているのは私だ!どうしてこんなことをする!セラク!」


「愚問、ですね。あなたが教えてくれたんじゃないですか」


 セラクは悪びれもなく笑った。その顔を、レクラスは泣きそうな顔で睨みつけた。


「こんなことのために教えたんじゃない!いずれ家族になるであろうお前に、知って欲しかっただけだ!世界は、人間だけじゃなく、いろいろな種族が住んでいるんだって、共存し合っているんだってことを!」


「ええ。世界の王になるにはどうしたらいいのか、考えていたとき、すべてを作り替えればいいのだと気づいたのですよ。あなたのおかげでね」


 セラクの冷たい笑みが、レクラスを凍らせた。


「そ、んな……」


「その初めとして、あなたの後ろにいる者の命を頂戴したいのですが、どいてもらえますか?」


 言い方は柔らかいが、その目の奥には仄暗く、冷たい光が宿っていた。レクラスは、一度背後に視線を向けたが、すぐにセラクと対峙する。


 震える手に力を入れ、剣を握り直す。


「おや、私と戦うつもりですか?あなたに剣を教えたのは誰だと思っているんでしょうね」


 レクラスは奥歯を噛みしめたが、呼吸を整え、剣を構える。セラクは口元に笑みを浮かべ、同じように剣を構えた。緊張した空気が辺りを包む。


「っ……」


 二人同時に床を蹴った。レクラスは右下から左上に剣を振り上げた。セラクはそれを剣の背で受け流す。


 二人の間で火花が散った。そんな攻防が、何度か続いた一瞬、レクラスが足を滑らせてバランスを崩した。

 

 その一瞬で、すべてが終わった。


「あっ……!」


「ふふ……」


 セラクはレクラスの剣を受け流し、横をすり抜けて一直線に、レクラスが必死で守っていた者へと剣を突き立てた。


「あ、あぁぁっ!」


 そのうめきが、レクラスから発せられているのか、自分の喉から発せられているのかわからない。真っ赤に染まる視界の中で、泣きながら駆け寄ってくるレクラスが見えた。そしてそれを見ながら、残忍に笑うセラクと、迫る銀色の刃が視界を埋める。


 耳の奥で何かが千切れる音を聞いたと思ったら、そこで意識が途絶えた。


「うわぁぁぁっ!」


 叫んだ声が自分のものだと認識するのに、時間がかかった。全力疾走した後のように、心臓が早鐘をうち、呼吸は荒い。


「はぁ、は、はぁっ」


 呼吸を整えようと、震える手で、心臓辺りの服を握る。ゆっくり辺りを見回すと、そこはリビングで、どうやらうたた寝していたようだ。


 額に浮かんだ冷や汗を袖で拭い、ため息を吐き出す。心臓はまだ、うるさいくらいに鳴っているが、椅子の背もたれに体重を預け、天井を見る。


「何だったんだ、今の……」


 今までの過去視は、第三者として眺めているだけだった。なのに今回見た夢は、当事者になったような感覚だった。


「はぁー」


 長めに息を吐き出したとき、階段を勢いよく降りてくる音と、廊下を走る音が聞こえた。不思議に思って、リビングのドアを見ると、勢いよくドアが開き、レクラスとミシダ、ティアが駆け込んできた。


 驚いて椅子から立ち上がる。


「ど、どうしたんだ?」


 問いかけると、答えたのはレクラスだった。


「どうしたのは、こっちの台詞だよ。大声出して、何かあった?!」


 レクラスもミシダも、慌てた表情をしていた。ティアは、眠そうに欠伸をした。


「あ、いや、ごめん。怖い夢を見て……」


 言い方が子供みたいだと思ったが、それしか言葉が思い浮かばなかった。さっきの叫び声で起こしてしまったのだと、申し訳なさがいっぱいになる。


「本当、ごめんなさい」


 頭を下げて謝ると、ため息が聞こえて、身体が緊張で震えた。


「顔を上げて、キーラ。大丈夫だから」


 ゆっくりと頭を上げると、優しく微笑んだミシダと、レクラスの顔があった。レクラスの右手が、テーブルの上の、オレの左手に重なった。


「何もなくて安心した」


 レクラスの手から温もりが、伝わってくる。


 口を開いて出た言葉は、しかしオレの声ではなかった。


「そなたも、もう自分を責めずともよい」


「え?」


 困惑した顔のレクラス、ミシダ、ティアも、驚いてこちらを凝視した。一番驚いているのはオレだ。身体の自由がきかず、オレの意思とは関係なく動き、だけど意識だけはある奇妙な感覚。身体の中に、もう一人いるみたいな……。


「キー、ラ?」


 レクラスの問いかけにも、身体はオレだが、口から出る言葉は、声は、違う誰かが、喋っている。


「あの日、我を最後まで守ってくれた。肉体は滅んでも、魂はここにおる。感謝している。カドリール家の末裔よ」


 三人の表情が、困惑から驚愕へ変わった。そして同時に、片膝を立て頭を下げた。騎士が王に謁見する時のように。


「セヴィア様!」


「よい。顔を上げよ」


「なぜ、セヴィア様が、キーラの身体に……?」

 

 頭を上げた三人は、唖然とした顔で、オレを見つめる。それに答えたのも、オレであって、オレでないもの。


 口から言葉が勝手に滑り出す。


「今、我とこの男子の魂は繋がっている。否、身体を共有していると言っていいか。今はこの男子、キーラと言ったか、意識はあるが身体は動かせない状態だ。突然のことで驚いておるがな」


「じゃあ、この会話……」


「ああ、もちろん。聞こえている」


「……っ」


 レクラスは息を飲んだ。そして苦しそうに眉を寄せる。その手に優しく触れると、レクラスは驚いたようにオレを見た。


「おや、身体は動かせないはずなのだが、この男子はそなたのことがよほど大事なのだな」


「えっ」


 オレの身体にいるもう一人が、面白そうに笑った。レクラスの頬が少し赤い気がするが気のせいだろうか。


 全員が椅子に座るのを待って、オレであってオレでないものが話し出した。


「まずキーラのために、名乗るかの。我は精霊達のぬしであり、初代精霊王であった、セヴィアじゃ。国が滅んだあの日、我は命を落とした。だが、奴らは我の器を殺しただけで良しとした。だから我の魂は逃れることができた」


「あの戦いは、我々人間が引き起こしたのです。セヴィア様は、いえ、精霊界の対応は間違いではなかった。それに気づいたのが遅かっただけ。すみませんでした」


 ティアがゆっくりと頭を下げた。それを見てレクラスは、苦しむように眉を寄せた。


「そうだな」


 ゆっくりと頷く。重苦しい空気は変わらず、話は進む。


「しかし、なぜセヴィア様がキーラの身体に?」


「魂だけとなった我は、森に逃げ込み、力を回復するために森奥の祭壇で眠りについた。何年経ったのか、我らには時間の感覚がないのでな、わからぬが、再び人間が森に迷い込んだのだ」


「それって、もしかして……」


「あぁ、このキーラの父となる人間だ。彼は一度目は迷い込んだのだが、再び自力で森に訪れた。そして我が眠る封印を解き、言った。産まれてくる子を、守って欲しいと。自分の命を引き換えにして」


 全員が息を飲んだ。オレも、心臓が握りつぶされるような気がした。それを感じたのか、セヴィア様と呼ばれる者が、オレを宥めるように軽く胸に手を当てた。


「はぁ、セヴィア様はそれを了承されたのですか?」


「もちろん断った。我が人間を助ける道理などないのでな。我は封印を張り直しまた眠りについた。

 それからまたしばらくして、声が聞こえた。助けて欲しいと。それも関わらないつもりだったのだが、そうもいかなくなっての」


「どうゆうことですか?」


 怪訝な顔のミシダから、視線を右手首のブレスレットへ移す。


「我の元へ、使いが来たのだ」


「使い?」


「人間のことでは、我に動く理由はない。だが、精霊のことでは無関心ではいられない。なぜなら我は、初代精霊王だからな」

 

自嘲気味な笑みを浮かべ、ブレスレットを撫でる。ほのかな暖かさを、指先に感じた。


「それで、キーラの父親の命と引き換えに……?」


 重苦しい空気を、椅子を蹴倒す音が遮った。


「……っ!」


 音もなく流れ落ちる涙は、小さな波紋となり広がっていく。頭を包む温もりと共に。


「キーラっ……」


 レクラスがオレの頭を胸に抱いていた。


「父さん……」


 口に出した言葉は、そのままオレの声として発せられた。しかし同じ口から、違う声が発せられる。


「案ずるな、キーラよ。そなたの命は、父の命と引き換えにはしていない」


「えっ」


「だから我が、この身体にいるのだ」

 

 椅子に座り直したレクラスを待って、セヴィア様と呼ばれる者は話し出した。


「そもそも、キーラは精霊と人間の間に産まれた。なのでその魂も、精霊と人間が混ざっている。何も問題がなければその二つは共存し続ける。だが片方が失われたとき、もう一つが暴走し、周囲を巻き込んでこの身体は木っ端みじんに砕け散る」


「なん、だって……」


「それを防ぐために、失われた部分を埋めるしかなかった。だから我がこの身体に入ったのだ」


「それでは……」


「そう。失われたのは精霊の魂」


 沈黙がリビングを満たす。ティアのため息が、やけに響いた。


「それで合点がいきました」


「ティア?」


「何故、証の指輪がキーラを認めたのか、ずっと不思議だったんです。あなたの魂が混ざっているなら、指輪はあなたに反応するのは当たり前。なぜなら、この指輪はあなたの一部なのだから」


 視線が左手の中指に嵌まっている、金色の指輪に集まる。口元が笑みを浮かべる。


「じゃあ、キーラ君のお父さんが指輪をキーラ君に渡したのって、こうなることを予想していたから?」


「最悪、な。精霊のこととなると、助けないわけにはいかないということを、妻のコルト様から聞いていたのだろう。精霊王となる者には、知識として教えられることだ」


「ふ。それを精霊でもないそなたが知っていることが、我には不思議ではあるがな」


 いたずらっ子のような視線をティアに向けたが、ティアはどこ吹く風で無表情を崩さず、肩をすくめただけだった。


 ため息を吐いて、苦笑する。


「その通りだ。ある夜に封印を我が解いた。それ以後この指輪は嵌まったまま抜けぬ」


 指輪がいつの間にか嵌まっていたあの夜、記憶が曖昧だったのはそのせいだったのかと、納得した。


「その指輪を、狙っている奴がいます」


 レクラスが固い声で言った。


「あぁ。知っている。あの日、我を亡き者にした奴だろう」


「はい」


「奴ら、我の魂を狙っているようだ」


「奴、ら?」


「なんだ、そこは気づいていなかったのか?あの人間と、ある精霊が手を結んで、初代国王と我との取り決めを模するようだ。新たな国を作るために。

 そのために我を殺しても、意味などないというのに……」


 哀愁が胸を貫く。思わず胸を手で押さえた。口元に淡く笑みが浮かんだ。


「そんな簡単に、真似できるものなのですか?」


「簡単ではない。そもそもあの盟約は、我と初代国王との血の誓い、なのだから」


 レクラスとミシダは驚愕していたが、ティアは何かを思案していた。


「その精霊とは、もしかしてコルト様の妹の……?」


「えっ」


 レクラスは驚いてティアとオレの、否、セヴィア様と呼ばれる者の顔を交互に見た。双方共に眉間にシワを寄せ、険しい顔をしていた。


「そなたはどこまで知っているのだ?」


 セヴィア様と呼ばれる者の鋭い視線を受けて、ティアはため息を吐き出した。


「どこまでと言われても、ほとんど推測でしかないですよ」


 そう前置きをして、ティアは話し出した。


「数千年の昔、まだあなたが精霊王であったとき、人間が森に迷い込んだ。それが初代国王ですね。

 国王は、あなたに一目惚れした。あなたは相手にしなかったが、しかし情にほだされてしまった。そしてあなたは男の子と女の子を一人ずつ産んだ。

 男の子は国王に引き取られていき、女の子は森で、あなたが育てた。国王は、あなたと子供たちのために国を作り、守ると誓った。でも人間と精霊の寿命の違いは、あなただってわかっていたため、あなたは盟約として契約させた。

 その誓いは、千年守られた。しかし、それは千年目にして破られた。なぜなら、出会うはずのない二人が出会ってしまったから」

 

 知らずに、拳に力がこもる。その先を聞きたい気持ちと、もうやめてほしい気持ちが交差する。


「国を作った初代国王は、生涯伴侶は作らないと常々言っていたそうです。息子もいるから跡継ぎも問題ないと言って。

 しかし、初代国王の身内になりたい者たちの手によって、その息子は亡き者にされる。いや、亡き者にされるはずだった。危機を察知した初代国王の手によって、信頼の置ける人に預けられました。

 しばらくして初代国王は暗殺されました。その時点で、あなたは盟約を破棄しようとした。だけど息子の身を案じたあなたは、森に手を出さないことを条件にして、国の守護を続けた。何代か国王が替わり、あなたたちの息子も娘も成長し、自分の出自を知ることなく子孫を残していった。そしてちょうど千年。出会うはずがなかった兄姉が出会ってしまった。いや、引き合わされたと言うべきでしょう」

 

 ティアは、レクラスを見た。視線を向けられたレクラスは、驚愕に目を見開いていく。震える唇を抑えるように、手で口元を押さえる。


「まさ、か……」


「レクラス?」


 ミシダが怪訝な顔をしてレクラスを見る。ティアは、普段の無表情から少し悲しみを混ぜて、レクラスに視線を向けながら言った。


「ミシダは知らないことだろうが、森でコルト様の妹、ビスタ様とセラクを引き合わせたのは、レクラスだ」


「えっ、どういうこと?なんで……」


 驚きを隠せないミシダは、レクラスとティアを交互に見る。レクラスは青白い顔して、こちらに視線を向ける。


「セラクが、セヴィア様の血族……?だったら、どうしてセヴィア様を殺そうとするの?」


「言っただろう。出自を知らないと。それに、血族と言っても、もう力も薄くなっている。何代も入れ替わっているからな」


「どうして、ティアはそんなこと知ってるんだ?あんたとセラクは、実の兄弟だろ。だったらそのことを、セラクが知っていたかもしれないじゃないか」


「セラクが知っていた可能性はない。そもそもこの話は……」


 ティアの視線が、レクラスからこちらへ向いた。視線を合わせると、鼓動が一つ、大きく鳴った。視線はすぐに逸らされた。


「昔、聞いたんだ。ある人から」


「誰だよ、それ」


「まあそれは今回、関係ないから」


 肩をすくめたティアは、キッチンへ向かった。少しして、コーヒーの匂いが広がってきた。


「セヴィア様は、セラクがご子息だと気づいていたのですか?」


 ミシダが、不思議そうな顔で聞いた。


「恥ずかしい話だが、最初は気づかなかった」


「それじゃあいつ気づいたんですか?」


 視線が、レクラスへ移動する。レクラスはキッチンでティアの手伝いをしていた。無表情でカップを並べるレクラスを見ていると、胸に温かい気持ちが沸いてくる。


 口元に淡い笑みを浮かべて、視線をミシダに戻した。


「もう、はっきりとは思い出せぬ。すまん」


 その言葉が嘘だということは、ミシダにも気づいただろう。だがミシダは、同じように笑みを浮かべ一言、「そうですか」とだけ言った。


 テーブルに置かれたカップには、湯気の上がるコーヒーが入っている。そこに移る、不思議そうに眺める自分に、少し笑える。


「ちなみに、二人はどうやって国の守護を解除したのですか?」


 ミシダの質問に、眉間にシワが寄った。


「そうだな。その話がまだだった。そもそも国の守護は、我の力だけでできるものではない。森の奥に聖域と呼ばれる場所がある。そこには小さな美しい泉があってな、精霊界の源と言ってもいい。我はその力を使って国を守護しておった。あの二人は……」


 奥歯を噛みしめた。悔しくて、悲しい。その感情が胸を締め付ける。


「あの二人は、その泉に、岩を投げ込んで穢したをしたのだ……っ」


 泉と聞いて、ふと夢で見た泉を思い出した。森の奥、大きな木がある傍にきれいな泉があった。大きさは直径で二十メートルほどだろうか。


 そんな大きさの岩、どうやって動かしたんだろうか、と疑問に思っていると、レクラスが同じように疑問を口にした。


「そんなでかい岩、どうやって泉に落としたんだ?」


 一瞬、沈黙が部屋を満たし、明確に呆れたため息が響いた。自然と口元に笑みが浮かんだが、気づかれないように手で隠す。


「お前、リヴァイアと契約しといて、よくそんな言葉が出てくるな」


「あ」


「ビスタ様は土の精霊だ。そんなこと簡単だろう」


 もう一つ盛大にため息を吐いて、ティアはコーヒーを一口飲んだ。


 レクラスはふて腐れてコーヒーを一口飲んだ。そして、異変が起きた。


「え?」


「な、に……っ」


 二人の手からカップが床に落ちる。鈍い音がして、かなり残っていたコーヒーが、床に黒い染みを作る。


「ティア!レクラス!」


 ぐらりと身体が揺れて、ティアとレクラスは床に倒れた。慌てて二人に駆け寄る。


 意識がなく、ぐったりしているレクラスを抱き起こす。ミシダは涙を流して、ティアを抱き起こした。


「ティアっ!てぃぁ!目を開けて!」


 眉間にシワを寄せて、左手をレクラスの身体にかざす。力の波動を流し込み、原因を探る。


「これは……」


 泣きじゃくりながら、ティアの身体にすがりつくミシダに声をかける。


「案ずるな、死んではおらん」


「でも、でもっ」


「わかっておるよ。だが、泣いていても仕方なかろう」


 真っ直ぐミシダを見つめると、ミシダは奥歯を噛みしめ、涙を拭いた。


「どうすれば、いいですか?」


「これは恐らく精霊の毒。解毒剤を作る必要がある。材料が、ないがの」


 額に汗が流れる。苦笑して頭を振った。


「そんなっ!」


「案ずるなと言っておろうが。今度は我の言葉を信じよ」


「っ……はい」


「エンタイア!」


 天井に向かって声を出す。すると空間が歪み、緑の髪の精霊が姿を顕した。


「はい。えっえ?えぇっ!」


 いつもオレが呼ぶときは半透明なのにもかかわらず、実態で顕れる。エンタイア自身も驚いているようで、こっちを凝視した。そして、慌てて平伏する。

「ままままっまさか、セ、セヴィア様っ!?」


「ふむ、まだ我の威厳は残っておったか。我の命では不服かもしれぬが、この付近の索敵を頼む。虫一匹見逃すな」


「とんでもない、光栄の極み!お任せください!」


 張り切ってそういったエンタイアは、数センチ浮かび、目を閉じた。すると、エンタイアの周りの空気が波を打ったように静かになっていく。


 しばらくして、エンタイアの眉がぴくりと動いた。薄らと瞼を上げ、言った。


「見つけました。ここから西へ向かって逃げてます。小柄な男、精霊ではないですね。捕まえます」


「いや、足止めだけでいい。我らが直接行く」


「わかりました」


 そう言うと、エンタイアはまた目を瞑り、ゆっくり手を前に伸ばした。そして、空中の何かを掴む。


「長くは持ちません」


「わかった。奴の所へ我らが到着したら、この二人の警護と治癒を頼む」


「治癒は、私ではできませんが……」


「そうであった。アイソトープ、ビシード、ベンプル」


「はっ」


 青、赤、黄の髪の精霊が、片膝を立て、頭を下げて眼前に勢揃いした。


「ベンプルとビシードは我と共に来い。アイソトープはこの二人の治癒を」


「治癒と言っても、進行を遅らせることしかできませんが」


「それでいい。我らが戻るまで頼む」


「かしこまりました」


 精霊とのやりとりを、呆けた顔で見ていたミシダに視線を向ける。


「何を呆けているのだ、カドリール家の末娘。行くぞ」


「あ、は、はいっ」


 窓から外に出て、空を見上げる。黒で塗りつぶしたような空に満月が浮かんでいる。まだ朝は来ない。


「ビシード、この人間の身体では飛べぬのでな、移動具を作ってくれ」


「はい」


 ビシードが地面に手を触れさせると、地面から土が盛り上がり、途端に車らしきものを作り上げた。


「よし、行くぞ。ビシード案内を頼むぞ」


「はい」


 ミシダが運転席に、オレは助手席に乗り込む。


 ハンドルを握ると、ミシダはアクセルを踏んだ。


 しばらく走っていると、前方に竜巻が見えた。


「あそこか」


「はい。恐らく」


「ベンプル」


「はい」


 返事をして、ベンプルは手のひらに炎を出現させると、それを竜巻に向けて放った。


 炎は竜巻に沿って上昇し、大爆発を起こした。


 爆風を受けて、車は停止した。


「うわっ!」


 そして人間が空から降ってきた。


 そのまま落ちたらきっと転落死するだろうな、とコマ送りのようにその様子を見ていると、口が勝手に動

く。


「ビシード、ひとまず助けろ。聞きたいこともある」


「はい」


 返事をしたビシードは手を前に伸ばした。すると落ちてきた人物の下に、滑り台のようなものが生成され、人間は滑り台を滑って、オレ達の目の前に着地した。


「はぁはぁっ」


 竜巻でかなり煽られたのだろう。全身が砂まみれの男は、荒い息をついていた。


 車を降りたオレとミシダは、座り込んでいる男と対峙する。ビシードとベンプルはその後ろで控えてい

た。


「お前に聞きたいことがある」


 威圧的な声が、自分の声帯から出ていることに驚く。セヴィア様と呼ばれる者の力なのだろうか。


「ゲホッな、なんだよ」


「お前、何者だ」


 オレの顔を見て、男は、一つ笑って、オレの顔を指さした。


「へっ。お前がキーラって奴か。おれはボルス!賞金稼ぎだ。お前の首に掛かっている賞金をいただく!」


「……」


「はぁ」


 さっきまで竜巻に煽られて、息も絶え絶えだった自分を忘れるように、ボルスと名乗った男は、嬉々としていた。


「おぬし、あの毒をどうやって手に入れたのだ?」


「毒?あぁこれか」


 そういってボルスは上着の内ポケットから、小さな小瓶を取り出した。透明な瓶のその中には、何やら粉が入っていた。


「これは依頼主から貰ったのさ。これと、この薬」


 ボルスは上着からもう一つ小瓶を取り出し、目の前で軽く振った。中身は液体のようで、瓶の中で揺れている。


 オレは眉間にしわが寄るのを感じた。それと同時に、セヴィア様と呼ばれる者の、焦燥。


「その薬は、なに?」


 ミシダが、緊張しているのか、固い声で聞いた。ボルスはミシダに視線を向けて、笑みを浮かべる。


「これは解毒薬」


「っ……」


 ミシダが息を飲んだ。オレの視線は、二つの小瓶に釘付けになっていた。


「どうやってあの家に侵入したのだ?」


「簡単だったさ。この解毒薬を一口飲んだら、透明になって気配も消せるんだ。全員が寝てる間に、こっそり裏口から侵入させてもらった」


 ニヤニヤ笑うボルスの顔を、じっと見る。こちらの様子に気づいたミシダが、困惑した表情を向ける。


「どうしたんですか?セヴィア様?」


「飲んだのか、それを」


「あぁ」


「そうか」


 低い声が、響く。ミシダの困惑が、ボルスにも伝わった。ボルスも、少し慌て出す。


「な、なんだよ。依頼主は別に大丈夫だって言っていたぞ。何なんだよ!」


「あぁ。問題はない。飲んだのが精霊だったならな」


「は?精霊なんてこの世にいるわけないだろう」


「それを人間が飲めば、数分中に、命を落とすだろう」


「……は?」


「それは、そういう薬だ。助ける道は、ない」


 軽く目を伏せる。ボルスは理解できない、という顔をして、唖然としていたが、やがて小刻みに身体を震わせた。


「ふ、ふざけんなよ、なんだよそれ。聞いてねーよっ」


 そして手に持った小瓶を地面に叩きつけるために振り下ろした。


「ベンプルっ!」


「はい」


 小瓶が地面につく前に、ベンプルが、炎で回収する。


「それを早く、あの二人に飲ませるのだ!急げ!」


「しかし……」


「ふん。我を誰だと思っているのだ。さっさと行け!」


「……っはい」


 ベンプルは小瓶を大事そうに握り込み、全速力で空に飛んでいった。


「へ?」


 今の状況を理解できないボルスは、唖然とした顔でベンプルが飛んでいった方向を見上げる。


「セヴィア、さま?」


 ミシダも理解が追いついていないのか、こっちを凝視している。


「何だ?間違ってはおらんよ。あの薬だけを飲んだら死ぬが、そもそもあれは解毒薬。毒に侵されている者が飲めば回復する」


「結局おれは死ぬんじゃん!」


 ボルスが吠えると、ため息をはいて、指をさす。


「おぬし、死んでおらんじゃろう。飲んでから何時間経っているのだ?」


「えっと、三時間くらいか?」


「まあ、一つ間違いを挙げるとしたら、人間には効果がない、ということだろう。おぬし、先ほど精霊はいないと言ったが、いるぞ。我がその筆頭だからの」


「ちっくしょう!もう何が何だかわからねーが、お前の首を依頼主のところへ持って行けば、おれは金が貰えるんだ。悪いけど死んでもらうぜ!」


「悪いがそう簡単に死ぬわけにはいかぬのだ。抵抗させてもらうぞ」


「私もお手伝いさせてもらいます」


 ミシダも戦闘態勢を取る。二対一は、分が悪いと思ったのか、ボルスは腰から一本のナイフを取り出した。


 月の光を受けて、銀色の光がギラリと光ったのを合図に、三人は地面を蹴った。


「はあぁ!」


 ボルスがナイフを突き出す。それを受け流し、ボルスの腹に向けて蹴りを入れる。しかしそれをボルスは一歩後ろに飛んでやりすごす。


 立て直す隙を与えないように、ミシダがボスルに向かって突進する。


「やぁ!」


 蹴り上げたミシダの足が、ナイフを持っていたボルスの手首に当たった。


「ぐっ!」


 蹴り上げられ、手に持っていたナイフが空中を舞った。銀色の軌跡を描いて、ナイフは地面に刺さった。


 ズザッと音を立てて、ミシダはボルスと対峙して止まる。痛む手首を押さえ、ボルスは奥歯を噛みしめ、ミシダを睨む。


「あら、女だと思って油断してくれたのかしら」


 皮肉を込めた笑みをボルスに向ける。ボルスは睨む目に力を入れて、舌打ちをした。その様子から、油断していなかったことは容易にわかった。


「ちっ!」


 お互い、間合いを測りながら睨み合う。


「おぬし、我を殺すよう言った奴と会ったか?」


「知らねーよ。やりとりはすべて手紙だったからな」


「指輪を奪ってくるようには、言われていないのか?」


「指輪?おれが依頼されたのは、お前の首を持ってこいってことだけだ」


 視線はミシダから外さず、ボルスは答えた。


「そうか。ならばおぬしに聞くことはもうない。決着をつける」


「へっ。そうこなくっちゃな」


 一歩一歩、ボルスに近づく。左手を前に伸ばし、手のひらをボルスに向けた。その途端、ボルスが首を押

さえて苦しみだした。


「う、ぐぐぅぐっ!」


「セヴィア様!何を!?」


 ミシダが慌ててこっちを向いた。


「何を、とは愚問だな。こやつは我の命を狙ってきた。反撃するのは当然だろう」


「しかし、命までは!」


「おぬしも甘いな。命を奪いに来たのだ。こやつも、自分の命が取られることを覚悟しているだろう。命のやりとりとはそういうものだ」


「ですがっ」


 ミシダが止めようとするが、それを一睨みで黙らせる。ボルスはうめき声を上げながら、その場にくずおれた。


「あぁぁっがっ」


 オレは、必死に身体の主導権を取り戻そうと躍起なった。確かに、狙われて、反撃するのは仕方がない。喧嘩でも、何度も相手を再起不能にしてきた。だけど命を奪ったことなど、一度もない。命を狙われたからと言って、相手の命を奪っていいなんて理屈、受け入れられない。 ただ、その命の重さを受け止める覚悟がないとも言うが。


「む」


 微かに、右手が持ち上がる。そして左手首を掴み、ボルスに向けていた手のひらを下ろす。


「っゲホッゴホッゴホッ」


 呪縛から逃れられたのか、ボルスは吸えなかった空気を吸おうとして思い切り咳き込んだ。


「大丈夫!?」


 さっきまで戦っていたと思えないくらい、ミシダは倒れているボルスに手を貸した。しかしその手を、ボルスは払いのけた。


「……っゲホッゲホッ、情けは、受けない。そいつの言っていることは、正しい。それが、この世の理だっ……」


「そんなの、戦いの世じゃない……」


 眉根を下げたミシダに、ボルスは侮蔑の視線を向けた。


「はっ、甘ちゃんだな。きっとお綺麗な世界で、ずっと生きてきたんだな」


 その言葉に、今度はミシダが奥歯を噛みしめた。


「確かに、私は、甘い世界で生きてきたのかもしれない。妹が、前線で戦っていたとき、私は城の中で守られていた。あの子の方が、命の重みがわかっているのかもしれないわね」


 苦笑したミシダは、俯いて拳を握りしめた。だけど次の瞬間、ボルスの腕を掴み、無理矢理立たせた。その表情は決意に満ちていた。


「だけど、やっぱり殺せないし、死んで欲しくない。せめて目の前の命だけは!」


 ふらつきながらも、小柄とはいえ大の男を肩で支えて引きずっていく姿は、純粋にすごいと思った。


 ボルスも、さすがに体力が切れたのか、されるがままになっていた。


「とにかく、あなたは、連れて、帰ります。そして、ティアと、レクラスに、謝って」


 息も絶え絶えに、車までボルスを運び、額に流れた汗を袖で拭うミシダは、こちらを向いて、言った。


「そういうことなので、セヴィア様、力を貸していただけますか?」

 

その瞳は、力強い意志がみなぎっていた。口からため息がこぼれる。


「まったく。そんなことで……」


 最後の言葉は、口の中で消えていったので、何を言ったのかわからなかった。二人でボルスの身体を車の後部座席に押し込み、来たときと同じように、運転席にミシダ、助手席にオレが座り、車は来た道を戻っていった。


 家に着いて、ボルスをビシードに運ばせる。リビングには、ソファに横になっているティアとレクラスがいた。二人とも無事なようで、姿を見せると、淡く笑顔を浮かべた。


 ボルスを床に下ろすように言ってから、セヴィア様と呼ばれる者は、四精霊を見た。


「エンタイア、アイソトープ、ベンプル、ビシード、ご苦労だった」


「いえ、お手伝いできて光栄でした。失礼します」


 四精霊はそう言って、ブレスレットに戻っていった。それと同時に、オレの身体がふらついた。


「そうか、我が居ても、かなりの力を使うのだな。もう少し、話すことがあったのだが、仕方ない。後は、おぬしたちで答えを導き出せ……」


 それだけ言って、セヴィア様と呼ばれる者は、オレの意識の奥へ沈んでいった。そしてオレも、意識を失った。


 次に目を覚ましたとき、眩しい朝日が窓から差し込んでいた。身体を起こすと、リビングのソファベッドにボルスと並んで寝かされていた。ボルスはまだ目を覚ましておらず、呼吸だけはしていた。


 何故かホッとしてしまい、うなだれた。俯いてぼんやりしていると、リビングのドアが開いて、ティアが入ってきた。


「起きたか。身体は平気か?」


 いつもの無表情で聞かれ、ベッドから降りてキッチンへ向かうティアの後ろをついて行く。


「おはよう。大丈夫。ティアとレクラスは?」


「大丈夫だ。後遺症もない」


「よかった」


 ティアは冷蔵庫から、ハム、トマト、豆腐、卵など取り出し、シンクに並べていく。ふと、こちらを向いて、探るような目を向けてきた。


「セヴィア様は?」


 言われて、自分の内側へ意識を集中してみる。胸の奥で、自分とは違う波動が、ゆっくりと脈動しているのを感じた。


「眠っている。かなり奥の方で」


「そうか。力を使いすぎたか」


「力?セヴィア様の?」


 ティアはフライパンに油を引いて、鮭の切り身を焼きながら、その横のコンロで鍋に水を入れ、火にかける。


「お前のだよ」


「オレの?」


 切り身の両面が焼けたら、少し酒を振りかけ蓋をして火を弱めて蒸し焼きにする。水が沸騰した鍋に豆腐を切って入れていくのを、ボーッと見つめる。


「精霊を動かすのに、お前の力を使ったんだ。セヴィア様自身の力は、お前の力を暴走させないように、抑えるのに使っていたんだろう」


 話しながらでも、ティアの手は止まらず、レタスを裂いてサラダボウルに入れ、輪切りにしたキュウリと、くし切りにしたトマトもサラダボウルに入れていく。


「そうなのか。でもいつもオレが呼んだときは、半透明なのに昨日は実体だったぞ?」


 再び沸騰した鍋の火を止め、味噌を溶かし込むティアの手元を覗き込んだ。


「……」


 じっと見られて、鼓動が一つ跳ねた。金色の瞳に、金色の髪。朝日に照らされ、キラキラと輝いて見える。背中に羽でも生えていたらまるで天使のようだ。


「お前はまだまだ力が使えていないってことだろ。もっと修行しろ」


 しかしその口から出てくる言葉は、刃のように鋭い。ガックリと項垂れる。


 ティアはため息を吐いて、切り身が入っているフライパンの火を止めてから蓋を開け、塩、こしょうを振りかけ器に盛っていく。


 完成した料理をテーブルに並べていると、ミシダとレクラスが起きてきた。タイミングがよすぎて、一瞬ティアを見てしまった。まさかこうなることを計算していたのだろうか。


「おはよう」


「お、おはよう」


 ミシダとレクラスに挨拶を返し、ボルスに視線を向ける。ボルスは起きる様子を見せず、未だ寝息を立てていた。


「大丈夫だ。そのうち目を覚ます」


 視線に気づいたティアが言って、椅子に座る。


「うん……」


 心配なのか、何なのかわからない気持ちを抱え、椅子に座って四人で朝食を食べた。朝食が終わり、片付けをしていると、ボルスが身じろぎするのが見えた。


「……ぅん」


 ゆっくり目を開け、周囲を観察したボルスは、身体を起こし、対面に座るミシダを見た。


「あんた……」


「おはよう。目が覚めてよかったわ」


 ミシダはティアに負けず劣らずの無表情でボルスと視線を合わせた。


「ここは……」


「そう。昨日あなたが侵入した家よ」


「へっ。そういうことかよ」


 視線をこっちに向けたボルスは、怪訝な顔をした。なんだろう?と思って見返していると、ますますボルスの眉間のシワは深くなっていった。


「なんだよ」


 つい剣呑な声を出してしまった。だがボルスはそんなことを気にしてはいなかった。


「あんた、キーラ・リズラスだよな?」


「そうだけど」


「なんか、昨日と性格変わってねぇ?」


「あ、あー」


 ボルスの怪訝な顔の理由がわかって複雑な気分になった。


 確かに昨日、意識はあったが身体は身体に入っているもう一つの魂、セヴィア様と呼ばれる者が動かしていた。外見は一緒だが、やっぱり魂が違うので、性格は変わるのだろう。


 しかしそれをこの男に話す理由があるのか?考えていると、ソファベッドに近づいたティアが、咳払いをして注目を集める。


「どちらも同一人物だ。そんなことより、こちらの質問に答えてもらうぞ」


「嫌だと言ったら?」


 ボルスも視線をオレからティアに移した。そしていたずらっぽく笑みを浮かべる。


 ティアはとりあうわけでもなく、無表情で返した。


「ふん。つまんねーな。なんか反応しろよ」


 首をすくめたボルスは、一度舌打ちをした。


「お前に、あいつの殺しを依頼した人物について、何か知っていることがあれば話せ」


 あいつのところでオレを指さしたティアは、真っ直ぐボルスの目を見ていた。


「話せって、ずいぶん上からだな。そんなんじゃ知っていても話す気にはならねーな」


「ほう」


 嘲り言うボルスに、ティアは表情を動かした。滅多に見せない笑み。だけどその目は笑っていない。


 仄暗い笑みをボルスに向けた途端、リビングの温度が氷点下まで下がったような気がした。


「ヒッ」


 ボルスも感じたのか、怖ろしいものを見たような顔をしていた。涙目でソファベッドの上で縮こまって震える。


「この人、あなたにされたこと本当に腹に据えかねていて、今すぐ縄で吊したい気持ちを抑えているの。大人しく話した方がいいと思うわよ。今よりさらにひどいことされたくなければ」


 ミシダがこめかみを押さえて言った。侵入されて気づかず、しかも毒まで飲まされた。ティアにすれば、屈辱以外のなにものでもなかったのだろう。


「わ、わかった!言う!話すよ!」


 ボルスは涙目で訴えた。それを聞いてティアは無表情に戻り、部屋の温度も戻った。


 ホッと息をついたボルスは、項垂れて話し出した。


「依頼は、インターネットの掲示板で見つけたんだ。報酬が高額だったし、元々おれはそういう仕事してたから抵抗もなかった。依頼を受けてからは手紙が送られてくるだけだった。読んだら燃やせといつも指示が書いてあったよ」


「その通りにしていたの?」


 ミシダが不思議そうに聞いた。ボルスはミシダに視線を向けた。


「一番最初に届いた手紙に、おれの生活風景を盗撮した写真も同封されていたんだ。見ているぞってことだろ。処分しないとこっちが処分されちまう」


「それじゃあ今も見られているんじゃないのか?!」


 焦ってティアに突進しそうになったところを、レクラスに支えられた。


「それは大丈夫だ」


 ティアが冷静に言った。


「なにが大丈夫なんだよ!命狙われてんだぞ!」


 ティアの目が、鋭いナイフのように光ってこちらを向いた。その目に背筋が寒くなった。


「もう狙われただろうが、お前が。もうこの場所も知られている。もう隠れてはいられない」


 もしかして、ティアはかなり怒っているのではないだろうか、と思いレクラスを見ると、レクラスも真剣な顔をしてボルスを見ていた。


「反撃に出るために、情報が必要だ。続きを話せ」


「あ、あぁ。手紙はいつも一通ずつだった。どこかの地図が同封されていて、そこに行って草を採ってこいとか、人相書きが同封されていて、この貴族を殺せとか」


「最初の方は恐らく小手調べだろう。本当に実行できるのか試したんだろう」


 ボルスはため息を吐いて天井を見上げた。


「金に釣られてやるべきじゃなかったな」


「それで?」


「数日前に小包が送られてきた。その中にここの家の地図と、小瓶が二つ。そして使い方の書いたメモが入っていたんだ。決行する日時も細かく書いてあった」


 ティアの拳を握る手に力が入り、青筋が浮いていた。そんなに侵入されたことが屈辱だったのだろうか。何か、違う気がする。


「ちなみに、草ってどんなの?」


 ミシダが、ボルスに聞いた。ボルスは紙とペンを要求したので、近くにあったメモとペンを渡した。


 ボルスが書き写した絵を見たとき、ティアとレクラスが顔を見合わせた。


「もしかして……」


「何?何だよ。その草がどうしたんだよ」


「これは、傷の化膿を抑える薬に利用される」


 レクラスが言った。草の知識があったことにびっくりした。


「学校の周辺に自生しているのを、見たことがあるんだ」


「学校って、オレらが通ってる?」


「あぁ」


「セラクは、お前に負わされた怪我が治っていないんじゃないか?」


「えぇ?」


 病室で襲われたとき、セラクが持っていたナイフを奪い、奴の右の手のひらを突き刺した。その傷がまだ治っていない?


「そうだとしたら、反撃するには今しかない。行くぞ」


「えっどこに?」


「今度こそ、決着をつける」


 ティアの口元に笑みが浮かんだ。


 

まだ続きます。

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