8 記憶
そう。
彼女の言うとおり、私は彼に殺された。
いや、正確に言うならば殺されたのは私の主だ。私はそれに巻き込まれた。
主が私を連れて彼を訪ねたのは5月の上旬のことだ。
ターくんは主の訪れを本当に喜んでくれた。主とターくんは、彼のアパートで一週間を過ごした。主はその一週間で彼をさらに愛し、彼はその一週間で主に飽きた。そして、ずっとスマホの画面を見つめていた。きっとすぐに別の女性に声をかけたのだろう。
「もう帰ったら」
冷たく言う彼の言葉に、主は頷こうとはしなかった。
「私、もう帰れないよ」
主は泣いて男にすがった。男に会うために生まれて初めて家出までしてきたのだ。真面目な主にとって、こんな形で家に帰れるはずがない。
そんな主の首をあの男は両手で締め付けた。
ほんのちょっと脅すだけ……のつもりだったかどうかはわからない。それでも主はそこで命を落とした。
彼はポケットに入った私の存在に気づくことなく、主の体を実家まで車で運んだ。そして、裏庭に穴を掘るとそこに投げ込んだ。
そこがどこなのか、私にはわからなかった。ただ、ジメジメとした暗いなか、私は命を落とした主のポケットのなかから出ることが出来なかった。
主は私のことをあの男には一切話さなかった。そして、いつも私のことをポケットの中にいれていた。そして、優しく私のことを握り、親指で私の背を撫でてくれた。
「クーちゃん」
そう呼んでくれた主の声を私は忘れない。
主のことを殺したあの男を私は許せない。
それでも、きっと主は最後まで彼のことを愛していたのだろう。
私は主の願いを叶えてあげたかった。
主の魂を私はその体に受け入れ、妖かしと化した。