3 記憶のなかの風景
一瞬、その問いかけが誰に向けられたものなのかわからず、私はすぐに答えることが出来なかった。
「ご旅行ですか?」
彼女はもう一度訊いた。それが私に向けられていることは間違いなかった。でも、なぜ私になんて話しかけてきたのだろう。田舎の人はこんな女子高生でもフレンドリーに誰にでも話しかけるものだろうか?
「は……はい」
さすがに無視することも出来ず、私は携帯電話をポケットにしまってから彼女に答えた。
「どちらからですか?」
「……東京です」
「どこまで行かれるんですか?」
「あ、いえ……ちょっと友達に会いに……」
なぜこの子は私に話しかけて来るのだろう。私の周りには、こんな見知らぬ旅行者に話しかけようなんて人は誰もいない。
「急に話しかけてごめんなさいね」
彼女は困惑する私を気遣うように言った。それでも話しかけるのは止めなかった。「何歳ですか?」
「じゅ、17才です」
その堂々とした雰囲気に、思わず敬語で答えていた。
「じゃ私の一つ年上ですね。友達も同じ年なんですか?」
「友達?」
「友達に会うんですよね?」
「え、ええ……いえ、彼は21才で……」
思わず本当のことを答えてしまい、私はハッとして口をおさえた。
「じゃあ彼氏に会いに行くんですね」
彼女はニコニコと笑いながら言った。
この子は一体何を考えているのだろう。家出をしてきたと知られたら通報されるだろうか。少しだけドキドキしながら彼女の顔を見る。
私の心配など気づきもせずに、彼女はさらに問いかけてきた。
「ここに来るのは初めてですか?」
その言葉がどこか胸に刺さる。
「ええ……初めて……です」
なんだろう? 何か妙な胸騒ぎがする。
「冬休みを利用して?」
「そうよ」
すると彼女はチラリと車外の外へ視線を向け――
「雪、降ってますね。明日はクリスマスイブですもんね。こっちは寒くないですか?」
「そうね」
私はなるべく短い言葉で答える。
「小百合さんが着ているのはスプリンコートでしょ? それじゃ寒いんじゃない?」
それを聞き、私は思わず自分の服装に目を向ける。確かにこの季節にスプリングコートは似合わない。
「これは……私のお気に入りだから」
そう、これは私のお気に入りだ。雪が降っているからといっておかしいわけじゃない。私は心のなかで私に言い聞かせた。
「今日は東京も寒いらしいですね。向こうの天気はどうでした?」
その言葉に私は家を出た時の風景を思い出す。だが、不思議なことに思い出すのは麗らかな風と暖かな日差しだった。
「……そうね……寒かった……かな」
思わず嘘をついた。でも、どうしてあんな春の景色を思い出したんだろう。
「ここまで何時間かかりました?」
「え?」
なぜそんなことを訊くの?
考えがまとまらない。
あれ? さっき彼女は何て言っただろう?
私の名前を呼んだ? 私は名乗ってなんていないのに。
頭が混乱する。
(このままじゃ――)
私は思わず立ち上がった。
「そ、それじゃ」
「あ、待って――」
私は慌てて席を離れると彼女の声を振り切るようにして電車を飛び降りた。