STATION IX ~満天につき~
PPP推しメン誰ですか?
踏みしめる大地が乾いたコンクリートでないと知った時、僕等はようやくたどり着いた。茶色く水分を保った土が、野草まみれに広がっている。夕方の日差しを浴びて、赤褐色に映る景色はむしろ遥か昔に来ているようだ。オレンジジュースをいっぱいに溜めた池はさざ波を立てて微笑んでいる。そんな先史的な世界の中ポツンと遺跡になった建物が見える。中央支部 管理局 初めて会ったくせに、久しぶりねと言わんばかりに…
灰色のコンクリートが半球形に組まれている。ブロックの隙間からは野草が生えていることから、もう数年以上人の手が入っていないことが伺える。小高い丘の上にたたずむそれは何だか随分やつれて見える。まるで遠い無人の惑星に来てしまったかのような、期待と緊張が心拍数を上げていく。シノンは20点を採ることが分かっているテストを返されるとき、それでもせめて30点であってほしいと願う様な顔をしている。わかるよその気持ち、君のそれの半分も持ち合わせていないけれど、今どんな風かはよくわかる。
入口であろう場所は当然のことながら閉まっている。イデアが壁を壊して入ろうか、とかいう物騒なことを言っているが、案外それしか無いかもしれない。僕等がびっくり箱を前にしてお預けを喰らっていると、リライドが近づいてきた。ディスプレイにテキストエディタが映り、数秒立つと扉が開いた。互い違いに織り込まれたブロックがすっと引き抜け、館内に照明が灯っていく。扉は縦がイデアの身長よりも高く、横幅は力士が3人並べるであろう広さだった。リライドが扉を開けられたことや、いきなり青白い照明が点いたことに、若干の驚きを覚えつつも、中へ踏み入る。
中に入ると外から見たドーム状のつくりは氷山の一角にすぎないのだとわかった。幾つかの簡単なセキュリティシステムしか置かれておらず、中央には強化ガラスの板で出来た螺旋階段がある。螺旋階段の真ん中にぽっかり空いた穴は少し偽の楽園を彷彿とさせた。ここを空洞化することでコンピューターの発する熱を逃がしているのだろう。ドーム状の天井にはホログラムの星図が映し出されている。リライドがメインサーバーと繋がるコンピューターは最下階にあると示している。
一番下の階である地下五階にたどり着いた。電気系統に故障はなく、電力も供給されているので、空調は常時無人で作動しているようだ。そのおかげでここまで来ても特に体に支障をきたすことはない。リライドがコンピューターと接続してくれ、コンピューターは(エマージェンシーモードで起動します)と表示しながらもなんとか起動した。さて、早速シノンの持つメモリーチップを差し込みたいのだけれど、なかなかそれをしようとしない。
「どうしたの?ああそれは、金歯の方を下にするんだよ」
「ど、どうしよう、マスターキーがここになかったら」
「大丈夫だよ、そしたらまた探しに行けばいい」
「も、もうこれ壊れてるかも」
「そしたらここで直せばいい」
「で、でも…」
「不安なの?」
「ええ…」
「も、もしかしたらこれにはなんのデータも入ってないんじゃないかって、お母さんが言ったのはただの気休めだったんじゃないかって、ずっと不安だったぁ。ここに近づくたびにどんどんそう思うようになってきて、これにはほんの一欠けらも思い出はないんじゃないかって…」
弱気な顔をしていたのはそのせいだったのか。
「大丈夫だよ。そのチップは気休めなんかが入っている重さじゃない。それに、もし何の思い出も、本当に何も無かったとしても、思い出はシノンが持ってる。ここに来るまでだけでも、それだけの価値があるって、君のお母さんは託したんじゃないかな。」
「苦しい時に希望を与えるために何かを送るっていうのはとても難しいことだ。けれど、そうするより他なかったのなら、それには必ず意味があると思うぜ」
「…ん」
そう小さく頷いてからメモリーチップを差し込んだ。画面に映し出されたのは、(データの検出 総量10PB)だった。
「よかったなちゃんと入ってるよ」
「うんっ」
しかし一体ペタって、どんだけ入ってるんだか。しかしそのファイルは開こうとした時、(只今全世界のサーバーは停止しておりアクセスは出来ません。ご利用になる場合はマースターキーを行使し、メインサーバーを最起動させてください。では、エマージェンシーモードを終了します。)と表示しシャットダウンしてしまった。
「マスターキーって、どこに…」
(10年前に終了した世界大戦時、大量の人工知能兵器が使用されました。その際メインサーバーは光速通信網の奪取、破壊を危惧し、その管理権及び行使権を持つ11のマスターキーを月に移しました。そして自信を最低限度の機能しか使用出来なくし、スリープモードへと移行しました。しかし、13日前から残りの演算能力も全て使用しているため、メインサーバーは事実上の停止状態となっています)
リライドの告げた情報は僕等の気持ちを絶望させるのに十分だった。だが…
「ほーん、月か丁度行ってみたいと思ってたんだよね。リライド月まではどうやって行けばいい?」
イデアのこの言葉で僕とシノンの中に段々と活力がみなぎってきた。
(月までは自転運動利用型 月面エレベーターで行くことが出来ます)
「それは何処に行けば乗れるんだ?」
(ここより約90km北北東に進んだ、Yブロック Eライン Tパートです)
「よし、そうと決まれば、また明日から頑張らないとな!」
「「うん」」
やっぱりイデアは神様なんだなと改めて実感した。
20時30分、リライドが火星が地球に最も近づく日だと言っていたから、皆で夜空を見ることに。満天の星空をLED電球の如く満月が爛々と。あそこに行くのかと思うとやっぱり怖いようで楽しみなようで。真っ赤な点となって見える火星にもし生き物がいるならば、この青い惑星も見えているのだろうか。だとすれば、三人並んだぼくらのことをあっちも望遠していたりするのだろう。西の空に流れ星が三つ駆けていった。丘一面に広がった夏のにおいは草を揺らしてぼくらをそよぐ。真っ暗で静かな世界から見えるあの宇宙はまだまだずーっと遠くで、手が届かないか伸ばしてみる。
僕はプリンセスです。