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STATION V~望遠・観測~

暑い

 案の定、もといたビルへ引き返すとそこにシノンの姿はなかった。起きた時に僕出かけていて、それを探しに行ったという可能性もあるので辺りを探してみたが、やはりいなかった。となると、状況はすごくまずいことになる。さっき見えたあの車にシノンが乗せられて連れ去られたとみるのが妥当だろう。昨日出くわしたあの二人組は調査をしていたんだ。それは環境なんかじゃなく、“僕等”を。

「どうしよう、さっきあの車を見かけてからもう8分はたっている。急がないと本当に取り返しのつかないことに…でも、間に合うのか」

 しかし、もう悩んでいる時間はなかった。追いつけないとわかっていても、ここで走り出さねばもう二度とあの笑顔は見られない気がしたから…

 湿り、ほのかに暖かい外気を吸い込みながら走り出す。目測15kmはあるだろう目的地までペースなんか考えていられない。100m走の如く走り出したのだが、おかしい、息がいつまでたってもきれることがない。身体はまるで月に立ったかのように軽く、拍動する心臓は生まれ変わったように安定していた。元来長距離走は得意でランニングもよくしていたのだけれどまさかこんな速く走れるなんて思いもよらなかった。だが、自分の思わぬ成長を喜んでいる場合ではない。今は一刻も早くシノンのところへ向かわなければ。

 目的地と思わしき建物には驚くべきことに30分足らずで着いた。建物の外観はこの世界では珍し和風の館であった。分厚い樫の板で繋げられ、黒くさびた蝶番の付いた扉は重く開き、外壁は金閣寺をまねたかのような金細工の模様が彫られていた。丘から眺めた時、一際明るく見えたのはこのせいだろう。一見すると、“湯屋”とでも書かれていそうなので遊郭のようなものだろうか。むむ、ますますシノンが心配になってきた。門をくぐり50mはあろう石畳を駆け抜け、いよいよ中へ。

 建物の中は一層眩しかった。豪華絢爛な金箔の貼られた壁は照明から溢れる橙色の光をくすぶらせ悪趣味極まりない。正面には真ん中が正方形に開いた回廊型の階層が見える。真っすぐ行けば大広間にたどり着き、左右4つずつある廊下はそれぞれ小部屋に繋がっているのだろう。階下には四段、上には三段、何処に行くべきか…ん?音が聞こえる。かすかだが、確かに足音だ。上から聞こえる。考えよりも先に踏み出していた。壁につけられた階段を跳ぶように駆け上がる。そして、一階上へ。

「なん…だと…」

 思わず定型文を口にしてしまった。

 上の階にたどり着いた瞬間その上の階も今来た階から下も“全て”蜃気楼のように消えてしまった。ホログラムだろうか、まあなんにせよ。

「シノンに触れるな、錆がつく」

「おや?またお会い出来ましたね。光栄です。」

「“出来ました”じゃない、“しました”だ」

 さっきとはうって変わって明かり一つない階の中、二人組の丸いレンズだけが怪しく光る。

「そうでしたか。それは大変失礼致しました。私達“楽園”を探しておりまして、それをこのお方に手伝っていただこうかと思った次第であります。」

「楽園がこんなところにあるとはおもえないけどね。それに楽園は“探す”ものじゃない。そこにいる全員が“創る”ものだと思うけどな」

「なるほど。では、失礼のついでと言っては何ですが、楽園を創る“手伝い”をしていただけませんかねぇ?」

 そう機械的に言うと、眠らされたシノンを暗闇の中に投げ入れる。

「何を…」

 急いで追いかけ、シノンを抱き起すと床が動きだした。

「どうしてもここのトラップが越えられなかったのですよ。お手伝い感謝しております。」

 こいつら囮にするつもりで…

「では、神の御加護があらんことを」

「クソッ」

 床の一部が急激にせりあがってきた。天井を見れば、暗闇の中から無数のコンクリートの棘が覗く。

「まずいッ」

 前方へ飛び下り、真っ暗な中へ着地するがシノンを抱えているためすぐには起き上がれない。そのすきに二人組はあっという間に走り抜けていってしまった。

「待ッ、ん?」

 着地した衝撃でシノンが目を覚ましたようだ。しかし、壁の中から出てきた小型ロボのアームに捕らえられる。

「痛ッ」

「シノン!」

 その瞬間、僕はレーザー光に飛ばされ再び暗闇の中へ真っ逆さまに落ちていった。

 久しぶりの被検体が手に入った。健康状態も良好。少年の方を殺すことになってしまったのは痛いがまあ、良しとしよう。

「え?」

 思わず、声を漏らしてしまった。管制モニターの一番左下のブロック。そこに映し出すものを見て。いたのだ、少年が。立っていたのだ。白を基調としたワイシャツは確かに右腕と左腹部のあたりが焦げて破れていたが、皮膚には切り傷や火傷は見られなかった。そして一瞬、だがはっきりと少年の髪が白銀に反射したように見えた。さっきとはまるで違う。鋭く見開かれた両眼は満月色の浮き上がる。その視線の先は、はっきりとこちらを視ていた。

「ばかな、監視カメラを通して逆にこちらを見透かしているとでもッ?」

 たが、あの眼はどう見ても…

「何だ?」

 少年が口を開く。喋りだすだけでこの緊張感。何を、何を言う気だ?


「ちょっと待ってろ、“すぐ行く”」


心はダルイ

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