STATION IV~蛍光フィルター~
サイバーNワールド
翌朝、早朝から僕等は歩き始めた。シノンの持つメモリーチップを開くべく管理局の中央支部に行くためだ。まずは、食料と飲料水の補給をするために少し西に歩いた。
西方へ10kmほど歩くと、食料生産施設のビルが見えてきた。ガラス張りで、一見するとお洒落なオフィスビルにも見えなくはないのだが、外からでも透けて見える野菜の葉は水産施設の風体を醸し出していた。
ビルの中に入り真っ先に目についたのは、推定10以上もの階層が連なった移動式水耕農業プラントだった。
「ロボットが自動で栽培を取り仕切っているってことは、電気は通じているんだ」
「ええ、このような食料生産施設は戦時中でもあまり破壊されることはあまりなかったわ」
「建物や機械は破壊されていないのに人間はほとんど死に絶えたなんて」
「戦争は10年に渡ったけれど、実質的戦闘期間は1年だった。それにこうなったのにはもう一つの要因があるの」
「もう一つの?」
「対人用小型戦闘機。それは文字通り人を数人ずつ殺すために作られた兵器。あの戦争はそれが主だった。」
「発電所なんかも動いてるの?」
「恐らくね。だから生活自体は貧困を窮めるものではないの」
そう言ったシノンの顔は全くといっていいほど満ち足りたものではなかった。
施設の中の野菜の階層で約三日分を詰め、飲料水を2Lほど補給した。
「いつもこんな大荷物を背負って歩くなんて大変だね」
「違うわ、水や食料は割とどこでも補給できるからいつもはもっと軽いわよ。今日はあなたがいるから持ってもらっただけ」
「僕は英国紳士じゃない」
「そう、でなくとも持ってくれるなんてケープは優しいのね」
「え、ええ、いや、普通だよ。うん」
「褒められなれてないのね、可哀そうに」
「あるよ!のび太君と同じぐらい」
「…!」
「まあ! みたいな顔するな」
「フフッ」
「はぁ」
そう言って笑うシノンの顔はまるで雪を見た子どものようだった。そして僕も久しく忘れていた他人と喋る楽しさというものを思い出しつつあった。
「ところであなたさっきから何食べてるの?甘い匂いがするのだけれど」
「ああ、リンゴだよ。すごくおいしい。シノンも食べる?」
「ええ、いただくわ。そのリンゴは何処からとってきたの」
「隣の棟に果樹園があったんだよ」
「へえそんなものが」
その後果樹園によって果物をいくつかとってきた後僕らは北東へ歩き出した。二時間近くは歩いているのだが景色は相変わらず蒼く透明なビルが立ち並ぶばかりだった。
「結構鳥が飛んでいるんだね」
「ここ最近生態系が少し回復しつつあるのかも」
「何だかその戦争って」
「ん?どうしたの」
「いや、何でもないよ」
「そう」
まるで人間を取り除き静かな世界に戻そうとしているように思った。なんて言えるわけがなかった。ましてや、一人ぼっちになった世界を歩いていこうとする彼女の前で、そんなこと思う自分が嫌だった。
「…」
「ん?」
「また何か食べてるぅ」
「いやなんかさ、おなかが減るんだよねえ」
「だからってそんな、“腹ペコあおり虫”みたいにレタスを食べないで」
「それを言うなら“はらぺこあおむし”だ!僕をカッチャマみたいに呼ばないでくれ」
「見かけに反して大食漢なの?それとも身長でも伸ばそうとしてるの?」
「元来小食なんだけど、昨日から無性におなかがすくんだよ。肉はないの?タンパク質が摂りたいんだけど」
「食用肉は今はもう無いわ」
「じゃあ、どうすればいいのさ」
「それに代わって創られた大豆があるの。高蛋白質で栄養価も豊富よ。俗に言う一粒食べれば十日間はお腹が満たされる、ありがた~い豆よ」
「いやダメだってそれは。その忘れ去られた設定のような説明はダメだって。それと猫っぽい声で言うのもやめろぉ」
「あなた結構饒舌なのね。」
それはシノンの方だと思うんだけどなぁ
「まあとにかくお腹がすくならそれを食べるといいわ。」
その言葉に従って大豆を食べながら歩きつづけると、夕立が降り出した。近くのオフィスビルに入り雨宿りにすることにした。昨日遅くまで星空を見ていた僕らはあっという間に寝入ってしまった…
目を覚ました時にはもう雨は止んでいた。壁掛け時計は19時56分を指している。シノンはまだぐっすりのようだ。今朝あんな早くから意気込んでいたのにやっぱり疲れてしまったようだ。寝顔はエアコンのついた部屋で寝ているように気持ちよさげだった。僕は少し外を歩くことにした。
雨上がりの夜道は甘い湿気た空気が立ち込めていた。こうしてみるとこの世界は本当に暗くて静かでそして、寂しいんだなと思った。坂を上ってみる景色はわずかに無人施設の光が滲みでていた。しかしその中で僕らが向かうセントラルの方にひときわ明るい建物が見えた。距離にして10、いや15kmだろうか。僕の眼はその光に外灯に群がる夏の虫のごとく吸い寄せられていった。なんだ、音がする。自動車の走る音だ。あの建物の方へ向かっている。走ってきたであろう道は僕らが雨宿りをしていたビルが建つものだった。昨日出会ったあの不気味な二人組がフラッシュバックする。そして、気持ちよさげに眠るシノンの顔が。嫌な予感がよぎる…
かっこいい