STATION III ~夏のにおいがする~
何かお手軽に夏休み気分味わえないかなぁ…
結局ひとまず彼女についていくことにした。まあ、あの電車に乗って来たのだから、もう一度あれを走らせられれば帰れるだろう。
「あの電車いつ頃走るの?」
「あれはもう随分前から走れなくなっているはずよ。あなたが乗って来たていうのも信じられない」
「エネルギーが無いの?それともどこか故障してる?直せるかもしれない」
「違うわ。あの電車はプラズマ発電だからエネルギーは尽きないし、何処も壊れてなんかいないはず。だから恐らくロックがかかっているはず」
「ロック?」
「そう、マスターキーのね」
「それが何処にあるかわからない?」
「わからない…でも、管理局にいけばきっとあるはず…」
そう言って彼女は黙ってしまった。さっきまでとは違って暗い表情になり、歩幅も随分小さくなった。沈黙のまま30分ほど歩いていると、彼女がこちらをちらちら見てきた。僕に一緒に来られるのは嫌なのだろうか?まあ確かに名乗ってもいないから不審がるのも仕方ないか。そんなことを考えていると前から歩いてくる人影が見えた。
「待って管理局の人間かもしれない」
「さっき僕に勘違いして言った奴のこと?」
「奴等は危険よ。資源を得るためなら平気で殺しもする」
「え、えっ、どうしよ、逃げないと」
「今更遅いわ、何とかやりすごすしかないわ」
目の前に現れた二人の様相に僕たちは少なからず驚いた。二人ともペストマスクを着け黒いコートに身を包んでいた。
「管理局に人間?もうここら辺にはめぼしい物はないわ!」
「いえいえ、すみません。私たちはその様な者共ではありません。この辺りの生態調査をしている一研究者です」
と、マニュアルの如く丁寧な口調で右側にいる方が喋った。
「おや?随分と良質な綿ですね。 どこで穫れたのですか?」
まずいな、適当なこと言ってはぐらかさないと。
「ああえーっと、去年の誕生日に貰ったんだ。僕は物持ちが良いからね」
「そうでしたか。殊勝なことです」
ん?ちょっと待てよ。何でこいつ今丁寧調で喋っていたのに、急に上から目線になったんだ?
「ああ!すみません。まだ名乗っておりませんでした。私 ルー=マッカと言います」
やっぱり。文法が変だ。それともこの時代の文法がそうなのか?
「私は ディス=マッカです」
初めて左側が喋った。それにしても…いや、まずは…
「僕は ケープ・レインウォーカー」
「そちらの方は?」
右側にいるほうが彼女に尋ねた。
「私は名乗れない。あなた達を信用できないから」
「そうですか。こちらこそ申し訳ありません。いきなり会った私達に素性をお話しできないのはもっともでございます」
「僕からも一ついいかな?」
「なんでしょう?」
「あなた達二人の声は随分似ていますね。双子か兄弟何ですか?」
「いえいえ。よく言われるんですよ。やはり長いこと一緒に仕事をしていると声も似てくるのですかね?」
「仲がいいんですね」
「はい。 おや、長くお引止めすぎてしまったよううですね。それでは私達はこの辺で」
「こちらこそ、サヨナラ」
そう言って二人は去って行ってしまった。
あの二人組が去ってから3時間程歩いただろうか?
「ここに来てから人を全然見ないけど、やっぱりこの世界はもう…」
彼女はまばらに草が生えたコンクリートの段差の上に腰をおろした。
「ええ。見ての通りこの世界はもうほとんど滅んでいるわ。10年前まで戦争があったの」
「それって核戦争?」
「いいえ、もっと高度なもの。詳しくは理解できないけれどイオン化パルスというものの撃ち合いだったわ」
聞いたこともない単語が飛び出す。
「それは生物を殺傷することに特化したものなの。だから建物はきれいに残っているものが多いでしょ」
「人間や他の生き物はどれくらい生き残っているの?」
「人間は少なくともさっき会ったやつら以外はこのあたりにはいないと思う。でも植物は低木や野草がちらほら生息してるわ」
完全に生命体が絶えたわけじゃなさそうで少し安心した。
「じゃあ君はずっと独りだったの?」
「…ええ。10年前母が死んでから、ずっと、ね」
僕にはこの広くて乾いた世界に閉じ込められた彼女の気持ちを到底推し量りきれなかった。
「でもね、こうして写真の中の両親は笑っている。もし明日私が死んでも悲しいことは何もない、またお母さんたちに会えるからって思える」
彼女の握りしめた金箔の所々剥がれたロケットは月光を灯していた。
「母が言っていた」
彼女はロケットの裏側を開き、メモリーチップの様な物を取り出した。
「生きるのに辛くなったらこれを見なさいって。 だから、私はこれを見るために何としても管理局のコンピューターに繋いでサーバーにアクセスしたい」
「僕で良ければ、付き合うよ」
「でもあなた過去へ帰るんじゃ?」
「まだ君の名を聞いていないから」
「それを聞かなきゃ帰れない。」
「…それだけ?」
「それと…」
「君が死んだら、僕が寂しいから」
「そう…」
「シノン リバーセス」
澄んだ瞳を少し、見開いて
「それが私の名」
「シノン、そう呼ぶよ」
彼女は一瞬驚いた顔をしてから、少し微笑んだ。その横に僕も腰を下ろし、ちらりと横顔を見やった。星空を見上げる顔にほんの一粒の涙も無いことを確認してから、空を見た。 時折吹く風はもう夏のにおいがした。
そうやって、ぼくらはずーっと見上げていた。
せや!ルビサファやろっ!