STATION XVI ~夢現はあと五分~
祝
“さて、早いとこマスターキーを見つけなきゃなあ”
そう思うや否や、地表が発光し、青白い光が集約されていく。それは高さ*3ヘスア辺りまで
浮き上がり、やがて雨粒の様になった。
*1ヘスア=12センチメートル
“もしかして、これがシノンの言っていたマスターキーなのか?”
掌に載せたとたん体内に吸い込まれ、全身に何かが駆け巡る。これだ、間違いないと確信に至るほどに。
“ちょっと待ってろ、すぐ行く“
両足に満身の力を込め、蹴りだす。地表には新たなクレーターが生まれる。飛んでいくイデアの後ろには幾重ものギアが連なっていた。
同刻地球にて、
「ッはぁ」
瓦礫の中からやっとのことでシノンが身を引き上げる。しかし辺りを見回し、絶句する。先ほどまであんなに整然と立ち並んでいたビルは、今や倒壊し、空にそびえることはなくなっていた。
「あっ、ケープは?どこに」
泳ぐ視線の先には槍の一撃が炸裂した中心があった。もう槍はそこからなくなっていたが、明らかにそこに落ちたのだとわかる有様だった。その中心に火傷を負い、目の下は青く腫れた顔で目を閉じるケープの姿があった。背筋が凍り付く。駆け寄り方に手を当てる。
「...ケープ、ケープ? ねぇ、そんなに真面目な顔しないでよ...」
頬に触れても、変わらない。固く閉ざされてしまっている。まるでただの物の様に。
「おい、そいつはまだ生きている」
「え?...」
背後から急に話しかけられたせいで面食らった。
「まだそいつからは微かに覇気を感じる」
何なんだろう?この二足歩行をする爬虫類は。でも、今はそんなことより、ケープの生存を肯定してくれる存在がいるということの方が嬉しかった。
「ほんとぉ!でも、貴方なんでそんなこと」
「話せば長くなる、いやそうでもないか。まあ、とにかくその男の心肺蘇生でもしておけ。この感じだと直お前らの仲間も来るだろう。いいか、絶対ソイツを死なせるなよ。生命活動をしていないものには効果がないんでな」
「ちょっと、イデアが来るっていうこと?それと、効果がないって何が...」
「だから話は後だ。とりあえず離れた場所に身を伏せろ」
「でも、空にいるアイツが」
「ああ、あれなら心配するな。俺が時間を稼いでやる」
虹の棒
そういうや否や、トカゲ人間の右手には白銀の長棒が握られていた。丸く加工してある先端を上空に浮かぶ男に向ける。
「やっと決まったよ...フィル」
両腕に力を込める。ググッと筋肉が隆起し、肩甲骨のあたりが変形し翼が現れる。緑色の鱗はエメラルドの輝きを取り戻し、灰色に濁っていた瞳はサファイアに染まる。ようやく自分に戻ることが出来た。そんな俺の姿を見たせいか上空にいるオウスが不敵に笑う。
「今更そんなプライド拾ってきたか。未練がましい奴め」
満身の力で羽ばたく棒を頭へめがけて振りかぶる。それをオウスは軽々と掴む。その途端に全身全霊のブレス攻撃をくらわせる。だが、黒煙立ち昇れど見えない壁の様なものを纏っているせいで攻撃は通らない。距離をとるために棒から手を離し、後方へ滑空する。再び棒を手の中に取り寄せる。追ってくるオウスと相対する。思い出す、彼らの背中を、いや俺たちの冒険を。その姿を自分に重ね奮い立たせる。オウスと三十合ばかり打ち合い、隙を窺う。四人に分身し、四方から突っ込む。それらすべての攻撃をオウスは片手で裁き、本体である俺に向け光弾を放つ。棒を回転させ、はじき返す。カウンター弾はオウスを通り越し、反対側にいる分身へ飛ぶ。それをまた別の奴が返す、また返す、と途切れのない弾幕を張る。しかし、あっさりとそれを破られ、正拳で地に叩き落される。そのせいで分身は全て消えてしまった。立ち上がろうとしたところを雷槍に貫かれる。
またも閃光と共に爆音が聞こえた。トカゲ人間は大丈夫だろうか。でも、ケープの鼓動が刻一刻と弱まっていく。あーだこうだ考えている場合ではない、死んでしまったら元も子もないのだから。後で謝るからと、息を吹き込んだ。
降りてきたオウスに胸倉をつかまれ、持ち上げられる。
「マスターキーの在処を特定するまではと思っていたが、その必要もなくなった。ここでお別れだ。世話になったと思え」
邪悪な笑みを浮かべる。俺もとうとう天命尽きる時が来たようだ。未練は...数えきれん。
首を絞められる力が強まったと思う瞬間、不意にその力はなくなった。今度はイデアに抱えられていた。
「でかくなったなあ、ホーディ」
「イデア、若干間に合ってないって」
「悪いな、フリーメイソンみたいに遠かったからな」
「それを、言うなら、フルマラソンだろ」
「ハハッ、いやーケープのジョークが移ったかな」
「いいところに来た、イデアお前の持っているマスターキーを今すぐよこせ」
「はあ、お前にやれるのは、死だけだ。悪いがこいつは先約がいてね」
サンッと姿を消し、シノンの前に現れる。
「ぅワッ!イデア?戻ってきたのぉ。でも、どうしようケープが」
「心配すんな、ほれ、マスターキーこれをもってメインサーバーへアクセスするんだ」
イデアの手からシノンの手へ青い雫が受け渡される。
「これが、マスターキー?」
「だと思うぜ。あっちの金髪の男は俺が何とかするから、急げ」
「...うん」
リライドに目的地をセットする。距離は約5km
「はぁ、いちち手間をかけさせるな、イデア。あの女をから引っ張り出す手間が増えただろう」
「俺はお前の魂引っ張り出す手間がかかるけどなぁ!」
シノンが走り出した途端背後で戦闘が始まった。ホーディを物陰に寝かせ、イデアは宙に浮かびあがりパンチを繰り出す。オウスは受け止めるが、イデアの腕には幾重にもギアが連なり、押し進めていく。それを弾き、距離をとる二人。イデアが指の回りに小さなギアを生み出し、オウスへ向けて飛ばす。十個の攻撃が別々の軌道を描いてくるのだ、そう簡単には避けられない。オウスの周りの見えない物体を削りながらギアが襲い掛かる。しかし、オウスは体を霧散させその攻撃をかわす。イデアの左掌にギアが現れ、回転し霧を吸い込む。
だが、唐突にオウスの姿が目の前に現れる。そのまま二人は有り得ない速度で打ち合う。あまりの激しさに周囲にプラズマが飛びかう。オウスの肘撃ちが決まるが、ひるまずイデアも蹴飛ばす。その位置からイデアがギアを望遠鏡のレンズの様に展開し、閃光を放つ。オウスも左腕から膨大な光量のエネルギー砲を放つ。ぶつかり合った二つは大気にひびを入れ、弾けて、大地を穿つ。撃ち負けたのは、イデアの方だった。握力のない左手を思いっきり開く。誰かの声にかき消されて、大事な音はいつも聞こえない。けれど、今度はちょっとは届いたみたいだ。少しの安堵と共にイデアは、敗北を喫した。
遠くから物凄い衝撃波と熱風が飛んでくる。しかしそれはリライドから発せられる光によって防がれた。“親愛なるシノンへ”というメッセージが浮かび上がる。急なことで全く理解が追い付かないのに、不思議と懐かしい感じがした。ずっと昔に守ってくれていたような。背中に持たれるケープの鼓動がそれに合わせて少しだけ大きくなる。今は悩んでいる場合ではない。ジャイロコントロールに支えられながらペダルを回す力を上げる。
「待っていて、あと少しだから...」
「初めてあなたと出会った夜、一緒に星を眺めることが出来て、嬉しかった。もう一人じゃないって思えたら、安心した。だから...あなたがいなきゃ星が観えない」
正面に見えるドーム状の建物は、管理局。
「着いた!」
螺旋階段を急いで駆け降りる。手をかざしただけでマスターキーがメインコンピューターに読み込まれた。
(プログラムを同期しています。行使権変更データを入力してください)
母のロケットからメモリーチップを取り出し、接続する。読み込みが始まり、画面に明かりが取り戻される。そこに映る映像は母の顔だった。
「おかあ、さん?」
やっと会えた、言いたいことが沢山あって。でもこれは映像で。
「シノン、これを開いたってことは状況はとても悪いのね。でも、安心して。お母さんたちはいつでもあなたの味方だから。ね?ほら貴方もなにか言ってあげないと...もう、お父さんシャイだから。でも、貴方を愛しているのは一緒よ。じゃあね、お休み。愛しのシノン」
そこで、映像は終わった。そして、プログラムは準備が完了したようだった。決定のキーを押した途端ケープの姿が消えた。しかし、今度は何があったのかわかる。空に願いを託して。
(なんだ、ここ。もう少し寝かせてくれよ。もう嫌なんだ。辛いのも、落ちこぼれるのも...一生懸命になるのも)
随分前の夢を見てる。あー、小学校四年生の何だっけ、あれ。くすんだリノリウムの床。銀色の空が午後二時を夜へと装飾していた。古びたストーブが教室を暖める。窓に打ち付ける雪はまさしく“しんしん”って音をたてんばかりだ。走馬燈の様に記憶が駆け巡る。やがて今に追いつき、リザードマンが倒れる姿がわかる。イデアが追いつめられるのがわかる。シノンが願いを込める姿が見える。直感に近い、けれどすんなり受け入れられた。蒼い世界の境界が限りなく曖昧になっていく。それだけで、全部わかった気がした。僕が何故、どうやってここに来たのかも。この世界がかくあるべきかも。僕たちの日々が永遠でないことも。
十本の青い光の数式が鎖になり僕の身体に入ってくる。ゆっくりと意識を取り戻す。巻き付いた光の鎖は黒いスーツとなり、手袋となり、ブーツとなり、ゴーグルとなった。身体を光の鎖が駆け巡り、たなびく。グラスに演算情報が映し出される。
(月の演算情報使用率97% プログラム構築終了 空間情報の演算に移ります)
両手を握りしめ地球を見据える。
(座標移動 完了)
そのメッセージと共に身体は大気に包まれる。
オウスの正面に立ち、ニイッと笑う。
「立ったぜ...勝ちフラグ!!」
syamuさん復活




