STATION XV ~本領発揮~
寒いとウキウキします。
時間は遡って、10分前。場面は月面へと移る。
エレベーターから落下したかと思えば、何だ?急激に景色が暗転した。重力の損失、大気の欠乏。一瞬にして環境が変化したせいで細胞は順応出来ず、生命活動は止まる...普通なら。
“この空間ですら大したことないってことは、ちったあ戻ってきたか”
月面クレーターのど真ん中、そこに立つイデアを見下しているのは、両手の指から光の糸を垂らす女だった。
“...これがかつては宮廷直属の近衛隊長だったと思うと、儚いものだねー。こんなに成り果てて。私の手で葬ってやるのが、せめてもの情けかなあー?”
頭に直接声が届いてくる
“ここに引っ張ってくれたのが、お前なら感謝するぜ。おかげで手間が省けた。ついでに帰りも送ってもらえると大変ありがたいんだけど?”
“いやあ、やっぱやめだこいつは地獄に送り飛ばそー”
“なあ、出来れば手早くお願いするよ。向こうで物凄い覇気を感じるから”
“ああ、もー、つくづくなめ腐った奴だなあ。眼中から外しやがってー。お前がもう英雄だった時代は終わったのー。冥途の土産に引導を渡してやらないとー“
そう間延びした台詞を吐くと同時に、指から伸びる光の糸も伸び、太くなり、分化、そして二本に絡まりあう鎖と化した。そのうち右人差し指と中指のをこちらへ飛ばしてくる。あーいや左手か?まあどっちでもいいや。それを難なく回避、上空に浮かぶ女を見据える。
“そういや、お前なんて名前だ?ここで会ったのも何かの縁だし”
“...お前は忘れているだろうなー、文字通り足元にも及ばない存在だったんだから。その地位に就くのは本当は私だったんだッ。だけどなー、今は私が№2だッ、私がオウス様に認められてんだよッ”
苦痛と怒りに顔をゆがませ、力を込める。地表に刺さる鎖が牽引される。それにより、岩盤が大きくひっくり返される。跳躍し回避する。しかし、月面の重力は弱く、いつもの感覚で力を込めたせいでとんでもなく飛び上がってしまう。そこを狙われる。
“重力線“
右親指の鎖に捕らえられ、地表にたたきつけられる。そのせいで亀裂が走る。体が地面にめり込んでいく。抜け出せない。焦りが支配する。そのままずるずると海底に潜るかのように埋まってしまった。
“高密度*モルイドに縛られ終わりだ。眠れ“
*モルイド;ヒッグス粒子
“ん?何だ“
背後に白銀の大きな歯車が現れる。それはゆっくりと回転し中からイデアが姿を現す。
“オウスの基について満足しているようじゃあ、やっぱりお前、足元にも及ばないぜ”
不敵な笑みを浮かべて、高速で右腕を繰り出す。ギア状衝撃波が限りなく薄い大気を伝わる。
“閃光線“
左小指の一際輝く鎖で相殺される。
“なかなk...“
“断続線(チョッピ―・チェイン)“
一瞬にして背後に回られる。俺を飛ばしてきたのもこれか。そんな悠長に考えてる暇はなく。鎖に再び捕らえられる。
“圧殺線“
力を奪われ、絞殺されかける。
“あんまりやりたくないが、これ。変化!“
蛇に姿を変え、抜け出す。そして、すぐさま元に戻る。
“連続線“
左薬指の鎖の力だろう、奴の姿が連続する静止画の様に見える。それに見惚れた途端、鎖が飛んでくる。間一髪横ばいにかわす。この調子ならなんとか戦える。
“あーだるいなー。成れての果てのくせにぃー“
“あのなあ、お前ちょっとは...”
“生命線“
左手親指、人差し指、中指の三本を折り曲げ、赤、青、黄の鎖が全身に巻き付く。まるで鎖帷子だ。
雰囲気が変わった。思わず身構える。いや、そんな必要はなかった。構えたと思ったがその前に強烈な裏拳が腹部をえぐった。遥か彼方へ飛ばされかけた瞬間にご丁寧にも鎖で引き寄せ、振り回し、叩き戻してくれた。砂埃が空高く舞い上がる。何とか立ち上がり辺りを見回す。おかしい?あの力で何も覇気を感じない。そう思えば右からこめかみめがけてスナップが飛んでくる。今度は何とか腕で防ぐが、またしてもかなり吹き飛ばされる。満身の力で殴り返すがあっさりはじき返され、鎖にからめとられる。空高くまで振り上げられ、地面にたたきつけられるのを5、6度繰り返した後、砲丸投げの要領で思いっきり打ち付けられる。クレーターが新たに生まれ、マグマが溢れる。
“もう一度ボールにしてやるよー。そこで力尽きるまで縛られてなー”
“封印線“
鎖が身体に突き刺さり、束縛する。マグマが全身を覆う。意識も命ももう完全に燃え尽きた。...しかし、またしてもそれは普通であればの話である。戦闘経験、極限状態、そして闘志。必要なものは全て揃った。赤々と溢れるマグマの中で、イデアの瞳に映るギアが、一段階上がった。真空にその音を轟かせながら。
時を同じくして場面は地球へ戻る。オウスは月を眺め、部下の働きを見ていた。これからの世界の創造に向けて。
“徐々に神の血が蘇ってきている。計画に差しさわりのない範囲だろうが...”
その予想とは若干のずれが生じることまでは予測は出来なかった。
月面に戻る
“完全に仕留めた。アイツの覇気は感じないしねー。ザマアー“
そう確信し、やや下降する。
“フフッ、もう骨も残ってないかもー”
突如静寂は深まり、真っ白な光に包まれる。
“なッ?なにぃー“
その中からマグマを弾き、イデアが飛翔する。
“だから、お前いい加減そのダサい技名を何とかしろって。ほら、あれだろ、えーっと、仮にも...何だっけ?悪い、やっぱ誰だか思い出せないや”
“クソッ、どうやったか知らんが、たまたま抜け出せただけでいい気になるなぁ!”
そう、豪速で突進してくる。だが、あまりに遅い。そんなもの軽々凌駕する速度でイデアの蹴りが炸裂する。
一瞬にして視界が白に染まる。蹴り飛ばされた鎖女はその身に纏った鎖で何とか攻撃のダメージを死に至らない程にまでやわらげたがそれらは全て砕け散ってしまった。月の重力圏を飛び立ちそうになるが、地表に鎖を打ち立て、なんとかターザンの要領で帰還しようとする。しかし、いまだに速度が収まらない。延々と飛ばされ続け、その上半身の器官は半壊しかけていた。
“あの野郎ぉー。絶対、絶対、絶対ぃー...え?”
ようやく止まりかけたそこはイデアの背後だった。そしてイデア振り向くことすらせずにスナップを聞かせた右裏拳で、一撃で彼女を木っ端みじんにした。
その寒さを雪に変えて...




