STATION XIII ~曇っていて~
未だに蝉の
月面エレベーターに乗ってから、40分くらいだろうか、時刻は午後10時50分を指している。6畳くらいの部屋の中で、ぼーっと時が過ぎるのを待っている。てっきり上昇に伴って大きな重力がかかるかと思っていたけれど、全くそんなことはなかった。小窓の外をぼんやりと眺める。蒼っぽい景色になってきたということは高度2,5kmくらいだろうか。シノンは疲れたせいもあってか、椅子の上でうつらうつらしている。今着ている宇宙服は驚くべきことに総重量がたったの1kgしかない。僕がいた時代は100kgを超えていたのだから凄い進歩だ。イデアは外の景色に飽きた後、惑星型の知恵の輪を攻略するのにハマっているようだ。地球の重力圏を脱したのち、月側のエレベーターに移る。そっちは自転のエネルギーを利用して光速の一万分の一くらいまで加速して、あっという間に月にたどり着くらしい。僕もそれまで眠ろうかな。
「なあ、この地球型のやつ空の上にリングを通すようになっているんだが、どういうことなんだ?」
「ああそれは、4つのリングが地球の大気の層を表しているから、一番下から順に通していけばいいと思うよ」
「ふーん、ありがとな。ところで今俺たちはどのあたりにいるんだろうな」
「多分1つ目じゃないかな」
「ふーん」
「まだまだこれからだよ」
「ああ」
そうまだ宇宙にすら出ていない。でも宇宙にさえ出てしまえば、それこそ“あっという間”だろう。
「やっぱり青いんだな、地球って」
「ガガーリンの気持ちがわかるよ」
「ガガーリン?誰だそりゃ」
「世界で初めて地球を宇宙から見た人間だよ」
「多分俺の方が早いぜ。だってまだこの星にでかいトカゲがいた頃に落ちてきたんだからな。あの時の方がもっと青かったかな」
「それじゃあ、宇宙で初めて地球を見たのはイデアかな」
「さあ、それもどうだか」
“青い景色”を観ながらそう喋っていた、はずだった。しかしそれは突如として紅い閃光に包まれる。その瞬間時が止まったようだった、隕石の様な“ソイツ”と僕とイデアの三人だけが。落ちゆく火の玉は、確かにこっちを視ていた。そして一瞬の後に止まっていた時間は動き出す。同時にソニックブームと熱波がエレベータを襲う。緊急停止したので、壊れた壁面からシノンを抱えて飛び出す。そのまま円盤状の緊急グライダーに飛び乗る。
「ふぇ、どういう?」
「紐無しバンジーの練習中」
「バンジーじゃなくてスカイダイビングじゃなぁいッ」
「まあそんなとこ」
イデアもそれに乗ろうとするも、突如として姿を消してしまった。取り合えず今は地上に降りなければ。
しかし火の玉は地上に落ちる筈がずっと下の方で方向転換し、こちらへ向かってきた。突撃を躱しつつ、下降を続ける。こちらへ飛ばしてくる火球を避けるが、そのうち一発をジャンプし回避したためにグライダーから身体が離れてしまう。すかさず放ってきた3発を蹴りで弾き、シノンに火の粉がかからないように庇う。しかし、背中から掴まれ振り回される。そのせいでシノンを離してしまった。そのままソイツともつれ合い、殴打を加え振りほどく。左腕でソイツを掴み、踏み台にし、下方向へバネをつけジャンプする。同時に上を向き、行方を失ったグライダーを眼で捉え、そのままこちらへ引き寄せる。グライダーに再び乗りシノンの方へ向かう。シノンの伸ばした手を掴んだと思った瞬間すぐに奴に横へ弾き飛ばされる。そのままもう一発殴り飛ばされる。あまりに重い一撃に意識を保つのに精一杯だ。シノンは、何処だ?まずいことにシノンはもう雲が見える高さにまで落ちている。グライダーを引き寄せ、電子の動きを限界以上に加速させる。超電導コイルが核融合しそうな熱を帯びるほど目一杯回す。七夕の日に降り注ぐ流れ星の様な火球を躱し、加速する。地上まで残り500mと言ったところで、何とかシノンに間に合う。そのまま耐えうる限りに減速する。だが、もうグライダーはもたず、発火し爆発する。宙へ投げ出される。背を地へ向ける。ビルに直撃する。それを貫いた時、大勢は地面と平行になってしまった。えぐるように道路を滑る。アスファルトを足でブレーキをかけながらようやく停止に至った。
「シノン生き、てる?」
「う、うん。大丈夫。不思議なくらい」
「よかった...」
そう安堵すると同時に全身に激痛が走る。いや、安堵している暇はない。奴が衝撃波をともなって着地したようだ。
「シノン、リライドのところへ戻るんだ」
「でも、あんなのとやったら。死んじゃうわ。イデアが戻るまで逃げましょう」
「あんなのからは逃げきれないよ。それにイデアが来るのを待つなら尚更シノンだけでも逃げた方がいい」
「...」
「そんな不安そうな顔されたら俺まで自信なくなるだろ。約束したろ、前。だから大丈夫だ」
「...うん」
シノンが走り出したのを見届けて、ゆっくりと煙の中へ向かう。
あの隕石みたいなやつはどうやらリザードマンだったらしい。なるほど、変温動物だから熱いの好きなのか。
全力でダッシュし、その勢いのまま蹴りかかる。だがそれをあっさりと躱され、反撃の裏拳をくらう。その反動を逆に反転させジャンプする。背後から殴りかかるも、いなされる。至近距離で30発ほど打ち合うもまるで攻撃がはいらない。尾で弾き飛ばされ、距離をとられる。そして消えたと思いきや、一瞬にして正面に来られ、膝蹴りをくらわされる。たまらずむせるもさらに蹴り上げられ向かいのビルの屋上まで昇ってしまった。呼吸を整え、煙の中を睨む。そのままビルの上から奴に向かって一直線に飛び掛かる。重力加速を加えた全力の一振りすら微動だにせず右手で受け止められる。その手を掴まれ片足をかけられスピンをしながら振り飛ばされる。クソ、スピードもパワーも戦闘センスも、全てにおいて高すぎる。もしかしてこいつ、イデアより強いんじゃないか?表情のない正確無比な攻防は恐怖を感じる。起き上がりざまに火球を当てられ、十数m後方へ飛ばされる。軋む身体と霞む頭を奮い立たせる。さっきの火球で発生した水蒸気に隠れながら、居所を掴まれぬように移動する。タイミングを掴み大きく踏み込む。その音に反応しリザードが振り返り、火球を放つ。しかしその焼け跡に俺の姿が見えないと思ったであろう途端、背後に音もたてずに飛び込む。リザードが動くより速く着地脚を軸にして、残像が出来る程の速度で回し蹴りを放つ。それは足裏がメリメリと音を立てて食い込まんばかりのクリーンヒットをしたようだった。しかし、リザードは難なく着地を決める。精々鎧が壊れた程度だろうか。だが、それが奴にとっては衝撃だったらしい。目を丸くしてこちらを見ている。この機を逃さぬようにもう一発全力のストレートを顔面へ当てるが、意に介さないようだ。そう思っていたら、今度は口角を上げている。どうなっている?
「おい、どうかしたのか?」
言葉が通じるかはわからないが、話しかける。
その言葉に再び驚きの表情を浮かべる。
どういうわけか言葉が通じるので続けて尋ねる。
「どうした、戦士喪失したのか?」
「...ぁ、ああ。もういいんだ、戦いは。」
「そ、そうなのか。それは信じていいんだな?」
「ああ、むしろお前は恩人に値する」
「ええ?」
心変わりが激しいらしい。思春期かな?
「えらく表情豊かになったけど、急にどうしたんだ?」
「...お前が鎧を壊してくれたおかげで、俺はもう一度俺に戻ることが出来た」
「鎧が?」
「あの鎧は身を守るためのものじゃない。能力をコントロールするためのものだ俺はそれによって操られていた、だがそれも今日でおしまいだ」
「ふーん、よかったな。まあ、兎にも角にもこれで一件落着か」
そう思いほっとすると激痛が身体を襲いだす。
「い、いや。駄目だ。今すぐにでもここから逃げろ」
「急にどうしたんだ?さっきから」
「あぁ、まずいことになった」
天空を毒々しい程の眩い閃光が包む。ポータルの様な円形から何かが降りてくる。それはニィッと顔を歪めた様に視えた。ゆっくりと瞼を開き、瞳をこちらへ向ける。鐘の音が聞こえる。それは祝福なんかじゃなく、終わりを告げる。
「...“全知全能”の神の出で方にしては、少し派手さが物足りないか」
声がする。




