STATION X ~虹の麓~
雨雲を見て、その空気に触れるだけで興奮しますよね。
午前二時、星空を見ていた僕等はとてもじゃないけど、眠気がしなかった。
「明日中に月面エレベーターのある場所に着かない?」
「いいな、それ。善は急げって言うし」
「うん、何だか僕も宇宙に行くってなったら興奮してきたよ」
勇んで飛び出し約2時間、シノンはリライドに乗って行くとしても、僕とイデアは結局歩くのであってあんまり速くは進めない。しまいに何故かシノンまで下りて歩き出した。どうやらこの間拾った万歩計に記録される歩数を増やすのに夢中らしい。まあ本人は自分ばかり楽をしては申し訳ないと言っているのだけれど。
明け方、日の出と共に僕はどうしてもやってみたかったことがあって、二人に言ってみる。
「へぇ、いい、それ。なんていうか、“夏”って感じ!」
「でそでそ」
「あれだよな、“エイドリアーン”って叫ぶやつだよな」
「何で神様が昔の映画に詳しいんだか」
「ロッキーは名作だから、当然」
「シノンも知ってるんかい!」
この二人は60年代生まれなんですかねぇ…
徐々に明るくなる夜空を見上げながら、歩いていく。一歩、一分進むたびに星空は万華鏡みたいに回っていく。空気は少しずつ潤いと熱気を帯び始める。7月の表面張力で満たされる。僕がやりたかったこと。それは、朝焼けの砂浜を日の出と共に走ること。そして、それをたった今この瞬間やっている。波が砂浜にあたるたびに白く泡立ち、僕等を取り巻く世界は爽快感溢れるエモいポップソングでも流れそうだ。あぁ、言いようもないくらい、
「「「夏が熱いぜッ!!」」」
そう言ってジャンプして見えた太陽はいつにも増して眩しくて…
結局夕方になっても僕らは60kmくらいしか歩けていなかった。今日は夜通し歩いたしもう寝ようか、なんて話をしていると何やら明かりが見えてきた。そして、驚くべきことに、人の話し声がするのである。この世界はやっぱり皆いなくなったわけじゃなかったんだ!
この街には人が20人程住んでいて、中には4,5歳くらいの子供も見受けられた。
「まあ、あなたたちどこから来たの?」
「え、ああ、あのYブロック Eライン Sパートです」
「まぁ!ここはSパートの最北端よ。よく来たわねぇ。さ、今日はもう日が暮れるし止まって行って」
「え、いいですか?」
「ええ、遠慮なく!」
「じゃぁ、お言葉に甘えて」
出迎えてくれたのは40代後半くらいの女性で、その方の家に泊めさせてもらうことにした。夕食の席には僕より少し年上であろう、息子とその弟と妹も一人ずついた。ベーコンとキャベツを煮たシンプルなスープにパンという内容だったが僕はなかなかこういう食事が好きだった。イデアはパクパク食べて、おかわりをもらおうとしていたがシノンに止められていた。
「この辺りは比較的に無人機の数が少なかったのと、地下シェルターに籠城していたのが功を奏してねぇ、生き残った人が多いのよ」
「ああ、じゃあまだこのブロックだけでも生き残っている人はまだ他にもいるんですね」
「ええ、無人機による攻撃の多くは各ブロックの当主が死んだ時点で止まるようになっていたから。ところで、あなた達はどうやって生き残ったの?」
「あぁ、えーっと僕たちもシェルターで…」
「そう、大変だったわねぇ」
何だか人を騙したような罪悪感にさいなまれた。
翌朝、僕等は随分遅くまで寝てしまっていたようで起きた時にはもう陽が高くなっていた。突き刺すような太陽光線にじりじりと焦がされていく。
「あぁ、午前十時に御前従事してるみたいだ」
んん?何だか皆が騒いでいるな。行ってみるとどうやら風力発電のプロペラが止まってしまつたようだった。それで電気が使えなくなって困っているようだ。
「おー、ケープ。なんか騒がしいな、すごく懐かしく感じる」
「風力発電…あぁ、まあ機械が止まったらしいんだよ」
「ふぅん、直せないのか」
「うぅん、高いところにあって、なおかつ凄く重いんだ」
「発電部に当たる電磁誘導機が壊れていなければ、恐らく整流子の摩耗による停止」
「うわっ、サッカー実況者かと思った」
「違う、私の名は“シノン・マクスウェル”」
「えぇー、あ、あなたがマクスウェル教授?男性だと思ってました。あなたの論文は全部読みました、尊敬してます。あの、この自転車にサインしてください!」
「え、あんた科学者なのか?」
「お願いします、どうか発電装置を直していただけませんか?」
「ええ、この“Dr.マクスウェル”に任せて」
「おいリバーセス」
何故かシノンは自信満々にコロニーの人々の願いを聞き入れてしまった。
「本当に直せるの?」
「もちコース」
はぁ、ますます心配になるんですがクルル曹長。
僕とイデアはシノンの指示に従ってまず発電機の内部を見ることにした。
「どう、鉄心に付いているブラシの様なパーツは見つかったぁ?」
「んー、あったよー」
「それは今どうなってるー?」
「なんていうか、ヒロインが作った料理みたいになってるー」
「そしたら、そんな料理捨ててしまって構わないからー」
「いいのかぁ?俺がやったら絶対鉄心ごとベリッていくぞぉ」
「もうちょっと、愛情をもって大目に見てやってー」
というわけで、工具を使って溶けた整流子を剥がす作業に取り掛かった。4時間程かかって5機全ての修理が終わった。慣れない高所で作業したせいで随分疲れた…
「ありがとうねぇ、本当に」
「いえ、昨夜泊めていただいたお礼です」
「また、いつでも来てねぇ」
「ええ、それではまた」
出発したのは午後3時くらいだったけれど、陽はまだ白さを失っていなかった。
「びっくりしたぜ、シノンが機械技術に詳しいなんて」
「えぇ、父が科学者だったから、ね、その」
「へぇ、お父さんがマクスウェルと」
「違うわ、父はチャンカバラー」
「おいリバーセス」
「今日の会話はポップコーンみたいだな」
「「え?」」
「え?」
「イデアアルコールでも呑んだ?」
「何さ、俺がちょっと文学的表現をしただけで、その反応」
「文学的というか、視覚的というか…」
「まあイデアのトークセンスはラドン並」
「そんなぁ」
「まあでもイデアは発火点みたいなものだから、飛び上がるものでも、沈むものでもなく我が道を行くって感じだよ」
「え、ええ持ち上げたってなんにも出てこないぞぉ」
「フフッ」
「あははッ」
「「「あはははッ」」」
「やっぱり、大勢でいるのもいいど、こうして話すのが楽しいなッ」
今世界に3人しかいないと言われても、きっとぼくらは寂しくないだろうなぁ…
そうこう楽しく喋っているうちにとうとう目的の場所に着いた。遠めから見ても異質な線があるのがわかったがそれは現実のものとなって僕らを威圧してきた。“月面エレベーター”それは月まで伸びる天の柱。空に突き刺さるあれに乗り、ただひたすらに上へ昇ると考えると恐ろしくもえらくワクワクする。その麓にある旧日本列島最北端の駅が出迎えている。。電光文字盤に明かりは灯っていないが、墓石の様に真っ黒な石がはめ込まれた、壁の正面上部と改札入り口階段前の地面、そこに刻まれるは
“STATION X ~虹の麓~”
雨音は目覚める前から知っていた。




