噂される真田さん
明日から学校。観光大使の話で、すっからかんと忘れていたので、うちは寝る前に慌てて学校の準備をして、ようやく準備を終えてお風呂から上がると。
「父さん。何作ってんの?」
「明日の準備だぞ」
父さんが、お茶の間で何を一生懸命に作業をしていた。畑仕事の準備かと思い感心しようと思ったら、よく見ると、なぜか法被にうちの名前を縫っていた。
「もしかして、明日学校に来る気じゃないよね?」
「もちのろん!」
こんな親の存在を、学校の人たちに知られたら、うちの立ち位置が即行でなくなってしまう。そうならないために、うちは父さんから法被を取り上げようとしたが、父さんは法被を離そうとはしなかった。
「娘の晴れ舞台、一生に一度のイベント、行くしかないじゃないか!」
「一生に一度のイベント、うちの晴れ舞台の事を思うなら、来ない方が助かるんやけど……!」
自分の事しか考えていない父親。入学式の保護者席で、うちの父さんがこの法被を着て、サイリウムを持って、アイドルのライブみたいに応援している光景しか想像できない。
「なんや? つまり、大人しく参加したら文句ないって事か?」
「……まあ」
父さんが人形のように黙っていたら、うちも文句はないはず。
「分かった。なら、父さんは弾幕で我慢するわ」
「こっちも分かった……。父さん……。絶対に学校に来んといてっ!」
本当に父さんが学校に来たら、うちが大人になって、そしておばあちゃんになっても、入学式の心の傷を癒すことが出来ない思い出になるだろう。
そして翌日。ついにうちがこの真田村に来て初めての学校生活が始まる。
「……さっむ」
4月だというのに、地元の真冬みたいに冷え込む真田村の朝。上杉さんの話を聞く限り、まだこの村には桜は咲いていない様子。いつもは、4月の中旬ごろに咲き始めるらしい。
うちがこれから通う学校は、赤鹿高校の真田分校。距離が遠いから、生徒が多いから、本校に通えないのかと思ったけど、ただ真田村と赤鹿町が仲が悪いせいで、このような分校になってしまったようだ。
「これが高校ねぇ……」
マフラーを巻いて、寒いと思いながら家から歩いて40分ほど。スマホの地図アプリ頼りで学校に向かってみると、そこはうちが通っていた中学校よりも小さな校舎があった。地元の中学校よりも小さくてびっくりした。
「……はあ」
校舎の中に入って、何組になるのかと思ったら、1学年のクラスはたった1クラス。まあ田舎の村の高校なので、1学年が20人しかいないようだ。
『今日から高校怠いなー』
『顔見知りだらけだし、まだ中学校だと思ってしまうなー』
みんな顔見知りのようで、うち以外は中学校の面子と変わらないようだ。という事は、うちだけが浮いている。席は前の方、そしてうちの名字は真田。真田幸村をこよなく愛する村なので、更に悪目立ちをしてしまうだろう。
「あんた、見かけない顔だけど、赤鹿の者?」
頬杖をついて、自分の席で入学式を待っていると、キャバクラにいそうな、少し気取っている女子たちに話しかけられた。こんな生徒、大阪にわんさかといたし、特に怯える事はなさそうだ。
「うちは、真田村の人やけど」
「名前は?」
「うちは、さな――」
ここで真田ユキと正直と名乗ったらどうなるのだろうか。例え、こんな見た目の人でも、真田の名字を聞いたら、うちを神様のように称え始めるのではないのだろうか。平穏に学校生活を送り、そして裏で真田村の観光大使をする。それがうちの理想の生活だ。
「真栄田です」
「まえだ……? 中学の時、そんな奴いなかったから、山奥の集落から来たのかしら?」
「まあね」
うちからの興味が無くなったのか、うちの席から離れて、気取っている女子同士、仲良しメンバーで会話し始めていた。
「そう言えば、最近噂になっているんだけどさ、この村に幸村の生まれ変わりと名乗る人がいるらしいよ」
「マジで? 絶対に嘘でしょ」
彼女たちの会話を聞こえると、うちは吹き出した。
「そんなこと言っていたら、絶対に罰が当たるって、私の婆ちゃんが言ってた」
真田幸村を呼び捨てにした方が、罰が当たるって、婆ちゃんも言った方がいいと思うんやけど。
「そうだよ。最悪警察が動いて、幸村の名誉を傷つけたって事になって、捕まるんじゃない?」
『だから、真田幸村を呼び捨てにした方が、罰が当たるわよ!』と。うち、ここでツッコんだら、更に目立つので、小さく手でツッコむような素振りだけしておいた。
「おっす。真田さん――」
心の中でツッコみ終えると、うちの席には空気が読めない武田さんが入ってきたので、うちはすぐに武田さんを連れて、廊下に出た。
「い、いきなり何をするんだっ⁉」
「武田さん、ここがどこか分かっとる?」
「高校だな」
「軽々しくうちの名前呼んだら、うちは校長先生より偉くなってしまう可能性があるんよ……」
うちの話を聞いた武田さんは、そうかという感じで、手をポンとしていた。
「けど、どのみちバレるぞ?」
「とにかく、今は呼ばんといて」
入学式の前で、うちが真田さんだとバレてしまったら、この教室は混乱するだろう。入学式どころではなくなって、村中が大騒ぎとかになりそう。
「……どうした?」
「上杉さんは?」
武田さんと一緒にいるはずの上杉さん。同じ高校のはずなので、絶対に武田さんと一緒に行動してくると思ったけど、廊下や1年生の教室を見渡しても、上杉さんの姿はなかった。
「あいつ、2年だぞ」
「……ホンマ?」
「しかも、クラス委員長で、学校では優等生を演じてる」
うちをおもちゃのように遊んで、うちを真田幸村の生まれ変わりだと思い込んでいるおかしな人が、学校では猫を被っているようだ。
「そういう事なので、今日は1年生を体育館に案内する役目なんだよねー」
ハイヒールを履いていたら、きれいな靴音を鳴らして歩いていそうな、優雅そうな佇まいでうちたちに近寄ってくるのは、見慣れた顔の上杉さんだった。
「真田さんー。緊張してるー?」
「今、うちは真栄田です」
「何々ー? もしかして、幸村さんの生まれ変わりだという事がバレるのが怖いのー?」
わざらしく大きな声で言う上杉さん。こんな人が、どうして優等生と言うキャラを演じられるのだろうか。
「違うからっ! こんな入学式の前、みんなが緊張している中で、うちがそんなことをカミングアウトしたら、みんなパニックになって、なぜかうちが校長先生の代わりに祝辞を述べることになると思うからっ!」
「それ、楽しそうー!」
うちは余計なことを言ってしまったようだ。上杉さんの目が光って、案内役をすっぽかして、校長先生にそう交渉しそうだ。
「一か八か、校長先生に交渉してくるねー」
うちの嫌な予感は当たっていた。そんなことはさせないようにと、瞬時に走り出した上杉さんを追いかけようとしたら、うちの手首を誰かが掴んだ。
「ちょ、武田さん! 何で止めるん?」
「俺じゃないぞ」
武田さんじゃない。となると、誰がうちの腕を掴んでいるのかと思って、振り返ってみたら。
「幸村さんの生まれ変わりって、本当?」
本物のサンタクロースを見つけたような、上杉さんと同じぐらい目を輝かせている、うちと同じ制服を着ている女子生徒だった。