試してみる真田さん3
「といった感じで、うちなりに考えてみました」
数日で復元大坂城の中身を改修して、その報告を役場まで赴き、村長に伝えた。スマホで写真を撮って、その写真を村長に見せると。
「壁一面を観光案内板にみたいにして、村に来た観光客に教えるって訳かな?」
「そうなると思います。後々に案内する人を入れれば、もっと人が来る――」
「そうなら、真田さんがやってみようか」
村長が変な提案をしてきた。変なところで頭を使わないでほしい。
「こんな中年のおじさんに紹介されるよりかは、真田さんのような若い女性に案内してもらった方が、観光客も喜んでくれると思う」
「い、嫌ですから! うちは表舞台に出て活躍したいとは思わないし、ほ、ほら、演劇だとうちは劇の端っこにいる木の役でいいと思っているんで、そう言うのは役場の方にお願いした方が――」
「自分が行った改革が、どれだけ効果があるか、自分の目で確かめたいとは思わないか?」
まあ。うちの実力がどんなものかは気になるところやけど、まだ村に来て間もない人が案内しても、変な質問されたら、うちは答えられないだろう。
「高校生になる真田さんには、こういった事は初めてかもしれないね。けど、真田さんも大人になったら、このような責任を負うような仕事をやる日はやってくるだろう。もし失敗したら怖い。そう思って、拒否しているんじゃないのかな?」
「……まあ」
もしうちのやった事が失敗したら。
観光客の反応は薄く、特に効果はなく、うちの立ち位置が悪くなる。そう考えたことはある。うちが予想していた通りにならず、みんなを失望させる。それが密かに怖いと思っていた。
「失敗はしてもいい。私は、真田さんが失敗を恐れる人間なんかになってほしくない。失敗は成功の母とも言うし、何も試さないよりかは、何か起こしてやってもらった方が、真田さんも気分が違うだろう」
「……そうなんでしょうか」
「そう。あと達成感と言うのもついてくる。夏休みの宿題、あれはたくさんあって嫌だったはずだよ。けど毎日コツコツとやって、そしてたくさんあった宿題が終わった瞬間は、とても清々しくて、何かをやり遂げるという事は、気持ちいいことだと思ってくるはずだよ」
うちは、夏休み最終日まで宿題をため込んでいた人やけど、村長の話は理解できる。何かをやり遂げることは、とっても気持ちいい。それは宿題だけではなく、美術で絵を描いた時や、マラソンでちゃんと完走した時と同じ感覚だ。
「うちがやった事と、夏休みの宿題は一緒だと言うんですか?」
「少年少女は、世の中の知識を覚えるのが仕事。大人は、任された仕事をやり遂げる。それが社会人の宿題かな」
村長の話を聞いた後、うちは大きく息を吐いた。
「分かりました。そこまで言うんなら、うちは一度だけやってみます。それで、うちは村長の提案、この村の観光大使を務めるかを決めます」
それで村長は納得した。
そして次の課題、観光客をどう判断すればいいのか。あの偽大阪城の近くを歩いている人に話しかけるとか。けど、それだと住民に話しかけて、うちが恥をかくだろう。
「真田さんが思っているように、真田村はすごくアクセスが悪い」
「そうですね。来るとき、すごく苦労しました」
なぜかうちが考えることを見抜いてきた村長。エスパーかと思いながらも、うちは頷いた。
真田村は、隣の町に最寄り駅があって、そして真田村に来るには一日に3本のバスを使って利用するしかない。タクシーはバスよりも値段が高いらしい。
「それなら隣の町、赤鹿駅まで行って、お客さんを呼び込んだらどうかな? 明日は土曜。もしかしたら、観光客が来るかもしれないよ」
「構いませんけど、うちらはどうやって駅まで行けば――」
「早朝の5時40分に交流センター前に、赤鹿駅行のバスが出る。それに乗ったら、いいタイミングで人が呼び込めるかもしれないよ」
観光大使は、朝起きまでしないといけないのか。やっぱり観光大使の話を断ろうか。
「……真田さん。……私、土曜日は昼まで寝ているのが基本で――」
「こんな時だけ手伝わんとか言わんよね?」
村長の言う通り、バスは朝早くにやって来た。もちろん、ずっとうちに協力してくれた上杉さんにも声をかけて、そしておまけに武田さんもついてきた。
上杉さんはものすごく眠そうだったけど、上杉さんに無理やり起こらせられた武田さんは、もっと眠そうだった。
「……話は聞いたよ。……駅で人を呼び込むんだよねー」
「そう」
昨日の夜、スケッチブックに殴り書きで書いた『真田村へようこそ』を掲げながら、うちらは赤鹿駅で真田村に行こうとしている物好きな人を探そうという考えだ。
「うちは真田村の観光大使で、幸村さんの生まれ変わりって、書けばみんな集まってくると思うんだけどなー」
「うち目的で集まるだけやろ」
うちらに興味を持って、そしてやじ馬が集まる。うちが恥ずかしい思いをして、そして結局失敗して、村長どころか、上杉さんたちに嘲笑されるだろう。
「あんさん、幸村さんの生まれ変わりなのか?」
バスの運転手がうちたちの会話に入ってきた。
「最近乗せたお客さんが、まさか観光大使になって、幸村さんの生まれ変わりなんて、俺はあんさんを乗せた甲斐があったよ」
よく見ると、この運転手はうちが真田村に初めて来たとき、真田村に向かうバスを運転していた人だ。
「そうなんだよねー。野間さんはどう思う? 真田さんは隠さないで、堂々と宣伝材料に使えばいいと思わない?」
運転手の野間さんは、上杉さんの話を聞くと、大きく笑っていた。
「あんさんの名字が真田さんとはな~。本当に生まれ変わりで、村と因果関係でもあるんじゃないのか?」
「生まれ変わりじゃないから」
うちは真田家の人間だけど、真田幸村とは遠い親戚で、幸村の兄、信之の末裔だと説明すると。
「そんな話が村長にバレたら、そりゃ、あんさんを観光大使にしたがるな。軽はずみに言うもんじゃないと思うぞ」
それは本当に後悔している。上杉さんの前で、父さんの宴会芸をさせるんじゃなかったと。タイムスリップ出来るなら、過去の自分を制止させたいぐらいだ。
それで野間さんはうちに興味津々のようで、運転しながらうちに話しかけてきた。
「まあ、バレたら仕方ないさ。それで、真田さんは観光大使を引き受けたのか?」
「まだです。今日の結果次第で、引き受けるか考えます」
「何を基準に?」
「うちにこの仕事が合っているかです」
村長が話した通りに、うちが求めるような刺激的な日常、達成感がある仕事になるのだろうか。今日でそれが分かるだろう。
「それでいいと思うぞ。合っていないなら、すぐに辞退すればいいさ。俺みたいに楽器の出来ない人が、ただ有名になりたいからって、バンド活動をやるために東京に上京。そして失敗して、笑われながらこの村に戻って来て、金を稼ぐため、仕方なくこんな田舎の、いつ仕事が無くなるか分からない日々を送る。俺みたいに辛い思いをするぐらいなら、さっさとこのバスを降りたほうがいいな」
野間さんには、そんな過去があったようだ。けどそれはうちには関係ない話だ。
「うちは、出鱈目な事を言っている村の頬を引っ叩くためにやろうと思ったんです。一応、真田幸村の親族として、本当の歴史を教えようと、うちはあの偽物の大阪城を改造したんです」
うちの話を聞いた野間さんは、少し黙り込んでから。
「それぐらいの固い意志があるなら、やってみるといいさ。けどな、都会と田舎とは全く考え方が違う事だけを忘れんようにな」
そんな不吉な言葉を残して、うちたちは真田村の最寄り駅、そして初日以来の赤鹿駅に到着して、うちたちの勝負が始まった。