不思議に思う真田さん
「ユキ。今更だが、重要な事を思い出したんや」
うちがこれから過ごす村、真田村の家への引っ越し作業が終わった翌日。ようやく時間が出来たので、畳の上で寝転がってスマホを操作していると、ぎっくり腰から復活した父さんがそんな事を言った。
「何? 非常時用の乾電池を忘れたとか言わんよね? もう数キロ歩いてスーパー行くのは勘弁だから」
父さんは、これからやろうとしている農業の道具。うちにとっては、どうでもいい芝刈り機や、除草剤などは買いそろえていたが、これからの生活に重要な物、食器や包丁などはすっかりと忘れていたので、うちを使って、山道を越えた先にあるスーパーに何度も買いに行かされた。
「引っ越しの資金が不足していたから、電気ケトルをフリマアプリで売ったから、現在、電気ケトルが無い」
「芝刈り機なんか買うからよ」
だが、うちも電気ケトルが無いと、正直辛い。薬缶でお湯を沸かす必要も無いし、簡単に寝る前に飲む、ココアとかも作れるので、うちも欲しい。
「引っ越しの資金が無かったのに、電気ケトルを買うお金あんの?」
「と言う事で、しばらくユキのお小遣いは、99%カットと言う事で――」
反省している様子が無いので、取りあえず、今は絶対に必要のない豚の蚊取り線香を投げつけた。
「父さん。この車、本当に大丈夫なの?」
「店で売っていたんだから、大丈夫だ」
父さんは、農作業にワンボックスカーはいらないという理由で、中古車販売店で、格安の軽トラを購入した。そのせいか、ずっと変なエンジン音を出しながら、軽トラはのんびりと真田村の道を走っていた。
この変な村にも、一応電気店があるようで、そこで電気ケトルを買う事にした。家から電気店までは、車で約20分。歩いたら1時間以上かかりそうな距離だ。
「父さん。この村、本当に大丈夫なの?」
「ユキにとって、とっても過ごしやすい村だと思うぞ」
どこが過ごしやすいのか。異常だと思えるほどの、戦国武将の真田幸村を推す村だ。車窓を眺めていても、真田神社、真田井戸など。真田と言う名前が付く名所が多い。本当にこんな村に、あの真田幸村が訪れたのだろうか。
村の中心部にあるのかと思ったら、村の中心部を抜けて、再び山と田んぼの景色が広がり、そして少し家が立ち並ぶ所に、電気屋さんがあった。
「いらっしゃいー」
父さんが先にお店の中に入ると、うちと同じぐらいの女の子が、暇そうに店番をしていた。携帯の電波が無いのか、暇そうに新聞を読んでいた。
「忙しいところすんません。この店、電気ケトルって、置いてある?」
「ありますよー。そこにある展示品でいいならですけどー」
店番の女性が、数個置かれた電子レンジ付近に指を差すと、一個だけ電気ケトルが置かれていた。少し埃がかぶっているので、この村では、あまり需要が無いのだろうか。
「そないなら、少しぐらいまけてけてくれよな?」
「お父さんー。面倒な客が来たから、対応してー」
早速うちの父さんが、迷惑客扱いされている。いきなり来店して、いきなりまけてくれ。このお店も経営が厳しいはずだから、そう簡単にはまけてくれなさそうだ。
父さんと、店番の女性の父さんが、値引き交渉をしている中、うちは暇なのでスマホを操作しようとしたら、電波は圏外。繋がらないので、店の中を見渡すと、レジの近くに『真田幸村ゆかりの地 真田村』と言うポスターに目が入った。
「お客さん、他所の人?」
いつの間にか、うちの横に店番の女性が立っていた。着物が似合いそうな長い髪。顔だちもきれいだ。
「ま、まあ。そうやけど」
「この村に来たって事は、幸村さんが好きなの?」
「き、嫌いではないけど……」
嫌いではない。どちらかというと、うちの気持ちを考えず、脱サラを利用して、こんな田舎に引っ越しを考えて、みっともなく店の店主と値引き交渉をしている父さんが嫌いだ。
「ちょ、ちょっと聞いてもいいんかな?」
この人なら、うちがずっと抱いていた疑問に答えてくれるかもしれない。
「この村と、真田幸村――」
真田幸村。その名前を聞いた彼女は、うちの口を手で押さえつけた。
「真田村で、幸村さんを呼び捨てにすると罰が当たるって言われてるから、以後気を付けるようにね?」
迂闊に真田幸村の名前を言わない方がいいようだ。
「それで、幸村さんがどうしたの?」
「この村と、真田幸村――さんとは、どんな関係があるんかなと思うて」
「幸村さんは、この村の発展に力を注いだの」
あの真田幸村が、こんな陳腐な村を発展させた? そのような話、聞いたことはない。
「世間では、幸村さんは大坂夏の陣で討ち取られたのが常識。けど真田村では、夏の陣では幸村さんは落ち延びた。大阪、江戸からなるべく離れるために、西に向かった幸村さんだけど、ドジって東の方に向かってしまったみたいなんだよねー」
真田幸村をドジったという方が、罰当たりのような気がするんやけど。
「それで道に迷っているとき、幸村さんはこの村に訪れた。しばらく身を潜めるために、この村に滞在したって話が残っているの」
真田幸村が落ち延びたって言う話は聞いたことがある。主に九州で、鹿児島には名字を変えて晩年を過ごしたって話も残っているから、この村にもそのような話があってもおかしくない。
「それで、真田幸村さんを祀っているってこと?」
「そう。村の中心には、幸村さんが残した史跡もある。どうせ、お客もあなたたち以外来ないと思うし、私が村を案内してあげようか?」
「あ~。別にいいや……」
真田幸村が宿泊した真田庵。真田幸村が持ち上げた真田岩など。どう考えても胡散臭い史跡だらけを案内される。そんな場所ばかり案内されたわ、うちはずっとツッコみまくるだろう。
「この村に住むなら、幸村さんの事はちゃんと知っておかないと、みんなに馬鹿にされるよ? 幸村さんに関しては、村民はすごくうるさいから、ちゃんと知っておいた方が――」
「真田幸村。本当は信繁で、幸村という名は、後でつけられた名前」
ちょっとうちを甘く見すぎなので、少しドヤ顔で言ってみると、彼女は驚いていた。
「父親の名前は、真田昌幸。有名な幸村は、実は幼少期は上杉家の人質になっていた。そんな人が、上田の戦い、大坂の陣で活躍して、各大名から日本一の兵とも称されて、あの江戸幕府を開いた徳川家康も恐れていたといわれている武将。それが、あんたたちが称える真田幸村さんよ」
「そうなの……?」
どうやら、真田幸村に関しては、うち以下の知識のようだ。どうやら、史実の真田幸村には知識は無いらしい。
「父さん。これからもお世話になるかもしれんから、この人たちに自己紹介した方がいいかも」
ようやく納得できるまでの値段に下がったのか、泣きそうな店主とは裏腹に、嬉しそうに電気ケトルを持ち上げている父さんにそうお願いした。
「あれは、恥ずかしいからやるなって、ユキが言っていたじゃないか? やってもいいが、恥ずかしくて顔から火が出て、この店が火事になっても知らんぞ?」
「今回は許してあげる」
会社の飲み会でいつもやっていたらしく、それが大うけだったらしい父さんの自己紹介。変なキャラとインパクトのある自己紹介をやっておけば、この人たちも黙っておけないだろう。
「お初にお目にかかります~。私は真田信士っ! そして娘の真田ユキ! 聞いて驚くなよ? ここだけの話、実は俺の家のご先祖様は、あの真田幸村公の兄、真田信之公の末裔なんやっ! あっ、テンション上がって大きな声で言ってしまったわ~。それで一生のお願い、この話はここだけって事でよろしくお願いします~」
あー、恥ずかしい。父さんの言う通り、うちは顔から出た火でこの店を燃やしてしまいそうなぐらい、恥ずかしかった。