懐かれる真田さん
上杉さんの行動を止めようとした瞬間、うちは変な子に絡まれてしまった。
「離してくれると、助かるんやけど……」
その子は、うちの腕を掴んで、全く放そうとはしない。
「さっきの祭の話が聞こえたなら、本多の奴はずっと確保するだろうな」
「どういう意味?」
うちの事を哀れそうに見ながら話す武田さんの話を、続けて聞いてみると。
「そいつは本多歩美。俺と同じ中学出身。そして大の歴史オタク、そして一番好きな人はと答えると、幸村さんと答えるぐらい、幸村さんを崇拝している女子だ」
あー。それはうちを離すことをしないね。本当に、上杉さんはうちの疫病神だ。余計なことしかしない。
「本多さん……。確かにうちの名字は真田……。けど、うちは真田幸村の生まれ変わりじゃないんよ……」
本多さんを振り払おうとしながらそう言ってみるが、本多さんは馬鹿力を入れてうちを絶対に離そうとはしない。
「あなたは、絶対に幸村さんの生まれ変わり……! だって、幸村さんは私と同じぐらいの身長で、血液型、髪の色も全部一緒だから、前世の記憶は無いかもしれないけど、私が絶対に幸村さんの生まれ変わりって保証する……!」
この子は、戦国時代からタイムスリップでもしてきたのだろうか。真田幸村、本人を見たって言うなら、うちが聞きたいぐらいだ。
「本多さんの夢を壊すような事を言うけど、うちは真田ユキ。真田家の末裔なのは確かやけど、うちのご先祖は幸村の兄、信之の方で――」
うちは余計なことを言ってしまったのかもしれない。うちの話を聞いた本多さんは、さっきよりも目を輝かせ、なんだか鼻息が荒くなり始めていた。
「じゃあ、真田ユキさんとこうやって触れ合っていれば、私は幸村さんの肌を触れている事と同じ……! もう一生離れたくない……!」
身の危険を感じたうちは、変なことを言ってしまった。
「いや、せめてお風呂の時や、トイレの時ぐらいは離れてっ⁉」
「それだと、普段の生活はくっついてもいいって事になるぞ?」
冷静にツッコむ武田さんに言われて、うちは失言したと気が付くと、更に力を入れて本多さんを振り払おうとしたが、本多さんは力を緩めず、上杉さんが戻ってくるまで、うちから離れようとはしなかった。
うちが一番恐れていた入学式は、特にうちだけが紹介されるという事は無く、赤鹿高校の校長先生、本校の生徒会長の話、新入生の言葉など、普通の入学式を乗り切って、うちはひと段落着いたと思って、自分の席で一息つくと。
「本多さん。先生来ると思うから、自分の席に戻った方がいいと思うんやけど」
「私が離れた瞬間、真田さんを狙う狙撃手に狙われる可能性があるから、私がどんな時も離れないと、始業式の時に誓ったの」
「今は戦国時代じゃないし、そんなことにならんから、本多さんが先生に怒られる前に、さっさと戻って」
「分かった」
うちを主君だと思っているのか、うちの言う事を素直に聞くようになり、本多さんは自分の席に戻った。
本多さんが戻ると、先生がやって来て、明日の日程、そしてこれから3年の行事などを説明した後、次なる難関がうちに襲ってきた。
「それじゃあ、自己紹介をしてもらいましょうか」
うちのクラスの担任は、冴えないおじさんだ。担任の小田先生が、うちが始業式の次に恐れていたことを口にすると、うちは自分の番になるまで作戦を練ることにした。
『ここは、偽名を使おう。さっき名乗った真栄田で行こうや』
うちの心の中に潜む悪魔が、そう意見を出した。今のうちは、悪魔の意見に反対だ。
『ダメよ!』
うちの中にいる天使は、どんな意見を言ってくれるのだろうか。
『偽名なんか使っても、絶対に先生にツッコまれるから、正直に真田幸村の生まれ変わり、真田ユキって言って、人気者になりましょうー』
うちの中にいる天使、いつの間に上杉さんにやられたのだろう。うちの心の中に、悪魔が二人いる。
『なんや? 絶対に真栄田って名乗った方が、身の安全やろ?』
「違うよー。幸村さんの生まれ変わりって、堂々と宣伝した方が、クラスで人気者になれるよー』
こんな悪魔と悪魔の言い争いを聞いていると、うちは偽名で名乗った方がいいかもしれない。先生にツッコまれても、うちは真栄田で乗り切るしかないのだろう。
「……真田さん。……始業式で疲れているのは分かるけど、いきなり居眠りされるのは、ちょっと問題だね」
作戦を練っていると、生徒が少ないせいか、うちの番がすぐに来ていたようで、先生に注意されてしまった。あの悪魔二人のせいで、変に悪目立ちしてしまった。
「先生。真田ユキさんを悪く言うなら、私が容赦しない」
本多さんがいきなり問題を起こさないために、すぐに席を立って、うちの自己紹介をした。
「うちは、真田ユキって言います。この春、関西からこの村に引っ越してきました。どうぞよろしくお願いします」
悩む必要なんてなかった。こうやって、簡潔に紹介すればよかったんだ。真田って名字を言ったら、少しクラスがざわついたけど、特に上杉さんや本多さんみたいな過剰な反応はなかった。
「本当によく出来ました……!」
一応、教室の後ろには新入生の保護者が見守っている。保護者の中には、うちの父さんはおらず、農作業に勤しんでいるだろう。父さんがいなくて平和かと思ったら、保護者に紛れて、なぜか上杉さんが紛れていて、うちの姿を見て感動の涙を流していた。
「先生。ちょっといいですか?」
「おや。どうしてここに上杉さんが?」
「今紹介した、真田さんと親交がありますので」
うちは入学式が何事もなかったので、完全に油断していた。ここでうちが真田幸村の生まれ変わり、そしてこの村の観光大使になったことを宣伝する気だろう。
「真田さんは、この村にここ最近引っ越してきました。この村について、習慣について彼女はあまり分かっていません。彼女が変な行動をしていたり、この村の習慣に反することをやっていても、彼女を責めないでください。クラスの皆さんは、コツコツと真田さんに、この村の事を教えていきましょう」
学校の中では、優等生キャラを演じて、猫を被っている上杉さん。その態度で、うちに親切にする姿は、すごく不気味で、なぜか寒気がした。
「疲れた……」
「本当に、お疲れさまだねー」
「誰のせいだと思ってんのよ」
本人に自覚は無いのか、上杉さんはケロッとしていて、学校の校門を出ると、いつも通りの上杉さんに戻っていた。
「この後、真田さんと暦の入学祝として、喫茶店で打ち上げでもしようかー?」
「やるのは構わないが、それは祭が奢ってくれるんだよな?」
「もちろん、先輩の私が奢ってあげるよー」
奢ってくれるなら、別に参加してもいいと思う。どうせ家に帰っても、父さんの農作業を手伝わされるだろう。
「皆さん。入学おめでとう」
うちたちの背後から声をかけてきたのは、入学式で来賓として呼ばれていた村長だった。
「実は、真田さんにお願いがあってね……」
「あの話ですか?」
「そうそう。今から、博物館の方に向かって、館長を助けてほしいんだけど、いいかな?」
こんな村にも博物館があったんだ。どうせ、真田幸村の事しか紹介していないだろう。
「助けるって、館長の命が危険な状況にあるってことですかー?」
上杉さんがそう尋ねると、村長は首を横に振った。
「まあ、そう言っても過言じゃないかもしれないね。真田さん、観光大使に任命されて初のお仕事、お願いできるかい?」
「……まあ、やると言ったので、やりますけど」
これだと、上杉さんの奢りで喫茶店に行くことが出来なくなってしまった。せっかく、喫茶店で一番高いものをお願いしようとしたのに、ちょっと残念だ。