真田村に来た真田さん
この春から、今まで仲良しでいた友達と離れ離れになり、そして私は生まれ育った、地元の関西を離れる事になった。
「何もない……わね……」
地元を離れ、私が引っ越す、真田村には、電車の駅どころか、村に向かうバスすらまともに走っていない。駅にあるバス停の時刻表を確認すると、早朝の6時にバスが1本。昼の11時に1本。そして、夕方の6時に1本の3便しかなかった。
現在12時。どんなに朝早く電車に乗り、関西の大きなターミナル駅、新大阪駅から新幹線を乗り、特急電車、普通電車に乗っても、真田村の最寄りの駅、赤鹿町の赤鹿駅に最速で着くのは、この時間だった。どれだけ田舎なのだろうか。
「……駅ビル。……チェーン店が無い」
駅前だと言うのに、駅の周辺は、田んぼや畑だらけ。いろんなお店がある、大阪の大きな駅ビル。駅の近くには、牛丼やハンバーガーなどのチェーン店。絶える事の無い車や、バスの行列。生まれてからずっと暮らしてきた都会の喧騒は、この小さな田舎の駅には無い。
聞こえると言ったら、遠くで鳴くトンビの鳴き声が聞こえる程度。この虚しい光景を見て、私は落胆した。
こうなったのは、親が務める会社の転勤の辞令が出たとか、借金取りからの夜逃げとか、そう言う理由じゃない。
『何も無いのが良いじゃないか~。やかましい上司はいないし、残業しろが口癖のうるさい部長もいない。田舎、最高じゃないか~』
こんな田舎にやって来た理由。それは私の父さんが、サラリーマン生活、理不尽な要求、残業をやる人が偉いと言う、社畜が嫌になって、3月末で脱サラしたので、私も父さんに強制的に連れてこられて、勝手に真田村にある高校に入学手続きをしてしまったので、私は逃げる事が出来なくなり、こんな何もない田舎に引っ越す羽目になった。
父さんは、先に新居に行き、ちゃんとした暮らしが出来るように、家の整理をしている。私も新居の整理をする為、早く父さんと合流し、新居の家に向かいたいのだが、次のバスは6時間後。喫茶店も無いので、とてもじゃないけど待っていられない。
「……ヒッチハイク」
駅前だと言うのに、タクシーすら止まっていない。けど歩いて行くとなると、何時間かかるのか。迷子になる可能性もある。スマホ片手に歩いても、無事にたどり着けるとは思えない。
それだけは避けたい私は、いつ通るか分からない駅前の道を走る車に、ヒッチハイクをすることにした。
田舎で暮らす人は優しいと言う印象があるので、駅前でヒッチハイクしている少女がいるなら、すぐに私を乗せてくれるだろう――
「……来た」
軽トラックが走ってきたので、私は腕を道路に突き出したが。
『ビッ!』
と、警笛を鳴らされて、走り去っていった。
けど、こんな目に会っても、私はめげない。再び車がやって来たので、腕を突き出すと、車は私の目の前で止まった。どうやら、ヒッチハイクは成功したようで、運転していたお婆さんが降りて来た。
「危ないんだよ!! ヒッチハイクなんて古臭い事して、タダで車に乗せてもらおうと言う考えが甘いんだよ!」
いきなり、運転手のお婆さんに怒鳴られた。
「あんた、余所者だろ? 余所者を乗せる義理なんて、この町の住民には無いよっ!」
私を睨み付け、そしてお婆さんは車を発進させていった。
「べーっ!」
私を睨み付けたお返しに、私は走り去っていく車に向けて、あっかんベーを返し、ヒッチハイクは諦めて、吹きさらしの駅舎の中で、6時間待ちのバスを待つことにした。
誰だ、田舎に住む人は、みんな優しいと言った人は。いきなりキレだす変な人ばかりじゃない! 今回の出来事で尚更、田舎に悪い印象しか持たなくなった。
そして夕方の6時。スマホでもやる事が無くなり、待ちくたびれて、駅舎のベンチで横になってウトウトとしていると、ようやくバスが来た。
町中で走っているような、大きなバスではなく、会社などの業務用で使われている、小さなバスに乗り込んだ。
発車の時刻までしばらく待っても、誰も乗って来る事無く、乗客は私1人で、バスは真田村に向けて走り出した。
「あんさんは、真田村の住民じゃないな」
走り出して数分。赤鹿町から抜けて、何も無い一本道を走る中、バスを運転する若い男性が、私に話しかけてきた。
「あんさんは何をしに、真田村に?」
「父さんと共に、村に引っ越して来たんです」
「そうか。かなりぶっ飛んだ村だから、最初は驚くかもしれないな」
ぶっ飛んだ村……? つまり、初めて真田村に訪れる人にとっては、色々と驚かされるって事だろう。
バスの運転手の言った事が気になって、一体どんな村か色々と想像していると、バスは真田村に到着した。
真田村交流センター、と言う終着のバス停に着き、料金を払ってから、真田村の地に足を下ろすと。
「……真田幸村ゆかりの地。……真田村?」
バスを降りたところにあった幟に、そう書かれた文字を見て、私は目を疑った。
真田幸村。
誰もが一度は聞いたことある歴史上の偉人。簡単に言うと、戦国時代の武将。戦国時代のゲームのおかげで、歴史好きな女子、歴女に凄く人気のある武将。
けど、この村が真田幸村のゆかりがあるとは今まで知らない。長野県にある上田。大阪城周辺、和歌山の九度山。そう言った場所ならゆかりがあるのは知っているけど、こんな山奥で、名前が一緒の村が、真田幸村のゆかりの村なんて、私は違和感を覚えた。
「……はぁ?」
幟の近くに、この村の観光マップがあり、それを確認すると、おかしなことだらけだった。
この真田村交流センターの近くには、幸村の別荘、真田庵と言う建物。
幸村が耕した真田の田。
幸村が持ち上げたと言われる真田岩など。どう考えても、胡散臭い、最近考えたと思える名所ばかりだった。
「……ある意味、ぶっ飛んだ村ね」
バスの運転手が言っていた意味がようやく分かった。確かに、真田幸村についての知識がある人からにすると、色々と驚かせる村だ。こんな何も無い村に、真田幸村の伝説があるとは、到底思えない。
「って、早く父さんに連絡しないとっ!」
そんな事より、辺りは真っ暗だ。交流センターも閉まっているようだし、辺りは私と、鬱陶しく飛ぶ小さな虫ぐらいだろう。先に新居で、引っ越しの整理をしている父さんに連絡し、合流しないといけない。
長旅でくたくた。早く新たな家に行って、お風呂で体を癒そう。
「……はぁ!? 来られないのっ⁉」
父さんに電話すると、父さんは引っ越しの整理をしている最中に、ぎっくり腰になり、まともに動けないらしい。
「……マジ、最悪」
と言う事で、私は交流センターから新居に歩いて帰る事になった。父さんから住所を聞いて、スマホの地図頼りに、真っ暗な夜道を歩く羽目になった。
「ああ……。地元の活気が恋しい……」
住宅街の明かり、外灯の明かり、コンビニの明かり、居酒屋などのお店の明かり。
当たり前にあると思っていた明るさが、この村にやって来て、改めて大切なものだと気づき、物凄く恋しくなってきた。
「真田村……か……」
そして真田幸村ゆかりの地だと堂々と言っている、この胡散臭さを感じる真田村に、どうもこの先が不安だ。
歩いている途中にも、この村のゆるキャラだと思われる、赤い甲冑をまとったキャラクターの看板があるし、しかもそのキャラが、『故郷の空気は美味い』と、私の知っている知識と矛盾した事を言っている。こんだけ推していると、更に怪しさを増す。
そんな怪しい村にある真っ暗の一本道を歩き、そしてようやく新しい家にたどり着くと、家は家具が全く無い、家の中はがらんどうだった。
どうやら、父さんの勘違いで、家具などの家財が届くのは、明日らしい。つまり、今日私が来る必要性は無かったと言う事。
昼寝をして、起き上がろうとしたらぎっくり腰になったと。そう、おかしく笑いながら事実を話す父さんの姿にイラッとして、ぎっくり腰で動けないに関係無く、私は今まで溜まっていたストレスを発散するように、思いっきり部屋の真ん中で寝転がっている父さんを蹴り飛ばした。