ストリゴイ
ベタです。
エリーは先ほど無様な姿を見せてしまったことで、まだ顔には気恥ずかしさと不機嫌の色が浮かんでいる。
「まずはどう動けばいい?」
「…私達の集落に来て。」
「現地で情報を纏めてからその…ストリゴイと会って話し合うということでいいか?」
「それでいいわ。」
「で、成功したときの報酬の話だが…。」
魔物は狭い範囲での独自の社会を築き上げている連中が主で、人間社会の貨幣で支払ってくることは少ない。
たとえばゴブリンの依頼を受けてゴブリンの貨幣を貰ったところで、それが低品質の銅貨であっては雀の涙程の価値すら無い。
逆に魔物にとって無価値な物がこちらでは素晴らしいアイテムであったりすることは珍しくない。
返り討ちにした冒険者から奪った品で支払われる事もあるが、多くはザックが現地で査定して報酬としている。
「…お金では支払えないわ。屋敷にある調度品から見繕った物でもいいかしら?」
「現物は換金手数料を含むが問題ないか?」
「…いいわ。」
「では準備が終わり次第そちらに向かう。」
夜の霧深い山の山林を3つの影が進む。四足獣のような速度で移動する彼らはヴァンパイアだ。3人ともブロードソードを抜いており臨戦態勢だ。一同が森の中にある小屋の前で立ち止まった。彼らは慎重に小屋の扉の隙間から中を伺う。小屋に明かりは無く、明かりも持たない彼らだが小屋の中の様子は昼間のようによく見える。中にはぐったりとした女性が一人だけで他に気配はない。
「やつは留守だ。今の内に救出するぞ。」
二人が小屋の周りで見張り、一人が女性を介抱する。
女性は意識があるが衰弱している。彼女もヴァンパイアだ。剣を納め、女性を背負った戦士が小屋を出る。
周りを警戒していた戦士と共に迅速にその場を離れようとするが気配を感じて小屋を見上げる。
「ごきげんよう。私の血袋さん達。」
屋根の上に銀色の髪とサファイアのような群青の瞳を持つ少女が座っている。
二人のヴァンパイアの戦士が剣を向けるが動じる様子が無い。女性を背負った戦士は村の方向へと全力で駆ける。少女は地面へ降りると小さなナイフを取り出し、そして自らの掌にナイフを突き刺した。異常なほどの量の血が滴り落ち、地面に血溜まりを作る。
二人の戦士が目にも止まらない速度で少女に迫り、同時に斬りかかる。
「はい、いただきます。」
少女がそう言った瞬間、戦士達の全身を血溜まりから出現した大量の剣山のような棘が串刺しにした。
「これで明日は襲わないであげる。」
そう呟くと少女は森の中へと消えていった。
すでに血溜まりは無く、小屋の前には干からびた穴だらけの二つの死体が残っているだけだった。
ザックは山の麓を一人で歩く。エリーはザックに手書きの地図を渡して一足先に彼女の住むヴァンパイアの集落へと向かった。今は村の外に出る住人も滅多におらず、ちょっと迷っても安全と言うのがエリーの弁だ。しかし…、
「大雑把すぎるだろこの地図…。」
地図は街道のようなうねうねした線と山が書いてあり丸印を指してココ!とだけ書かれている。
(思っていた以上に残念なやつらしい。)
山道が途中で途切れていたためザックは仕方なく雑木林を掻き分ける。途中で不自然に草が少ない通用路と思われる痕跡を見つけたのでそれを追ってみることにしたようだ。
(ヴァンパイアの通路なのかストリゴイの通路なのか分からんのがちょっと怖いが今はこれに頼るしかないな。)
道をたどると小屋が見えてくる。
脇にはミイラ化した遺体が二つ。
(これは少し不味いな。一旦引き返すか。)
ザックがそう思い踵を返すと目の前に銀髪の少女が立っていた。
「人間?随分辺鄙なところまで冒険しているのね。」
見た目はエリーと少し似ているが大きな違いが二つある。まず服装。所々ほつれておりボロボロのドレス。そして瞳の色が青い。ストリゴイだ。だが、ザックには手間が省けたのでコミュニケーションを試みてみる。
「ストリゴイだな?」
少女の顔色に変化は無い。
「物知りなのね。てっきり人間はヴァンパイアしか知らないものかと思っていたけど。」
「君にそっくりなヴァンパイアから教えてもらった。」
「エリーゼかしら?あの子が人間とお話するとはね。」
エリーの名前を出しても反応は薄い。ザックは自己紹介をする。
「俺の名前はザックだ。お前と交渉して欲しいとエリーに頼まれた。」
「私はイライザ。エリーゼの姉よ。」
ザックは唸る。似ているとは思ったがまさかストリゴイがエリーの身内とは思わなかったという反応だ。
(エリーは姉と仲直りがしたいっていう依頼を俺に投げたって事か?)
「あの子はまだそんなことを言ってるのね。…無理よ。私は捕食者、彼女達は被捕食者。ヴァンパイアだって人間を問答無用で喰い散らかしてるじゃない。貴方が気にする必要なんてどこにあるの?」
全く持ってその通りではあるイライザの言い分だが、ザックは姉妹なのにその関係となった経緯が気にかかっている。
「お前の言う事はもっともなんだが依頼を受けた以上はそうもいかないな。ところでなんで姉妹で種族が違うんだ?」
「あら、その辺りは不勉強なのね。私も元はヴァンパイアよ。ただ一度死んで蘇っただけ。」
アンデッドの時点でおかしな言い分ではあるがザックには心当たりがあった。
(モロイと似たような種族?あいつらは特定の死に方からある手順を踏むと全く別の怪物になるが。)
ザックはかつて依頼でモロイというアンデッドの始末を頼まれたことがあった。あっけなく倒したかと思ったら今度は死体が不気味に変形して襲い掛かってきたのだ。さながらホラー映画な演出で迫る怪物の姿はザックの脳裏に強く焼き付いている。
「何となく理解できたが、せめて身内で争うのは止めてやれ。」
「最初に仕掛けてきたのは向こうなのに?」
「…どういうことだ。」
「やっぱり自分達に都合の悪い事は何にも教えてないのね…。まあ、あの子に罪は無いけど。」
「聞かせてほしいな。」
「なら少し待ってくれる?」
そういうとイライザは横に立っている木に凄まじい速度の手刀を繰り出す。バキバキと音を立てて隣接した二本の木が同時に倒れた。
「さあ座って?」
「配慮感謝するよ。」
斧でもこうはいかない見事な切り口の切り株に両者は腰かけた。
「どこから話そうかしら…。そうね、私とエリーゼは元々地方領主の娘だったの。お父様もお母様も優しくて、私もエリーゼも何一つ不自由しない幸せな暮らしをしていたわ。」
エリーとイライザを見れば育ちの良さは分かる。イライザの振る舞いは朽ちかけたドレスを纏っていても気品すら感じる。
「でも、ある死霊術師と錬金術師が領内で人を攫って巨大なゴーレムを作ったの。フレッシュゴーレムというのかしら?大量の人間を操り、そのまま組み上げて人型を成しているの。あれほど悍ましいものは見たことが無いわ。」
フレッシュゴーレムは二種類あり、錬金術師だけだと屍肉が溶け合った肉の巨人型となるが、死霊術師と錬金術師が協力すると更に強力で悍ましい物ができあがる。
生きている人間も死んでいる人間も関係なく組体操のように部品に組み替えていくのだ。踏みつけられればつぶれかけた死体が足の裏の一部となり、人が掴まれればそのまま手のひらや指となる。
加重が少ない上半身表面側の人間は生きて助けを求めているため攻撃する側の意思も挫かれる。
「結果的に領内は蹂躙されてお父様はゴーレムの一部に、私とエリーゼはアンデッド化の実験に使われて成功したけどお母様はドロドロに溶けてしまったわ。あいつらの予想を遥かに超える力を手に入れた私たちは即座にあいつらを殺してやった。」
イライザは無表情だ。
「結果的に領民の7割が死んでしまったけど、死霊術師の遺した研究書を参考に犠牲者のいくらかは蘇らせようとしたけどゾンビ以上のものはできなかった。お父様は残念ながらゴーレムの下半身だったからグチャグチャでどうしようもなかったわね。」
アンデッド化は都合のいい強化術ではない。代償として他者の魂が必要だ。真祖として造り直された二人の体には領民の7割に相当する数の魂が使用されている。抜け殻の死体をどうやったところでゾンビしか生まれないのは自明の理と言えよう。
「化物となった私たちは住む場所を探して人里から離れたこの地に辿り着いたわ。ここの集落のヴァンパイアは私たちが吸血衝動を制御できなくなった時に血を直接吸った者たちや、その吸血鬼がさらに誰かを襲ったりして生まれた者ね。」
「お前は自分の配下も襲っているのか?その言い分だと半数ほどはお前の影響下じゃないのか?」
自らの支配下なら自分の餌になれと命じるだけでいいはず。対立する理由がないとザックは考える。そもそもエリーの支配下のヴァンパイアしか残っていないというのであれば話は別だが。
「私がストリゴイとなった時点で彼らは私の影響下から離れたわ。自発的にエリーについていってるだけね。」
「ところで、あちらから仕掛けたということについては…。」
「せっかちさんね。私は人を襲う事に疲れて血を吸うことを止めてみたのよ。やってることがあの死霊術師どもと変わらないんだもの。徐々に衰弱していったけど色々と疲れていたしそれで死ぬのも悪くないと思ったのよね。吸血衝動は自分の血を吸ってごまかしたわ。エリーゼは大泣きしてたけど。」
「それで結局死んだのか。」
「死んだわ。死んだはずだったのだけど…突然息を吹き返したの。ねえ、ちょっと。」
イライザが体を寄せてくる。
「私の胸を触ってみて。」
「喜んで。」
ザックは思わず即答する。手もワキワキさせておりイライザが思わず引く。
「…そういう意味じゃなくて…もう、耳を私の左胸に当ててみて。」
ザックはイライザに寄りかかって耳を左耳に当ててみる。温かい…そしてドクンドクンという心音が聞こえる。
驚いて離れたザックはイライザに問いかける。
「アンデッドじゃ無くなったのか?」
「半分だけね」
そういうとイライザは自分の右胸を指さす。
「こっちにも心臓があるんだけどこっちは止まってる…ヴァンパイアの心臓があるの。」
アランはエリーが言っていたストリゴイの特徴を思い出す。生きていながら死んでいるとはこういうことかと納得する。
「それで生き返ったらどうなったんだ。」
「エリーゼは大泣きして飛びついてきたわ。私も勝手に死のうとしてごめんなさいってエリーゼに謝ったわ。」
「美談じゃないか。」
「でもね、他のヴァンパイアが全員私に攻撃してきたの。それはもう物凄い形相で敵だ!って叫びながらわらわら襲い掛かってきて本当に凄かったわよ。」
「それで殺したのか。」
「最初はやめて!って叫びながら逃げ回っていたわね。追い詰められて住人に剣を突き立てられたら血がドバドバでちゃって。その血が勝手にヴァンパイアたちを攻撃して殺してしまったわ。」
そういうとイライザはナイフを取り出して指を切りつける。するとやや多めの出血をしたかと思うと赤い針が何本も飛び出る。
「ね?すごいでしょ。色んな形になるのよ。これで攻撃した相手の血を根こぞぎ吸い取れるオマケ付き。」
「便利だな。俺にもくれ。」
「あげない。」
イライザはくすりと笑った。
「その後はこうして、寂しく森で暮らしているわ。今はヴァンパイアの頃より吸血衝動が酷いから定期的に住人を襲ってる。何人かは私と同じになったけど制御できないので正直鬱陶しいわ。」
「それに関しては改めて考えるとして、一回エリーと腰を据えて話してみないか?…俺も参加するが。」
「そうね…少し考えてもいいかな…なんか凄く久しぶりに色々話せてすっきりしたし。」
「じゃああとはヴァンパイア側か…」
ザックは切り株から立ち上がる。そしてイライザの頭に手をポンと置いて撫でた。
「まぁ、まかせてくれ。何とかしてやる。」
「…うん。」
暇虫です。こんにちは。
会話ばっかですね。
緩急の付け方が難しいです・・・。




