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6.心に残るもの(1)

 雪の図書館裏の広場には、ひとっこひとりいなかった。彬は荷物を置いたまま、図書館から外の空気を吸いに来ている。さきほど千鶴に問われてから、何となく考えてしまっているのか、教科書を読んでもまるで中身が頭に入ってこなかったのだ。


 ここ半年で関わった人間の言葉たちがぐるぐる彬の中を回っていて、どうしようもなかった。室内というだけで息苦しくて、気持ちを切り替えようと外に出たのだった。しかし、外に来たところですることなどない彬は、小さな子のように薄く積もった雪を靴で押しのけ、視線を落とす。いつの間にか彼の頭は忙しく、そして勝手に思考を振り回し始める。何も考えたくない──そう願う、彬の思いとは裏腹に。


「なんか……もうやだ」


 本当は気付いていた。張り詰めていた気持ちが切れてしまいそうだと。無我夢中になっていた彬だが、この勉学に励む自分に、価値が見いだせない。一体、どんな意味があるのだろうか。たとえ、学区で一番上の高校に行ったところで、何になるというのだろう。彬はぎゅっと目をつぶると、冷えた手のひらで顔を覆った。


 つい、ユイのことを思い出してしまう。聞いたこともない変な言葉を呟いて『流行らないかなー』などと言っていた、少々乱暴な彼女ことを。ユイに初めて会った日──初めてあの店に足を踏み入れたあの日、彬は不思議の国に迷い込んでしまったのではないか、と思った。

 マドティは本当に、不思議の国だったのかもしれない。変てこなもの同士が集まり、変てこなやり取りをしていた。彬は確かに、その中にいたのだ。


 だが、よくよく考えてみれば、その "アリスのような人間" は、 "ライカ" だった自分ではなく、ユイの方だったのではないか? 彬はそんな風に思うようになっていた。いなくなってしまったユイは、求めているような場所に戻ることが出来たのだろうか? ちゃんと夢から覚めたのだろうか?


「求める場所ってなんだろ……?」


 ユイは何を探していたのだろうか。本当は何が欲しかったんだろうか。それは、あのとき差し出したものでは、足りなかったのだろう。だとするならば、恋だとか愛などというものは、何なのだろうか。彬にはよく分からなかった。


 あんなにも正直に、何ひとつ残さず告げても伝わらない気持ちなど、そもそも存在する意味はあるのだろうか。結局は、ただの押しつけだったのかもしれない。彬の気持ちが伝わっていたのかすら本当のところは、ユイにしか分からないのだ。好きだ、なんて言葉は、何の役にも立ちやしない。現実がそれを突きつけているのに、記憶の中の彼女は笑ってばかりだった。頭の中が底なし沼のようだった。


 冷たい感触にまぶたを開くと、また雪が降り始めていた。ひとつ、またひとつと落ちてくる雪を、彬は目で追った。白く灰色の空は、どこまでも続いている。この辛い気持ちも同じように、終わりなどないんだろう、と思う。ふと、ユイがもし今の彬を見ていたら、何と言うのだろうか、と考える。


「グジュグジュ言うなって……怒んのかな……」


 教えて欲しいと思う。もしも叶うのならば、ユイともう一度話がしたかった。時間が戻せるのであれば、今度こそ彼女を助けたかった。だが、そんなことは出来ないのだ。分かっている。分かっているのに、ちっとも受け入れられていない。それを変えることが出来なければ、一生あのマドティから抜け出せないのと同じだった。


 ──意味があるとかないとか、そんなのどっちだっていい。やることは変わらない──


「……気持ち切れそう、じゃねぇって」


 鼻で笑うと、彬は「ううーん」と伸びをする。後先考えずに雪の降る中に外にいたせいか、身体がガチガチになってしまっている。身体中が濡れて冷たかった。


 何をやっているのだろうと笑ってしまう。頭を冷やしたかったというのに、頭以外の全てが冷たい。動いた拍子に前髪が視界を遮った。瑠衣に切ってもらった髪もずいぶん伸びて、頬にかかるようになっていた。時間は流れているのだ。彬は唇をぎゅっと結ぶ。

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