5.ただ、話すという簡単なこと(1)
テスト期間以来、習慣になってしまった図書館への道を、彬は今日も歩いている。
期末テストは先週、無事に終わった。狂ったように勉強したのと、千鶴の助けもあって、学年一位とまではいかなかったが、上位に何とかぶら下がることが出来た。担任も『頑張ったじゃないか』と彬を褒め、そして『このまま維持できたら、志望校も推薦できるかもしれない』と告げられた。突如として勉強をし始めた甥っ子に、深雪は喜んでいた。
だが、彬は何の達成感も味わっていなかった。ただスタートラインに立っただけのように思えたのだ。まだ何も終わってない、と。だから冬休みに入っても、特に変わることなく、教科書と参考書を睨み続ける。とにかく、その他の全てのことを忘れるために、それらは必要なことだった。
家から図書館までは徒歩で二十分はかかる。別にわざわざ行かなくたって構わないじゃないか、と出かけることを迷った彬だったが、自宅はやはり落ち着かなかった。だから帆布のショルダーバックに勉強道具を突っ込んで家を出たのだった。
淡々と歩みを進める道は数十年に一度の大雪で埋もれている。加えて例年より降雪時期が早かったため、昨晩からテレビの向こうが大騒ぎだった。しかし、コート姿の彬は平然と歩く。装備がいまいちとはいえ、雪国うまれの彬は、雪に慣れていた。だから、今さらどうこう思うものでもないのだ。
ふと顔を上げると、ここ数ヶ月で見慣れた後ろ姿が見えた。雪に不慣れらしい千鶴が、傘を杖にして、そろりそろりと足を運んでいた。ズルリと滑って「うわ!」などと言っている。東京ではこんな大雪は滅多に降らないらしい。深雪がそう言っていた。
「すっげーへっぴり腰だなあ」
このまま黙っていては、ついて歩くことになってしまう。だから彬は千鶴に声をかけた。はっと振り返った彼女は彬の存在に気付くと、恥ずかしそうに「見たな!」と叫ぶ。その拍子にまた滑った千鶴は、近くにあった電柱に抱きついた。
「彬……なんでそんな余裕なの……??」
「慣れてんだよ。雪がダメなら出て来なきゃいいのに」
「だって……」
目を泳がせた千鶴は、付け足すように「読みたい本があるから」と言う。ふぅん、としか返しようのない彬は、そのまま「ふぅん」と言うと、千鶴の後ろを再び歩き始める。彼女の足取りはゆっくりだった。だから、彬はすぐに追いついてしまう。追い抜くのもおかしいよな、と思った彬はそのまま千鶴の隣を歩いた。