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3.藤棚公園(4)

 残されたふたりは、なぜだか微妙な空気になってしまい、彬はうつむいた。向かい合っているのが気まずいのか、横を向いた千鶴はバタ足のような動きで空気を蹴り始める。


「やー。……なんかヒデんち思ったよりすごかった。彬んちと似てるんじゃないかと思ったんだけど」


「……似てはいない。おれは親がいないだけ」


「あぁ……それでおばさんなのか……。でもさ、 "だけ " っていうか。それって、一大事だと思うよ?」


「おれが勝手にひねくれてるだけ、とも言うし」


「まあそりゃあ、ずいぶんねじ曲がってるなー、このひと、なにがあったんだろう、とは思ったことあるけど」


「はははは」


「え、怖い。そんな笑わないでよ、キレ顔のままじゃん」


 千鶴があまりに正直に言うので、笑ってしまっただけだったが、どうやら顔が引きつっていたらしい。彬は頬を揉みながら、ぽつりと呟く。


「おれの真顔は病気レベルって聞いたことある」


「誰に聞いたのよ……。前よりマシになってるから大丈夫だよ? ってかさぁ……もしかしてさぁ、ヒデに聞いたの、意味なかったのかな。やっぱ聞かない方がよかったのかな……」


 微妙な空気は、千鶴の後悔からきていたのかもしれない。しかし、すぐに思い直す。自分の器の小ささを悔いていた。後悔しているのは彬も同じだったからだ。


「……でも、もう聞いちゃったじゃん」


「うん……。でも……ヒデってあんなだけど、意外と悩んでるからね。たまには話聞かないとだめかなって。いっつもヘラヘラしててさ。でも結構、傷ついてると思うんだよ」


「……お姉ちゃんかよ」


「あー! それ、よく言われるんだよね、オカンとか、おせっかいって。でもさ?? 突然、ヒデの髪の毛のクルクルが真っ直ぐになっちゃうかもしれないじゃん、ストレスとかで」


「……それはあいつ、喜ぶんじゃ……。『おれの髪型、今日もおかしい。やだー』とかって、いっつも言ってるだろ」


「あぁそっか。私もそれは嬉しいわ。……なんでこんなたとえが出てきたんだろう」


「知らねぇよ」


 思わず笑ってしまう。当の千鶴が分からないことは、彬にも分からないに決まっている。すると、ぱちん、と手を鳴らした千鶴が、興奮したように彬の腕を掴んだ。


「そうだ! あんたたちさ、どっちも大変そうだからさ、たまに愚痴でも言い合えば?」


「そんなのめんどくせぇんだけど。いちいち言うの、嫌っていうか」


「……そうなの?」


「その会話になんか意味があれば言うんだろうけど。愚痴とかさ、別に言い合ったって解決しないだろ? そういうのは草野がやってやれよ。おまえの方が向いてる」


「そうかぁ、そういうもんなのかぁ、男子って。大変そう」


「女子も大変そうだよ」


「そう言われるとそうだなあ。人間自体が大変なのかもなあ……」


 しみじみ言うと、千鶴は立ち上がり、教科書をまとめる。話している間に辺りは真っ暗になっていた。もう冬なのだから当然だ。彬も差し出されたノートを受け取って、カバンに押し込んだ。


「……なんか、ありがとな。こんな時間まで」


「ううん、別にいいよ。だって、あんたがそんなに真剣に勉強してるんなら、手伝うしかないじゃん。ま、いっつも公園もどうかと思うし、とりあえず今でも寒いから、次から図書館にしない?」


「……次?」


「え、どうせ勉強するんでしょ? 家が気が散るんなら放課後くらい、別のところでやればいいじゃん。どうせ、期末もうすぐだし。私も勉強したいし」


「……あーぁ」


 全く予測していなかったことを言い出す千鶴に、彬はガリガリと頭を掻く。しかし、彼女の言うとおりでもある。家で勉強など出来たためしがなかった。だから図書館だとか、そういったところで勉強するのも悪くはないのかもしれない、と彬は思う。困ったときに教えてくれるクラスメイト付きなのであれば、正直助かるのだ。

 余裕という余裕が全て消えてしまっている彬は、迷いながらも、彼女を頼ってみようか、と思い始めていた。


「うーん」


「え、なに? 嫌?」


「嫌とかじゃない。じゃあ……そうすっかな……」


「うん、私でよければ、付き合うし。あと、ヒデも勉強させよう。なにが『ザッツ・低空飛行』だよ、ちゃんとやりなさいっての」


「はは……。試験前は部活も休みだし、誘ったら来んじゃない?」


「うん。じゃ、私も帰る。色々やらなきゃ。お風呂とか、お風呂とか、お風呂とか……。また明日ねー!」


 彬は小さく笑みを浮かべると頷いて、すぐそこの階段の入り口に走って行く千鶴を見送った。彼女は振り返りもせず去って行き、彬は公園にひとり、取り残される。


 見上げた空には、ぽつりぽつりとまばらに星が浮かんでいる。しかしそれまでの彬が知っている星空は、こんなに寂しいものではなかった。辺りが明るすぎると星が見えなくなってしまう、というのは、何かの本で読んで知っていたが、ここまで少ないとは想像もしていなかった。


「……冬って、もっと星が見えるはずなんだけどな」


 思わず呟いた彬は、ふたりとの話を何もかもを忘れて、星を眺め続ける。


 あの夏休み以降、空を見上げることがずいぶん増えた。もしかしたらこれまでずっと足下ばかり見ていたのかもしれない。きっと無意識に気持ちも下を向いていた。進むと決めた以上、せめて上を見なくてはいけないような気がいる。きっとその気持ちがこうして空を見上げさせているんだろうな、と頭の奥が考え続ける。


 受け入れるしかないことを、英明のように笑うことも大事だ。まだ、それは上手く出来そうになかったが、それでもやらなければならないのだろう。

 滑り台に手をついて、無理やりに笑顔を浮かべてみる。しかし彼はすぐにやめてしまう。もしここに鏡があったのなら、とても気味が悪かっただろう。


「……まずは対人でやれ」


 呟くと、荷物を背負ってため息をつく。考えたくないことをいつものように意識の奥に追いやると、彬は歩き出した。


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