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3.藤棚公園(1)

「彬ー。おーいって。定規落とし、やんねえ?」


 その声に顔を上げると、英明が手元の定規をくねらせながら歩いてくるところだった。しかし彬は「うん」と生返事をしつつ、また教科書に視線を落とした。


 遊んでいる暇はないのだ。もう十二月になってしまった。期末試験まであと少し。恐らく、あっという間に過ぎてしまうだろう。


「え、なんでそんな前の方見てるの? そことっくに終わってるし、試験範囲でもないじゃん」


「復習」


「ほえー、偉いんだな」


「偉くはない。ちゃんとやってねぇから、わかんなくなってんだよ」


「……いや、偉いって」


「どうでもいいだろ。定規のなんとかなら、あっちでやってろ」


 振り返りもせずに、後ろを指さす。その辺りにはクラスの男子の団体がいるはずだ。彬には、友人などいくらでもいる英明が、わざわざ自分のところにやってくる理由が分からない。


「えー? なんでだよー。おまえ強そうなんだけど。定規ですら固そう」


「知らねぇよ。やり方も忘れた、そんなもん」


「いやさー、おまえ最近ずっと勉強してるから、頭おかしくならないかと思って」


「……なにが」


「だっておかしいだろ? 授業中も勉強して、休み時間も勉強して、飯の間も昼休みも勉強してんだぜ?」


 そう言われて一瞬、彬は何と返したらいいのか分からなくなる。そんなに勉強しているつもりはなかったが、言われてみればその通りかもしれない。しかし、彬がおかしいとしても、英明には関係のないことだ。とにかく話を早く終わらせようと下を向いたまま「普通だろ。学生の本分だよ」と答える。しかし彼は立ち去らない。仕方なく顔を上げると、呆けたような顔で彬を見下ろしている。


「……やっぱおまえ、おかしくなってるって……どっかで丸写ししてきたようなこと言い始めてるし」


「うるせぇなぁ……。おれがどんだけ勉強しようがおまえに関係ないだろ? 学年一位、取らないといけないんだからこれくらいやらな──」


「んぁ?!」


 言ってしまってから、しまった、と彬は思う。しかし時すでに遅しだ。英明は目を皿のようにして「それなに? なにそれ?」などと言っている。苦手な古文を読んでいる最中なのがいけなかったのだろうか、と額をさする。どちらにせよ、口を開いた自分が悪いのだ、と彬は呻きながら机の上に崩れ落ちた。


「もう…… "いと・いと" うるさいんだよ……日本語喋れ……いや日本語だけど……。つうか、邪魔すんな……」


「なぁ……学年一位ってなんだ?」


 英明が呟いた瞬間、辺りにチャイムが鳴り響く。チャンスだとばかりに起き上がり、彬は彼の背中を押す。


「関係ねぇだろ、放っとけよ。はい! ほら帰って! 席に戻れ!」


 英明は首を傾げながら席に戻っていく。まさか気を利かせた彼が『あいつ、勉強わかんないらしいぜ』などと千鶴に言うとは微塵(みじん)も思っていなかった彬だった。


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