1.勉強する、というお仕事(2)
◇◇◇
帰宅した彬は、まず顔面に玄関のドアによる攻撃を食らった。驚いた深雪が、力一杯ドアを開けたせいで、その、木だか鉄だか分からない物体が額に、ごんっと当たった。よろけて頭を押さえていると、部屋の中に引き込まれて、ガシっと肩を掴まれた。
彬の背後でドアが閉まると同時に、彼女は黙って、猛烈に平手を降り注がせてきた。あまりの勢いに、深雪の腕って二本だったっけ? と考えたくらいだった。彬の感覚としては、千手観音と同等くらいに腕が生えているように思えたのだ。ポカスカと殴られたあと、玄関で立ち尽くしていると、ダイニングでイスに腰かけた彼女は彬を見た。
『なにやってるの。こっち来なさいな』
言われるがまま深雪の前に立った彬には、彼女が少し、やつれているように見えた。黙って出て行こうが、何か言ってから出て行こうが、同じだったであろうが、申し訳ない気持ちは変わらずあった。何と言ったらいいか分からずに、額をさすっていると、こちらに向き直った深雪から、質問攻めにあった。
どこに行っていたのか、誰といたのか、何をしていたのかなど、彬にはありとあらゆる問いかけに思えた。そして当たり前のように彬は答えなかった。言うわけにはいかなかった。そして、その質問の中で彼は、ノートを持ってきていた経緯から、深雪と面識があった千鶴と英明の家に電話をしたことを知った。よく考えれば深雪が起こしそうな行動だったが、余裕がなかった彬はそこまで思考が回らなかった。
『親御さんに、お騒がせしたお詫びをしなくっちゃ……』
そう言いながら立ち上がって、受話器を取った深雪に、彬は今が深夜であることを告げなくてはならなかった。そして最低でも、あのふたりにはこの家出がバレてしまっていることを察知した。登校する前から、新学期が面倒くさくなったのは言うまでもなかった。
思わずかばってしまい、主に殴られた腕よりも、ドアが当たった額の方が痛かった。その日、眠りに就くまでずっと、ジンジンと疼いていた。