表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/87

7.夏の残り香(1)

「ねぇ、これ。中身なんだろうね?」


 瑠衣はライカがマスターからもらってきた箱を、ツンとつつく。それは、今日で勤務を終えたライカへ、マスターが渡した餞別(せんべつ)の品だった。あの店にそんな文化があることを瑠衣は知らなかった。集金されたことがないわけだから、マスターが個人的にやっていることなんだろう、と思いながら、返事をしないライカを見やる。


「ねぇってばー」


「あーそれね。なんだろうな。箱デカいから、中身だけ持って帰ろうかな」


 食後はゴロゴロしたい瑠衣が、思う存分寝転がっていると、ライカは無言で食器を洗い始めた。「起きたらやるから置いといてよ」と言っても、「あと何回やれるかわかんないし」と彼は譲らなかった。


「ねぇ。ライカってどうしてそんなに所帯じみてるの?」


「は?」


「皿洗いとか炊飯器とか」


「洗わないと皿は溜まるだけだし、炊飯器くらい使えないと米が炊けない」


「……まぁそうなんだけどね、そういうことじゃなくてね」


 まぁ答えないか、と瑠衣は微笑んで、クッションに顔をうずめる。このまま任せてしまって寝てしまおうかとすら思った。ところが意外なことに、ライカは黙らなかった。


「おれの保護者……叔母さんなんだけどさ。あいつね、家事が下手なんだよ」


「……おばさん?」


「あぁ。おばちゃんって意味じゃなくて、叔母。父親の妹なんだけど」


「どうしたの……急にそんな話」


「瑠衣が聞いたんだろ、なんで所帯じみてるのかって」


「そうだけど……」


「おれだって別に、瑠衣にウソつきたかったわけじゃない。もう隠しておく意味もないし」


 突然、自分のことを話始めたライカに、瑠衣は目をぱちくりさせる。出会った頃のライカはもうどこにもいないのかもしれない。『帰る』と言ってからライカは少しずつ素直になっていったように思えた。


「まぁ……。とにかく、なんかすんごいんだよ。あのひと」


「すごいったって。でもさ、私だってすごいじゃない」


「いや、瑠衣とは全然違う」


 そう言うと、ライカは裏返した食器を器用に重ねてから手を拭くと、いつもの位置に座り込んだ。思い出したように、瑠衣の手にあったマスターからの餞別を奪ってセロテープを丁寧に剥がし始める。


「なんだろう……。瑠衣の飯は食える……し、ちゃんと美味しい」


「食える、ってなに? 食べられないものが出てくるの?」


「まぁ……食えなくはないけど……。本人も気にしてるみたいだから言ったことないんだけどさ。あのひとが料理する度になんか燃えるし……買ってきて、って感じ」


「燃えるんだ……」


「燃えるね。料理中、うっかりひとりに出来ないレベル。……そうだな。魔物だ、あれは。出てきた魔物みたいな飯を、魔物みたいな顔で食ってるよ。……今、気づいたんだけど、おれ……すごい不満なんだな。なんか……びっくりするくらい、スルスル言葉出てくる」


 大事に大事に包装紙を剥がしながら、ライカは小さく笑う。思い返せば、一ヶ月半前に比べたら彼はずいぶん笑うようになった。表情は乏しくとも、ないわけではなかった。そういうちょっとした変化も、瑠衣にとっては嬉しいことだった。そして、保護者との関係も思ったよりもひどくはなさそうだ。

 本当はどうなのかは分からなくても、笑って話せるようなことがあるのはよいことだ、と瑠衣は口を開く。


「……仲いいんじゃないの。もっと険悪なのかと思ってたわ」


 安堵した瑠衣の声色に、手を止めたライカは眉をひそめて首を傾げ、何やら難しい顔で考え始める。その様子がおかしくて、瑠衣は吹き出した。


「なんでそういう顔になるのよ」


「……仲いいのかな、と思って。まあ……嫌いとかではないんだけど」


「そういうのを、世間では仲良しっていうのよ。うっかりひとりに出来ないんでしょ? ライカ、後ろで見張ってるんでしょ?」


「いや、見張ってはいない。見てるけど」


「もぉ。いったいなんで家を出てきたのよ?」


 思わずそう問いかけて、瑠衣は口をつぐんだ。答えなくていいよと続けようとすると、切なそうに笑ったライカが口を開く。


「説明するのも面倒なことがいっぺんに起こって、鬱憤(うっぷん)溜め込んだら、こうなっちゃった」


「それって反抗期じゃないの?」


「あぁ、よく聞くよね。反抗期」


「ホント……なんか普通でよかった。安心した」


「……うん」


 ライカは頷いたが、裂けてしまった最後のセロテープに気を取られているようだった。躍起になって小さくなった端っこを爪で引っ掻いている。その様子を見ていた瑠衣は、思わず呟く。


「そこまで終わったなら、もうバリバリバリー! って開けちゃえばいいのに」


「もう取れるよ。……やっぱ瑠衣ってオッサンみたいだな」


「だから、ひと言余計だって言ってるでしょう? ……プレゼント、なんだった?」


 問いかけた瑠衣だが、包装紙の奥から想像もしなかったものが現れ、ふたりでしばしそれを見つめる。淡々と眺めていたライカが、あごをさすりながら静かに口を開いた。


「なんだか……コメントしづらいな。これ、スター・ウォーズのだよね?」


「多分、そうだね……」


 それは一般的にいう、ビニール製のフィギュアだった。どうりで箱が大きいわけだ、と瑠衣は納得した。それにしても、真顔のライカがフィギュアを持っているのは何だか滑稽だった。


「ヨーダって書いてある。……これがヨーダか。なんかさ……あのひと、心の底から美しいまでにやられてるんだね。徹底しててホントにすごいと思う」


「ははは……」


 瑠衣は苦笑いを浮かべるしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ